C4 甘い香りに誘われ…
[Side Archia]
「…この感じだと、ダンジョンは抜けたみたいですね」
『そのようね』
やっぱりシルクさん、いつ見ても凄いよ…。死相の原というダンジョンに潜入していた私とシルクさんは、苦戦することなく突破する。半ばシルクさんに身を任せる感じで突入した、シルバーレベルのダンジョン、ていう事もあって、私が戦う場面は殆ど無かった。上手く説明できないけれど、無双状態…、て言うのかな? シルクさんは手当たり次第に野生の人達に技を当てて、全員一発で倒していた。その様子を私が見た感じだと、無我夢中で気を逸らそうとしているような、別の事で気を紛らわそうとしているような…、そんな風に見えた気がする。私もだけれど、真夜中で少し眠くなっているはずなのに、攻撃の手も全然緩めていなかった。…だからこれは私の想像だけど、シルクさんは仲が良い親友と喧嘩した事、跳び出して来ちゃったことを無理やりに考えないようにしていたのかもしれない。
私は時々眠気覚ましのカゴの実のジュースを飲みながらだったけれど、気付いたらダンジョン独特の空気が無くなっていた。景色も少し変わり始めていて、黒い草に混ざって黒い花も咲き始めている。甘い香りも少し強くなっていて、気休め程度に疲れを癒してくれているような気もする。周りには月の明かりぐらいしか無いから、星がすごく綺麗…。これだけたくさん見えるから、エスパータイプのシルクさんにもはっきりと見えていると思う。
『花が咲き始めているから…、そうだと思うわ』
「ダンジョンでは咲いてなかったですからねっ。…ですけどシルクさん? 」
『ん? アーシアちゃん、どうかしたかしら? 』
「もう結構遅い時間ですけど、眠くないのです? 」
会ったのが陽が沈んですぐだったから分からないけれど、シルクさん、ずっと起きてますからね…。私はふと気になって、無双していたシルクさんに尋ねてみる。私はワイワイタウンに行く時の船で寝ていたから大丈夫、と言ってもいつもよりも遅い時間だけれど…。けれどシルクさんは、私が知っている限りでは全然眠っていないはず。シルクさんもこう言っていて平気そうな感じだけれど、絶対に無理している、私はそんな気がしてならなかった。
『そうね…、突入する前は少し眠かったけど、闘ってたら眼が冴えてきたから、眠れそうにない、って感じかしら? …でも今日? は奥地も入れて三か所目のダンジョンだから、疲れてる、って言うのが本音ね…』
やっぱりそうですよね? 私の質問に、シルクさんは一瞬星空を見上げて考える。もし喋れたら、うーん、って小さく呟いていると思う。そのまま視線を並んで歩く私に戻して、軽く笑みを浮かべながら言い切る。けど流石に疲れが溜まっているらしく、苦笑いにと一緒に本音がぽろりともれ出ていた。
「三ヶ所も、ですか? 」
『ええ。私の我が儘にもつき合わせちゃったから、明るくなるまで休んでから戻りましょ』
「はっ、はい…」
私も本当はすぐに呼び留めて戻るつもりだったけれど、流れでこうなっちゃったからな…。どのみち帰りの船が無かったけれど…。シルクさんはすぐに表情を戻して、適当な場所で歩く足を止める。もう一回空を見上げ、月の高さから時間を判断をしながら私にこう提案してくる。それに私も足を止め、咲いている花を踏まない様に注意しながら頷く。正直私も走ったりしていて疲れているから、そうしてもらえるのはすごく嬉しい。少し眠いから、休んでいる途中で寝ちゃう気がするけど…。
『…そうだ! アーシアちゃん』
「はい何でしょう? 」
『少しだけ時間貰っても、いいかしら? 』
「いいですけど、今度は何をするつもりなのです? 」
『薄々気づいてるかもしれないけど、ちょっとした飲み物を作ろうと思ってね? 』
「飲み物? 」
シルクさん、木の実から色んな飲み物を作れるけど、その中の一つかな? 私も前足を揃えて一息ついていると、シルクさんは何かを思い出したように言葉を伝えてくる。流石にもうダンジョンに潜る事は無いって思ってたから、私は身構えずに響いてくる声を感じとる。シルクさんにとっては相当良い案だったらしく、パッと明るい調子で声を伝えてきた。シルクさんが創る物と言えば薬とかドリンク、それから種とかそういうのだから、何となく何をするつもりなのかは分かった気がするけれど…。
『そうよ。ここに自生してる植物は“黒陽草”って言ってね、草の大陸では凄く需要があるのよ』
「そうなのですか? 」
『ええ』
「…と言う事は、砂糖とか…、そういうものなのです? 」
『厳密には黒糖だけど、草は紅茶、出がらしも使われるぐらいで捨てる所が無いぐらいなのよ! 』
「――――」
ダンジョンの中から甘い香りがしてたけど、やっぱりそうだったのですね。シルクさんは私の予想通り、ちょっとした飲み物を作ってくれるつもりだったらしい。それ以外にも使い道があるみたいだけど、それは納得できる気がする。これだけ真っ黒な植物だから、言ってないけど黒の絵の具としても使えそうな気がする。それと香りが強いから、紅茶は凄く風味があるのかもしれない。
そんな事を説明しながら、シルクさんは早速飲み物を作り始める。私の質問に頷きながら足元の草を千切り、サイコキネシスで細かく刻む。それと並行して鞄から一つの小瓶を取り出して、同じ技で蓋を開ける。その瞬間独特な酸っぱい匂いがしたから、これは多分お酢、それも林檎とかの果物から作ったもの。そこに刻んだ黒い草を入れて、超能力で押すを圧縮。その後で白い一ミリぐらいの結晶が入った別の小瓶を取り出して、数粒その中に加えていた。
「シルクさん、塩、ですよね? 」
『そうよ。酢酸で甘味成分を抽出して、塩化ナトリウムで余分な水分を分離…』
て事は、化学で作ってるのかな? 小瓶の結晶が気になったから、私はそれの事をシルクさんに訊いてみる。一瞬砂糖かもしれない、て思ったけど、よく考えたら黒陽草は砂糖として使われるくらい甘い植物。だから他に何があるかな、て消去法で探したら、私もよく知っている食塩が思い浮かんできた。そうだったみたいだから、お酢の使い方と合わせて伝えてくれる。シルクさんの足元が、急に崩れ始めた様な気がす…。
「…――! 」
「しっシルクさん! 」
『アーシアちゃ…』
うっ嘘でしょ? 私に説明してくれているシルクさんの足元が、突然何の前触れも無く沈下し始める。もちろん私もビックリしたけれど、あまりに急すぎでシルクさんは対応出来ていない。私は咄嗟に電光石火で跳び退いたけれど、シルクさんは崩れた土に足をとられてしまっていた。
私はすぐ、草地に足がついてから右手を伸ばす。シルクさんも目一杯前足差し出していたけど、あと少しの所で届かない…。私とシルクさんの短い手の指は、虚しく甘い香りを掴む事しか出来ない…。力いっぱい呼びかけて、シルクさんもテレパシーも答えてくれていたけど、言い切る前にそれがぷつりと途切れてしまった。て事は…。
「シルクさん、大丈夫ですか! …まっまさか、ダンジョン…? 」
テレパシーが聞こえなくなっちゃったから…、そうなりますよね? シルクさんの声が頭の中に響かなくなったから、私はイヤでもそう感じてしまう。シルクさんがいた場所にぽっかりと開いた穴からも、ダンジョンとの境特有の空気が溢れてきている…。
「だっだけど…」
シルクさんは凄く強いけど、流石に今の状態だとマズイですよね? シルクさんは私が知っている人の中でトップクラスの強さだけど、それは万全な状態の時…。だけど今は、難易度は分からないけれど二か所のダンジョンを突破して、ついさっきもシルバーレベルで無双したばかり…。シルクさんは全然表には出してないけれど、殆ど寝てないから睡魔に襲われているはず…。おまけにどんなダンジョンなのかも分からないはずだから、尚更…。
「とっ兎に角…」
シルクさん、今でも無理しているはずだから、すぐに助けに行かないと…! 私はシルクさんの事が凄く心配になり、ある結論に達する。私が言える事じゃないけど、シルクさんは結構無理をしてしまう。それに“チカラ”の影響で守りが凄く弱いから、急に襲われた時は危なくなる。もし初めて出逢った時みたいに怪我していたら、尚更…。だから私は…。
「私がいかないと! 」
休業中だけど、私はプラチナランク…。それに今度は私が、シルクさんを助けなきゃ! 私は二足で立ち上がって、左手で鞄の紐を強く握る。自分にこう言い聞かせながら意を決し、ぴょん、と目の前の穴の中に飛び込んだ、救助隊員として、シルクさんを助けるために…。
続く