B4 実践演習
[Side Til]
「…うん、大分良くなってきたね」
「本当に? 」
昨日から始めたとは思えないね。ウォルタ君を見送ってから、俺は一度部屋の方に戻った。まだ早い時間だったから、眠かったってことで久々の二度寝…。この時代に来る前はそんな暇はなかったけど、たまにはこう言うのも良いかもしれない。一応ライトとシルクの付き添っていう名目で来てるけど…。…それで気付いたら九時を過ぎていて、いつの間にか起きてたシオンさんに起こされた。旅館の朝食時間には間に合わなかったから、そのままの足で町の飲食店へ…。その途中で、今朝にはいなかったライトと会うことが出来た。まだ何でいなかったのかは聴けてないけど、一晩中動きっ放しだったんだとか。ライトの事だからリハビリを兼ねて技の調整をして、そのついでに海岸の洞窟にでも潜入していたんだと思う。それで時間を忘れて野生を倒していて、ヘトヘトになって帰ってきた、そんなとこかもしれない。
それでその後は、部屋の鍵をライトに渡して遅めの朝食へ。その時にはランチの時間帯になってたから、予定よりも安く食べる事ができた。それから海岸の方に行って、シオンさんの飛ぶ特訓につき合った。俺は飛べる種族じゃないけど、翼で飛ぶ仲間がいるから心得てるつもり…。だから知ってるなりに見た感じだと、この短時間でシオンさんは結構サマになっていてると思う。俺が見た感じでは、シオンさんは典型的な体育会系。運動能力も結構いい方で、それも相まって飛ぶ事が上達するのも早まったんだと思う。
「自然な感じで飛べるようになってきてるからね、もう完璧って言ってもいいんじゃないかな? 」
「えっ、もう? 」
「うん。俺も驚いたけど、凄く飛行タイプっぽくなれてるよ」
「ティルさんも? わたしもびっくりしてるよ。…でも凄く楽しいよ! だって人だったわたしが空を飛んでるんだよ! バック中とかできるようになった時も嬉しかったけど、それ以上だよ! 」
そういえばシオンさん、人間だった時は体を動かすのが好きだった、って言ってたっけ? 俺のお墨付きを貰えたって事で、シオンさんは文字通り飛び跳ねるように喜んでくれる。跳んだ時に翼を広げたりもして、体で嬉しさを表現してるような…、そんな感じ。俺も初めて師匠に乱取りで勝てた時は、すごく嬉しかった。その日の夜は興奮して寝れなかったぐらいだから、シオンさんもそんな感じだとは思う。シオンさんが持ってた学生証? によると俺よりも二つ年下みたいだけど、ここだけの話、少しだけそれよりも下に見えたような気がした。
「俺もその気持ち、分かるよ。新しい武術の技が出来るようになっ…」
「技…、そうだ! ティルさん、今度は技を教えてくれる? 」
「シオンさんに? …使える技、全部知ってる訳じゃないけど、俺で良かったら構わないよ」
「やった! 折角スバメになったんだから、やっぱり戦えるようにならないとね!」
…だね。この先どういうつもりなのかは分からないけど、使えるようになって
損する事は無いしね。嬉しそうに声をあげてるシオンを見ていた俺も、気付くと自然に口元が緩む。俺自身の時を思い出し、その事を言おうとしたけど、それはシオンさんに遮られてしまう。俺の一言で何かを思いついたらしく、ハッと俺に頼み込んでくる。下に降りてるから少し砂が付いてるけど、その砂も払いのけそうな勢いだった。
だからって事もあるのかもしれないけど、気付くと俺は彼女の頼みに首を縦にふっていた。仲間にスバメ、その進化先のオオスバメは仲間にいないけど、活動拠点のホウエンには沢山いたから、それなりに知ってるつもり。仲間の一人に通じるものがあるような気がするから、目を輝かせる彼女にこう言ってあげる事にした。
「だね。…うん、シオンさん、折角だから洞窟に入ってみる? 」
「洞窟? 洞窟って…、海岸の洞窟のこと? ゲームの主人公が初めて入ったっていう」
「そうかは分からないけど…、初めてでも簡単に突破できる難易度だからね」
俺はこの時代の出身じゃないから知らないけど、元の世界にいた時から知ってるシオンさんが言うなら…、そうなのかもしれないね。とりあえずこれからの事は決まったから、俺はキョロキョロと辺りを見渡し、手ごろな場所を探す。今いる海岸でも良いんだけど、それだと教える側の俺の行動範囲が限られるし、何より実際に対峙した時の対処法を教えられない。俺はこの時代に来るのは二回目だけど、シードさんと突破してきたとはいえ結構なブランクがある。戦闘が始まったらどうって事無いけど、俺自身もダンジョンでの感覚とか、道具の使い方を思い出したい。そのためには最適な場所だ、て思ってるから、俺は一瞬向けた目線をシオンさんに下ろし、こう提案してみた。
するとシオンさんは、待ってましたと言わんばかりに声をあげる。この世界、俺達の時代も空想だって事にはいまいちピンとこないけど、シオンさんもこの洞窟の難易度は知っているらしい。俺は前に来た時に聴いたけど、海岸の洞窟は町の子供でも簡単に突破できるぐらい簡単なダンジョン。シオンさんがどのくらい動けるかは未知数だけど、実戦形式で教えられるから最適だと思う。それに見た感じ、シオンさんもかなり乗り気。初めての事で緊張してるようにも見える気がするけど、質の良い緊張だと俺は思う。難易度は最低のノーマルとはいえ、ダンジョンである事には変わりにない。属性相性的にも不利だし、遊び感覚で潜入されても困る。…例えるなら、武術、剣術の試合をする畳の上。遊び半分、手を抜いて組み合うのは失礼に値する。文字通り、“礼儀を失くして失礼”と読むぐらいだからね。
「それはわたしも知ってるよ! …それじゃあティルさん、よろしくね! 」
もし何かあった時は何とかするけど…、まぁ大丈夫だね、きっと。翼をたたんで見上げるシオンさんは、その視線をぺこりと足元の砂に向ける。元気よく、でも直立不動で頭を下げた彼女は、見上げるとすぐに翼を羽ばたかせる。元々人間だったとは思えないぐらい自然な動きで飛び立った彼女は、真っ先に飛び先を洞窟の方に向ける。その彼女を追い、俺も砂を蹴って海岸の洞窟へと足を踏み入れた。
――――
[Side Til]
「…へぇー、すごい! やっぱりイメージ通りだよ! 」
まさに絵にかいたような洞窟だからね。海辺の洞窟に踏み入れた瞬間、俺達を包む空気が急変化する。潮の香りがするのは変わりないけど、湿気に混ざって独特な緊張感が俺の体毛を湿らせていく。テトラは何回か潜ったから慣れたみたいだけど、シオンさんにとってはそうじゃないと思う。…だけど子供みたいにはしゃぐ彼女を見る限り、俺の予想は外れてしまいそう。寧ろ楽しんでるように見えるから、案外順応するのは早いかもしれない。
「…だけどティルさん? 技ってどうやって使えばいいの? 」
「あっ、そっか。まずそこから教えないといけなかったね」
「翼で叩いたりすればいいと思うんだけど、風はどんなふうに起こせばいいか分からないし」
そうだね。俺達にとっては当たり前だけど、シオンさんはそうじゃないからね。ダンジョンの空気に飲まれてないシオンさんは、そのままのテンションで俺に尋ねてくる。スバメっていう種族は人間とは体のつくりが違うし、そもそも人間は武術とかそういう類の体術しか使えない。武術は技のエネルギーを使わないから便利だけど、その分威力はあまり期待できない。同じ物理攻撃でも技そのものの性質が違うから、シオンさんにはそこから教える必要がある。うっかり忘れてて、シオンさんの一言で思い出したのはここだけの話しだけど…。
「うーん…、技の系統にもよるけど、一番大事なのは“イメージ”、かな? 」
「イメージ? 」
「そうだよ。何も考えずに拳で殴ったりする方法もあるけど、それだとダメージは期待できないんだよ。…だから、技を使う光景をイメージして、そのイメージをエネルギーと共鳴させる。その後は使う技によるけど、そうすると属性に変換されるから、あとはそれは解放する。そうして初めて、技を使う事が出来るよ」
上手く説明出来たか分からないけど、こんな感じで言えば、分かってくれるかな? 物事を教えるのはあまり得意じゃないけど、俺は俺なりの言葉で彼女に指南する。実際に動くのは簡単だけど、それを言葉にするのは結構難しい。だけど武術にしろ剣術にしろ、まずは言葉で方法を知る必要があるから、教える側としては避けては通れない…。前にシルクの従兄弟に教えた事があるけど、あの時とは状況が違うからね…。
「何かよく分からないけど、イメージが大事なんだね? 」
「うん。シオンさんは初めてだから…、翼で打つ、が一番覚えやすいんじゃないかな? 丁度野生も来たみたいだし」
難易度が低いとはいえダンジョンだからね、だけどベストなタイミングだよ。俺の言葉が足りなかったのか、シオンさんはいまいちパッとしない表情で首を傾げる。でも一番重要な事は伝わったみたいだから、実践で覚えてもらえばいけるかもしれない、俺は率直にそう感じる。そんな彼女に教える事になるから、俺は記憶の引き出しを漁って最適な技を引っ張り出そうとする。つつくっていう技が一番簡単だけど、人間だったシオンさんにとってはそうじゃないかもしれない。だから俺は、その次に簡単な技を棚の中から取り出す。それなら元の彼女でもイメージしやすいはずだから、多分この技の方が難易度は低くなると思う。それに合わせてくれたようなタイミングで、俺達がいる空間に野生のカラナクシが侵入してくる。向こうはまだ気づいてないみたいだから、教える時間は少しだけある。だから…。
「ええっと、カラナクシだから…」
「じゃあ早速、シオンさん、翼で叩く光景を強くイメージしてみて」
「えっ? …うん! 」
「ッ! 」
今のうちに、彼女に攻撃の仕方を伝授する。一瞬驚いたような声が漏れ出てたけど、すぐに我に返ってくれた。だけどその声を聞きとられたらしく、虚ろな目のカラナクシが俺達の方に向かってくる。
「そのまま翼に力を入れるような感じで…」
「こう、かな? 」
「カァッ! 」
「サイコキネシス…。うん、その調子だよ! 」
続けて俺が指示を出すと、半信半疑ながらもその通りに動いてくれる。トレーナーってこんな感じなのかな、密かにこんな事を考えていると、向こうも攻撃しようと接近してくる。七メートルの距離で技を発動させ、這いながら泥をシオンさんに向けて飛ばしてくる。このままだと地面で溜めてるシオンさんに命中するから、ここで俺が、見えない力で泥の飛沫を弾き飛ばした。そして…。
「ッ? 」
「そのまま接近して、思いっきり叩きつけて! 」
「うん! …翼で打つ! 」
「ァッ…! 」
「…ん? 」
「もう一回翼で打つ! 」
あれ、何だろう? 初めて見るけど…。跳ねるように、シオンさんは敵のカラナクシに急接近する。ぴょん、ぴょん、ぴょん…、と三歩前に跳び、四歩目で大きく飛ぶ。それと同時に右の翼を広げ、前に向けて思いっきり振りかざす。それは攻撃直後で硬直してるピンクのカラナクシにヒットし、それなりのダメージを与える事に成功…。その隙にシオンさんは、唯一使えるようになった技で追撃しようとしていた。
だけど俺は、見間違いかもしれないけど、彼女にちょっとした違和感を感じてしまう。シオンさん本人は気づいてないと思うけど、橙色のオーラみたいなものが彼女に纏わりついている。どんな技なのかは分からないけど、無意識のうちに発動させたらしく、その効果で彼女のスピードが上がってるような気がする。初めてのバトルにしては速すぎる速度で、技に例えるなら、高速移動を発動させた直後の様な…、そんな感じ。軽い動きで攻撃したシオンさんは、その勢いで左の翼でも叩きつけていた。
「グァァッ…ッ! 」
「…やった、倒せた。倒せたよ! 」
あっ、消えた…。…でも、何なんだろう? この連撃が決まったらしく、左翼で叩かれたカラナクシは俺から見て右斜め方向に飛ばされる。フロアの壁スレスレまで飛ばされ、そこで地面に墜ちる。素早い動きで二回食らったって事もあって、相手は力尽きたらしい。これ以上は襲ってこず、辺りはバトルの緊張から解放される事になった。
それが合図になったかのように、シオンさんを包む橙色のオーラも雲散する。技なら効果が切れるまで続くはずだから、これは何かしらの特性かもしれない。最初はそう思ったけど、加速、っていう特性以外、俺はこの類の効果を知らない。けど加速は、さっきのシオンさんみたいにオーラを纏う事はない…。だとしらら“チカラ”か何か。だけどシオンさんは、この世界とは別の、それも俺達と同じ時代の出身らしい。だから、その可能性はあり得ない…。当の本人は勝利ではしゃいでいるけど、俺自身はモヤモヤとした何かにとり憑かれてしまった。
続く