01 場面壱 はじめてのこと
四歳の時、幼くして両親を震災で亡くした当時イーブイだった私は、生涯のパートナーとなる、ユウキ、という少年に拾われ育てられた。
今みたいに言葉は伝わらなかったけど、それでも何となく想いは伝わってたような気がするわね…。
人間とポケモンだけど、本当の兄妹のように育ってきた私達は、当然どんな時もいつも一緒。
スクールでの生活も当然そうで、私は毎日の授業を聴くのが楽しくて仕方なかった。
そんなある日、あの時は確か、初めて授業でバトルというものをした時だったかしら…。
スクールの行事で、最上級生同士がトーナメント形式で戦う、というものだったと思うわ。
その練習という事で、私達は校庭での授業で―――
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「はいそれじゃあ皆さん、二人組になって早速はじめてみましょう! 」
「よっしゃぁっ! シンジ、俺とやろうぜ! 」
「おぅよ! 」
楽しい給食の時間も終わって、午後からの授業が幕を開けた。今日の体育の授業はもうすぐある行事の練習みたいだけど、わたしはまさか全員がやるなんて思ってなかった。
「いっ、イーブイ、頑張ろうね」
『うん。ドキドキするけど、がんばるよ! 』
イーブイのわたしもそうだけど、もしかするとユウキも、すごく緊張してるかもしれない。先生が言い切ってからユウキの方を見上げると、何というか…、うれしそうだけど、ちょっとだけひきつってた。だけど楽しみの方が勝ってるみたいで、ぎこちないけど弾けた声でわたしにこう言ってきた。わたしは見上げたまま、大きく頷いてこたえた。
「ねぇユウキくん! 」
「なっ、なに? 」
とそこに、ユウキに話しかけてくる女の子がひとり。ユウキはいつも仲が良い友達といっしょにいるけど、その中にも女の子が二人ぐらいいる。そのうちの一人が後ろから話しかけてきたから、ユウキはすごくビックリしちゃってた。
「ウチとバトルしてくれへん? 」
わたしも一緒に振りかえると、そこにはわたしの予想通りの女の子。ちょっと独特なしゃべり方だけど、待ちきれない、って言いたそうにユウキに挑戦を申し込んできていた。
「あっ、アカネちゃん? ぼくと? 」
「そうやで! 」
『アカネ、昨日からユウキくんに勝つんだ! ってずっとこんな感じなんよ』
『そうだったの? 』
まさか彼女に挑まれるって思ってなかったから、ユウキは思わず変な声をあげちゃってた。彼女は将来ジムリーダーになるのが夢みたいで、卒業したらすぐに旅に出る、って言ってた。だから毎日、スクールが終わったらジム戦を見にいったり、他のともだちどバトルしたりしてるみたい。
『うん! だってユウキくんって、理科のテスト、めっちゃ点高いやろ? せやから、バトルで勝ちたい、って言っとったんよ』
『ばっ、バトルって…、わっ、わたし、一回もやった事ないよ? 』
『イーブイなら大丈夫やって! バトルって、すんごい簡単やから! 』
何となくそんな気はしてたけど、わたしが聴いたら、友達のミルタンクがすぐに答えてくれる。わたしも理科の授業は一番好きだから、たぶんユウキの点数が高いのは、好きだって思ってるからだと思う。仲が良い友達にこう言ってもらえるとちょっと恥ずかしいけど、嬉しい、ってのもあるかな。わたしの事じゃないけど…。
ちょっとミルタンクとアカネちゃんは思い込んでると思うけど、とりあえずわたしは、こう答えてみる。ユウキがおっけーしないと始まらないと思うけど、やったことないから、ちょっと怖い、かな…。戦ってるのもあまり見た事がないから、どうやってやったらいいのかもわからない。理科の事だったら、友達のみんなに教えれると思うけど…。
「…これ、一回言ってみたかったんよー! 」
「うっ、うん! 」
『おっ、ユウキくん、乗り気みたいやね』
『えっ、ちょっと、ユウキ! アカネちゃ…』
「目と目が」
「合ったら」
「
ポケモン勝負! 」
絶対にわたしだけ置いてかれっちゃってるけど、ユウキはアカネちゃんとバトルする気らしい。アカネちゃんの勢いにちょっと押され気味だけど、彼女と距離をとって向き合う。それに合わせてミルタンクも、アカネちゃんの方に駆けて…、ええっと、種族上ふっくらしてるから、転がって、って言った方がいいのかな? アカネちゃんのそばで、ユウキの方に向き直る。
わたしはあまり気が乗らないけど、授業だから、取り乱しちゃったけど何とかみんなに続く。慌てて四足で駆け、フサフサの毛を靡かせる。毛の間に砂が入ってじゃりじゃりになりそうだけど、わたしは戦うしかない、ってわりきって気合いを入れた。
「ウチからいくで! たいあたりで先制攻撃や! 」
『イーブイ、かくごしぃや! たいあたり! 』
「イーブイもたいあたり! 」
『でっ、でも、どうやって…。たっ、たいあたり! 』
やっぱり慣れてるからだと思うけど、アカネちゃんは真っ先に声をあげる。右手を前に出して、人差し指で前を指しながら指示を出していた。これにミルタンクはすぐに応える。動き辛そうだけどわたしに向けて、足に力を入れながら走ってくる。体格差もあって、ものすごく圧迫感、っていうのかな? 壁が向かってくるような感じがしてきた。
ユウキもわからないなりに、同じように指示を出してくれる。生まれて初めて指示をもらったけど、わたしは技なんて使った事無いから、どうしたらいいのか全然分からない…。ちょっとだけあたふたしちゃったけど、ミルタンクも同じ技を使ってきてるから、わたしもそのマネをしてみる事にする。いつもみたいに右と左を同時につけるように、わたしは思い切って走りだした。だけど…。
『きゃぁっ! 』
『イーブイ、そんなんじゃうちには勝てへんで! 』
『痛ぁッ…! 』
ミルタンクはわたしから見るとすごく大きいから、ぶつかったらわたしが弾かれてしまう。ミルタンクはびくともしなくて、全然痛くなさそう。それに対してわたしは、お腹にぶつかるとあっけなく飛ばされる。顔から突っ込んだから、全体に鈍い痛みが走ってきた。その状態で空中に投げ出されて、弧を描く様に地面に落ちる。ジーンってくるような衝撃が、わたしの体の中を通り抜けていくような感じだった。
「ミルタンク、チャンスやで! もう一回体当たりや! 」
「いっ、イーブイ! かわし…」
『わるいけどイーブイ、うちの勝ちやね。体当たり! 』
『っく…、っあぁっ…! 』
地面に叩きつけられて、わたしは思わずむせ返ってしまう。鈍い痛みで声もあげちゃったし、頭もクラクラしてきた…。ミルタンクがまたわたしの方に走ってきたけど、なぜか力が入らない。同じ技を使ったはずなのに、わたしだけがこんなに痛い思いを…。なんでこうなったのか、わたしにはさっぱり分からなかった。
だけどこの状況が、わたしに考えさせてくれる時間をくれなかった。必死に力を入れて立ち上がろうとしているところに、アカネちゃんが次の指示を出す。これに対抗してユウキも何かをしようとしてくれていたけど、ミルタンクの声に遮られて聞こえなかった。この間にわたしは何とか立てた、けど、その時には目の前に…。なにもすることができず、わたしはあっけなくつき飛ばされてしまった。
「イーブイっ! 」
『ユウキ…、ごめん…』
「ウチの勝ちやな! 」
飛ばされたわたしを、ユウキがタイミングよくキャッチしてくれた。仰向けになるように受け止められたわたしは、小さな声でこう呟く。痛みで意識が飛びそうになっちゃってるけど、心配そうにわたしを見てくれているユウキの事を思うと、気を失っていられない。気を失うと、余計に心配させちゃうから…。
「悔しいけど、負けたよ」
「やけどユウキくんのイーブイ、バトルの素質、あるんとちゃう? 」
「イーブイが? 」
「うん! だってユウキくんって、一回もバトルやったことないんやんね? 」
ユウキの言う通り、これだと完璧にわたしの完敗…。わたしも悔しかったけど、凄く痛かった…、そっちの方が強く思ってるのかもしれない。アカネちゃんが何かを言ってくれてたけど、わたしは痛みも合わさって、あまり内容が頭の中に入ってこなかった。
「そうだけど…」
「んなら、今度バトル大会もある訳やし、絶対にやった方がええって! 」
「うーん、だけど、僕は本を読んだり勉強してる方がいいかな。イーブイも、あまり興味ないみたいだし…」
たしかにユウキのいう通り、わたしはバトルをしてみよう、そう思った事が一回もない。ミルタンク達と喋ってる時、バトルしないなんて変わってるね、ってよく言われる。…けどわたしは、ユウキの膝の上で授業を聴いたり、いっしょに遊んだりする方が好き。そのお陰で最近は、少しだけ文字を読めるようになった。…ユウキじゃないけど、もし言葉が伝わったら、友達のみんなに教えれる自信だってある。
『ほんまそうやで! うちは出来へん種族やけど、進化って戦わなあかんらしいんよ』
『そう…、なの? 』
『そうやで! それにイーブイって、八種類も進化できる種族があるのも知ってるで! 』
『わたしもユウキに…、写真を見せてもらったことあるから、知ってるけど…』
ユウキとアカネちゃんが二人で話はじめちゃったから、わたしはユウキの腕の中で置いてけぼりを食らってしまう。そのお陰でちょっと痛みがマシになってきたけど…。
ミルタンクも同じ様な感じだったから、ひとり考え込んでるわたしに話しかけてくれる。初めて聞いた事だから首を傾げたけど、それでもミルタンクはにっこりと笑いながら答えてくれた。
『んならイーブイって、何になりたいん? 』
『わたしは…、まだ決めきれてないけど、シャワーズかブラッキーか、エーフィ、かな? ミルタンクは? 』
『うち? うちは進化できへんけど、うちはアカネと一緒に強なって、ジムリーダーになる事やな! 』
だけどミルタンクは、逆にわたしに質問してくる。まさか授業中に訊かれるなんて思ってなかったから、わたしはちょっとビックリしちゃった。それでもわたしは、自分の中では少しは絞れて来ているから、すぐに答えてあげる。シャワーズは可愛くて泳げるし、ブラッキーは暗くてもよく目が見えそう。ブラッキーとエーフィなら、道具とか特別な場所に行かなくてもいいみたいだし、エーフィはエーフィで、物を浮かせたり色んなことが出来そう…。
理由までは話さなかったけど、こう答えたら、ミルタンクも話してくれた。アカネちゃんもそうだからそんな気がしてたけど、改めて彼女の口から聴くことができた。ユウキとは進む道が違うけど、アカネちゃん達も本当になりたいんだなぁー、って感じた。ユウキに抱かれた状態だから、わたしは珍しく上から、そうなんだね、ってミルタンクに返事した。
〜・〜・〜 場面弐に続く 〜・〜・〜