前章 砂塵の憂い
ここはある島のある場所、師走の昼下がり。乾いた風が吹き抜け、足元の砂を大量に巻き上げる。砂はあらゆるものに降りかかり、時に視界や日差しさえも遮る。―――そう、ここは砂と風が支配する砂漠地帯。無数の砂粒が、訪れる者に無差別に降りかかる。
「ねぇ、まだなの? 」
そんな砂の世界に、二つの影。そのうちの一つが、もう一つに問いかける。
「さぁな」
二つ目の影・・・、俺は降りしきる砂に目を細め、カラカラに乾いた口で答える。
「さぁなじゃなくて、何分で着くの? 」
しかし俺の背中に乗る彼は聞く耳を持たず、全く同じことを問いかける。
「はぁ・・・。そんなに早く着きたいなら、いい加減降りろよな」
なので俺は、盛大なため息と共に直接彼に愚痴をこぼした。
「えー、何で? 楽なのに何で降りなきゃいけないの? 」
「何で、って・・・。デリー、お前飛行タイプだよな? 」
「そうだよ? けどルーネスに乗った方が早いし楽だもん」
だからこそ俺から降りて飛べよな、理屈で返さない相方に対し、俺はこう思う。普通は飛行タイプ側が乗せる事になるのが多いはずだが、何故かコイツはいつも俺に乗ってくる。種族上の体格差もあるかもしれないが、飛行タイプのコイツ、デリーに対し、俺は草タイプ。去年や一昨年もそうだったが、コイツは楽したいがためにいつも俺の背中に乗ってくる。正直言って、飛べるのに乗ってくるコイツの根性が全く訳が分からない・・・。
「そんな事よりルーネス? 喉乾いた」
「それは俺のセリフだ。デリー、草タイプは乾燥に弱いってのは分かってるよな? それとさっき飲んだばかりだよな? 」
「うん知ってるよ。ならルーネスは雨降らせればいいじゃん。砂嵐も止むし」
「それが出来たら今頃してるっつぅーの」
何を言い出すかと思えば、コイツは俺の分まで飲んだ水を要求してきた。ここまで来ると腹が立ってくるが、俺は湧き出す怒りを抑えながらも何とか吐き捨てる。直接見ていないので分からないが、おそらくコイツはこくりと頷く。知っていながら聴いてきたとなると、喉が完全に乾ききっている俺をからかっている・・・、そう思えてならない。だからと言う事で背中の彼は技を使う事を提案してきたが、それが可能なら俺はとうの昔に発動させている。何しろ今は、とびはねる、と言う技で大きく跳んでいる真っ最中。少し前に落ち始めたが、砂漠地帯に突入してから連続で発動させ続けている。・・・そもそもあまごいと言う技は、雨を降らせるだけで水を出せる訳ではない。コップか何かあれば話は別だが・・・。
「じゃあ何でしないの? メブキジカのSは九十五あるんだから、走ったら七十五のぼくより早いのに」
「何だよ、S、って・・・」
「種族値だよ知らないのー? 」
「はぁー・・・」
あぁまた始まった、俺はいつもの流れに、思わずため息をついてしまう。何の話か俺にはさっぱり分からないが、こうなるとコイツは自分の世界にのめり込んでしまう。いつもの事なので気にしていないが、砂の煩わしさと喉の渇きもありうんざりしてしまう。
「折角速いのに、勿体ないなー。じゃあ何で走らないの? いつもなら走ってるのにー」
「砂に足をとられて走りにく・・・」
「じゃあ跳ばないで飛べばいいじゃん」
「どこの王妃だ・・・。あと字違いやめろ、紛らわしい」
「跳ぶのも飛ぶのも一緒じゃん! 腕をパタパター、って」
「それはお前の話だろ」
ここまで来ると子供みたいだな、ああいえばこう言ってくるデリーに、俺は思わずこう思ってしまう。丁度今跳び上がり直したのだが、そのタイプの技を使えるとはいえ、飛行タイプでない俺に飛べ、と言われても困る。おまけに話し言葉では分からない返しもされたので、お手上げ。背中を掴まれる感覚が一瞬無くなったので、両腕を上下に振ってるのは見なくても分かるが・・・。
「あっ、ルーネス! 」
「今度は何・・・」
「あれって言ってた町じゃない? 」
はりつく喉にイラつきながらも、俺は適当に受け答えする。よくこんなにボケが思いつくな、そんな感想を抱いていると、何を思ったのか背中のコイツは急に声をあげる。若干驚きながらも耳を傾けると、彼はそのまま嬉しそうに話す。吹き荒れる砂のせいで見にくいが、俺は半信半疑ながらも遠くに目を向けた。だが・・・。
「町? 見間違いじゃないのか? 蜃気楼も考えられる訳だからな」
俺が見る限りでは、土色のベール・・・、それだけ。目を細めているからなのかもしれないが、俺は町らしきものを見つける事が出来なかった。今いるのが砂漠なので、遠くの景色が浮かんで見える・・・、そういう現象だと俺は思う。
「えー、何で見えないの? ほら、少し向こうに建物とか見えない? すごくハッキリ見えるのに」
「・・・気のせいじゃないのか? 俺には砂しか見・・・」
「じゃあついてきて! 」
「まっ、待てデリー! 」
言うが早いかするが早いか・・・、何を思ったのかデリーは俺の背中からぴょんと飛び降りる。同時に信じられない、と言う感じで声をあげていたが、見えないものは仕方ない。その事を彼に言ったのだが、俺の跳躍が最高点に達したところで遮られてしまう。落ち始めた俺を余所にようやく自力で飛びはじめたので、我が道を行く彼を見失わないよう目を向ける。
「・・・はぁ」
乾いた吐息を一つ、砂混じりの風に乗せてから・・・。