序 夕暮れの店内
「…お会計は七百二十ポケになります」
「七百二十ですね。…千ポケでお願いしてもいいかしら? 」
「千ポケですね。二百八十ポケのお返しになります」
ここは水の大陸、ワイワイタウン。その中心部に位置する市街地に、威勢のいい声が響き渡る。空が朱く染まる宵の刻という事もあって、夕飯の支度、翌日の準備に店をハシゴする人も多く、より一層の賑わいを見せている。僕がこの街に来て四年ぐらいになるけど、その当時から稼ぎのピークと言ってもいいかもしれない。
幾多にも軒を連ねる店舗のうちの一つでも、恒例とも言えるやりとりが行われる。商品の料金を計算し終えた店員がその値段を言うと、客と思われるチラチーノがそれに応じる。財布の中とにらめっこしていた彼女は、ピッタリ持ち合わせていなかったらしく、一つケタの大きい硬貨を取り出した。それを受けとった店員…、僕は、カウンターの下に置いてあるレジを開け、差額分をそこから取り出す。右の前足でそれを握り、すぐにカウンターに置く。種類ごとに数えながら確認し、ようやく彼女へと手渡した。
「確かに受け取ったわ。ここの商品は品質が良いからね、また来るわね」
「ありがとうございます! 奥さん、またのお越しをお待ちしています」
上品なお客さんはお釣りをうけとると、ちいさく表情を緩めながらこう言ってくれる。商売を始めてから三年ぐらい経つけど、やっぱり今でもこう言ってもらえると嬉しい。相棒も多分そうだと思うけど、もしかするとこれにやりがいというものを感じているのかもしれない。僕自身、商いは副業にあたるけど、それでも十二分に充実した時間を過ごすことが出来ていた。
「…ナゼル、時間になったで、そろそろ店じまいの準備でもしとく? 」
「んぁ? おおっと、もうそんな時間? んー、見た感じ中に残って無いみたいだし、そうするか」
他の店はこれからが稼ぎ時だけど、うちはここまでが営業時間やからなぁー。この日最後の客を見送った僕は、開けていたレジを閉め、下ろしていた腰をあげる。この位置から若干背伸びするような感じで店内を見渡し、僕以外の従業員の姿を探す。すぐに見つかったので、僕はその彼の名前を大声で呼ぶ。すると屈んで作業していたらしく、左側の棚の方から別の声が返ってきた。その声の主は僕に言われてようやく気付いたらしく、立ち上がりながらカウンター上の時計に目をやる。空箱を両手で持って店内を見渡す彼、形式上は店長を務めているジャランゴのナゼルは、はきはきとした声でこう言い放っていた。
「うん」
「それからリアン、リアンは明日、発注が来てる薬を調合するんだよな」
「そのつもりだよ。何しろ最近開村したウィルドビレッジの診療所からやからね」
「ウィルドビレッジ? 確かリアンが氷華草を採りに行ってる山の中腹にある村だったよな? 」
開村する直前にお世話になった、って事もあるけど…。棚の方を整理しているナゼルに対して、レジ周りの陳列を正している僕は、彼の問いかけにこくりと頷く。狭い店内だから危うく尻尾が商品にあたりそうになったけど…。そんな僕に彼は、立て続けに明日の予定を尋ねてきた。彼にとっても分かりきった事だと思うけど、きっと確認の意味を込めてこう訊いてきたんだと思う。だから僕はいつものように、予め目立たない場所に置いておいた小箒を右で取りながらこう答えた。
ウィルドビレッジといえばついこの間まで名前も知られていなかったけど、ちょっとした訳があって僕達はその存在を知っていた。僕はその近くにはしょっちゅう赴いていたけど、商いが本業の彼は一度しかその場所には行ってない。属性相性で、仕方ないと言えば仕方ないけど…。
後回しになってしまったけど、名前が出たから説明に入ると、僕の名前はリアン。何処にでもいる、普通のエーフィ。彼とはここに来た五年前からの付き合いで、それからの仲。彼には店の手伝いとをする代わりに、二階の居住スペースに居候させてもらっている。彼はそれだけでいいって言ってくれてるんだけど、それだけだと申し訳ないから、僕の本業でも彼の商いを手助けしている。…さっきから商いは副業って言い続けているからそろそろ明かすと、僕の本業は化学者。その関係で簡単な薬品だったり、化学技術を応用した道具とかの開発もしている。一般向きでは復活草とかを加工した薬を処方しているけど、探検隊や調査団向けに便利なアイテムを製造、販売するのがメイン。販売するようになったのが、商工会の認可がとれた半年前。扱いによっては大惨事になりかねないから、一応一定ランク以上にしか販売しないようにしているけど…。
ちなみに僕がお世話になっているナゼルの店は、店頭販売じゃなくて注文販売がメイン。主に扱っているのは、調味料や加工食品。それからアクトアタウンの近くの森から採ってくる、食品用の木の実。木の実は僕の独断と偏見で採ってくるものだけど、業者を通さないから他の店よりは低価格で販売できている、はず…。
「そうそう。ナゼルはアクトアタウンの方に行くんやっけ? 」
「正直言ってめんどくさいけど、会議だからそうも言ってられないからな…」
「あははは…」
僕も何回かついて行ったことあるけど、お堅い人ばかりで話が通じなかったからなぁ…。ここで話に戻ると、一通り商品を整理し終えたナゼルは、畳んだ空き箱を抱えながらカウンターの方に戻ってくる。その彼に僕も、今日の売上を算出するための計算機を駆使しながら、彼にこう問いかけてみた。すると彼は、いかにもだるそうに後頭部を掻き、苦い表情を浮かべながらこう呟く。訊いた身ではあるけど、そんな彼につられて、思わず僕も苦笑いを浮かべてしまった。
「まぁ、行かんといけないからな…。…とりあえずリアン、後の処理は頼んだぞ」
「任せといて! 」
僕の商品の売り上げも入ってるとはいえ、居候の身だからね、そのぐらいはしないとね。彼が事務作業嫌いっていう事もあるけど、僕はいつも、彼の代わりにこの作業を担当している。店を二人で営んでいるから仕方のない事だけど、週四日の営業がギリギリの状況…。ナゼルはアルバイトを雇うかとも考えているらしいけど、商売が軌道に乗ってきたとはいえ今は逆効果だと僕は思う。…とにかく、僕は彼の注文にいつも通りこう頷く。店の入り口はナゼルが閉めてくれているから、目を離しても客が入ってくる事はない。この事が分かっているから、彼は一足先に奥に戻り、夕ご飯の準備をしに行ってくれた。