A4 おでかけの準備
[Side Lien]
「…着いたついた」
ここまで頻繁に来るんは初めてかもしれへんなぁー。ワイワイタウンに戻ってから二日後、僕は再び同じ山を登っていた。今日は店の営業日やけど、前もって言ってあるで大丈夫。いわゆる有給使って来とるわけやから、ナゼルも分かってくれとるはず。…とは言っても距離が距離やから、僕はジョンノエタウンで泊ったって事もあって結構な時間を使ってまっていた。
ちな、今僕が来とるんは、年中雪が降っとる陸白の山麓。その四合目にあるウィルドビレッジ。いつもの事やで慣れとるけど、粉雪が毛に絡まって張りついてまっとる。いつも羽織っとる白衣にも雪が纏わりついとるで、放っといたら雪が融けてその水分で凍ってまうと思う。僕はエーフィの中でも小さい方やけど、雪をかき分けながら歩いとるで結構な量が付いとると思う。
「あっ、おったおった! …アリシアさん、リア君、待たせてまったかな? 」
ちょっと遅れてまったけど、この感じやと大丈夫そうやな? そんな感じそんなで登っとると、真っ白な景色の中に木製のゲートが見えてきた。降りしきる雪の中で突然出てくる事になるけど、僕は防護用のゴーグルをかけとるで、目を細めんで済んどる。やから僕は、そのゲートの真ん中におる二つの陰に、すぐに気付くことができた。その二つの陰、ロコンの親子の名前を呼びながら、僕はその二人の元に駆けだした。
「リアン君、待ってたわ」
「リアンおにーちゃん! 」
「私達も今出てきたところよ」
ふぅ、そんなら良かった。前足を揃えて座っとった二人は、すぐに僕の呼びかけに気付いてくれる。アリシアさんは落ち着いた様子で微笑んでくれて、リア君は待ってました、って言いたそうにぴょんぴょん跳ねとる。雪まみれになっとるんは相変わらずやけど、元々村がこんなんやし氷タイプやから、全然気にしてへんのやとは思う。そんな様子の二人に安堵しながら、僕は右の前足を上げて軽く会釈した。
「そんなら安心やよ。…けどアリシアさん? 村の診療所を空けてきても良かったん? 」
「ええ。反対派のバカ共がうるさかったけど、社会的にお灸を添えてきたから問題無いわ」
「しゃっ、社会的に、って…」
「よくわかんなかったけど、お母さん、すごかったんだよ! 」
アリシアさんの事やから、多分凍える風かなんかで言い聞かせたんやろうなぁー。アリシアさんは村で唯一の医者やから、僕はその事について尋ねてみた。やけど僕の心配は杞憂やったらしく、アリシアさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべながら応えてくれる。どんな風に言い聞かせてきたんかは言ってへんかったけど、影の権力者って言うぐらいやから、何となく想像は出来た気がする。リア君はまだ小さいから、いまいち理解できてへんみたいやけど…。
「あははは…。…そんじゃあ、ここで話しとってもしゃぁないし、そろそろ行こか」
「うん! 」
「ええ」
「むらのそと、はじめてだよ! リアンおにーちゃん、むらの外って、ランベルのおにーさんみたいにいっぱいいるんだよね? 」
「そうやよ。僕も全部知っとる訳やないんやけど、七百とか八百種類ぐらいは種族があるんとちゃうかな? 」
僕が知らへん種族もおるかもしれへんでなぁー、きっとそのくらいやろうね。アリシアさんに対しては苦笑いを浮かべてまったけど、このままやと埒が明かへんで、適当なところでこう提案する。目線で後ろ…、下り坂の方を示してから、向き直って二人に呼びかける。二人は相当楽しみにしてくれとったっぱく、アリシアさんも期待に満ちた声で頷いてくれる。リア君に至っては本当に待ちきれへんかったらしく、一歩を踏み出したとこで早速問いかけてきていた。
「七百…? 私は山とリアン君とランベルさんしか知らないけど、山の下にはそんなにもいるのね? 」
「ええっと、一、二、さん…、六の次がななだから…」
「陸白の山麓だけやと、ほんの一部にすぎへん数の種族しかおらへん事になるな」
ワイワイタウンだけでも、結構な数おるでなぁー。
「…あっ、そうや。アリシアさん、リア君も、山下りる前に一つ訊いときたいんやけど…」
おおっと、危ない危ない。アリシアさん達にはこの事を聞いとかなあかんよな? 山道を下りながら話しとったけど、僕は三合目までの中間あたりにさしかかったとこで、ある事を思い出す。他の種族やと何の問題も無い事やけど、ロコンの二人にとってはめっちゃ関係する事…。せやから僕は、一度歩いとった足を止め、氷タイプのロコンの二人に尋ねてみる事にした。
「山下りたらアリシアさん達は炎タイプに変わるんやけど、どうするん? …サイコキネシス。“氷華の珠石”二つ持ってきとるで、とりあ氷タイプでもおれるけど…」
「そういえばキュリアちゃん、ロコンは炎タイプが普通、って言ってたわね」
「ほのお? ほのおって、お母さんがごはん作ってる時に使ってる、あったかいアレのことだよね? 」
「そうやよ」
ウィルドビレッジの環境は特殊やけど、アリシアさんにとってはそれが普通やでなぁー。僕はサイコキネシスを発動させながら、二人に重要な事を聞いてみる。見えない力で水色の石、“氷華の珠石”のネックレスを出したで、多分そんだけでどういう意味かは分かってくれとるとは思う。村の外のキュウコン、キュリアさんの話しも訊いとるで、そんだけでアリシアさんは思い出してくれたらしかった。
「そうね…、炎タイプには会った事無いから想像できないけど、試してみ…」
「キュリアおねーちゃんが言ってたけど、赤いんだよね? ぼくも赤いなってみたい! 」
「そんなら決まりやな」
聴くまでも無かったかもしれへんな。僕が訊く前から考えてたっぽく、アリシアさんは考える素振りを見せながらも答えてくれる。顎に右の前足を添えながら喋っとるけど、言い切る前にはしゃぐリア君に遮られてまう。いつ聴いたんかは分からへんけど、これは多分、ランベルさん達が来とった一昨日やと思う。ロコンの少年は待ちきれない、って感じで、ぴょんぴょん跳ねながら元気よく答えてくれとった。
「…まだ氷属性が残っとるっぽいけど、今試してみる? 」
「今…? 」
「一応炎タイプの“属性の石”も持って来とるでね、どうやろう? 」
キュリアさんには結果を知らへん状態で渡してまったけど、こんだけ属性のエネルギーが強いでな…。まぁこれも大丈夫やろう。アリシアさん達はまだ氷タイプの姿やけど、多分もう数メートル下ったら炎タイプに変わると思う。雪の深さも浅くなって来とるし、降り方も弱くなってきとる。氷タイプと炎タイプは正反対やから、初めての事で絶対に戸惑うはずやと思う。…本当は検証目的で持ってきたもんやけど、僕は薄水色のネックレスを浮かせたまま、色違いのアクセサリーを二つ取り出した。
「その石がそうなのね? 」
「そうやよ。“焼炎の珠石”って言ってね、炎の属性が籠っとる石なんよ。効果があるんかは分からへんけど、もしあったら、ロコンなら体温が高くなって、姿も変わるはずなんよ」
まぁ確証はないけどな…。僕自身も半信半疑のままやけど、氷タイプのソレを仕舞いながら説明する。今はサイコキネシスで浮かせとるで分からへんけど、深紅の“焼炎の珠石”は常に熱を帯びとる。一つだけやとそうでもないけど、三センチぐらいの大きさのやつを五、六個水ん中にいれりゃあ十分ぐらいでお湯になる。気圧とか湿度にもよるんやけど、十個も放り込めば同じ時間で沸騰させる事も出来る。“氷華の珠石”もそうやけど、温度管理が重要な化学反応には、欠かせへん物品って言っても過言やないかもしれへんな。
「じゃあ、お願いしようかしら? 」
…そんな訳で、二人の同意ももらった訳やから、早速僕は深紅の石のネックレスを二人に手渡した。
続く