新しい人生は新米ポケモントレーナー - 1章
VSジムリーダー・ケイ



 初手で繰り出されたのはエビワラーだ。こちらが出したのはマッスグマに進化したグー。相性は当然ながら不利。格闘タイプのジムなんだから当然といえば当然だ。
 が、イオトとエミの予想通り初手はあまり早くない相手なのが幸いした。
「グー! じゃれつく!」
 フェアリータイプの技でも威力が高いそれは特別攻撃が高くないグーでもある程度効果を発揮し、エビワラーにダメージを与えることができた。出だしは上々。グーには悪いが最低限の働きで退場してもらうことになる。
 が、エビワラーはこちらを攻撃せず、こうそくいどうで自分の素早さをあげてくる。
 すぐにグーを倒しに来ると思っていたのに積み技をされ焦りつつももう一度じゃれつくを当てれば倒しきれるはず――そう考えもう一度じゃれつくを指示すると先に動いたエビワラーは更にビルドアップで自分を強化していく。この状況でまだ積むのかと驚くと同時に、グーのじゃれつくはエビワラーに直撃するも、まだエビワラーは立っている。といってもかなりギリギリの状態だが。ビルドアップで防御アップをしてきたのが効いているのかじゃれつく2回で落ちないあたりやはりよく鍛えられていた。
「ビワ、決めろ。マッハパンチだ」
 あまりも早く、俺はその動きを視認できなかった。エビワラーの拳はグーの胴体をえぐるようにめり込み、俺の後ろの壁までふっ飛ばされ土煙が舞い上がる。
「グー!」
 振り返ってグーを見ると瀕死になっており、先制技のたった一撃で倒れたことと、自分を強化したことを踏まえても明らかに威力が高いことから恐らくエビワラーの特性はてつのこぶしであろうと推測できた。
 それと同時に横のモニターが変化し、俺の手持ち部分の一つが戦闘不能を示すグレーに変わる。
 目を回したグーをボールに戻し、チルを繰り出す。先日から不機嫌そうだったチルも今日はやる気充分のようで「ちーるー!」と元気な声を上げた。
「……」
 ふと、ケイの表情が一瞬だけ変わったがそれが本当に一瞬で何を思ったのかまではわからない。ただ、漠然と『期待』という感情が頭をよぎる。
「チル! つつ――」
「ビワ! かみなりパンチ!」
 先に攻撃したのはエビワラー。効果は抜群。それでも一撃で倒れることはなかったがチルは指示したつつくを当てることはできず、それどころか痺れて動けなくなっていた。
「うっそ……!?」
 ゲームだとかみなりパンチで麻痺になる確立って確か10%くらいだったよな? いや、ゲームと今は必ずしも一致しない。それよりもここまで持っていかれるのは予想外だった。回復するか? そう考えたが恐らく回復してももう一発撃たれたらアウトだ。麻痺はしぜんかいふくで治る。となると――
「チル戻れ!」
 ボールに戻し、代わりにドーラを繰り出すとケイの表情は相変わらず不機嫌そうな様子だがどこか先程とは違って落胆したように見える。
「エビワラー、ほのおのパンチ」
「ドーラ! ポイズンテール!」
 エビワラーの攻撃は当然早い。しかし、ドーラはほのおのパンチで倒れることなく攻撃を当て、同時に両者が距離を取る。
 運がこちらに傾いたのか、エビワラーがそのまま膝をつき、瀕死になる。
「……ポイズンテール、じゃないな。どくのトゲの方か」
 納得したようにボールにエビワラーを戻し、軽くボールを下投げすると出てきたのは無言ながらも圧倒的な威圧感を放つサワムラーだった。ていうかここ数日やたら洗濯物関係で対面したやつだ。
 ――あの強面のサワムラー、ジムリーダーの手持ちかよ!
 隙のない構えのサワムラーはドーラと睨み合い、じりじりと互いの距離を見ていた。
 それにしてもどうする。戦法としては毒状態にした上でベノムショックで削ろうと思っていたのによりにもよって特防の高いサワムラーときた。しかし、エビワラーより防御は低い。
「ドーラ! まもる!」
 ジム戦に挑むにあたってイオトとエミとも話した、特性は何かという問題。エビワラーがてつのこぶしだったこともあって、サワムラーの特性は隠れ特性でなければじゅうなんかすてみ。ケイが選ぶなら恐らくすてみではないか。
 ならおそらくやってくるのはすてみのとびひざげり――
「読めるんだよ」
 守りの体勢に入ったドーラにサワムラーはフェイントで攻撃し、まもるは無意味なものへと成り果て、ドーラの体力を削る。しかもフェイントは接触技ではないためどくのトゲは見込めない。
『格闘タイプだから接触技ばっかだしへーきへーき』
『そうそう。毒になったところをベノムショックでやっちゃえばいいよ』
 昨日の夜そんな話をしたのにこれだ。聞かれていたのかと思うほどに、いや恐らくジムリーダーとしての実力だろうけどあまりに考えた戦略が通じないせいで思考がどんどん混乱していく。
 だめだ、今は目の前のことに集中しなければ。虫技は半減。岩も半減。となるとやはりポイズンテールしかない。
「ドーラ! ポイズンテール!」
 ゴリ押しみたいで嫌だがいやなおとで防御力を下げたところでこちらが攻撃できなければ意味がない。どくばりの方が毒になる確立が高いので毒を狙うのも有りだがそれよりも体力を削ったほうがいい。
 ポイズンテールが当たり、サワムラーが何もしない?と不審に思ったところでサワムラーがあえてポイズンテールを受けたことに気づく。
「サワ! リベンジ」
 後攻技、ダメージを受けると威力が2倍になるそれを食らってドーラは耐えることができず目を回してしまった。
 これでこちらは残り2匹。しかし、サワムラーもポイズンテールのダメージが意外と効いていてなんとかなりそうだ。
「イヴ!」
 チルの体力が危ないのと、相手の最後の一匹が何かわからない状態でチルを出す訳にはいかない。というかチルを回復させたいのに目を離す隙がない。道具を使うタイミングがつかめない。
 サワムラーをどうにか倒して、手持ちが交代する時に回復をするしかない。
「イヴ! はっぱカッター!」
 定番中の定番。サワムラーも動くが、運よく急所に当たり、サワムラーは膝をつき……あいつの膝ってどこだ……? ともかく、サワムラーも倒れ、相手は残り1匹。こちらは2匹。この隙にチルを回復させたためまだ余裕はある。
 いける。予定みたいな作戦や戦略はほぼだめだったが勝てる気がする。


――――――――




 予定した戦略とは違うけど上手いこと進んでいる。

(とーか考えてるんだろうなあいつ)
 ケイは内心不機嫌を極めていた。あまりにもお手本のようなそれこそ教科書通りの対応をされていること。そしてこちらもそうだと思われていることを。
(まあお前のその知識は評価するよ。ただし――勝ちはやれないな)
 知識があるということは素晴らしい。無知よりもよっぽど好感がもてる。だが、中身の伴わない知識に価値などない。
 ジムリーダーには数種類のタイプがいる。

 一つ、圧倒的実力で挑戦者を圧倒する者。
 二つ、挑戦者を教え導き、新たな実力者の育成を促す者。
 三つ、勝ち負けにこだわらず、総合的な観点で評価し、実力を認める者。

 一番目はとても厄介かつ、ケイとしてはあまり好ましいタイプではない。ジムリーダーの本質は『トレーナーの実力を高めるためのもの』なのだから。
 他の地方では負け続けるとジムリーダー資格を剥奪されることもあるがここではその限りではない。そもそもジムリーダーとしてもらえる給金なんてそれほど多くない。兼業をしている者も多くいる。そのため、負けることが決して悪いことではないのだがそう思わない人間も多くいるのだ。
 手を抜いていると思われるかもしれないが相手は自分たちジムリーダーと違ってまだ未熟なトレーナー。その芽を育てることが第一なのに徹底的に叩きのめしてどうする。先達が成長の境目を見抜き、勝ちを譲ることで成長や、勝つことの楽しさ、強敵との戦いでポケモンとの絆を深めることを目的としているというのに。
 なぜ勝てないのか、なぜ負けるのか。その理由を知るまでもなく叩き潰されたトレーナーは多い。それはジムリーダーの怠慢であり、ただ強いからというだけでジムリーダーを背負っているのがケイには許しがたいことだった。あの横暴で、傲慢な人物こそまさにその典型だ。
 そして、それ以上に彼には許せないことがある。
(サワがやられるのは想定の範囲内。大方、あれの入れ知恵だろうが……)
 ちらりと観客席を見る。目があうことはないが向こうも見られていることに気づいただろう。
(お前のそういうところが嫌いなんだよ。俺じゃなくてお前が真っ先に言うべきことだろ)
 深い深い、重苦しいため息を吐いて3匹目のポケモンを繰り出す。
(お前は強いよエイラク。だが、俺の指示を無視してその自信に溺れてるうちは……)

 問題児のバルキー、エイラクはボールから出てケイに背中を向けただけでもありありとわかる「自己陶酔」に浸っていた。



――――――――


 現れたポケモンはなんとバルキーだった。最後の一匹だからてっきり切り札かとおもっていたが進化前のポケモンとは。
 勝ち気な笑顔のバルキーは拳を見せびらかすように動き、攻撃する素振りは見せない。
「エイラク」
 たしなめるようなケイの言葉も無視し、イヴに殴りかかってくるがイヴはそれをギリギリで避け、逃げるイヴとバルキーの追いかけっこになりはじめる。
「イヴ! でんこうせっか!」
 追いかけっこをしても埒が明かない。そんなに強くないだろうしこちらから動いたほうが早いと見て指示を飛ばすがバルキーは素早いでんこうせっかをあっさりと避け、それどころかイヴに蹴りを何度も叩き込んでくる。なにかの技かと聞かれるとわからないが確実にダメージをイヴに蓄積させている。
「エイラク!」
 先程よりきつめの声のケイに一瞬反応したバルキーはバックステップでイヴから離れ、不敵な態度で腕を組む。
「こいつはまあ、強いことは強いんだがとんだ自信家かつ、理想の高いやつでな」
 呆れたように愚痴をこぼすケイ。イヴがバルキーを睨むがまだ両者動かぬままだ。
「進化するのは自分が決めたい。自分が切り札じゃないと嫌だ。進化するときは最高にかっこいい状況で、とかそんな我儘息子だ」
 目を伏せたかと思えば片目だけ開いてバルキーの方を見る。バルキーもケイを見て急かすように「ばるっ!」と叫ぶとケイは渋々と言った様子で頷き、言った。
「エイラク! お前のお望みどおり最高の舞台を作ってやったんだから男を見せろ!」
 それを聞くやいなやバルキーは自分に巻きつけていた包帯を外し、身につけていたかわらずのいしを投げ捨てる。
 バルキーは駆け出し、イヴに蹴りを入れる。イヴもそれを避けるが体を逆さにしたバルキーはそのまま連続で蹴りをうちこんできた。イヴが再び避けた瞬間、バルキーが輝き、一瞬のうちにバルキーに変化が現れた。
 そして、更にもう一撃、イヴへの蹴りが繰り出され、そこにいたのは勝ち気な表情を浮かべたカポエラーだった。
 このままだとまずい。イヴはまだ立っているが疲労してきている。
「イヴ! こうごうせい!」
 呼吸を整え、体力の回復を試みるがカポエラーは隙をつくこともせずそんなことをしても結果は変わらないとばかりに構えながら待っている。
 完全に舐められている。ケイの指示も聞かない。けれどバトルには好戦的で非常にいやらしい表情をするやつだった。
「ていうかジムリーダーのポケモンがなんで言う事聞かないんだよ!」
「卵からかえしたんだけどな。なぜかそいつだけやたら勝ち気だしわがままなくせしてほかより能力が高いもんだから俺も困ってるんだよ。しかも戦う相手をめちゃくちゃ選ぶときた」
 ケイの指示をほぼ無視するのは自分がなにより強いと感じているからなのか、ケイに懐きはすれど言うことはほとんど聞かない。かなりの問題児だ。
「ま、お前の手持ちでこいつの鼻っ柱へし折ってくれよ」
「他人事のように言うなよジムリーダー!」
 本当に他人事すぎる。
 はっぱカッターで応戦するもカポエラーは回転し、すべて撃ち落としたかと思うとそのままイヴを攻撃する。技ではなく翻弄するような動きでただ攻撃するその様子は嘲笑うようで、イヴも倒れはしないがきつそうだ。
 マジカルリーフを指示するも元々特防が高いこともあってかそれほど効いている様子はない。
 技ではなく個体としての能力がそもそも高く、技の撃ち合いでどうにかなる状況じゃない今の状況に勝てる見込みがなくて唖然とする。チルの攻撃もこれでは当たるはずがない。
 マジカルリーフが何度か当たり、少しは削れた、というところでイヴに限界がきた。
 戦闘不能になったイヴをボールに戻し、チルを出すべきところで手が止まる。負けるのがわかっている状況でこのまま続けて意味があるんだろうか。
 ぼんやりと、カポエラーを見ると本当に相変わらず不敵で、嫌な笑顔を浮かべている。自分が勝つことが当たり前と思っているんだろう。
 チルにこの状況を覆せるのはタイプ相性しかない。けれど、それでこいつに勝てるのか?
 ぐるぐると思考が回る。そして脳裏に浮かんだのは降参の二文字。無駄に怪我するよりは――

「しゃきっとしろ!」

 観客席の激励かと思ってはっとする。しかし、その声の主は対峙しているケイだった。
「辛気臭い! 挙句自分の手持ち信じねぇでどうするんだ! 新人のうちは難しい戦略考えねぇでタイプ相性だけ頭に入れとけ! 手持ちの方針も技も出揃わないうちからごちゃごちゃと……!」
 苛立たしげに頭をかきむしると腕を組んでダンッと強く床を踏みつけ大きな音を立てるとカポエラーも驚いて思わず振り返った。
「小賢しい戦略はせめて俺以外にやれ! 俺は誇り高きワコブシティがジムリーダー! 武に身を投じ、トレーナーとポケモンがともに戦う純真なる絆を司りし者! 小手先の付け焼き刃な戦略なんぞ通じると思うな!」
「は……え?」
 付け焼き刃な戦略って、まさか、俺のこのバトルでのあれ、全部気づかれていたんだろうか。
「ゴリ押し? 大いに結構! んなもん恥じることでもなんでもねぇ! やることやってから負けろ! ポケモンは生き物だぞ? データ上のステータスでお前手持ちのこと決めつけてるだろ?」
 その言葉がやけに胸に刺さって、思えば前世の記憶を思い出す前と今では思考に変化があることに気づいた。
 種族値や技のデータ。それらがどうしても先行してしまって目の前にいるポケモンが生き物であるはずなのにゲームの延長線上のようにとらえていることが何度もある。
 ボールの中のチルを見る。ボール越しに俺を見つめる目はまるで「信じて」と言っているようで、自分がなぜうだうだ悩んでいたのかと思うほど吹っ切れた。
「チル!」
 ボールから出たチルはカポエラーと対峙する。
 チルの覚えている飛行技はつつくとそらをとぶ。威力を見るなら後者だが溜め技だとみきりなどで避けられる可能性がある――とごちゃごちゃ考えていた思考を振り払い、眼の前にいるチルだけを見た。
「チル! いってこい!」
 高く飛び上がったチルを馬鹿にするように構え、みきりを使わないのか迎撃しようとするカポエラー。チルは急降下し、カポエラーに突っ込んでいく。
「ちーるううううううう!」
 攻撃が当たる直前、チルは輝き、バルキーが突然のことに驚いて目を覆う。そして、その一瞬が仇となったのかカポエラーにチルのそらをとぶは直撃することとなる。

 チルタリスへと進化したチルの攻撃は驚き、目を見開くカポエラーをふっ飛ばし、目を回したカポエラーをケイが確認したことで勝敗は決した。







「や、やりましたですよ!」
 ハラハラしながら見守っていたシアンが勝敗が決するとコートの方へと走り、俺に飛びついてくる。
「ヒロくんナイスですよ! 褒めてあげるですよ!」
 が、飛びつかれてもちょっと鬱陶しいのでそれを避け、進化したチルへと近づく。
「チル、ごめんな。ありがとう」
 二人の案に惑わされておざなりになっていたにも関わらずチルは俺の期待に応えようとしてくれた。ただ進化をするのは予想外だったし、レベルも進化前だったはずなのにどうしてだろうか。
 チルの頭を撫でていると先程の発破はなんだったのかというほどいつもどおりの不機嫌そうな普通の表情でケイが近づいてくる。
「そいつ、お前が見てないところで一人で修行してたんだぞ。風呂のときとか、夜もたまにやってたし」
「は!? そういえばチル、風呂のときいつもいなかったな!?」
 驚きの事実に思わずチルを振り向く。するとチルはまるで「頑張ったから褒めて」と言わんばかりに擦り寄ってくる。かわいい。
「んーかわいいからオールオッケー。でも今度は俺のいる時な。俺も気をつけるから」
「ちる〜」
「か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛!」
 本当に可愛い。しかももふもふ度もアップ。あ、くっついてると眠くなってくるなこれ……。
「んでほら、ジムバッジ」
 そうケイから軽い感じで渡されたのは拳と足がぶつかりあうようなマークのバッジ。ピカピカに磨かれたそれをどこにつけようかと悩んでいるとシアンに続いてイオトとエミも近づいてきた。
「おめでと〜。いやぁ、これ途中で『あ、負けそう』って思ったけどいけるもんだね〜」
 無責任すぎるエミの発言に思わずイラっとしたがエミの案を鵜呑みにした俺も俺なので人にとやかく言えない。イオトもニコニコと俺に肩を回してくるが鬱陶しいのでさりげなく手を払う。
「……で、シアン」
「なんですよ。ヒロくんが勝ったからボクを見逃してくれるんでしょう?」
 勝ったというのにややきついシアンに対してケイはなんと本当に少し、少しだが薄く笑う。
「止めはしないが気ぃつけろよ」
 その表情を見た瞬間、俺を含む全員が思った。

 ――やべぇ、普段笑わない分めちゃくちゃ怖い。

 別に笑顔そのものは怖くないのだがこう、何かあるんじゃないかと思ってしまう。それだけ普段笑わないせいで俺たちどころか見ていたジムトレーナーたちも嘘だろみたいな顔で見ている。
 その視線に気づいたのかケイはジムトレーナーたちにいつもの顔を向け「ほら、お前らは持ち場戻れよ」とたしなめる。そそくさと立ち去ったジムトレーナーたちを除いて俺ら4人とケイ、あと部屋の隅で蹲っているカポエラーとその近くに立つエビワラーとサワムラー。
 この後どうしようか、と考え、今から次の町に行ってもいいが1戦しかしていないのにどっと疲れた気がする。
「一応今日も泊まってけよ。今日は町の観光して明日にでも出れば?」
 ケイの提案にイオトがすぐさま乗り、エミもまんざらでもないのか町のどこ見に行く?と俺に声をかけ、やや不満そうに頬を膨らませるが拒否しないシアンとともにジムから出て、町でもそこそこ有名な食事処へと向かった。


――――――――


 隅で蹲るカポエラーを見て、エビワラーは呆れたように両手を広げる。サワムラーはあまり表情が変わらないがカポエラーをじっと見守っていた。
「敗北の味はどうだ?」
 誰もいなくなった部屋で、ケイは穏やかな声をカポエラーにかける。蹲ったカポエラーは体を震わせ、鳴き声のような、うめき声のようななにかを漏らす。
「悔しかっただろ?」
 視線を合わせるためしゃがみこんだケイが見たのはカポエラーの泣き顔だった。ぐしゃぐしゃになった顔は涙で濡れ、横にいたエビワラーがハンカチいる?と差し出すが受取を拒否した。
「それでいいんだよ。勝つことが全てじゃない。勝てると思った相手だろうと負けることはある」
 泣きじゃくるカポエラーの頭を撫でながら、他人が見ることはないであろう自然な笑顔をカポエラーに向ける。
「どーせあいつ、強くなったらまた来るだろうしそれまでにはお前も少しはマシになってるだろ? ほら、男ならそろそろ泣きやめ。今後はちゃんと俺の言うこと聞いて、修行もみんなと一緒にしろよ?」
 カポエラーは少し間を置いた後、こくんと頷いてサワムラーとエビワラーにもよしよしと撫でられる。狭い世界にいた蛙は少しだけ開けた世界に足を踏み出し、成長するきっかけとなる。
 ケイは自分の期待した通りにヒロも、ケイも踏み出してくれたことを嬉しく思いながら天井を見上げた。
「さて、ここからが大変だぞ」

 自分なんて、他のジムリーダーと比べたら優しい方だ。他はこんなに甘っちょろくない。

「特にあの人はな……」
 傲慢なとあるジムリーダーを思い出し、ヒロの今後を憂うと同時に自分にもそれが降りかかるであろうことにため息をつきながら3匹とともに部屋を後にした。




とぅりりりり ( 2017/10/31(火) 19:44 )