あなたのみ
本編
あなたのみ

 「おねーさんおねーさん、木の実を一つくださいな! 」
 「はい、どうぞ」
 「わーい、やったー! ありがとう! 」
 「姐さん、いつもありがとうございます」
 「どういたしまして」
 ここはある山のある草原。翠の絨毯が足下一面に広がり、頭上の色彩と絶妙な調和をもたらしている。絨毯を囲うように木々が立ち並んでいる事から、ここが手つかずの自然だと容易に想像する事が出来る。というのも私はこの山の事しか知らないけど、澄んだ空気がこの地を優しく包み込んでくれている。
 青くのどかな草原の真ん中に、取り残されたように大木が一本鎮座する。丁度収穫するような時期という事もあり、黄色く色づいた果実が無数に実っている。この大木の麓に、無邪気な声が一つ響き渡る。毎年恒例のやりとりという事もあり、私はいつものように返事する。おすそわけするために予めいくつか収穫してあるので、そのうちの一つを前足で手渡す。よっぽど嬉しかったのか、小さなお客さんはぴょんぴょんと辺りを跳ねまわる。付き添いできているミミロップの彼女も、ふふっと表情を緩めながら小さく頭を下げていた。
 「よかったら貴女も一つ召し上がって」
 「それじゃあ…、お言葉に甘えようかしら? 」
 折角来てくれたという事もあり、私は彼女にもこう勧めてみる。しっぽで一つを掴みながら訊いたので、返事次第ではすぐに渡す事が出来る。私の問いかけが予想外だったのか、彼女はえっ、と一瞬戸惑ったような表情を見せる。目線を空に向けてから戻していたから、多分何かを考えていたと思う。すぐに考えがまとまったらしく、はしゃぐ一人を手招きしながら、表情を緩めて返事してくれる。それからすぐに私の隣に腰掛け、私から例の木の実を受け取ってくれた。
 「にしても姐さんの木の実、他のと違って食べると力がわいてくる気がするのよね。何か特別な事でもしているのかしら? 」
 「うーん、これと言ってないけど、強いて言うなら大切にしている、ってぐらいね」
 木の実自体の効能かは分からないけど、彼女の言う通り、この木の実には不思議な力がある。他のポケモン達も同じ事を言ってくれているけど、体調を崩してもこれを食べるとすぐに治る気がする。真ん中あたりがくびれたこの木の実は山に沢山あるけど、何故か私が大切にしているコレだけが当てはまっている。心当たりが無い事もないけど、チラッと首から提げている赤い石に視線を落としてから、こんな感じで答えておいた。
 「大切に? 」
 「ええ。雨も降ってきたから…、止むまでちょっとした昔話でもしてみようかしら? 」
 不思議そうに彼女が首をかしげたタイミングで、空からぽつりぽつりと雫が滴り落ちてくる。湿気った匂いも微かにしてきたので、それなりの強さの雨が降ってきそうな気がする。なので私は降雨のメロディに耳を傾けながら、暇つぶしを兼ねて彼女に提案してみる。雨の音にかき消されないように注意しながら、私は順を追って嘗ての事を語り始めた。

――

 あれは私のしっぽがまだ六本だった頃、この山が保護区になる前だから、何十年も前になるわね。当時の私は体が弱くて、よく体調を崩していたのを覚えているわ。独り迷い込んで親兄弟もいなかったけど、山のポケモン達がよくしてくれていたから、何とか生き抜く事は出来ていた、って感じね。
 そんなある日、私はいつものように草原でひなたぼっこをしていると、知らない誰かが私に話しかけてきた。第一声はうろ覚えだけど…。
 「あれ、顔色悪いけど大丈夫? 」
 こんな事を言われた気がする。
 「ううん、わたしは生まれたときからこうだから、心配しないで。でも、ありがと」
 うたた寝していたからぼーっとしてたけど、心配してもらったから悪い気はしなかった。目を前足でこすりながら、そんな彼に対して私は首を横に振った。
 「赤いきみの方こそ、どうしたの? この辺じゃあ見かけないけど」
 嬉しかったのは嬉しかったけど、私は別の事が気になって問いかける。当時の私は自分からはあまり話しかけられなかったけど、今思うと親近感がわいたから、かもしれないわね。赤い彼にも六本のしっぽが生えていて色は違うけど興味を持ったか、山に住んでるポケモンじゃないからちょっとだけ警戒していた、どっちかは覚えてないけど、そういう意味で問いかけたんだと思う。
 「ぼく? ぼくはふらっと立ち寄った、って感じかな? 」
 「ふらっと…? 」
 「うん! 陽の光が気持ちよくて散歩してたら、青いキミが倒れてたからね。ぼくと同じ種族みたいだけど、元々なら安心したよ」
 首をかしげながら尋ねた私に、彼はニッ、と笑顔を見せてから答えてくれる。今思うとこの時笑いかけてくれたから、当時の私は少しだけ警戒心を解いたのかもしれない。ほんの少し体の力を抜いて、さっきとは逆方向に首をひねる。すると陽気な彼は、待ってましたと言わんばかりに溌剌とした様子で答えてくれた。

 これが私にとっての、彼との出逢い。彼は山の麓に住んでいるらしく、この時初めて山を登ってきていたらしい。旅好きで色んな所に行く事が好きみたいで、ことある度に私の所まで登って来てくれるようになった。当時の彼はどう思っていたのかは分からないけど、知らない土地で知った事を誰かに話したかったのかもしれない。

 「ねえねぇ、ニンゲン、って知ってる? 」
 「うーん、なんなの? 」
 「ぼく達とは違う生き物で、技は使えないけど凄いんだよ! 」
 麓で暮らしている何かの事を話してくれたり…。

 「あそこに見える街の向こうには、海があるんだよ! 」
 「うみ? それってちょっと前に言ってた、しょっぱい水たまりの事だよね? 」
 「そうだよ。知り合ったキャモメが教えてくれたんだけど、その向こうにも陸があるんだって! 」
 山以外の場所がある事も教えてくれた。

 「あっ、今日はキミはここにいたんだね? 雪で全然見つけれなかったよ」
 「あはは、見つかっちゃった。それっ! 」
 「うわっ! やったなー」
 またある時は積もった雪でふざけ合ったり。

 「木の実を、育てる? 」
 「うん。ニンゲンと暮らしてるキマワリから教えてもらったんだけど、そうしたら探すよりも沢山採れるんだよ。何年もかかるみたいなんだけど、一緒に育ててみようよ」
 同じ目標を決めて一緒に歩み始めたりもした。この時には頻繁に来てくれるようになっていて、私も物知りな彼に心惹かれ始めていた。
 「いいけど…、何でこの木の実なの? 」
 「陽がよく当たる場所って言ったら、この木の実を勧めてくれたんだよ」
 ワクワクと心を躍らせているように見えた彼は、器用にしっぽで掴んで持ってきたソレを私の前に置き、順を追って話してくれる。山暮らしの私でも見慣れた黄色い木の実だったから、当時の私には何故かさっぱり分からない。だけど何十年も経った今なら、彼が考えていた事が分かるような気がする。病弱な私にその木の実を食べさせて、体力をつけてほしかったのかもしれない。
 「そう、なんだ…。だけどどうやって育てれば良いの? 」
 「うーんと、木の実を土に埋めて、水をあげれば良かったかな? 」
 「みず? 」
 「うん。他にもいっぱいあるんだけど、明後日来て教えてくれる、って! 」
 赤い毛並みの彼によると、麓の街には沢山の知り合いがいるらしい。そのうちの何人かにも声をかけたら、二人に手伝ってもらえる事になった、って言っていた。彼の言う通りその二日後にキマワリ、それからハスブレロとミツハニーが来て、育て方を知らない私達に
色々と教えてくれた。それだけでなくて、私が体調を崩したり彼が来れなかった時も、その三人が交代で面倒を見てくれたりもした。だからこの木は、その三人無しではここまで大きく育てられなかった、って言っても過言じゃ無いかもしれないわね。

――

 「それでその木って言うのが、姐さんのこの木って訳ね」
 「そうよ。…にしても雨、中々止まないわね」
 「ほんとだね。おねえさん、きのみおいしいよ! 」
 「そう、なら良かったわ! 」
 キリの良いところまで語ったところで、ミミロップの彼女がふと私に尋ねてくる。別に直接そうだ、って言った訳じゃないけど、彼女は話の流れから何となく察してくれたんだと思う。何の間違いも無かったので、伏せた状態の私は両前足で押さえるきのみを一口かじってから頷く。口の中に木の実の果汁があふれ出し、爽やかな香りが鼻を抜ける。噛み跡が黄色い実に増えていくたびに、甘酸っぱい芳香が雨の中へと溶け込んでいく…。例年並みの良い出来に満足しながら、木の枝葉超しの空を仰ぎ見た。

――

 彼との日々はより一層甘みを増し、私にとって無くてはならないものになっていく。一年、また一年と過ぎていくうちに、赤い毛並みの彼に対しても特別な感情を抱くようになっていた。育てている木も二人の関係を表すように、すくすくと天に向けて枝葉を広げていく。
 初めての実りを間近に迎えたある日のこと。私達二人は近くの小川で待ち合わせ、一緒に木の元へと行こうとする。
 「あっ、今日は早かったね」
 「当然でしょ? よっと」
 幅の小さな川の向こう側に赤い彼を見つけた私は、いつものように声をかける。右の前足をあげて声をかけたから、これに彼も同じように応えてくれる。…だけどこの日の彼は少し違っていて、しっぽを五本だけふりながら、ぴょんと川を飛び越える。残りの一本で何かを掴んでいたみたいだけど、着地した衝撃があっても落としてはいなかった。
 「今日はネアとぼくだけだからね、丁度良いかな、って思って」
 「フォルも? わたしもだよ! 」
 着地した彼は一度キョロキョロと辺りを見渡すと、小さく頷く。正面で前足を揃える私をまっすぐ見ると、ニッといつもの笑顔を見せて話してくれる。それが私が思っていた事と同じだったから、心なしか辺りの気温が上がったような気がする。…今思い出したけど、この時の私のしっぽは、六本のうち五本が感情と表すようにぱたぱたと揺れる。
 「やっぱりそうだよね! 」
  赤い彼、フォルも嬉しかったのか、満面の笑みでこう言ってくれていた。
 「んーと、ネア? 」
 「なに?」
 私に笑顔を見せてくれていた彼は、咳払いを一つすると急に真面目な顔になる。真っ直ぐ私の目を見つめながらだったから、当時の私にも予想は出来ていたけど凄くドキドキしていた。何とかいつも通り訊き返したつもりだったけど、もしかするとその時の私は、青白い顔が少しだけチェリンボみたいな色になっていたかもしれない。フォルは元々赤いから分からなかったけど、もし私が彼なら、必死にもじもじするのを隠していたと思う。
 そんな彼は意を決したように頷き、一番左側のしっぽを前に出す。
 「ネア、ぼっ、ぼくと…、いつまでも一緒に、いてくれませんか! 」
 多分緊張していてカミカミだったけど、フォルはおなかの底から絞り出すようにして声をあげてくれる。その彼がさし出したしっぽには、氷みたいに薄青い石がしっかりと握られていた。
 「フォル、そんなの、訊かなくてもわかるでしょ? 」
 「ってことは…」
 「もちろん、喜んで! 」
 この時のことは、今でもハッキリと覚えてる。わかりきってはいたけど、言葉に出して言ってくれたから、私は凄く嬉しかった。だから当然私が出した答えは、イエス。心からの笑顔で大きく頷き、彼の右の前足に同じ足を乗せる…。彼は元々そういうポケモンだけど、その瞬間だけはいつも以上に暖かかったような気がした。

――

 「ということは姐さん? そのフォルって人と番(つがい)になったのね? 」
 「……」
 「…姐さん? 」
 「えっ? そっ、そうなる、わね。けど…」

――

 …だけど運命のいたずらなのか、天が許してはくれなかった。
 私もフォルと同じように、色違いの石を握っているしっぽを前に出そうとした。しかし…。
 「もちろん、喜んで! 」
 「よかった! 断られたらどうしよう、って心配だ――」
 『ふっ、赤だけでなく青までいるとは。遂に俺にも運が巡ってきたという訳か』
 心配だった、フォルはそう言おうとしていたんだと思うけど、物陰から急に出てきた何かの声に遮られてしまう。いきなりだったから変な声を出してしまったけど、この時私、確かフォルも、その声がした方をハッと見る。私が見る視線の先には、見上げるぐらい大きくて初めて出逢ったナニカ…。何て言ってるのかさっぱり分からなかったけど、私は咄嗟にさし出そうとしていたしっぽをスッと引っ込めた。
 「え…、何? 」
 「前にニンゲンの事話したの、覚えてる? 」
 「うん」
 『大切な商品だ、ガブリアス、傷をつけるなよ? 』
 「その、悪い方だよ! 」
 彼が聞いてきたことに覚えがあったから、私は首をかしげてからこくりと頷く。実はうろ覚えだったのはここだけの話だけど、そんなことを考える間も無く、コトが進んでいく。私が頷いた後で大きな生き物が何かを言ったから、フォルはそれにいち早く反応する。当時の私が無警戒すぎたからだけど、彼は体勢を低くし、私に注意を促してくれる。
 「わっ、悪い方って…」
 「ぼく達を捕まえて売り捌く気だよ! 」
 「その通りさ。お前等の毛皮は高く売れる、って話しだ」
 最初はその意味が分からず、思わずフォルに訊き返してしまった。だけどその後すぐに返ってきたセリフを聞いた瞬間、私の背筋を冷たい何かが駆け抜ける。目を離していていつからいたのか分からないけど、視線を正面に戻した先にいた紺色の巨体が、不気味に薄ら笑いを浮かべて見下ろしてくる。この時ようやく、私は自分たちにふりかかる危機に気づく事が出来た。
 「ネア、ここは分かれて逃げよう」
 「分かれるって…、何――」
 「お前等に恨みはねぇが、マスターのためだ。悪く思うなよ? 」
 「その方が二人とも逃げられるからだよ! 」
 「まっ、待って! 」
 尋常じゃ無いぐらいに焦って見えるフォルは、強めの口調で私に提案してくる。こんな彼は今まで見たことが無かったから、私は思わず狼狽えてしまう。だけど私が言い切るのを待たずに、彼は回れ右をして走り始める。慌てて私も続き、赤い背中を必死で追いかけた。
 「ネア、いつもの場所で落ち合おう! 」
 「はぁ、はぁ…、うん…! 」
 私達よりも少し高いぐらいの木の間を駆け抜けながら、必死に巨体から離れる。何で山を下りる方に走り始めたのか分からなかったけど、今思うと少しでもハンターから見つかりにくくするためだったのかもしれない。だけど当時の私はそんな余裕なんて全くなく、赤い彼の背中を追うので精一杯。先を行くフォルが待ち合わせ場所を教えてくれたけど、私が出来たのは空返事だけ。彼が急に進路を右に変え、目の前に見えなくなるまで、私はその言葉の意味に気づくことが出来なかった。

 「はぁ、はぁ…はぁ…。いつもの場所、だったよね」
 走り走って、走り続ける。距離にするとそれほど長くはないと思うけど、当時の私には果てしなく感じていた。木と木の間を風のように駆け抜けながら、私はフォルとの合流場所をただひたすら目指す。
 「くっ…。いったぁ…」
 必死すぎて前しか見えていなかった私は、地面から顔を覗かせる根っこに足を取られてしまう。頭から派手に転んでしまったけど、痛みというものを感じなかったような気がする。
 「いかなきゃ…。っはぁ…、はぁっ、あの場所に…」
 頭から滑るように転んでもすぐに立ち上がり、ただ真っ直ぐに山の草原だけを目指す。その時は気にする余裕なんて全くなかったけど、薄青色の毛並みは泥と草まみれで、切り傷も少しだけあったような気がする。慣れない全速力で息をするのもやっとの状態だったけど、そんなことは気にせずに駆け抜けた。そして…。
 「っやっと…」
 急に視界が開け、私はようやく約束の草原にたどり着く。だけど私は、そこで一番に目に入った光景に目を疑ってしまう。何故なら…。
 「っぁぁ」
 「雑魚が、口程にも無いな」
 小さくて赤い何かが、地面から飛び出した紺色の影に突き上げられていたから。六本のしっぽがある赤いソレは、為す術無く軽々と宙を舞ってしまっている。
 「フォル…! 」
 「ネ…ア…? 」
 信じられない光景に出くわしてしまい、私は走った疲れなんか忘れて声を荒らげる。宙に投げ出される彼と視線が重なったけど、その表情は苦痛でもの凄く歪んでしまっている。夢なんじゃないか、夢なら覚めてほしい。とてもじゃないけど信じることが出来ず、駆け寄りながらもそう願うことしか出来ない。
 「すぐに逝かせてやる」
 「っくぁぁっ…! 」
 「いや…、フォル! 嫌ぁっ! 」
 「ぅっ…」
 だけどすぐに、彼の叫び声で現実に引き戻されてしまう。ハッとその方に目を向けると、紺色の巨体のしっぽにフォルが弾かれ、一本だけそびえ立つ木に叩きつけられてしまっていた。
 「フォル…、フォル! しっかりして! 」
 私がいた場所から近かったこともあって、すぐに彼の元に駆け寄ることが出来た。両方の前足で彼を揺すりながら、私は必死に呼びかける。
 「ネア…」
 「フォル、大丈夫? 」
 すると消え入りそうな声だったけど、彼は何とか私の声に応えてくれる。だけど声を出すのもやっと、っていうぐらい苦しそう。
 「ははは…、くぅっ! だめ…かもしれないよ」
 うっすらと目を開けた彼は、弱々しい笑顔を見せてくれる。だけどこの笑顔は、私を心配させないために無理やりつくったものだったのかもしれない。この後すぐに痛みで呻き声をあげてしまっていたから、多分そうだと思う。
 「だめ、って…」
 「その言葉、通りだよ」
 「その通りって、どういうことなの! 」
 喋るだけでも精一杯な状態なのに、当時の私は彼を問いただす。すると焦点の合わない目で見つめ返し、力ない笑顔で答えてくれる。
 「…ネア。前足、出してくれる…? 」
 「えっ、うん」
 すると何を思ったのか、フォルは消え入りそうな声で私に頼みこんでくる。何を考えてるのかは分からなかったけど、言われるがままに右のそれをさし出す。
 「え? 」
 「これで」
 すると彼は震えるしっぽを、わたしの前足に重ねる。だけどふわふわの感触じゃなくて、石みたいに堅い感じ。かと思うと私は、急になんとも言えない感覚に包まれる。うまく言葉に出来ないけど、あの時は…、体の奥の方から力が湧いてくるような、そんな感じがあったと思う。前足を揃えて腰を下ろしていたけど、急に視界が高くなったような気がした。
 「フォル? なっ、何をし――」
 「ネア、一つだけ…、ぼくの願いを、聞いてくれる? 」
 「ねっ、願い? 」
 なにをしたの、弱った彼をこう問いただそうとしたけど、私は耳を撫でる小さな声に思わず口をつぐんでしまう。うっすらとしか目を開けられなくなっている彼は、そのまま絞り出すように言の葉を紡いでいく。
 「事が済んだら、ぼくをあの、木の側に、埋めてくれる? 」
 「埋めるって…、何言ってるの! 」
 だけどその意味がさっぱり分からず、思わず語尾を強めてしまう。
 「大丈夫。ぼくがいつでも…、そばに…、いる、から…」
 必死に問いかけはしたけど、ちゃんと聞こえていなかったのか、答えにならないセリフが返ってくる。最期の方は小さすぎて聞き取りにくかったけど。
 「そばにって…、何言ってるのか全然分からないんだけど! 」
 「……」
 「フォル…? フォル! 聞いてるの? 」
 「……」
 「フォル! 何か言ってよ! 」
 何度も、何度も…、何度もなんども…。何回呼びかけても、これ以上彼から言葉は返ってこない。ぐったりとしている彼はぴくりとも動かず、ただ私の叫びを聞き流すだけ…。
 「はぁ、商品の分際で、反吐が出る」
 「っ! 」
 だけどそれさえも、紺色の巨体に阻まれてしまう。ハッと声がした方に振り返ってみると、フォルをこんな目遭わせた巨体が、今にも吐きそうな表情で私達を見下ろしていた。
 「――で」
 「あぁん? 何か言ったか? 」
 その巨体は悪びれる様子も無く、ただあざ笑うように私に問いかける。
 「何でフォルにこんな事したの! 」
 こんな巨体を目の当たりにし、私の中で何かが弾け飛ぶ。言いようのない感情が私の中から溢れ出し、それが九本のしっぽを持つ私を満たしていく…。

――

 「それで、そのあとはどうなったの? 」
 「そうね…」
 時は今に戻り、小さな彼女に対しぽつりと呟く。止まない雨でベトベトに濡れているけど、ここまでくるともうどうでも良くなってきている。首から提げている赤い石を握りながら話していたから、右の前足が少し痛い。だけどその代わりに、炎みたいに暖かいからちっとも寒くはなかった。
 「正直言って、ここからは覚えていないわ」
 「覚えって無いって姐さん? ここからが大事なところよね? 」
 ミミロップの彼女の言う通り大切な場面だけど、何故か私の記憶はここで途切れている。強烈な思い出だから忘れるはずは無いのに、思い出そうとしても全然思い出せない。
 「そのはずだけど、何故かしらね? 気づいたらガブリアスもハンターをいなくなっていたわ。強いて言うなら、季節外れのあられが降っていたぐらいかしらね」
 あの時は秋だったからそんな筈はないけど、小さな氷の破片が沢山降っていた。今思うとあのあられは、私が知らず知らずのうちに発動させていた技。覚えてない以上結果論になるけど、あのガブリアスがいなかったのは、私が追い払ったからだと思う。
 「それで気づいたらこの木の側に穴を掘っていて、言う通りに冷たくなった彼を埋めていたわ」
 頭上一面に広がる枝葉を見上げながら語っていた私は、握っている彼の形見に視線を落とす。あの日彼と一緒に使うはずだった石は、何十年も経った今でも温もりを失っていない。
 「って事は、姐さんはその人の言う通りにしたのね? 」
 「ええ。フォルはこの実を食べる前に逝ってしまったけど、今でも側にいてくれている気がするのよね…」
 「へぇー」
 彼は先に旅立ってしまったけど、いつでも私のことを見守ってくれていると思っている。あの事件以来キマワリとかハスブレロから、この山を離れることを勧められたけど、彼の事を捨てる気がして、そうはしなかった。しなかったと言うよりは、出来なかった、って言った方が正しいのかもしれない。
 「それで姐さん? その後は――」
 「今もだけど、この木の側で暮らしている、って感じね」
 落としていた視線を一度彼女に向け、そのままの流れで背にしている木の幹を見る。九本のしっぽの後ろに見えるそれは、降りしきる雨を受けて生き生きとしているような気がした。
 「…これは私の想像だけど、病弱な私のために、この木は実をつけているのかもしれないわね」
 それから私は黄色い実が実った大木を見上げ、その状態で独り言のように呟く。
 「あっ! おねーさん、晴れてきたよ! 」
 「本当ね。だけど姐さん? 天気雨なんていつ以来かしら? 」
 すると私の言葉を待っていたかのように、空の雲も切れ間から太陽が顔を覗かせる。降り注ぐ雨の中で暖かな日がさし、反射してキラキラと輝く…。少し視線を遠くの方に外してみると、七色のアーチが空に橋を架けている。
 「ふふっ。何十年ぶり、かもしれないわね」
 この幻想的な光景が、私には彼から返ってきた返事なような気がし、思わず笑みがこぼれる事になった。


 あの事件から今まで、私は何十年もこの木を育ててきた。もう一つの彼の形見とも言えるこの木には、確かに不思議な力があると思う。その証拠にこの木の実を食べ続けている私は、あの一件以来体調を崩す事が少なくなった。それでこの不思議な木の実が目当てなのかもしれないけど、私に言い寄ってくる異性が何にんもいた。だけど私は、当然その全員のプロポーズを断っている。何故なら、私が心に強く想い、生涯寄り添うと決めているのは…。




     あなたのみ     完


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