第5話
...(ここは...どこだろう...)...
...(何だか、前にも来た記憶がある...)...
...(いつだったっけ...)...
ーレオのいる空間では、景色が波のように絶え間なく揺れ、その色は赤から青、青から緑、緑から黄色、そしてまた赤色へと変わっていた。
............なさい...
...(...誰?)...
...あなたには...大切...使命......るから...
...(大切な...使命...?何のこと...?)...
...目覚めな...ては...らない...
...(ねぇ...使命って...何のこと?)...
「...やっと目が覚めた?」
聞き覚えのある声で、レオの意識が戻ってきた。そうだ、昨日僕とセレンは旅をすることを決め、そのための準備を夜遅くまでしていたのだった。
目を開けるとそこには、少し心配そうな顔をしているセレンがいた。
「あぁ、ごめん。寝坊しちゃったね...えへへ」
「えへへ、じゃないわよ。朝から寝坊して、しかもなにか夢でブツブツ喋ってるからさぁ。おかしくなったかと思ったわよ」
夢。それを聞いて、寝ている間に見ていたあの声を思い出す。あの時夢の中では、誰かが自分に話しかけていた。しかし誰だったかは覚えていない。しかし、内容は少しだけ覚えていた。
使命
この言葉だけが記憶に残っていた。
「なんか...使命を果たせみたいな夢を見たんだ。誰が話しかけていたかはあんまり覚えてないけど...」
「使命ねぇ...」
セレンは少しの間考えているようだったが、ポンッと手を叩いて
「ま、とりあえずそういうのも含めて、自分探しの旅ってのも悪くないんじゃない?」
自分がポケモンになった理由。それを探す旅、か。この世界の色々なものに出会うことで、気付かされることも沢山あるだろう。そういう目的で旅をするのも悪くないのかもしれない。
「さ、とっとと準備するわよ。山の中だからスグに暗くなるからね」
そうしてセレンは部屋を出ていき荷物を準備していく。
軽く朝食を取り、レオも続いて昨日準備しておいた荷物の確認をした。セレンからは、背負う事の出来る小さなバッグの様なものを貰った。見た目は体の数分の一の大きさだが、なかにものを入れる時は、不思議なくらいにたくさんの荷物が入るのだ。これも、ポケモンの世界の特殊な道具なのだろうか。その中に、食料と回復用の木の実、ダンジョン用の道具数個を入れていた。
確認が終わり、部屋を出ると
「準備出来た?」
丁度セレンも支度が終わったようだ。
「準備OKだよ」
「よし、じゃあこの小屋ともおさらばね」
惜しそうな顔をしながら荷物を持ってセレンとレオは山を下り始めた。
「今度はどこにいこうかしら」
「セレンって何回も旅してるの?」
「そうよ。お尋ね者の中には、チームを組んだり団体を作っている所もあるからね。恨みみたいなのを買っちゃうとあまり定住は出来ないのよ」
「大変なんだね...」
「とりあえずは町に行ってから、港の方に行くわ」
ポケモンの世界とはいえ、ニンゲンの世界のように港などもあるらしい。いったいどれくらい広いのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると
「そういえば、あんたってニンゲンに戻りたいの?」
セレンがレオに対してふと思った疑問であった。
正直自分の気持ちはよく分からなかった。元々ニンゲンであり、ニンゲンとして生活していたのはわかる。しかし、それ以外の記憶は全くない。ニンゲンの世界がどんな世界だったかなどもあまり覚えていなかった。
「ニンゲンだった時の記憶はほんとに全くと言っていいほどないんだ。だけど...」
一度迷ってからレオは言葉を続けた。
「何故ポケモンになったかも知りたいし、本当の自分も知りたいから、やっぱり戻りたいって感じかな」
黙って話を聞いていたセレンは
「あんたがそう思うならそれでいいと思うわ。実は私もニンゲンに興味あるし」
そこでレオは疑問に思ったことがひとつあった。
「ねぇセレン、この世界にニンゲンっているの?」
この質問にセレンは考え込んだ。そして
「この世界にニンゲンはいないわ。ニンゲンはおとぎ話に出てくる架空の生き物。......っていうものだったんだけど」
「...だった?」
「最近になって、ニンゲンがこの世界に来たことがわかったの」
ニンゲンがこの世界に僕以外に存在する?その時レオはなんとも言えない興奮を覚えていた。
「ニンゲンが僕以外にもこの世界にいる!?」
うーんと唸って少し頭に手を置きながらセレンは言った。
「ニンゲンがいる、と言うより、ニンゲンだと名乗るポケモンがいる、の方が正しいわね」
ニンゲンだと名乗る...ポケモン?
それはまるで自分ではないか。
「僕みたいなニンゲンがいる...?」
「そうなの。これを見て」
そう言って、立ち止まってセレンがバッグ取り出したのは、古びた少し厚い本だった。その本のページをぺらぺらめくっていく。ポケモンの言語だろうか。やはりニンゲンであるレオには解読不能な文字がぎっしりと詰まっていた。そしてページは挿絵のあるページに止まる。
「過去にこの世界で3回滅亡の危機が起きたことがあるの。その時の記録なんだけど」
一枚目は、火山噴火や隕石などの自然災害の様なものを表すものだった。二枚目は、見たことのないポケモンとその隣にある歯車のようなもの。そして三枚目は、巨大な木とその周りの沢山のポケモン達が繋がっている絵だった。
「『隕石落下事件』、『時の歯車事件』、『ダークマターの復活』。この三つの出来事を解決するのに関わっていたのが、ニンゲンらしいの」
「そのニンゲンは、今どこに?」
「分からないわ。この史実は数年前の話だけど、もうあまりポケモン達の記憶にも無いでしょうね。」
「そうなんだ...」
そのニンゲンに会いたい。レオはその気持ちを抑えられなかった。何故かはわからない。会ったとしても、自分がポケモンになった理由や、戻る方法を見つけられるかもわからない。しかし、そのニンゲンに会うことで、根拠などないが、何となく何かが変わる気がした。
「...セレン。その人たちを探そう」
「言うと思ったわ。そのつもりよ。」
旅の目的が明確になった。ニンゲンを探しに行く。会ったとしても得るものはないかもしれない。だが今のレオには他に当たりがある訳でもない。どうしても会いに行く。
その抑えようのない探求心が、レオの知らない胸の奥底からこみ上げていた。