C5 牙をむく土壌
[Side Archia]
「…ぁぁっ、…電光、石火っ…! 」
シルクさん、無事だと良いですけど…。落ちたシルクさんを追って穴に飛び込んだ私も、薄暗い中を何メートルも落ちていく。黒いお花畑の下にこんなに広い空間があった事にはびっくりしたけれど、今の私にそんな時間は無さそう。お腹が上とか横にならないように注意しながら、空中での姿勢を整えていく。だけどこれだけだと足を痛めそうだから、足の力を活性化させ、着地する体勢に入る。発動させてから三秒ぐらいすると地面が見えてきたから、屈伸するような感じで着地。体の重さとか衝撃は逃がす事ができたけど、疲れてるからなのか、一瞬だけふらついてしまった。
「ぅぅっ…、何とか着地できたけど…」
このダンジョン、凄く広いですね…。何とか地面に着地した私は、下げていた視線を上に向ける。悪タイプの私なら普通に見えるぐらいの薄暗さで、それが何十メートルも何百メートルも続いていそうな感じがする。ダンジョンの部屋とか通路を形作っている土壁は、地上の黒とは違って灰色っぽい。多分広いお花畑の地下だからだと思うけど、壁の半分ぐらいには薄茶色ぽい根っこがびっしりと張り巡らされていた。
短い毛並みを通して感じる空気は重く、ダンジョン特有の張りつめたようなものと合わせて、ひんやりとした何かが混ざっている気がする。植物の根が絡んだ地下だから、湿気がそれなりにある。…けど音という音は全然なくて、意識しないとダンジョンの中、ていう事を忘れちゃいそうなくらい静まり返っている。私が喋った声が、洞窟みたいに何回も反響しているだけ…。それがかえって不気味な印象を私に与えてきていた。
「シルクさんが落ちた地点からはズレたのかな…」
ダンジョンだから仕方ないけど、近くにはいないからな…。一通り見渡してみたけど、シルクさんはもちろん、野生の人の気配も全く無い。ダンジョンは突入するたびに地形が変わるけれど、一日の間ぐらいならその影響はほとんど無い。そのはずだけどシルクさんがいないから、もしかすると先に進みはじめたのかもしれない。だから私も、宛は無いけどひとまず一歩ずつ歩き始めた。
「…あっそうだ。同じ時代だから、使えるかな? 」
諸島は違うけど、あれを使ったら結構早く追いつけるかも? 私が落ちた地点から二部屋分ぐらい歩いた所で、私はふとある事を思い出す。二千年代に行ってたからつい忘れてたけれど、今いるのは七千年代だから使えるはず。その事を思い出したから、一旦立ち止まって鞄の中を探り始める。
「あったあった。ダンジョンだから、これを着けておかないと」
テトちゃんと潜入した時は小さいダンジョンでしたからね…。鞄の一番底から、私は目的の物を取り出す。腕時計型の端末を取り出した私は、それを右の手首あたりに着け、すぐに電源ボタンを押して起動させる。初めて使った時は苦戦したけど、三年ぐらい使い込んでいるから今は大丈夫。腕時計型の携帯端末、Zギアをいつも通り操作して、あるアプリを起動…。
「ええとこうして…、うん。良かった。こっちでも使えるみたい」
左右に揺れるピカチュウの尻尾を模したロード画面が消えると、画面いっぱいに点と線で描かれた地図が浮かび上がる。今私がいる場所が黄色い点で示されて、いる部屋自体は少し透明がかった濃い青色で塗られている。今まで通ってきた通路とかも同じ色で塗られているから、ダンジョンの探索をする時は凄く助かってる。
「それからスキャンして、と…」
あっ、できたできた。うーんと、この感じなら…。それから画面の端にあるボタンをタッチすると、検索中、ていう文字右下でが点滅しはじめる。三秒ぐらいしてから完全に消えると、今度は地図の上に別の点がいくつも表示される。一番多い赤に混ざって、一つだけ白い点が示される。
「この距離なら、走れば追いつけそう」
その場所は、今私がいる空間から五、六部屋分ぐらい南西進んだ先だから、私はすぐにそう判断した。
「電光石火…」
…あれ? そうと分かったら、私はすぐにその地点に向けて駆けだす。二足で立ち上がっていた手を地面につけて、足の方と同時に力を込める。ターンッ、ていう感じで一気に駆け出し、根っこが絡んだ土壁の間を駆け抜ける。何故か体が重い気がするけど、私はすぐにトップスピード…。
「ガルルルゥッ! 」
「ひゃっ…! まっ、守る! 」
「ガァァッ! 」
「スピードスターっ…! 」
いっいきなり? さっき見た時はいなかったはずなのに…! スピードに乗った私は、畳六枚分ぐらいの小さな部屋に跳びだす。私が見た感じではZギアの地図通り、左右に一本ずつ三メートルぐらいの幅の通路が延びている。…けれどそれを確認する間もなく、私はこの狭い空間で野生の人と鉢合わせになってしまった。それも一体じゃなくて、三体…。横目でチラッと見ただけだけど、左からモグリューが二体と、右からダグトリオが来ていたと思う。そのうちのダグトリオが泥の塊、多分泥爆弾を飛ばしてきたから、走ってついたスピードを緩めながら薄緑色のシールドを張る。完全に防いでから解除した頃には、入ってきた通路の反対側の壁際まで来たから、そこを背に向けながら喉元にエネルギーを溜める。咳をするみたいに撃ちだすと、放たれた白いエネルギー体が三つに分かれ、星型になって飛んでいった。
「ッ? 」
「グオォォッ…! 」
「…アイアン…、テール! …はぁ…、はぁ…」
「グァッ…ッ! 」
…あれ? もう息があがってきた…? だけど、まだ潜入したばかりですよね? 必中技だから狙いは外れなかったけれど、命中したのは二体だけ…。ダグトリオには当たったけど、私から見て左側のモグリューはもう一体の前に跳び出したから、外れてしまう。結果的にそのモグリューは倒れたけど…。
だけど私は、狙いが外れた事よりも別の事が気になってしまう。無傷のモグリューに硬質化させた尻尾を打ちつけながら考えたけど、やっぱり何かが変…。敵の数が少ない、ていう事もそうだけど、私の息があがってきている、という事…。一日の疲れが溜まっている状態で潜入しているとはいえ、まだ十数分しか経っていないはず。それなのに今の私は、フルマラソンを走ってきたぐらいにヘトヘトになってしまっている。肩で息をしないと苦しくなってきたし、何よりも体が凄く重い。電光石火で走っている時は気にならなかったけど、さっきからずっと吸血とかギガドレインとか…、体力を吸い取られる技を受け続けているような感覚もある。
「願い事…、からの…、シャドー…、ボール…! 」
「カァッ…! 」
やっぱり…、気のせいじゃないよね…? 二足で何とか立ち上がって尻尾を命中させ、いつもなら何事も無く着地して次の攻撃に移る…。けど今回はそうする事ができなかった。横方向に回転し、着地する瞬間にふっ、と力が抜けてしまう。その影響で踏ん張る事ができず、私は左方向に倒れてしまう。ごろん、と転がってすぐにモグリューの様子を伺う。そのまま立ちあがろうとしたけど、ダメージを受け続けた時みたいに力が入らなかった。
だから私は咄嗟にエネルギーレベルを高めて、そこに祈りも混ぜ込んでいく。本当に体力を奪われていく感覚があるから、ダメ元で発動させたけど…。だけどその間にもダグトリオ、それと後から入ってきたニダンギルが同時に向かってきたから、発動させたタイミングですぐに技を切り替える。通路近くの土壁にもたれかかるような体勢になっているから、体の右側で重ねた両手に漆黒のエネルギーを集め、二発連続で解き放った。
「はぁ…、はぁ…。もしかして…、ここって特殊な…」
こんな短時間、それも攻撃でダメージを食らってないのにこうなってるから、そう考えるのが普通…だよね…? 二発の弾が命中したのを確認すると、もたれかかる私は急に暖かな光に包まれる。さっき発動させた願い事の効果が反映されたらしく、少しは全身の怠さが和らいだ気がする。体力が回復したという事は、私は知らない間にダメージを受けていた、てことになる。だけど攻撃は一度も受けていないはずだから、残った可能性はダンジョンがそういう環きょ…
「ガアァァッ! 」
「うそ…、きゃぁっ…! 」
えっ…。いつ発動させていたのか分からないけど、私の足元が急に隆起し始める。かと思うと、そこから野生の敵…、最初から闘っているダグトリオが穴を掘るで突き上げてきた。いきなりの事だったから、当然私は対処できずに突き飛ばされてしまう。攻撃自体はあまり痛くはなかったけど、弱ってきている体には結構堪える。為す術無く私は宙を舞ってしまい、反対側の通路の方へとば…
「カァッ! 」
「…っ! 」
これは…、やられちゃった…、かな…? 泣きっ面にスピアー、ていう感じで、私が飛ばされる先には別のニダンギル…。まだ三メートルぐらいの距離があるけど、あの構えは燕返しを発動させていると思う。無防備な私を狙って、空中を滑空して来ていた。
もちろん私も応戦しようとしたけど、この状況では間に合わないと思う。守るのシールドで防ぐのが一番いいけど、私の守るは物理技にはかなり弱い。かといってシャドーボールみたいな特殊技を発動させても、撃ちだす前に攻撃を受けてしまう。電光石火とかアイアンテールで迎え撃とうとしても、力を溜めるのに少しのディレイが発生する…。打つ手なし、その言葉が頭の中をよぎ…
「…守る! 」
「…ッ? 」
「へっ…? 」
「真空斬り! 」
「グヮァッ…! 」
…あれ? 万策尽き、攻撃に備えて身構えたけど、いつまで経っても痛みが襲ってこない。その代わりに、飛ばされる私の目の前にいきなり薄緑色のシールドが展開される。私も使える守る、ていう技だけど、私は発動させていないはず…。だから訳が分からないままそれにぶつかり、よろけながらも辛うじて着地する事しか出来なかった。
この時初めて気づいたけど、この守るを発動させたのは私以外の人物…。黒い種族の彼が、シールドを解除してからすぐに反撃する。その彼で隠れて見えないけど、目の前で何かが斬られたような音が響き渡る…。かと思うと、その攻撃を受けたらしいニダンギルは、為す術無く斬り飛ばされていた。
「ふぅ…。ブラッキーさん、大丈夫ですか? 」
「えっ…? はっはい。大丈夫…、です…」
「僕のスピードだと賭けでしたけど、何とかなってよかったです」
この人の種族て…、やっぱりそうですよね? この時初めて気づいたけど、私を助けてくれたこの人は、私がよく知っている種族…、というより、私と同じ種族のブラッキーだった。私よりも少し大きい彼は、戦闘の緊張を緩めて一息つく。それから背を向けていた私の方に振りかえり、様子を伺うように訊ねてくる。それに対して私は、色んなことで頭がぐちゃぐちゃになっていたから、こくりと頷く事しか出来なかった。
「ですけど…、ブラッキーさん…? ブラッキーさんは…、大丈夫なのです…? 」
「僕は大丈夫です。…それよりも、まずはこれを飲んでください。この環境でも平気になりますから」
「これを…? 」
私と同じ種族だから変な感じがするけど…。だけどこの飲み物、どこかで見たような気がする…。白い結晶のネックレスをしている彼は、私と違って全然息が切れていない。その事が気になったから訊いてみたけど、ブラッキーさんは平気、ていう感じで頷いてからすぐ話題を切りかえる。かと思うと彼は、鞄の中から薄水色の液体が入った小瓶を取り出し、器用に両前足で開けてから私に手渡してくれる。オレンの実とオボンの実を合わせた様な香りがしたけど、何故か初めて見たような感じはしなかった。
「…おいしい」
「体力を回復するだけじゃなくて、自然回復力を高めてくれる効果があるんです。…ですけどブラッキーさん? 僕が人の事を言えませんけど、こんな時間に一人で何をしてたんですか? 」
「わっ私は、一緒に来ていたエーフィがここのダンジョンに落ちてしまって…、救出するために潜入していたんです」
…あっ、思い出した! この味、シルクさんが作ってくれた回復薬と同じ味だよね? それに少し楽になってきたから、そういう効果なら絶対にそうだよ!
「別の諸島ですけど、私はプラチナランク…」
「ぶっ、ブラッキーさんもですか? って事はもしかして…、そのエーフィさん、白い服を着て水色のスカーフを巻いていませんか? 」
「えっ? そそそっ、そうですっ! と言う事は、ブラッキーさんもです? 」
「そうなんです! 」
ていう事は、ブラッキーさんもシルクさんを探しに、このダンジョンに…?
「…あっごめんなさい。びっくりし過ぎて遅くなっちゃいましたけど、助けてくれてありがとうございますっ! 別の諸島では救助隊をしているのですけど、ブラッキーさんもそうなのです? 戦闘慣れしているみたいでしたから」
「他の人よりも短いと思いますけど、僕も探検隊をしていますからね。…あっ、申し遅れましたけど、僕はチーム悠久の風のラツェル、って言います」
「悠久の風…? と言う事は、ミズゴロウのウォルタさんをご存知ですね? 」
「えっ? うっ、うん! ウォルタ君の事はよく知ってますけど…。って事は、ブラッキーさんは…」
「はいっ! アーシア、て言いますっ。私は三年ぐらい前に、ウォルタさんとシルクさん…。そっそうだ。早くシルクさんを追いかけないと! 」
「でっ、ですよね? …アーシアさん、このダンジョンの事は走りながら説明します! 」
「それでおねがいします! 」
とっ、兎に角、今はすぐにでもシルクさんを追いかけないと…! 私を助けてくれたブラッキー、ラツェルさんと話し込んでいたけど、私はふと、その途中で言った言葉で大切な事を思い出す。ラツェルさんも私と同じだったらしく、慌てて声を荒らげる。そのまま彼は軽く駆け、私の方に振りかえってこう促してくる。もちろん私もラツェルさんに続き、二人揃って土壁の間を駆け抜け始めた。
続く