マリルリさんのお話
※【】はポケモンのセリフですが人間には鳴き声とかにしか聞こえてないので意思疎通はできてません。読まなくても大丈夫な超蛇足。
吾輩はマリルリである。名前はまだない。
嘘です。私はマリー。強く賢く美しいマリルリの中のマリルリとは私の事である。
そんな私はご主人の元を離れてこの今のトレーナーであるクソメガネことイオトの手持ちをやっている。ご主人に会いたい。
『マリー。お師匠をよろしくね』
ずっと昔にお別れしたご主人のことを思い出すと今でも無性に寂しくなる。仲が悪かったとかではない。むしろ仲がよくてご主人のことを一番に理解していた私だからこのクソメガネのお目付け役になったのだ。
クソメガネと罵っているがイオトのことは嫌いではない。いや日常でほぼいらいらさせられるからそこは微妙なんだけど。
トレーナーとしてはかなり実力高いしそこは素直に評価できる。私もご主人といた頃と比べて格段に強くなったし。まあ私は才能あるマリルだったから当たり前だけどね。
「……あー……」
ぼけーっと森のちょうどよさそうな岩に座り込んだイオトはどこか心ここにあらずといったかんじで無意味に声を上げる。覇気がない。生気が薄い。要するに抜け殻。
「どうすっかなぁ……」
【ご主人に会いに行けよ】
することないならそうしろと抗議するが私の言葉は人には伝わらない。人とポケモンの言語には大きな壁がある。だいたいは雰囲気とかで伝わるけど細かいニュアンスは伝えられない。
「マリルリさんどっか行きたいの?」
【ご主人のところ】
マリマリと訴えても乾いた笑顔で「何言ってるかわからないや」と言われてしまう。なら聞くんじゃねぇよボケメガネ。
「……会いに行く資格ねぇしな」
ぽつりと漏らす一言に私は何も言えなかった。
ご主人とイオトはとても仲が良かった。でも、イオトはご主人のそばにいてはいけない男だった。ご主人のためにも離れるのが正解。ご主人は寂しくて、でもお互いのためだと割り切って、それでも互いの絆の証に私とあのデンリュウを交換した。
よろしくね、と言われたものの、私は元々こいつのこと気に入らなかったし最初こそ喧嘩ばかりの毎日でイオトの生傷はほぼ私が作っていた。今は手加減を覚えた。反省はしている。
何年経ったんだろう。ここ数年怒涛の出来事が有りすぎてご主人と別れてからどれくらいか忘れてしまった。
【ご主人に会いたいよ〜! はぁ〜なんで私はこんなクソメガネに付き合わされるんだ〜! ご主人〜】
「マリー、地味に俺のこと馬鹿にしてない? 気のせい?」
【気安く名前で呼ぶんじゃねぇ!】
無駄に勘のいいイオトを一発叩くと「ごめんごめん」と軽く言われむっとする。ご主人につけてもらった名前をこいつに呼ばれるとどうもムカつくのだ。さんをつけろやメガネ野郎。
ご主人に会いたい。でもこいつが今のままご主人に会うことは許されない。私も認められない。
だから早く大人になってくれよイオト。そう願わずにはいられない。
いい大人のくせしていつまでも子供のようなこいつは本当に救いようがない。何かとの出会いや経験で成長してくれないか。
「誰かいないかなー。でてこーい」
ふと、人の気配がなかった森に声がこだまする。
イオトは生気のなかった目からようやく人様に見せられるような顔へと変わった後にその声に応えるように声を上げた。
――――――――
新米トレーナーにか弱いポケモン。普段の自分なら負ける要素とかこれっぽっちもないけどまあそこは先輩として弱体化するべきというかまあそこはいい。でもやっぱりあからさまに手を抜くのはこちらとしても向こうも癪だろうしと思ってしっかり相手にしてやったのに突然の進化にやられてしまった。急所に当たるとか自分が情けない。
くそ……レベルダウンしてないなら負けないもん! イオトが悪いんだもん! 私強いもん!
新人トレーナーとリーフィアがいちゃついてる。くっ……私は先輩……私は大人……これしきのことで怒ったりしない。
元気のかけらを与えられて起き上がると視界に不愉快なイオトの満面の笑みが見える。
「マリルリさんも俺に甘えてみる? おいでおいで」
こいつ殺す。
【イオト死ねぇ!! お前がしっかりしねーからだろうがぁ!】
みぞおち狙い、アクアジェットの追撃。普段手加減した攻撃を一切躊躇なくぶっ放す。こいつホントふざけてる。絶対許さん。
「だ、大丈夫ですか……?」
新人が心配そうな顔してイオトを見てる。そんくらいで死んでたらこいつとっくに死んでるからへーきだよ。
「ん? ああ、マリルリさんの愛情表現みたいなものだから」
【誰が愛情表現だボケェ!】
ムカつくことしか言わないので更にひっぱたく。どうしてこいつは私をこんなにいらつかせるんだ。
「マリルリさんはちょっとプライド高いから負けると俺にやつあたりするんだ」
「やつあたりのレベル高すぎない?」
やつあたりじゃねぇよ正当な怒りだよ。
【お前が本気出せば私は戦闘不能になんかならねぇよ! 自分が楽しみたいからって明確な指示放棄しやがってふざけんなよクソメガネエエエエエ】
「マリルリさんちょっと、あの本気で痛い、痛いってあの聞いて、ねえ、マジで痛いから聞――頼むからやつあたりはその辺にしてくれマリー! アーッ! マリー様! じゃれつくはいけませんマリー様アーッ!」
【名前で呼ぶなぁぁああ!!】
【あ、あの……それくらいにしておかないとトレーナーさん死んじゃう……死んじゃうよ……】
おろおろと先程のリーフィアが声をかけてくる。しょうがねーな、新人に免じてこの辺にしといてあげよう。
こうして、私たちは新人トレーナーのヒロって野郎と出会った。
まあまさかイオトがこいつについていくと決めるとはこのときは全く想像してなかったんだけど。
――――――――
まあなんやかんやでワコブシティでなんやかんやあって道場に泊まることになったとさ。
お風呂が広いと泳げるからいい。本能的に泳ぎたくなっちゃう。
まあ朝なんだけど女男の……エミ、だっけ? あいつとその手持ち以外はまだ寝ており、私はそっと部屋を離れた。
あんま変わってない。
私のパーフェクトなお耳は音を聞き逃さない。どこにいるかなーサワくん。
ぽてぽてと歩いていると相変わらず強面のサワくんを見つけ声をかける。
【サワくんー。なんかタオル貸して】
【マリーか。これでいいか?】
洗濯物の山を抱えており、その中から適当なてぬぐいを渡してくれたサワくんは相変わらずデフォルトでこわいかおになっている。そんなだからメスにモテないんだぞ。
【ありがと。あとで返すね】
【洗濯機の中に放り込んでおいてくれ。私はこの後修行する】
【相変わらずストイックだね。ていうかうちのイオトの服とかあるなら持っていこうか?】
【問題ない。私が後で行く】
会話を終えてぽてぽてと寝室へと戻るとヒロとその手持ちが起きていた。ちょうどイオトのことを起こしていたようでタイミングがいい。
【あ! マリーちゃんおはよー!】
リーフィアのイヴが元気ににこにこと挨拶してきて思わずウッとなる。純粋な視線に弱い。とりあえず手を振り返すけどこうも短期間で懐かれるとむず痒いものがある。
ヒロはイオトを起こしてみようとしたがこいつの寝起きの悪さに負けフリーズしている。
ほんっとこいつ寝起き最悪だからごめんって言いたいけど伝わらないんだよな。この寝起きの悪さでご主人も大変だったし。
力技が最適解だとわかっているので布団を引剥してみずでっぽうで顔を強制キレイキレイして借りてきた手ぬぐいでこれでもかと顔面を削る勢いでこする。
「いだっ、いっでででえええええ」
【そら起きろや! 人様に迷惑かけるんじゃない!】
【ひえっ……】
【痛そう……】
イヴとジグザグマのグーが抱き合いながら私を見ている。お前ら覚えておけ。トレーナーがダメ人間だといずれ私みたいになるぞ。
サワくんが服を持ってきたり着替えたりしてイオトとヒロが中庭にいったりしたのでついて行くと道場のポケモンたちがたくさんいたのでそっちに混ざりに行く。
すると道場のマクノシタとゴーリキーが朝っぱらから大声で叫びだした。
【姐さんちーっす!】
【姉御! ご機嫌麗しゅう!】
【あんたらなんで舎弟みたいになってんの】
なんで姉御になってるの。せめてお姉さまとお呼び。
【……ふぅん? 道場のポケモンと知り合いなのね】
【いや別に】
エミのコジョンドが意味深な視線を向けてくる。いやこいつらは昨日知り合ったばかりだよマジで。なんでこんな舎弟になってるのかは知らない。
【ふんっ……強者を強者とわからないような者はケイの手持ちなんぞできないからな】
ルカリオの……ルイ、だっけ? スカした顔で腕を組んでいるがお前自分はちょっと違うぜアピールしててどうかと思う。
「コジョンドと仲悪いのか?」
ふと、トレーナーたちの声が聞こえてくる。私とコジョンドは反応こそしないけど聞き耳だけ立てておく。
「いや? コジョンドはちょっとツンデレなだけだから。本当は僕に懐いてるのわかってるし」
「あーわかるわかる。マリルリさんもそうなんだよ。俺のこと好きなくせになー」
ほぼ同時にそこにあったきのみをなげつけたのは仕方のないことだ。あまりにもふざけたことをのたまうものだから殺意がオーバーした。
同じ動きをしたコジョンドに初めて親近感を覚える。お互い無言で握手をし、その後ろでざわざわと道場のポケモンたちが怯えている。
【もー、マリーちゃんコジョンドちゃんだめだよー。トレーナーさんにそんな暴力振るったら痛い痛いだよ】
【あいつにはあれくらいしても問題ない】
【そうよ。あんなやつ、別に好きでもなんでもないんだから!】
あ、コジョンド。あんたただのツンデレか。
【朝っぱらからツンデレ乙〜】
小馬鹿にするようなパチリスのセリフにコジョンドは睨みをきかせるが手は出さない。それを見てパチリスはケケケと笑う。底意地が悪い。
なんだかんだで道場のやつらは面白い奴らばかりで楽しい。だが、どうしても気に入らないやつが一匹いる。
それは中庭から食卓に向かうとそこにいた。
バルキー。名前はエイラクというらしく、道場のポケモンたちからもあまり評判は良くない。
【あいつ生意気だしケイの言うことも全然聞かないんだよ】
【でもケイはあいつをどうにかしようと思ってるみたい】
食事をしながら話を聞いているとどうも自分に自信が有りすぎる上に勝てる相手としか戦わない。勝ち星しか興味がないやつらしい。
【いっぺん負ければいいんだよあいつは】
ルイが苛立たしげにむしゃむしゃとおにぎりを食べる。クールぶっているが熱血らしいので気に入らないんだろう。
【時間が解決してくれるよ。あんまり刺激を与えても悪い方向に行くかもだし】
日和った発言をするのはエビワラーのビワ。まあ言いたいことはわかるんだけどさ。
【結局のところケイが決めることだ。私は何も言わん】
【サワくんも大変だね】
古株ということもありサワくんはポケモンたちでも発言力のある立場。あんまり余計なことは言わないようにしているらしい。
【大変なのはむしろあの新人トレーナーだ。エイラクのやつ、あいつなら勝てるから自分をジム戦のトリにしろと言ってきた】
【はぁ!? サワどういうことだ! あいつがトリなんて俺は認めんぞ!】
ルイが立ち上がって吠える。ビワがどうどうとなだめ、サワくんが淡々と答えた。
【認めないも何もケイはそれを了承した。当日は俺とビワ、そしてあいつだ】
【馬鹿な……! この俺が外されるなど……!】
【ルイくん落ち着いて。ぼ、僕でよければ変わろうか?】
【情けで手持ちを変わってもらおうなどとは思っていない! それよりもエイラクにはほとほと呆れ果てた! 冗談じゃない! 俺はあいつを絶対に認めんぞ】
食べかけだった食事を即かきこんで乱暴に皿を片付けたルイはそのまま修練場へと一匹で向かう。ポケモン関係も大変だねぇ。
【あのー……私達これ、聞いても良かったのかな】
困った顔でイヴたちが前足をあげる。そうだ、戦うのこいつらだわ。
【問題ない。どうせ主人には伝わらんだろうし】
サワくんの発言にイヴは【そっかー】といい、チルはむふーっとドヤ顔になる。
【ということはわたちの時代! わたちのスーパー無双タイムのはじまりなの!】
浮かれているチルを横目にコジョンドなんかは【果たしてそうかしらねぇ……】と呟く。
食事も進み、さっさと修行に向かおうとするヒロとイオトについていくため道場のポケモンたちとの話を打ち切って裏庭へと私達も向かうのであった。
――――――――
あージム戦終わったー。
最後の夜。自分はまったく関係ないのになんか試合を見ていてやたらはらはらした。つーかあのエイラクが嫌われる理由が嫌ってほど理解できたわ。まあ今回のことで少しは心を入れ替えたようだしなるようになるんじゃない?
【あーはっははっ! くやちいでちゅね? 散々煽ってたわたちに負けるなんてねえどんな気持ち? ねえどんな気持ち?】
【うるせぇぇぇぇ!! 綿毛覚えてろ! 絶対次は倒すかんな!】
チルとエイラクの喧嘩、めちゃくちゃうるせぇ。仲裁しようとしたシアンのカモネギことネギたろうが【た、助け】と今にも死にそうな顔になってる。だらしねぇなぁ。
ネギたろうをワカシャモのシャモすけがひっぱって助け出し、憐れむような目でネギたろうを見る。
【お前さ……明らかに突っ込んだらやばいってわかるだろ?】
【いや……喧嘩は良くないっておもって……】
シアンの手持ちは基本良い奴なんだけど実力でいえばまだまだだからな。仲裁するにはちょっと力不足だ。
まあうるさいのは嫌いだけど賑やかなのは嫌いじゃない。
ごくごくときのみジュースを飲みながらその様子を見ているとふと昔の記憶が蘇る。
まだ、ご主人といた頃の記憶。イオトの手持ちと、ご主人の手持ちも揃ってささやかなパーティーをした。
本当に楽しかったのに、ご主人に会えないんだと思うとじわりと涙がこぼれる。賑やかなで明るい場所はだめだ。ご主人を思い出してしまう。
寝る前にイオトにアレを借りよう。
賑やかな食事のあと、イオトに近づいてあるものを出せとねだった。
【あれ貸してあれ。いつもの音楽聞くやつ】
耳あてをするジェスチャーをするとイオトは3拍置いて「ああ、歌聞きたいのか」と気づいて荷物から音楽プレイヤーを取り出す。
「はい。壊さないでね。俺風呂いってくるから」
渡された小さいそれをぽちぽちと押して聞きたい曲を選ぶ。表示された文字は『レモン1』という簡素なもの。
イヤホンも借りたので耳にあてて再生ボタンを押す。
『お師匠? あれ、お師匠ちょっと。ってもうこれ録音してるんですか!? もー!』
ご主人の声。怒ったような言い方だが声は優しい。数秒置いてご主人の歌が聞こえてくる。縁側で夜空を見上げながら遠くにいるご主人を思う。
ポケモンとトレーナーの関係は千差万別だ。私とご主人のように信じてるからこそ大切な人に託すという選択をした者もいればあのヒロのようにとことん溺愛するやつもいる。
どれが間違いでどれが正しいとかはないけれど、ヒロの手持ちを見ると少し羨ましくなる。けれど、今ご主人の元へ私一匹戻ってもきっとそれはそれで寂しく感じてしまうだろう。イオトもいなければ、意味がない。だから私はイオトのそばにいる。いつかイオトがちゃんと、ご主人に会いにいけるようになったその時を待っている。
【ご主人……ちゃんとイオトを真人間にしてみせるから、待っててね】
そしたらみんなで一緒にいられるよね。
夜空の下、一匹でご主人の歌声を聞きながら私はみんなといれた幸せな頃を思い出しながらイオトが風呂から戻るのを待った。