C6 崩れ去る日常
[Side Riku]
「…リクさん、明日からですか」
「そうですね。…だけど、正直言ってどうなるか分からないですね」
「いやいや、リクさんならやり通せますよ。…はい、特製三貫盛り」
「ありがどうございます。…じゃあマスター、いただきます」
ここの料理を食べないと、やっぱり気が引き締まらないね。
…ここはエアリシアのある料亭、
人気の少ないカウンター席で、たわいのない雑談が展開される。カウンターを挟んで客席側にいる僕、ハクリューのリクは、明日から始まる職務に憂鬱になりかけていた。市会議員の僕は、明日からの定例会議に出席しないといけないから、下手をすると丸三日間会議室から出れなくなる事もある。市政に関わる事だから誇りに思ってるつもりだけど、進んで出席しようと思うほど、僕のメンタルは強くない。市民からの支持は貰えているけど、生憎僕はリナリテア家の後継者…。だけど市長である父上の政策は不評で、反対派はかなり多い。僕は父上の政治には納得できないけど、家柄、それと立場上、意見を言う事は容易くない。…だけど僕は、何故か反対派のリーダーとして祭り上げられている。独裁者の父親、市政に反対する市民の期待、板挟みになってるから…。
話をこの場に戻すと、今は飲食街が賑わう夕方。僕はそのうちの一軒の寿司屋で、一人夕食を嗜んでいた。ここのマスターとは政治参入した時からの知り合いで、初めて来たのは先輩議員に連れられてだった。市長の息子なら金とかコネがある、ってよく言われるけど、生憎僕の家はそうではない。市長の父上は僕、それと十歳離れた妹には全く興味ない。関心があるのは、権力を保持するために必要な有能な人材、それだけ…。母上は母上で、人の風上にも置けないような人柄。古くからの貴族に嫁いだって事もあって、カネの事しか頭にない。だから僕達の事はそっちのけで、金を稼ぐ事しか考えていない。そういう訳で、僕達三兄弟は使用人に育てられた。もちろん僕もそうだけど、十年前に家出した姉上は特に両親の事を嫌ってた。そんな姉上の背中を見てきたから、僕も傲慢な父上に抗いたい、そう思ってるんだけど、ね…。
「…ん? マスター、今日の肴はいつもと違いますね? 」
「おぉ、よく気付きましたねぇー! 今日は特別にジョンノエ産のはまちを仕入れてみたんですよ! 」
「ジョンノエ産ですか! ですけどマスター? 高かったんじゃないですか? 」
「いえいえ、ひいきにしてくれてるリクさんのためです。景気づけに奮発しましたから…」
今日はいつも以上に脂が乗ってるって思ったけど、そういう事だったんだね? 尻尾で持つ串で刺して食する僕は、食べ慣れてる味と少し違う事に気付く。その事を尋ねると、マスターのジュナイパーさんは得意げに話してくれる。はまちと言えば出世魚として有名だけど、中でも特にジョンノエ産は高級品として知られている。丁度今が旬だから、特に脂が乗る時期でもある。
そんなマスターの気遣いに感謝しながら、僕は口の中の高級魚の味を楽しむ。口の中に広がる濃厚な味に、僕は…。
「へいいらっしゃい! お客様お…」
「リク=リナリテアだな? 」
「はい、そうですけど? 議会は明日からのはずですけど、取材なら…」
ん、何だろう、こんな時間に? マスターとの雑談も楽しみながら、僕は二貫目の握り寿司に尻尾をのばそうとする。だけどそうしようとした丁度その時、背後の引き戸がガラガラッ、と音をたてて開かれる。かと思うと、何人もの役人が食事中の僕を取り囲む。そのうちの一人、マニューラが低い声で僕に分かりきった事を聞いてくる。何か物々しい空気だけど、僕は何とかいつもと通…。
「議会での決定だ。市長への反逆罪として、お前を…」
「ぎっ、議会? そんな事、聴いてないですよ! はっ、反逆罪? 何の事かさっぱり…」
「黙れ! 」
「首謀者をひっ捕えろ! 」
なっ、何? 僕が反逆者? そっ、それに議会が決めた? そんな事聞き覚えが無いし、まだ会期外だよね? ドスの利いた声のマニューラは、僕の言葉を遮ってこんな事を言いはじめる。だけど僕には何の覚えもないし、父上に盾突いたことはまだ無い。だけどマニューラをはじめ、五人ぐらいの役人は鋭い目…、凶悪犯を睨むような目つきで僕を睨んでくる。急な事で何が何だか分からないから、当然僕は声を荒らげて取り乱してしまう。必死に訳を訊こうとしても、荒々しく声をあげるだけで聴く耳を持ってくれない…。それどころか、主導者らしいギルガルドが、僕の事なんかお構いなしに声をあげ…。
「りっ、リクさん…? 」
「罪人が、市長に盾突きたことを…」
「りっ…、竜の舞! ぼっ、僕が何をしたって言うんだよ…! 」
もう、訳が分からないよ! 僕を取り囲む五人は、一斉に僕に襲いかかってくる。このままだと殺られる、本能的にそう感じた僕は、咄嗟に体中の筋力を活性化させる。十年以上前に姉上…、こう呼ばれるのは嫌ってるから変えるけど、姉さんから教わった護身術が、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。体が長い僕は瞬時に猛者達の間をすり抜け、開け放たれた出口に滑り込んだ。
「逃がすな! 奴を捕まえろ! 」
「なっ、何で僕が…」
「アイスボール! 」
「…! 竜の舞っ! 」
何で僕が追われないといけないんだ? 寿司屋のマスターに申し訳ないと思うながらも、僕は襲撃された店を発つ。結果的に食い逃げする事になってしまったけど、そうでもしないと何をされるか分からない…。店を飛び出して右に曲がり、すぐに勢いをつけて地面スレスレを滑空する。だけど追手のマニューらが僕に追いつき、僕に向けて氷の塊を飛ばしてきた。
横目でチラッと後ろを見ると、僕の尻尾の先端に届きそうな軌道…。だから僕は、滑空するスピードを緩めず、更に筋力を活性化させる。行き交う人達にぶつかりそうになるけど、今はそうは言ってられない。音からすると、通行人のヌメラに氷が命中したような気がするけど…。
それによく考えたら、寿司屋に襲撃してきた五人、主導者以外は僕の弱点属性の種族だった気がする。エアリシアの自警団に氷タイプは何人かいるけど、ここまで多くなかったような気がする。そうなると街の外からの雇われ人、その可能性は十分ある。それにあの感じは、完全に僕を倒して捕えようとしていた。
「…リク! 」
「トレイ! 」
「リクは無事? 」
「うっ、うん。何とか…。って事は、トレイも? 」
まっ、まさか、トレイも襲撃されて? 店から何回目かの角を曲がったところで、僕は危うく誰かとぶつかりそうになってしまう。咄嗟に体を左に捻ってかわしたから、衝突だけは何とか避ける事は出来た。相手側も相当焦って走ってきていたのか、僕と同じように息が切れている…。僕の名前を言い放った彼をよく見ると、僕がよく知ってる人物…。僕と同じ反対派の一人で、学生時代からの親友のジヘッド…。反対派議員のトレイが、僕の無事を確認するように声をかけてくれる。彼も何かただならない様子だったから、もしかすると彼もなのかもしれない。僕はそう思って、手短に彼に問いかけた。
「うん! 俺達が反逆者だって…」
「いたぞ! 」
「奴らを捕まえろ! 」
「もっ、もう来た? 」
「とっ、兎に角今は逃げよう! 」
「…おぅ! 」
まっ巻いたと思ったのに…! 親友の安否を確認したのも束の間、僕達の後方、二か所から荒々しい声が響いてくる。この声は見なくても分かるけど、これは僕を凶悪犯呼ばわりする何者か…。トレイの方からも同じ感じで聞こえてくるから、向こうも目的は同じだと思う。このままだと二人揃って捕まってしまうから、顔を見合わせて同時に石畳を蹴った。
「だっ、だけどリク、追われる事に心当たりなんて無いよな? 」
「うん。…だけど向こうは、反逆罪がどうのこうの、って…」
「はっ、反逆罪? もしかして市長の意向に反対してるから、っていう理由で? 」
「そうだと思う」
「だけどリク、俺達が反対派だなんて…、あの面子しか知らないはずだよな? 」
「そのはずだよ! 」
集まってる小屋も廃墟同然だし、外部に漏れないように細心の注意も払ってきた…。なのに、何で…? トレイは出来る限りの早いスピードで背中の翼を羽ばたかせながら、平行して飛ぶ僕にこう問いかけてくる。彼も僕と同じく状況が呑み込めてないみたいで、切羽詰まった様子で僕に迫ってくる。だから僕は、僅かに持っている、追っ手が僕に対して言ってた事をそのまま伝える。すると彼は、両方の頭揃って驚きの声をあげてしまっていた。
「って事はまさか…、あの中に裏切り者が…? 」
「信じたくはないけど、そう考えるしか…」
「えっ、なっ、何で…」
「悪いな。女だろうと議会で決まった事だ。せいぜい反対派だった事を後悔するんだな」
「いやっ…、やめて…! 」
なっ、何なの、この光景は…! 僕達は滑空しながら、追われている訳を考え始める。だけどあまりにも情報が少なすぎて、その殆どが推測の範囲を越えそうにない。できればこう思いたくはなかったけど、徹底していた情報が漏れたって事は、メンバーの中に賛成派が紛れ込んでいた、そう考えるしかない…。親友のジヘッドも同じらしく、暗い声でこう呟いてしまっていた。
こんな感じで話している間に、僕達は街のメインストリートに辿り着く。だけどそこでは、目を疑う様な光景が繰り広げられていた。全然余裕が無くて目の前しか見れてないけど、そこには三人に囲まれて身動きが執れないプリン…。その彼女は涙を浮かべて訴えかけてるけど、僕達を追ってる人同様、全くとり合ってもらえていない。それどころか…。
「反逆者は反逆者らしく、大人しく死ねぃっ! メタルクロー! 」
「そんな、助…っきゃぁっ…」
「…おいおい、嘘だろ…? この臭い、まさか…」
「ぅぅっ…。そのまさか…、だよ…」
硬質化させた爪を構え、問答無用でそれを振りかざす。それも無抵抗な彼女一人に対して、ガタイの良い男、三人がかりで…。そのうちの一人の爪が貫いてしまったらしく、鉄臭い臭いと共に、鮮やかな赤で辺りを染め上げてしまっていた。
そんなあり得ない光景に、僕は滑空しながらも言葉を失ってしまう。残酷な光景に、急に吐き気にも襲われる…。種族上目が見えないトレイも、独特な臭いで状況を悟ったらしい。あり得ないっていう感じで、目が見える僕に問いかけてきていた。
「だけど人を殺すなんて…、正気の沙汰じゃないよな…」
「うん…」
「それも臭いの数からすると、相当の数…」
「なっ、何で…」
「あっ、あれは、まさか…」
狂ってる…、誰の決定か知らないけど…。だけど…、議会の決定? だとしたら、まさか…。思わず目を逸らしたけど、その先でも似たような事が起こっていた。…もう気がどうかなってしまいそうだけど、追っ手がいる以上、僕達にそんな余裕はない。それにさっきのプリンさんの感じだと、あの人も反市政派…。となると、僕達も命を狙われてる事になる。
だから状況的にも、僕は一つの結論に至ってしまう。俄かには信じがたいけど、権力に執着するあの人なら、可能性は無くはない…。ここまで極端な事は初めてだけど、ある意味よく知ってるから、嫌でもそう納得せざるを得なくなってしまう。僕達を追ってる五人以上も、本気で殺めようとしてたから、尚更…。
その僕達が進む先で、また一人、儚い燈が狙われてしまっている。だけど今度は、僕がよく知る人物そだった。それは…。
「確かソクと言ったな? 娘だと言うのに反対派とは…、悲しいものだな? 」
「放して…! 父上が知ったら、タダじゃ済まないからね…! 」
一人のミニリュウの少女…、僕の妹が、大柄で見かけない誰かに鷲掴みにされていた。まだ百メートルぐらいあるけど、実の兄の僕が見間違える筈がない。掴んでいる側の方は、そこそこの年配みたいだけど、この街では見かけない種族…。初めて見る種族だから分からないけど、見た目からして虫タイプか何かだと思う。
「ほぅ、無知が故の主張か。…だが、彼を見ても同じ事が言えるか? 」
「…えっ…? 」
「…ソク、実に残念だ。リクは泳がせていたが…、奴の一派もこれまでだろう」
虫タイプの彼に呼ばれて、物陰から別の誰かが姿を現す。その彼の種族は、僕の進化先のカイリュー…、それも、現リナリテア市長の、実の父親…。
「父上…、何で…」
「ある者のタレコミでな、あの能無しも反対派、それも首謀者ときた…。儂の権力でここまでのし上がらせたというのに、とんだ親知らずだ…。儂に刃向かう事は褒めるが、そうとなれば奴も敵だ。…フッ、今頃血に塗れて悶え苦しんでいる事だろう」
「うそでしょ…」
「…どうだ、聴いたか? 実の父親から聴く福音は。いい響きだろう? 」
まっ、まさか本当だったなんて…。彼女の父親であり僕の父であるカイリューは、興味が無いとはいえ実の娘に耳を疑う様な事を口にする。おまけにその内容は、完全に僕のことだった。狂気に満ちた笑みを浮かべ、鷲掴みにされているミニリュウに満足げに言い放つ。この距離になって初めて気づいたけど、その手には弱点属性のドラゴンクローが構えられていた。
ソクを掴んでいる男も、嘲笑うように声をあげる。横顔しか分からないけど、その表情は常軌を逸している…。これは僕の想像だけど、今回の真の黒幕は、この男と父上…。状況的に考えて、これだけは間違いなさそう…。
「……」
「…さぁ、ジク殿の娘、貴様には特別に時間をやろう。何か言い残す事は無いか? 」
「父上…、何…っぁぁっ…! 」
「ソク、家出娘の換えとしてみてきたが、お前も反対派とはな。聴いたところによると、お前もグルだそうだな? 」
「…っ…っ! 」
嘘…。信じられない…。右手でひっ掴む男は、見せしめとでも言いたそうにこう呟く。相当強く掴まれているらしく、ソクは痛みで表情を歪めてしまっている。何とか声を振り絞っていたけど、言い切る間もなく、目を疑う様な事が起きてしまう。滑空する僕達との距離が四十メートルになったところで、カイリューの爪がミニリュウの体を貫く…。そのカイリューは冥途の土産、とでも言いたそうに、怒りで顔を引きつらせながらこう語りかけていた。
こんな悪夢のような光景に、僕は…。
「父上! なんてことを…、
何でソクを…! 」
耐え切れず、殺人犯に対して大声で言い放つ。
「リク、ま…」
「…リク! 貴様、今頃死んでいるはずじゃあ…」
「
兄…、上…。…に…、げ…」
「チッ…、仕留め損ねたか…」
「っあァァっ…! 」
「
ソク! 」
反射的に叫んでいたから、気付いた時には遅かった。トレイが止めようとしていたけど、出かけた声は止められない。僕の一声で、殺人鬼は僕達の存在に気付く。虫の息のミニリュウから爪を引き抜いた実行犯は、僕を目視するとあり得ない、という感じで声を荒らげる。こうなると僕がそう言いたくなるけど、この状況が待ってはくれなかった。ソクを掴む男は舌打ちをすると、その手にありったけの力を込めてしまっていた。
「…何で…、何故…、何…」
「いたぞ! 」
「…リク、お前等もここまでだな」
「リク…、リク…! 」
「…っ! トレイ…! 」
十メートルになったところで、男はぐったりとしたソクを手から放す。力なく倒れた僕の妹は、何の反応も示さない…。この光景に僕は、悪夢ならいますぐ覚めて欲しい、心の底から、こう願う。…だけどトレイの翼で叩かれて痛かったから、現実だと信じざるを得なくなってしまう。だけどそのお陰で我に返り、同時に追っ手に取り囲まれいると気付かされることになった。
「
リク、妹さんは残念だけど、ここは逃げよう…! 」
「ジク殿、奴が主犯か」
「
逃げる…? でも何処へ? 」
トレイ、この状況でどうしろって言うの? 逃げ場を失ってしまったけど、親友の彼ははまだ諦めていないらしい。僕だけに聞こえるように、声を潜めて語りかけてきた。
「
ハクさ…ん…、リクのお姉さんの所なら、大丈夫なはずだ」
「あぁそうだ。この無能な反逆者が、儂に抗う首謀者だ」
「
姉さんの所に…? でも何で…? それに他のメンバーはどうするの? 」
「
俺もそうしたくは無いけど、助けに行ってると俺達も殺られる…。だからここは、俺達だけでも…」
「首謀者、か。実の息子に裏切られるとは、滑稽な話だな。…だが嫌いじゃない」
「
だけど…」
「
ハクさんから送ってもらったドロンの種、まだ持ってるよな? 」
「これも儂に盾突いたリクの自業自得だ、後悔は、無い」
「
うん、毎日持ち歩いてる、けど…」
「
なら俺が合図を出すから、同時に飛ぶ。それですぐに使って、アクトアタウンに亡命しよう」
「潔いな。…さぁてジク殿、これで幕引きとしよう」
「
ぼっ、亡命? 」
「そうだな」
「
じっ、時間が無い! 」
「では…」
「
リク、いくぞ! 」
「反逆者が…」
「
うっ、うん…! 」
「
せー…、のっ! 」
「此処で朽ち果てるがいい! お前ら、
かかれぃ! 」
続く