第2話
(なんだろう、ここ...少しジメッとしていて気持ち悪い...)
先程までいた森の中とは全く違う雰囲気の洞窟。そして何よりこの張り詰めた空気がポケモン1匹1匹の緊張と警戒を上げているのは、まだこの世界に来て間もないレオでさえ分かった。否、レオだからわかったと言うべきだろうか。
レオも薄々気づいてはいたが、自分は波導を操るポケモン、ルカリオの進化前段階であるリオル。波導とまではいかないが、なんとなくポケモン1匹1匹の気配、大雑把な感情は理解できるのであった。
そしてこのダンジョンにいる殆どは、怯えや恐怖、そして怒りなど、いつ襲われてもおかしくない精神状態だというのが分かる。
しかしレオはそんなことより、なぜこの世界に自分はやって来たのか、なぜ記憶だけが無くなって、そしてリオルというポケモンになってしまったのか。
レオはその事で頭が一杯だったため気づいていないが、幸いなことに実は自分の通っている道は、先ほどのピカチュウ、彼女が敵を一掃していたため襲ってくるものはいなかった。
(そういえば、彼女は何だったんだろう...なにか悪いことでもしたのか?あんなに追われていたけれど...)
いくら考えてもわからない。今わかることはただ一つ。僕は何らかの理由でリオルになり、そしてピカチュウの彼女と出会った、それだけだ。現実と向き合わなければ。
そう思っていた次の瞬間、背中に激痛が走った。
レオはその場から数メートル吹っ飛び振り返り見ると...
そこには敵意をむき出しにしたポケモン、フカマルがいた。どうやら頭突きをかましてきたらしい。その影響で、起き上がろうにも傷でうまく立てなかった。その間にもフカマルは容赦なくこちらに襲いかかる。
またあんな威力の技を正面からくらったらどうなるかなんて見えている。確実に戦闘不能、最悪重症の傷になりかねない。しかし今のレオにそんな力は残っていなかった。
(もうダメだ...)
レオは衝撃に備え手で顔を隠す。
しかしいくら経ってもその衝撃は降ってこなかった。代わりに「ガキンッ!」という鈍い音のみが洞窟で反響した。
何が起きたかはわからない、ただ...
「自分の身を自分で守れないの?だったらなんであんたこの洞窟に入ってきたのよ」
どこまでも強気なピカチュウ。そう、彼女の技 アイアンテールによってフカマルは目を回していた。
ほんの一瞬で彼女はフカマルを戦闘不能にしたのだ。驚いて言葉も出ない僕に彼女は
「不思議のダンジョンぐらいわかるわよね?気を抜いたら命取りになる危険な場所なのに。今は私があんたの事見てたから助けられたけど、もし1人だったらあんた、死んでたわよ」
と言って彼女はレオに、オレンのみとリンゴを一つずつ手渡す。レオはすっかり自分が空腹だったことを忘れており、それらにかぶりつく。
死んでいた、という言葉にレオは身震いした。しかし本当に何も知らないレオは彼女に聞くしかなかった。
「不思議のダンジョン...って...何?」
彼女は少し驚いた顔をして言った。
「不思議のダンジョンを知らないの?飛んだ世間知らずの坊っちゃんなのね、あんた」
「いや、そういう訳じゃ...」
「まぁいいわ。不思議のダンジョンはね、一昔前に各地に現れはじめた、洞窟や森、未開拓なところに出来たダンジョンなの。何で不思議って...そりゃあ入る度にダンジョンの地形が変わるからかしらね。あと、一度入ったらなかなか抜け出せない。そこもダンジョンの特徴かしら?...ていうか」
言い終えると彼女はずんと僕に顔を近づける
「本当に何にも知らないのね。さっきも戦おうって意思も無かったし、ダンジョンについても全く知らないし...あんたって何者なの?」
当然だ。ニンゲンからポケモンになって、この世界の常識など分かるはずがない。だが今彼女に「自分はニンゲンだ」なんて言って信じる気もしない。
「その...僕は記憶がないんだ」
少し驚くかと思ったが、彼女は先ほどと変わらぬ口調で
「やっぱりそういうことなのね。」
と、彼女なりに納得したらしい。これならば元々ニンゲンだった、という事を告げても‎良かったのでは、と思ったが、やはり不安ではある。
彼女は少しの間迷ったように考えると、こう言った。
「あんた、寄るとこないんでしょ?ちょっと私に付いてきて」
申し訳ないとは思ったが、この世界に慣れるのは時間がかかるだろう。自分ひとりで行動するよりは、彼女について行った方がマシなのかもしれないと思い、あとを追うことにした。
ダンジョンを進みながら僕は彼女の戦闘を観察していた。この小柄なピカチュウのどこにこんなパワーが隠れているのだろうか。敵が出現するや否や彼女は尻尾を振り回してなぎ払い、強力な電撃を浴びせたりする。
「君は、この近くで暮らしているの?」
「まぁね。だからある程度のここら辺のことは知ってる。今から向かうのは、私の隠れ家よ」
「隠れ家?ほかのポケモンはいないの?」
「この近くではほとんど見かけないわ。山をもう少し下ったふもとの町にはたくさんいるけど」
「ふーん...」
「あ、私の名前言ってなかったわね。セレンよ。」
その強気なピカチュウはセレンと言った。この世界のポケモンにもやはり1匹1匹に名前があるらしい。
話を続けるうちにようやくダンジョンを抜け出した。先ほどの森の中より少し明るく、気の高さもそれほど無かった。きっとふもとに近づいている証拠だろう。
道をかき分けて進んでいくと、奥に小さな小屋らしきものが見える。あれがセレンの言っていた隠れ家なのだろう。
「...着いたわ」
セレンはその小さな小屋の中に入っていき、僕を小さなテーブルに案内した。
「ちょっと飲み物でも入れてくるわね」
と言ってセレンは奥の台所らしき場所に消えていった。
僕はやっと安堵の息を漏らした。無理もない。いきなり記憶喪失で倒れていたら突然彼女に会い、敵に襲われ、挙句ダンジョンで危険な目にもあったのだ。
セレンは知らない木の実の香りのする温かい飲み物を持ってきて、先ほどからの話を進める。
「記憶、ほんとにないの?」
「...うん」
「じゃあどこから来たの?」
「目が覚めたら、木のもとで寝ていたんだ。そして起きたら、リオルになって......ぁ...」
セレンは聞き逃さなかった
「"リオルになってて?"ってどういうこと?」
しまった、と思ったがもう言い直すことは出来ない。
「...僕は...ニンゲンなんだ」
セレンは大きく目を見開く。
「ニンゲン!?」
「やっぱ信じないよね...アハハ...」
僕は苦笑いをして、少しの間沈黙が続いた。
やはり言うべきではなかった。これだと、ただ狂人扱いされるだけに違いない。そう思っていた時
「...いや、信じるわ」
「どうして!?」
「どうしてって...べ、別に理由なんかないわよ!ただ...」
「ただ...?」
「別にあんたが嘘ついてるようにも見えないし、ほんとになんにも知らないもんだからさ。」
「そう...か」
セレンはすんなり自分の言ったことを信じてくれた。
「...で?これからどうするの?」
「どうするって言われても...記憶が無いし...」
「...あんた、私と一緒に来る気はない?」
「え?」
予想外だった。彼女の性格的に、少し休ませてからすぐ僕のことは置いていくのだろうと思っていた。
「私にも色々と事情はあるんだけど、あんたがいた方が助かるからさ。あんたもサイドン達に追われてる身なんだからその方がいいんじゃない?」
「そうだ!なんであの時セレンは逃げてたんだ?」
「うーん...まぁ色々とあったのよ。ま、そのうち話すわ」
その時のセレンの顔は少し暗かった。だが、何でもない、と言い直して奥の方に戻っていった。