新しい人生は新米ポケモントレーナー





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1章
4人旅のはじまり


「俺もうここに住みたい」
「わかる」
 ここで過ごす最後の夕飯を味わいながらイオトの呟きに思わず同意する。広い風呂、美味い飯、充実した修行のできる場所。しかもめちゃくちゃ静かだし町の飯屋も美味しかったし。というかここ飯屋充実しすぎだろ。ジム戦後色々食べ歩きしたせいで結構所持金が減った。
 所持金についてだが、旅に出る直前に両親からある衝撃の事実を伝えられ、この旅における資金は正直かなり余裕がある。そう、旅立つ前まで俺が家業を手伝っていた分の給料を両親がこっそり貯めておいてくれたのだ。最初のころ、子供だったこともあり別に小遣いだけでいいと言っていたのだが両親はそれでもと小遣いとは別に俺の口座を作ってそこにこっそり働いてくれた分だけ貯めていったらかなりの貯金になったそうな。まあここ6年くらいずっと使わず毎日手伝ってた分だと思えばそれくらい貯まりそうだし。これだけあるのに足りないなら連絡しろとかいうから母さんも過保護だよな。
 まあそれはいい。問題は3人揃って俺にたかってくるところだ。1回だけなら許したがその後も何度もたかろうとしやがった。カモじゃねないぞ。
 俺、本当にこいつらと旅すんの……?急に不安になってきた。
「なんでボクのときよりご飯に対する反応がいいですか」
「悪い……正直ケイの飯めっちゃ美味い」
 比べることがまず失礼なのはわかっているがシアンの味が100点だとしたらケイは120点レベルだ。なぜかわからないけどめちゃくちゃ美味い。シアンの味が家庭的な上手さだとすればケイのは料亭とかそういう系列だ。
「え、どっちも美味しいからいいんじゃない?」
 デリカシーがないというかあんまりそういうところにこだわらないのかエミがぱくぱくとすごい速さでおかずを消費していく。隣でパチリスもすごい速さでもぐもぐしているけどその体のサイズでよくそんな入るな……。てっきりナッツとかきのみをかじってるイメージがあったから目の前でどこかのピンクの丸い生き物よろしく一気に口に放り込んで頬を膨らませるとか誰が想像しただろう。個体差……なのかな……。
「まったく……急に今日は全部自分でやるとかいうからなにかと思ったですよ」
「他意はないぞ」
 酒をちびちび飲みながらジムで見せたあの笑顔はなんだったのかというほどむすっとした表情のケイをじっと見る。なんか、こうして見ると誰かに似ているような気がする。というかあの笑顔がちょっと誰かに似ていた気がする。
 ふと、視線をずらして見た先はアホ面でマリルリさんにおかずを奪われているイオト。そして、納得する。イオトと少し似ているんだということを。といっても髪色も目の色も違うしどこが似てると言われるとはっきりとは難しいがなんとなく雰囲気が少し似ているなと感じさせる。二人共フレームが違うけどメガネつけてるし。
「ん? 何?」
 こちらの視線に気づいたイオトがタレ気味の目をこちらに向ける。イオトの緑の瞳はケイの黒い目とは似ても似つかない。ケイはそもそもツリ目気味だし。
「いや、なんでもない」
 きっとメガネ属性のせいで似てると錯覚しただけだろう。そう思って誤魔化すと都合よく話題を切り出したエミが大皿からおかずを取りながら言う。
「ていうか格闘使いってわりには細いよね。格闘使いってどっちかというと自分も鍛えてるイメージだけど」
 俺の認識もそんな感じなのでうんうんと頷くとシアンが「ケッ」と悪態をつく。
「この野郎は昔っからどんだけ修行してもぱっと見筋肉がつかねぇですよ。お兄さんたちはがっしりしてるっていうのにこいつだけ見た目が全然変わんねぇです」
「ぱっと見ってことは実はすごいの?」
 エミがじっと品定めするようにケイを眺める。俺も思わずつられるけど正直俺らとそう体格は変わらないように見える。
「こいつ……貧弱なのは見た目だけで実際はアホみたいに馬鹿力ですよ……こいつ生身でガルーラの攻撃受けてそのまま投げ飛ばしやがったです」
「本当に人間?」
 新種のポケモンだったりしないだろうか。スーパーマサラ人も大概重いポケモン抱えてたりするしもしかしてこの世界はそういったトレーナーが案外多いのか?
「あ〜、だからあれは子ガルを引き離した馬鹿がいて町にまで被害出かけたから仕方なくてだな」
「いや暴力云々じゃなくて生身でやったことが問題なんですよ。ボクも素手じゃ無理ですよ」
「まるで素手以外ならできるみたいな言い方やめろ」
 俺も鍛えたほうがいいのかな……不安になってきた。横にいるイヴが食卓にあるきのみを取ってと前足でつついて急かしてくるので取ってやると喜んで他のポケモンたちが食事をしているスペースへと向かった。チルとか体が大きくなったのでそこで食事を取っているのだが……

「ち〜るちるちる〜」
「カポー! カー!」

 なんかチルとケイのカポエラーが喧嘩してた。チルがすごい煽るような顔でにやついており、カポエラーは青筋が浮いていそうなキレる一歩手前と言った感じだ。ちなみになぜかシアンのカモネギが間に挟まれて白目をむいている。あれ大丈夫だろうか。
「まあお兄さんたちから次期ジムリーダーの座をぶんどったのは伊達じゃねぇですよ。兄弟弟子の中でもポケモンバトルはどっちかといえばブリーダーとかコーチタイプって言われてましたですし」
「まあコーチっていうのはなんとなくわかるけど」
 自分で戦うより他者を指導するのが向いているというかあのバトル中にも俺を叱咤したのとか完全にコーチのそれだし。
「兄弟弟子って他にもいるの?」
 イオトの質問にシアンはそっと目をそらす。ケイも何も言わず酒をあおった。
「…………まあ、その、いるっちゃいるですが……ボクは歳が近かったケイを除いては元々そこまで接点なかったですし……唯一接点あるやつはあれですし……」
 すごく渋い顔をしていらっしゃる。
 この話はやめよう。イオトとエミと目配せして話題を打ち切る。
「にしても次はムーファタウン経由してハマビシティに行くのが鉄板かな」
 地図を見ながら今後の行き先を考える。隣町のムーファタウンを経由しない道もあるが複雑なので迷うだろうし野宿が続くのも問題だ。遠回りでもないしムーファタウンもそこそこおもしろいものが見れそうなので悪くないだろう。
「ムーファはいいところだぞ」
 ケイの説明によると牧場のような施設があり、ムーファ産の食材は安心安全をモットーにした美味しいものばかりらしい。名産といえばやっぱりモーモーミルク。
 ハマビシティは海の街らしいがそこにもジムがあるしほかの島にいく船のある街でもあるため重要度は高い。というか、ポケモンリーグのあるところはこの島から離れたところにある離島であり、しかも空を飛ぶで行くのは条件を満たしたものだけらしい。姉は平気で飛んでいるらしいがバッジの有無か証明書がないと無理だとか。なんでも侵入者防止のためとからしいけどそこまでするのか。
 とにかく、ムーファを経由してハマビシティに行くのがほぼ決定。その後のことはまたその時考えよう。
 喧嘩しているポケモンたちと巻き込まれたポケモンをそれぞれ回収し、片付けをしたり風呂に入ったりして最後の夜を過ごす。修学旅行の最後の夜みたいな気持ちになってきた。
 イオトやエミはすっかり眠っているがなんとなく寝付けなくて縁側に出てみる。月がよく見え、ぼんやりと記憶を手繰る。前世の俺と今の俺の境界。前世と似た名前、容姿も特別差がない。生まれ変わったのは間違いないが前世を思い出す前の自分の記憶があの日を境に欠けていて不思議な感覚だった。
 夢で見るのは間違いなく欠けた記憶の出来事。忘れてはいけないと訴えるように夢に浮かぶそれを未だ掴めずにいる。
 なんとなく、大事なことを忘れているようでため息が漏れた。いつか思い出せるのだろうか。
 寝ぼけたイヴが布団から抜け出してこちらにやってくる。お前も早く寝ろと前足でせっついてくるので布団へと戻るとイヴがくさぶえを使って眠りをいざなってくる。トレーナーにも効くんだなぁこれ。
 そのままうとうとと音色を聞きながらゆっくりと眠りに落ちていき、最後の夜は終わった。



――――――――



 道場で過ごす最後の朝。身支度を整え朝食をいただき、相変わらず強面のサワムラーだったが最後はちょっと笑ってハンカチをくれた。こいつめちゃくちゃ良い奴だと思う。
 見送りに来た道場のポケモンとこちらの手持ちたちがバイバイと手を振っている中、着物姿のケイと別れの挨拶をする。
「お世話になりました、と」
 なんだかんだで道場での生活を満喫してしまった。ジムも勝ったし。
「あ、そういえばこれ渡すの素で忘れてたから、ほい」
 軽くぽんと渡されたのはディスクのような何かと封筒。
 一瞬なにかわからなかったがそれがわざマシンだと気づいてそういえばもらっていなかったことを思い出す。
「渡しそびれた賞金とかわらわりのわざマシン。説明いるか?」
 封筒の中身の賞金は結構な額だった。旅してると入用になるしこれくらい必要かもしれないけどすごい生々しい金額だ。
 説明はいらないと首を横に振るとそうか、と短く答え、息を吐く。
「あー、あと、そこの馬鹿シアンが何かしたら俺の番号に連絡してくれ」
 連絡先を交換することになり、横でシアンが「なんもしねぇですよ!」とぷんすか喚いている。眠そうにあくびをするイオトをマリルリさんが蹴り、エミは既に朝食を終えたと言うのにおにぎりをまだ食っていた。どんだけ食べるんだ。
「んじゃ、次来るときは俺の本気メンバーで待ってるからな」
 再戦するときはそれこそ姉さんに勝てるくらいのレベルになってからにしよう。後ろにいる強面のサワムラーを見て固く決心した。



――――――――


「やーっと自由に旅できるですよー!」
「つっても俺の旅だから行き先の決定権は俺だからな」
 シアンは「しょーがねぇですねぇ」とかほざいているので無視して地図を確認しながらムーファタウンへの道を確認する。それほど遠くないが野宿せずにたどり着くかは怪しい。
「てか改めて確認するけどお前ら本当についてくるの?」
「え? 当たり前じゃん。面白そうだし」
「人の旅路見るの楽しそうだし」
 イオトとエミは既に実力者なのに俺についてきて楽しいんだろうか。こいつら結局何なんだろう。
 旅をするのはいいが、こんな賑やかになるとは思っても見なかったので一抹の不安どころか一束くらいの不安しかない。
 まあいざとなったらこいつら見捨てて一人で旅しよう。
 そう決めてとりあえずは4人旅の始まりの一歩を踏みしめることとなった。




――――――――



「また静かになるな」
 4人が旅立ったのを見送り、少し寂しそうな手持ち達と道場に戻るとケイは唐突な悪寒に自分のテリトリーである道場へ入る足を止める。
 恐る恐る、道場の正門から修練場近くの縁側へと視線を向けると予想していた通りの人物がそこにいた。

「こんな朝からどこに行っていた?」

 尊大な態度。淡々とした声。ケイの方を一切見ようともしない視線は自分の手帳へと向けられており、横に控えているピカチュウが退屈そうにあくびをしていた。帽子のせいで顔はよく見えず、表情も窺い知れない。
「なんで、ここにいるんですか、あんた」
「俺様がどこにいようと勝手だろう? それよりもお前、俺様に隠し事してないだろうな?」
 パタン、と手帳を閉じると同時にケイに向けられたのは冷え切った瞳。立ち上がり、向き直ったその人物は一見すると小柄で少女のようにも少年のようにも見えた。中性的な容姿はかなり整っているが、その表情は不機嫌そうに歪められている。
 ケイは隠し事と言われ真っ先にシアンのことが浮かぶが、持ち前のポーカーフェイスでそれをみじんも表に出さずに答える。
「別に。隠すようなこと特にねぇし」
「ほう。そうだな……例えば、そう――家出した馬鹿娘のこととかだ」
 一瞬で距離を詰められ、ケイはとっさに後ろに下がる。容赦ない回し蹴りは避けていなければ顔面を直撃していただろう。だが、想定内だったのかその人物は小さく舌打ちするだけだ。
「ふん……。まあお前を信じて今回は引いてやる。あの馬鹿娘のせいで俺も余計な手間が増えたし早いところ家に戻ってもらわなきゃかなわん」
 苛立たしげに呟くその人物に対し、相当不機嫌になっていることを改めて実感するとケイはなぜここにきたのかを考える。
(有り得そうなのはこの人特有の無駄な勘の良さ……野生児並の勘だからな……)
 特に手がかりはないがなんとなくいるかもしれないという勘だけで様子を見に来たという可能性がある。下手に喋るとボロが出ると考えたケイは話題を微妙にそらしてみた。
「つーか、結局結婚するんですか」
「するわけないだろ。俺も知らないうちに勝手にまとまってたんだ。断ろうとしたらあの馬鹿娘、家出してやがるし」
 はあ、とため息をついたその人物は縁側で寝転んでいたピカチュウに声をかけるとボールからエアームドを出してケイに背を向けた。
「ったく……俺だって結婚するつもりあるわけないんだぞ。妹弟子だからって甘やかすとこれだ」

 『彼女』はヒナガリシティジムリーダー、ユーリ。

 ケイやシアンの兄弟弟子であり、おそらくこの地方で最強のジムリーダーだった。

 飛び去った彼女を見送り、ケイは嘆息する。幸いにも昨日とかに来なくてよかったという点はあるがギリギリニアミスだったこともあり心臓に悪い。
 シアンは確かに無謀な家出娘だが、ケイとしては内心、安全であれば旅に出すことに不満はないしなんだかんだ妹弟子を応援してやりたいという気はあった。
 都合よく一緒にいた3人がいなければさすがに引き渡していたがそれも彼女の運だろう。
「まあさすがにシアンもあの人のいるところには近づかねぇだろうし大丈夫だろ」
 ヒナガリシティに近づくような馬鹿な真似をしないと信じてケイは道場の中へと戻っていった。

とぅりりりり ( 2017/10/31(火) 19:44 )