02 場面弐 たいせつなこと
初めて授業でバトルを経験してから数週間後、スクールでは予定通り、三十二人の最上級生参加のバトル大会が開かれた。
バトルをする、っていう事にあまり気が乗らなかった私は、進化をするため、授業だから、って割り切って仕方なく臨んでいた。
そうして迎えたバトル当日、私とユウキは、放課後に友達と遊び半分でしていたという事もあって、とりあえずは戦う事が出来ていた。
一回戦を突破し、二回戦に進んだ私は、その最中で念願の進化をする事が出来た。
そういう事もあって、私達は結局は負けたけど、準決勝まで勝ち進むことが出来た。
そんなバトル大会の興奮も冷め止まないある日、私達の学年では個人面談を行うことになり―――
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「失礼します」
授業が午前中だけで終わったある日、わたしとユウキは個人面談のために職員室に入室した。進化して背が高くなったからよく見えるけど、他のクラスの何人かも同じように一対一の面談に臨んでいるらしい。ジョウトっていう地方っていう事もあって、わたしたちポケモンも普段からボールの外に出てるから、先生たちと同じぐらいの数のひともボールの外に出ている。
そんな中わたしは、引き戸をユウキに開けてもらっているから、ちょっと小走りでその中に入る。進化したばかりでまだちょっと慣れないけど、先っぽが二股に分かれたしっぽ越しに、ユウキが引き戸を閉めたのが見えた。ペラペラと紙をめくる音を聞きながら、わたしは先を行くユウキの後をスタスタと追いかけた。
「ええと、次はユウキ君だね。この間のバトル大会、頑張ったね」
「ありがとうございます」
『イー…、じゃなくてエーフィも、初めてだ、って言ってたのに準決勝まで進んで、先生、ビックリしちゃったわ』
『えっ、そっ、そう? 』
ユウキが迷わず担任の先生の前の椅子に座ったから、わたしもそのとなりに、前足を揃えて腰を下ろす。いつもならユウキの膝の上に乗せてもらってたけど、進化しちゃったからなぁ…。エーフィになれたのは嬉しいけど、だっこしたりしてもらえなくなったのは、ちょっと寂しいよ…。…で、ユウキの先生のパートナー…、っていうのかな? 耳元のカールした毛? が特徴的なピンクとクリーム色の種族の彼女が、前に座ったわたしにこう言ってくれる。わたしもまさかあれだけ進めるなんて思ってなかったから、先生に褒めてもらえるとちょっと恥ずかしい。気のせいかもしれないけど、ちょっとだけ職員室の中が暑くなったような気がした。
「…だからユウキ君、折角才能があるんだから、トレーナーになってみる気はない? 」
「うーん…、あれから考えたんですけど、やっぱりトレーナーじゃなくて大学に進学しようと思ってます」
担任の先生に訊かれたから、ユウキは目線を少し上に向けながら、二、三秒ぐらい考える。だけどすぐに視線を戻し、先生にこう言う。丁度今ぐらいの時期って、みんなの進路希望が決まってくる頃だから、ユウキはユウキなりに考えてこういう結論を出したんだと思う。
『私は勿体ない気がするけど…、エーフィはそれでいいのかしら? 』
『うん。準決勝まで行けたのは嬉しかったけど、ユウキがそう言ってるから、わたしはそれでいいかな』
先生とユウキの話しを聞いていた彼女は、視線をわたしの方に変えて、そのまま訊いてくる。勿体ない、っていうのはバトル大会の事を言ってると思うけど、わたしはあまりそうとは思ってない。だからわたしは、すぐに頷いて、チラチラとユウキを見ながら言い切る。エーフィのわたしが進路を決める事はできないけど、わたしはユウキが決めた事に納得している。
『本当にいいのね? 』
『うん。だって戦って攻撃された時って、凄く痛いでしょ? 体当たりとかをした時だって、ちょっとだけクラッてくるし…』
一応この何週間かはバトルしてたけど、できればわたしはあまりしたくは無かった。だけど授業と学校の行事だから、しないといけなかった…。結果的にエーフィに進化出来たから、それはそれで良かったけど…。
『だけど、エーフィ? ねんりきを使えるようになったんだから、その心配はあまりない、って私は思うけ…』
『ううん、そうじゃなくて、わたしは戦うのはあまり好きじゃないの。ユウキもあまりバトルには興味ないみたいだし、わたしだって色んなことを知ったりする方が好きだから』
先生は先生で考えがあるのかもしれないけど、わたしはこういう訳でバトルはしたくない。だからわたしは、先生の問いかけに首を大きく横にふった。だってわたしが痛いだけじゃなくて、わたしが攻撃した相手にも、痛い思いをさせちゃう…。それにわたしがバトルに負けたら、ユウキを悲しませてしまう。ユウキが悲しむ顔を、わたしは見たくないから…。
『…みんなに優しいエーフィらしいといえば、エーフィらしいわね』
『だけど先生、ちょっと悩んでることがあるんだけど…』
わたしはこう思ってるけど、それはそれで別の事も気になってきてる。気になってるというか…、心配、っていう方が正しいかもしれないけど、そういう訳でわたしは先生にこう打ち明ける。バトル大会より前から思ってる事だけど、最近は余計にその事が心配になってきている。だからわたしは、友達…、ミルタンクにも相談できなかったことを、勇気を出して先生に相談してみる事にした。
『わたし達、ポケモンって、バトルするのが普通でしょ? みんなだって、戦うのが楽しいって言ってるし…。だからわたしも、嫌いだけどバトルしなきゃいけなのかな…、って思って…。だってわたしって、みんなと考え方、違うから…』
わたしはちゃんと自分の考えを持ってるけど、それはエーフィとして、ポケモンとして、普通じゃない事。今は誰にも…、あっ、今言ったから先生以外、かな。友達には誰にも言ってないから、今のところは虐められたり仲間はずれにはされていない。…だけどこれから、みんなの進む先を嫌でも知ることになるから…。その時にわたしの考え方がみんなと違う、って知られちゃったら、そうなっちゃいそうで凄く怖い…。
『…私と、同じね? 』
『えっ、先生と? 』
わたしはてっきり、わたしのことを何か言ってくるのかと思ってた。何を言われるか分からなかったから、わたしは凄くビクビクしてた。…だけど、予想外の言葉が返ってきたから、わたしは思わず変な声を出してしまう。下げていた視線を、ハッと先生の方に上げた。
『ええ。私もエーフィぐらいの時に、同じ事で悩んでいたのよ』
『先生が、わたしと? 』
『そうよ。私達がイッシュ、っていう遠い地方の出身っていうのは知ってるわね? 』
『うん。ヒウンシティ、っていう街から来てるんだよね? 』
『よく街まで覚えていたわね。イッシュ地方で私の種族は、トレーナー就きならポケモンセンターで働くのが普通なのよ』
『そうなの? 』
イッシュっていう地方は昔話とか歴史の授業でしか聞いた事がないけど、わたしはそんな地方が案外身近にあるのかもしれない、先生の話を聞いて、そう感じはじめてきた。先生の種族の事はほとんど分からないけど、それでもわたしは、ジョウト地方にはいない種族、っていう事だけは知っていた。そんな中でこう聴いたから、先生の種族の事をちょっとだけ知れたような気がする。ポケモンセンターで働くって事は、ジョウトだったらラッキーとか、ハピナスと似たような感じ、なのかな? わたしは率直にそう感じた。
『だから、今のエーフィとは同じって事なのよ。…だけどエーフィ? 先生はエーフィの考え方を、否定する事ができるかしら? 』
『せっ、先生? どういう…』
何かのスイッチが入っちゃったらしく、先生は間も開けずにどんどんと話しはじめる。
『エーフィはできる、って思ってるかもしれないけど、私はそうは思わないわ。…よく考えてみて。わたしがどう考えていても、他のひと…、もちろんエーフィに校長先生だって、それを全否定することは出来ないわ。分かりやすく言うと、エーフィはエーフィで、私は私。それ以外の何者でもないからね。だから他人がどう考えていても、別のひとがその事について否定する権利はないのよ。タブンネの私が先生になってはいけない、エーフィのあなたがバトルをやめたらいけない、っていう決まり事なんてどこにもないんだから…。それにその種族、ポケモンだからって決めつけてたら、みんながみんな同じになってつまらないでしょ? 』
『うっ、うん…』
『だからエーフィ、周りが何て言ってきても、自分で決めたならそこへ向けて…、バトルをしなくてもいいのよ。自分がしたことで、他のひとを困らせない限りはね』
先生は時々真剣な表情になりながら、わたしに先生の考え方を話してくれた。言ってくれたことが少し難しかったけど、それでも何故か、心に沁みてきたような気がする…。それだけじゃなくて、上手く言葉に出来ないけど、心のどこかで引っかかっていた、棒みたいな何かが綺麗に取れたような…、そんな気もする。重かった何かが降りて、一気に軽くなったように感じられた。
『そんな考え方が、あったんだ…』
『ええ。…この事を話したの、いつ以来かしら…。ふふっ…、初めてね、きっと』
『…先生? 何か面白いことが…』
『ううん、昔の事を思い出しちゃってね。私も、先生からと同じことをきいたっけなぁーって』
『先生の、先生が? 』
一通り話し終えたら、先生はふと、小さく笑顔を溢していた。わたしにはその笑いの意味がさっぱり分からなかったから、首を傾げながら先生に訊ねてみる。何か面白い事があったの、そう訊こうとしたけど、言い切る前に先生はすぐにそのワケを話してくれる。誰かの事を思い浮かべているらしく、懐かしそうにこう話してくれた。
『そうなるわね。…あっ、折角だから、この話もしちゃおうかしら? 』
『ええっと、先生が、先生の先生から聴いた、こと? 』
『ええ! 』
また何かを思い出したらしく、先生は短く声をあげる。今度はどんな話をしてくれるのかは分からないけど、この流れだから、多分先生が昔聴いた事だと思う。そのまますぐに話してくれるのかと思ったけど、先生は何故か、担任の先生の机の、一番下の大きな引き出しを開ける。何かを取り出したらしく、すぐに閉じて、その物をわたしとの間にゆっくりと置く。それは三十センチ四方ぐらいの透明なクリアケースに入った、白い球状の何か…。実際に見るのは初めてだけど、わたしはそのモノをユウキの教科書で見た事がある。
『“しあわせたまご”…、だったっけ? 』
『そうよ』
『たしかこれを持ってたら、バトルで強くなれる…、だったよね? 』
『ええ。流石エーフィね』
文字じゃなくて授業の時にこう聞いたような気がしたから、わたしはうろ覚えだけど先生に言ってみる。ユウキがその時、確か居眠りしてたから知らないと思うけど…。わたし自身も自信がなかったけど、あってたみたいで先生はにっこりと笑いながら答えてくれた。やっぱり褒められるのは恥ずかしいけど、同時に嬉しくもあった。
『それならエーフィ、どうして持ってるだけで、バトルに強くなれるのかは…、わかるかしら? 』
『えっ、どっ、どうして、って…』
わたしは最初は、この“しあわせたまご”の使い方とか、そういう事を訊かれるのかと思っていた。何しろわたしと先生が話している間でも、まだユウキの面談が終わっていなかったから。そういう事もあって軽い気持ちで応えていたから、急に難しい問題を出されて変な声が口から漏れ出してしまう。そういえば何でだろう、わたしは率直にこう感じたから、問題を出されたって事もあって考えはじめた。
『“せんせいのつめ”みたいに、そういう効果がある道具…、だから? 』
わたしが考えつくのは、このくらい…。それ以外に、“オレンの実”みたいに食べたら効果がでるのかな、っていう風にも思ったけど、“しあわせたまご”は食べ物じゃないから、間違っていると思う。
『正解とも言えるけど、間違いとも言えるわね』
『えっ、違うの? 』
『ええ。詳しくはよく分かってないんだけど、私は御守りみたいなもの、って思ってるわ』
『御守りって、神社とか鈴の塔とかで売ってる、あの? 』
『そうよ。持ってるひとの気持ちの問題…、って言った方がいいかもしれないけど、心のよりどころ、って感じかしらね』
『だけど先生、よく分かってないんなら何で有名になってるの? 』
『それは…、売り出す時の文句が良かったから…、かもしれないわね。…だって“しあわせ”って、いかにも効果がありそうな感じじゃない? 』
『だけど…、そういうのって、結構怪しくない? 買った時にお金をだまし取られてそうで…』
『それもそうだけど、話したいのはそこじゃないわ。本当に話したいのは、“考え方”よ』
『考え方? 』
『そうよ。何の変哲もないものでも、考え方次第で色んな事が変わるのよ』
『色んな…』
『例えば“強くなれる”って思うじゃない? そう思う事で、それがあるからって事でモチベーション…。“しあわせたまご”なら、強くなれる、って思う事ね。そう強く思う事で、自然と練習量も多くなるわ。結果的に、本当に強くなる…。こんな感じで、物事は考え方次第で変わるのよ』
『うーん…』
色々話してくれたけど、わたしにはよく分からなかった。先生は分かりやすく話してくれたんだと思うけど、何というか…、頭がすごく重くなったような…、そんな感じがする。結構長く考えたから、かもしれないけど…。
「エーフィ、そろそろ行くよ」
『えっ、うん』
何か凄く頭がモヤモヤするけど、先生が喋ってる間に、いつの間にかユウキの面談が終わっていたらしい。ユウキは座っていた椅子から立ち上がり、わたしのほうに振りかえる。ユウキの方は話のキリがついているはずだけど、わたしの方はまだ…、なのかな? ちょっと疲れたからあまり考えたくないけど、先生の方をチラッと見ると、まだ話足りなそうな感じだった。だけどまだ、この後も他の子の面談があるから、わたしはいまいちパッとしない表情のままだけど、出口の方に向けて歩き始めたユウキの後を追いかけた。
〜・〜・〜場面弐 完〜・〜・〜