後章 砂漠の町の奇跡
「・・・ねっ? だから言ったでしょ」
「・・・はぁ」
一人飛びだしたデリーを追う俺は、見失わないよう注意しながら数分走り続ける。技の発動途中で中止した、足元が柔らかい砂で踏みこみにくいという事もあり、俺はいつも以上に体力を消耗していた。俺に乗っていたために体力を温存出来ているデリーはどうって事なさそうだが、俺は正直言って限界が近いかもしれない。道中でも
頻りに話しかけられていたが、喉の渇きも合わさって返事する気力さえ失ってしまっていた。
そんな状態ではあったが、デリーの案内? によって砂一色の景色に変化が現れる。初めは俺の見間違いかと思ったのだが、彼の言う通り、建物らしきものが確かに鎮座していた。俺が見る限りでは、住居と思われる建造物が十数件と、その他機能のある施設が幾つか・・・。それと建物群の奥には、頭上に広がっていると思われる青空を映しそうな水たまり。広さはどのぐらいなのかは分からないが、少なくとも集落二つ分ぐらいはあるのだろう。なので体の奥底まで干上がった俺にとっては、恵みの泉、そのように見えた気がする。そういう事もあり、俺は誇らしげに見上げる彼に空返事しか出来なかった。
「まだ距離がありそうだし、ここで少し休んでいこうよ」
「休むも何も、そうでないと俺がもたな・・・」
「なら雨降らせればいいじゃん! ルーネスは降らせれ・・・」
「だからさっきから散々言ってるだろう、乾ききった体じゃ降らせれないと」
本当に聴く耳をもたないな、俺は喉の潤った彼に対し率直にこう思う。この集落で休めるのはありがたいが、彼の言う事をするまで聴かされ続けるとなると、気が滅入る・・・。だか黙っていては何も解決居ないので、再三言い続けてきた事を聞き分けの無い彼に、今度は強めに言い放った。
「乾きなんて関係ないじゃん! ルーネスってとびはねるしか使ってないんだから、あまごいのPPは余ってるはずでしょ? 五ターン目に使い直せばいいんだか・・・」
「SといいPPといい、さっきから何なんだよ」
「PPはPPでしょ? 何でPPなのか知らないけど」
「はいはいそうですか」
「おや、こんな町に客なんて、珍しい」
「ぅん? 」
「さてはお二人さん、旅人かぃ? 」
今日何十回目かの言い合いにうんざりしてきたが、うんざりしきる前に誰かが話に割り込んでくる。おそらくは集落の近くで言いあう俺達の声に気付いたのだと思うが、その方にハッと目を向けると、そこには住民らしきノクタス・・・。砂に紛れて迷い込んだ俺達に、もの珍しげに視線を向けているところだった。
「旅人といえば旅人、な・・・」
「うん! ぼく達東の町に行く途中なんだよ」
「ほぅ、東の町にかい」
「ですが水を切らせてしまい・・・」
「ん、ぼくのこと? 」
旅人な訳だな、俺はこう言おうとしたのだが、それは叶わなかった。何故なら
無邪気な飛行タイプが俺の話しに割り込み、得意げに言い放ってしまっていたから・・・。なので俺はその仕返しと水の恨みを含めて、事の元凶を思いっきり睨む。
「もしよろしければ、水を分けて頂けないでしょうか」
だが初対面の住民が目の前にいるので、俺はすぐに目つきを元に戻す。そのまま目線をノクタスに戻し、俺が最も欲している物の事を尋ねる事にした。
「それならお安い御用! ・・・そこのきみ」
「はっはい、何でしょう」
「客人に水を持ってきてくれないかい? 」
「わっ分かったわ」
砂漠という環境上ダメ元だったが、どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。ノクタスの彼はうんうんと大きく頷き、二つ返事で了承してくれる。かと思うと辺りをキョロキョロ見渡し、偶々通りかかったマラカッチを呼び止める。その彼女は急な事に声を荒らげていたが、それでも何とか聞き取れたらしく、小走りで集落の奥の方へと向かっていった。
「やった! これで水が飲めるね」
「デリーは散々飲ん・・・」
「あれお兄ちゃん達、どこからきたの? 」
「ぅん、ぼく達? 」
俺は集落の奥へと駆けていくマラカッチの背中を見送っていたのだが、その隣でデリーは子供の様にはしゃぎ始める。水を貰えるとはいえまだまだ喉が渇いたままなので、散々飲んだだろう、俺はため息混じりにこう呟こうとする。だがまたしても言い切る事は叶わず、全く別の幼い声に阻まれてしまった。
その声の主は、俺の予想通り子供のサボネア・・・。ノクタスの彼の息子なのかもしれないが、おそらく俺達の騒ぎを聞きつけたのだろう。他にも何人かの子供が寄ってきたのだが、一番近い彼が真っ先に俺達に訊ねる・・・、俺が気づいたのは丁度その瞬間だったのだろう。それに同等の精神年齢のデリーが、若干驚きながらも子供たちに返事していた。
「そうだよ! 」
「うーんと、ぼく達は西の町から来てね、砂ば・・・」
「もしかしてお兄ちゃんたちって、サンタさん? 」
「そんな訳ないじゃん! 」
「えー、でもぜったいそうだよ! だって絵本のサンタさんもメブキジカとデリ・・・」
「こらこら、旅の方を困らせるんじゃない」
デリーは子供たちに何かを言おうとしていたが、その彼でさえちびっ子達に置き去りにされてしまう。彼らの中で通っている話があるのか、サボネアをはじめとした三人の子供は、ああでもないこうでもない、と言い争いを始める。絵本というのはよく書店で目にするような類だとは思うが、その物の事を言い切る前に保護者と思われるノクタスが口を開く。俺達が迷惑していると思ったのか、子供たちをやや強めの口調で叱りつけていた。だが俺達は・・・。
「サンタクロースか・・・、違うと言えば嘘になるかもしれないな」
「そうだね。東の町にそれで行くもんね」
子供達の予想が的を得ていたので、ノクタスの説教を制止する。俺は今年で三年目になるのだが、この時期は種族柄もあり、各地の子供達にプレゼントを配るアルバイトをしている。短期の雇用で給料も良いのだが、受け持つ地域と内容は雇い主に訊くまで分からない。俺自身子供と接するのは嫌いでないので苦ではないが、毎年組むのが奔放なデリー・・・。去年教会で配った時、デリーはあろうことか技のプレゼントを配って箱を爆ぜさせるし、一昨年に至っては、めんどくさいという理由でプレゼントをギフトパスで投げ、結果的に街中の窓ガラスを割って巡る始末・・・。給料が良いので文句は言えないが、後日クレームやら何やらの対応は相方の俺が・・・。
「やっぱりそうじゃん! ・・・じゃあサンタさん、雪が見てみたい! 」
「雪? 物でなく? 」
「うん」
初めに訊いてきたサボネアの彼は、胸を張って残りの二人に言い放つ。得意げにしている辺り、この子は欲しいものを貰えると思っているのだろう。・・・だが生憎俺達は、まだアルバイトとしての職務についていない身。なので配れるようなプレゼントも持ち合わせていない。寧ろ俺自身が水を欲しているぐらいなので、この三人には申し訳ないことを言わなければならない。
しかし俺の心配は、この様子だと杞憂に終わるかもしれない。サボネアのこの子は俺達の事情を知らないはずだが、物でなく事象を求めてきた。予想外の事だったので思わず訊ね返してしまったが、それでも彼はそうだよ、と大きく頷いた。
「だって砂漠って砂だけなんだもん。おもちゃだったらパパとママに買・・・」
「水、持ってきたわ! 」
「おぅすまないね」
「ありがとうございます」
小さな彼は一度砂嵐の空を見上げ、俺のところまで下げてから訴えかける。初めは何故そんなにも雪にこだわるのか分からなかったが、よく考えてみれば普通の事なのかもしれない。俺達にとっては年に一、二度見る事が出来る現象だが、砂漠のど真ん中のこの集落ではそうはいかないと思う。冬とはいえ気温が高く、空気も乾燥しているので当然雨も少ない。泉が近くにあったように見えたので、飲み水には困っていないとは思うが・・・。
そんな事を考えている間に、さっき水を取りに行ってくれたマラカッチが小走りで戻ってきた。思っていたより早くて驚いたが、確かに彼女の手元には二本ほどのボトルが握られている。急に割り込まれてサボネアの彼は不満そうに顔をしかめていたが、渇ききった俺にとっては待ちに待った恵み・・・。会釈したノクタスの彼に続き、俺は彼女に向けて大きく頭を下げる。彼女からすぐにボトルを受けとり、俺は両前足で押さえて口で蓋を開ける。そしてボトルの口の部分を咥えたまま顔を上げ・・・。
「・・・美味い」
流れ込む水を一気に飲み干す。砂漠の真ん中なのであまり期待はしていなかったのだが、カラカラに乾いていたからなのか、俺が思った以上の清涼感があった。湧き水の様に冷たく冷えていて、雑味や混じり気が一切ない。水に飢えた喉を柔らかく包み込み、優しい潤いをもたらしてくれる・・・。冷えた水を一気に飲んだので少し寒くはなったが、それをも忘れさせてくれるような恵みだったという事もあり、気付くと俺は奥底からの感想を呟いていた。
「でしょぅ? この村の水は東の町でも美味しいって評判なのよ。きめ細かい砂でろ過された水がオアシスに湧き続ける・・・。この水のお蔭でこの村も潤ってる、ってところか・・・」
「じゃあ今から雪降らせるから見ててよ」
恵みの水の余韻に浸っていると、マラカッチの彼女は待ってましたと言わんばかりに話始める。セールストークな気がしなくもないが、彼女は自称村自慢の水をPRしてくる。この勢いに俺はひいてしまったのだが、運よくこのタイミングで誰かが助け舟を出してくれた。
俺が水を飲んでいる間別の所で相手していたらしく、デリーが子供たちに何かを言い放つ。気になってその方に目を向けてみると、どうやらサボネアの彼の願い事を叶える、そうしようとしていたのかもしれない。デリーは期待に胸を膨らませる三人に言い放つと、何故か両手を地面につけるように体勢を低くする。そのまま彼は・・・。
「ほら見て! こうすればたくさん降ってくるでしょ? 」
技を発動・・・、させず両手ですくった砂を真上にばら撒く。
「・・・砂じゃん」
「属性を間違えたサンドかよ! デリー、お前はあられを使えるよな? 」
当然期待していた子供たちは、がっかりしたように俯く。しかし俺だけは我慢できず、大ボケをかましたデリーに思いっきりツッコミを入れる。あぁ今年もか、と呆れた俺は彼を問いただし、持っているはずの手段を講じるよう説得する。だが・・・。
「えー、めんどくさい。何で技使わないといけな・・・」
「あぁー分かった分かった。お前に任せた俺が馬鹿だった。俺が何とかするから、デリーは大人しく見ていろ」
何しろ相手はあのデリー・・・、気怠そうに俺を見上げ、ブツブツと呟く。見かねた俺は半ば自棄になり、怠惰な相方にこうはき捨てる。俺自身雪を降らせれる訳ではないが、機嫌を損ねた子供達を放っておく訳にもいかないので、仕方なく俺は技を発動させるため青い空に強く祈った。
「・・・ん、風が止んだ? 」
すると技が発動し、吹いていた砂混じりの風がピタリと治まる。風が止んだという事もあり、土色のベールの上にあった太陽が堂々とその姿を現す。だが俺はそのまま祈り続け、別の技に切り替える。先程よりは弱めに祈る事で・・・。
「冷っ! 」
青空の太陽を隠さずに、頭上から無数の水滴を降らせた。
「なーんだ、ルーネス、雨降らせれるじゃん。でも何・・・」
「雨? 見たいのは雪なのに・・・」
「空をよく見てみろ」
技を出し渋ったデリーは放っておくとして、期待外れの事象に当然子供たちは首を傾げる。砂漠という土地柄雨は少ないとは思うが、俺はそのためにあまごいを発動させた訳じゃない。それを証明するためにも、俺は落胆する子供たちに対し、鼻先で雨降る青空を指す。太陽を背にした状態で指したその先には・・・。
「うゎぁっ、きれい! 何なの、あれ」
水色のキャンバスに描かれた、赤、緑、黄・・・、七色のアーチ。照りつける陽光と強めの雨が合わさって、二重の虹が砂の大地に橋を架けていた。
「虹と言ってな、晴れている時に雨が降る事で見られる現象だ。ある地域では、虹の根元にはお宝が眠っていると伝えられているそうだ」
「私も初めて見るけど、本当に綺麗ね」
「・・・俺には雪は降らせれないが、この虹を代わりにプレゼントとさせてくれないか? 」
デリーが渋ったので願いは叶えられなかったが、砂漠という土地柄虹は滅多に診られないはず、そう思った俺は、ちょっとした小話を聞かせてから子供たちに問いかける。マラカッチの彼女の反応を見る限りでは、数十年とこの砂漠で虹は出ていないのかもしれない。偶々居合わせる事となった彼女も感嘆の声をもらしているので、おそらく俺の予想は当たっていると思う。ならばという事で、俺は肝心の子供達の方へと目を向けた。
「うん! こんなにきれいなの、初めてだよ! 」
「もしかしてサンタさんって、まほーつかいなの? 」
「フッ・・・、魔法使いか。さあな」
「ん? ルーネス、今笑った? 」
その子供たちは、目をキラキラと輝かせて大きく頷いてくれる。本来願いは叶えられなかったが、喜んでくれたのならそれで十分。水を貰ったお礼っていうのもあるが、恩を返せたので俺も凄く気分が良い。これは多分無邪気な質問が飛んできたからだと思うが、デリーが言うには俺の口元はホッとしたように緩んでいたらしかった。