C3 思い出話
[Side Archia]
『…アーシアちゃん、ありがとう。大分落ち着いたわ』
「それならよかったです」
結構な時間、泣いていましたからね…。ギリギリで跳び乗った高速船でシルクさんに追いついた私は、客席でシルクさんの話を聴いてあげていた。シルクさんが言うには、ふとした事でアクトアタウンのギルドの親方、ハクリューのハクさんの話になって、その事が原因で喧嘩になっちゃったらしい。その時シルクさんは感情的になってしまっていて、気付いた時には目覚めるパワーで攻撃してしまっていた。気が動転して、何も言わずに跳びだして来ちゃったんだとか…。
…私はそのハクさんという人には会った事が無いけれど、シルクさんの親友ならいい人なんだと思う。今日も一緒に未開のダンジョンを調査してきた、ていうぐらいだから、尚更…。前から仲が良くて、この時代に来た時は必ず会っていたみたいだけど、シルクさんはそれでもハクさんの生い立ちとか逢う前の話しは聴いた事が無い、て言っていた。…これは私の勝手な想像になっちゃうけど、その人はシルクさんとは仲がいいからこそ、自分の事を言い出せなかったのかもしれない。もし私がその人なら、関係が悪くなりそうで言い出せないと思う。
それに跳びだしてきちゃったシルクさんの気持ちも、私にはよく分かる気がする。今はこの世界に来る前の事も全部思い出せているけど、私がこの世界に“導かれ”たばかりの頃は記憶をなくしていた。そう言う状態で私…、私“達”を導いてくれた本人に会った時に、記憶を失った理由を聴かされた。…結局はその人の言い間違いだったけど、その時は
意図的に消したって言われた。だからその時は凄くショックで、言われた事が頭の中でグルグル回り続けていた…。泣きながらその人が入院していた病院を…、ええと今日のシルクさんみたいな感じで飛び出しちゃっていた。あの時私は自分に言い聞かせて考えないようにしてたっけ…? …そういえば、飛び出した私を探してくれている時、レイエルさんに酷い目に遭わされた、てライトさん、嘆いてたよね。名前が同じだから被っちゃうけど、レイエルさんにモルクさんも、元気かな…?
『…ーシアちゃん? 』
「はっはい! 何でしょう? 」
『何かボーっとしてたから、どうしたのかな、って思ってね』
「ごっごめんなさい。私にも前に、シルクさんみたいなことあったなー、て思い出して」
しっシルクさん、びっくりしました…。ずっと呼びかけてくれていたみたいだけど、考え事をしていたせいで私は気付くことができなかった。ビックリし過ぎて変な声を出しちゃったけど、何とか応える事は出来た。シルクさんはいつの間にか涙を拭っていて、私が振り向いた時には涙の痕が残っているだけで目元のはれも少し治まっていた。けれど私が自分の世界に旅立っていたから、心配そうな表情をしていた。
『私みたいな…? 』
「はいっ。ナルトシティのギルドでシルクさんと逢う前に、私にもシルクさんみたいな事があったんです。…ですけどシルクさん? 」
『ん? 何かしら? 』
「話変わるのですけど…」
そういえば、ふと思ったけど…。私はあの時の事を思い出しながら、考えていたことをシルクさんに手短に話す。もう何年か前の事だから、懐かしさも一緒にこみ上げてきた。けれど私はここである事が気にかかって、急だけど話題を切り替える。シルクさんは不思議そうに首を傾げたけど、そのまま私は気になった事を尋ねた。
「カピンタウンに着いてからは、やっぱりトレジャータウンに行くのです? 」
『そうね…、後で寄るつもりだけど、今はいいわ。この時間だと、店もチェックインの時間も終わってるから…』
そうですよね。陽が沈んでから結構経ってますし、カピンタウンに着いても閉まっているかもしれないですからね…。私がこう訊ねると、シルクさんは少しだけ視線を上に向ける。そのまますぐに柱にかけてある時計を見、何かを考えながら語ってくれる。確かにシルクさんの言う通りもう九時を過ぎているから、もうどの店も今日の営業は終わっていると思う。ホテルの方は際どいと思うけれど、着く頃には受付は終わっているかもしれない。
『アーシアちゃん、ちょっと私につきあってもらっても、いいかしら? 』
「いいですけど、ホテルの部屋をとらなくてもいいのです? 」
『本当はそうしたかったけど…、着く頃にはどこも受け付けは終わってる時間なのよ。…だけど野宿する訳にもいかないから、暇つぶしにダンジョンに潜入する、っていう感じかしら? 』
「ダンジョン、ですか? 」
野宿…、私はしたくない、かな…。視線を私の方に下したシルクさんは、そのまま何をするつもりなのかを教えてくれる。野宿、っていう言葉に一瞬ビクッとしたけど、しないって分かったからホッとした。シルクさんが言っているダンジョンはどのくらいのレベルなのかは分からないけど、暇つぶし、て言うくらいならあまり高くはないのだと思う。暇つぶし、それも夜通しダンジョンに潜るのもどうかと思うけど…。
『ええ。“死相の原”というダンジョンでね、夜だから関係ないけど薄暗い霧がかかっている草原なのよ。野生のレベルはシルバーで、環境のレベルがゴールド。フロアの広さがゴールドだから、向こうの諸島の基準だとシルバーランクのチームが突破できるぐらい、かしら? 』
「と言う事は、普通のレベルのダンジョン、なのですね? 」
『そう考えていいと思うわ』
名前が凄く物騒ですけど…、そのレベルなら、大丈夫そうですね。シルクさんはそこに行った事があるらしく、ダンジョンの詳しい情報を教えてくれる。ダンジョンの難易度の指標は“敵の強さ”、“環境の過酷さ”、“ダンジョンの広さ”の三つの総合評価で表されるけど、それはここも向こうも同じだったらしい。だけどシルクさんは、私が分かる基準でそのダンジョン、“死相の原”の難易度を教えてくれた。その難易度なら、私なら一人…、て言っても向こうではソロで活動していたけど、シルバーランクぐらいなら楽に突破できると思う。
「…えー、永らくの乗船ありがとうございます。まもなく…」
「あっ、もうすぐ着くみたいですねっ」
『そのようね』
シルクさんと話しこんでいる間に、船は目的地、カピンタウンの港に着いたらしい。跳び乗った時に注意してきたハスブレロさんが、人影が疎らな船内に呼びかけながら巡回してきた。相変わらず外は真っ暗だけど、悪タイプだから多少は外の景色は見えている。シルクさんには見えてないと思うけど、窓の外に波消しブロックとか灯台がしっかりと見えてきた。だから私達は、腰かけていたイスから降りて下船する準備をする。この頃にはいつものシルクさんに戻っていたから、後ろを歩きながら内心ホッとしていた。
――――
[Side Archia]
『…そういえばアーシアちゃん? 』
「何ですか、シルクさん」
『こうしてアーシアちゃんとふたりっきりで探索するのって、いつ以来だったかしら? 』
「ええと、廃屋を調べた時だから…、結構経っていると思います」
言われてみれば、それ以来二人きりになった事、なかったですね。真っ暗になった船着き場を後にしてからは、私達はそのままダンジョンに向かった。季節と月の位置からすると十時は越えていると思うから、もちろん町は静まり返っていた。松明の灯りも消えていたから、もちろん人通りも殆ど無い。けれどシルクさんが光源になるものを作ってくれていたから、多少はマシだった。…どういう原理なのかは分からないけれど、イアの実に鉄の棘と銀の針を刺して、その二つを細い針金でつないでいた。針金の真ん中は細かく渦を巻くようになっていて、空で蓋付きの瓶に覆われていたけど、その部分が赤熱してぼんやりと光っていた。
そして今は、一時間ぐらい歩いて“死相の原”に潜入したところ。シルクさんが浮かせている照明で見た感じでは、うっすらと霧がかかっていると思う。草原に生えている草も独特で、緑とか若草色じゃなくて、墨をこぼしたような黒。深く息を吸ってみると、ほんのりと甘い香りがしているような気もする。
そこでシルクさんは何かを思い出したらしく、ふと隣を二足で歩く私に尋ねてくる。私は聴かれてからその問いの事を思い返して、すぐにその事を口に出した。
『廃屋…、あっ、思い出したわ! アーシアちゃんと初めて調査に言った時ね! あの時は確か、アーシアちゃんはまだイーブイだったかしら? 』
「そのはずですっ! 今思い出しましたけど、あの時のシルクさん、病み上がりでしたよね」
『そうだったわね。アーシアちゃんも大変な時期だったから…』
今思うと、あの時に逢ってなかったらウォルタさんとも知り合えてなかったのですよね…。シルクさんも思い出してくれたらしく、懐かしそうに言葉を伝えてくる。シルクさんとウォルタさんとの出逢いは最悪だったけど、それも今ではいい思い出になっている。あの時私は偶々そのギルドにちょっとした用事で来ていて、シルクさんは物凄く高いレベルのダンジョンから救助されて手当てしてもらっていた…。それから何日かして例の調査に行ったから、今もだけどシルクさんは病み上がりだった。私も人の事は言えないと思うけど、あの時のシルクさんは結構無理をしていたと思う。…それとシルクさんの機転のお蔭で、すぐに馴染めた、ていう事もあるけ…。
「グルルルゥッ…」
『…っと、早速お出ましのようね。アーシアちゃん、準備はいいわね? 』
「はいですっ! 」
「――、―――! 」
「シャドーボールっ! 」
やっぱりダンジョンだから、戦闘無しでは突破できないみたいですね。思い出話に華が咲き始めたところで、意味を持たない声が近くから
響いてくる。その瞬間に私、シルクさんも、一気に警戒心を高める。シルクさんにはぼんやりとしか見えてないと思うけど、サマヨールが十五メートルぐらい先から一気に距離を詰めてくる。それに気づいた私達は、一度顔を見合わせて小さく頷き、同時に戦闘態勢に入る。私は空いている両手にゴーストタイプのエネルギーを溜め、シルクさんは同じ技を口元に凝縮させる。そして一秒もズレることなく、二人で合わせて二つの漆黒球を解き放つ。そのまま私が前衛、シルクさんが後衛を担当する事で、深夜の連戦が幕を開けた。
続く