A3 空を飛びたくて
[Side Shion]
「…んん…」
「あっ、シオンちゃん。おはようございます」
「おっ、おはよう…」
…うーん、…あっ、そっか。港町でウォルタさんと別れたわたし達は、ライトさんの案内でトレジャータウン、っていう町に向かった。ゲームと同じ名前だから、ん? って思ったけど、その時はゲームと同じなんて思いもしなかった。わたしも人間だった時にやりこんだゲームだったから、ちょっと感動…。だから昨日は、泊まる宿をとってからみんなで町の中を見てまわっていた。途中からキノト君は色違いのニンフィアのテトラさんとブラッキーのアーシアさんと別行動をしたけど、ライトさんに色々な事を教えてもらった。この世界の文字はまだ勉強中だけど、店の事とか銀行の事とか…。ゲームの通りだったから知ってはいたけど、まさか普通の喫茶店とかがあるとは思わなかった。ライトさんに誘ってもらって入ったんだけど、元々いた世界と同じでびっくりした。わたしの手は翼だから食べにくかったけど、サンドイッチとかジュースもあって、結構楽しめた。
それでその帰りに、わたし達はマフォクシーのティルさんに会った。ティルさんははぐれたライトさんの仲間の一人らしく、この大陸に流れ着いたんだとか。ティルさんはあまり遠くない場所に着いたみたいだけど、連戦続きで時間がかかっちゃっていたらしい。その後でセレビィのシードさんにも会ったんだけど、その二人で一緒に戦っても敵が多くて時間をとられちゃったんだとか。
それで一通り話してからは、みんなと合流するためにも旅館に戻った。ティルさん達もそのつもりだったみたいで、キノト君達とも合流して一緒に夜ごはんを食べた。色んな木の実を使ったフルコースで、思った以上にお腹が膨れた。この日にはウォルタさんは結局来なかったけど、その分ティルさんとシードさんとも話すことが出来た。確保した部屋が四人部屋だったから、二つとったうちの一つにティルさん達も一緒に泊まる事になった。
だからって事で、わたし達は二部屋に分かれて泊まる事になった。わたしはふと目を覚まして、まだボーっとするけどうっすらと目を開ける。するとわたしよりも早く起きていたみたいで、アーシアさんがわたしが起きた事に気付いたらしい。眠い目をこすっているわたしに、やさしく話しかけてくれた。
「シオンちゃん、まだ早いですけど眠れました? 」
「うん。アーシアさんは? 」
「うーんと、二度寝しようと思ったけど目が覚めちゃった、て感じですね」
あぁそっか。その場所なら、目が覚めちゃうよね…。アーシアさんも今起きたのかもしれないけど、ちゃんと目は覚めているらしい。…ただ窓際で寝てたみたいだから、日差しの暑さで起きたんだと思う。起きたばかりで欠伸をするわたしにこう訊いてきたから、ちょっとだけ出た涙を右手…、じゃなくて右の翼で拭きながらこくりと頷く。そのままアーシアさんに訊き返すと、小さい笑顔を浮かべながら、でも右の前足で扇ぎながら答えてくれた。
「そっか…。それなら、近くの海岸に行ってみない? 」
「海岸…、ですか? 」
「うん。うろ覚えだけど、プライベートビーチみたいで良さげな感じなんだよ」
それに確か、ゲームだとあの海岸から始まるしね。アーシアさんと話しているうちに少しだけ目が覚めてきたから、わたしは彼女にこう提案してみる。泊ってる部屋は一階だから見えないけど、高台みたいな場所に建ってるから、二階なら見えるのかもしれない。朝ごはんまでの暇つぶしっていうのもあるけど、うっすらと覚えている事に出てきた場所のはずだから…。
「そうなのですか。…テトちゃんとキノト君も寝てるから、そうしましょう」
やった! わたしの提案に、アーシアさんは寝ている二人を見てから、こくりと頷いてくれる。それから足音を立てないようにそーっと歩き出して、壁際のわたしの方に来てくれる。その近くにまとめて置いてある鞄から財布を取り出し、部屋の出口の方に向かい始める。それも後ろ足だけで立った状態だから、本当にわたしと同じで人間だったんだなぁー、って率直に思う。そんな風に考えながら、わたしもアーシアさんに続いて寝静まった部屋をこっそり抜け出した。
――――
[Side Shion]
「…あれ? 」
わたし達が言える事じゃないけど、早くない? アーシアさんと二人で旅館を出たわたし達は、どこにも寄らずに…、と言うよりはどこも開いてなかったから、まっすぐトレジャータウンのビーチに向かった。朝早い時間だから人通りが全く無くて、町はしーんとしていた。海岸に降りる坂道も静かで、交差点の辺りでも少しだけ波の音が聴くことが出来た。ぴょんぴょん跳びながらだから前に転びそうになったけど、流石に三日目だから何とか踏ん張る事は出来た。それに対してアーシアさんは、元人間だけどふらついたりぎこちなさとかは全然ない。…むしろ全然違和感が無いくらいで、四足で歩くポケモンなのに凄く綺麗な姿勢で歩いていた。だからわたしも普通に歩いた方が楽かな、って思って左右の足を別々に出す歩き方をしてみたら、案外簡単にできた。だからわたしは、潮の香りがし始めたぐらいからは普通にてくてくと歩くことにしていた。
それでアーシアさんと喋っているうちに、波の音が気持ちいい海岸に降りてきていた。まだまだ早い時間だから誰もいないかなー、って思ったけど、わたし、多分アーシアさんの予想は外れてしまう。パッと見た感じでは人影は無いけど、波打ち際の近くに太めの流木が一本、真っすぐ立ててあった。波が届くところだから下の砂は湿ってるはずだけど、盛られてからあまり時間が経ってないみたいで乾いているらしい。それに今気づいた事だけど、四十メートルぐらい離れているのに流木の模様がはっきり見える。もしかしたらスバメっていうポケモンは目が良いのかも、わたしは率直にこう思った。
「木が立てて…」
「…ミストボール! 」
「…っと」
やっぱり誰かいたんだ! …でも、この技って…。乾いた砂を一歩踏みしめたタイミングで、あまり離れてない空の方から一つの声が響いてくる。急だったからビックリしたけど、わたしはその声が誰のなのかすぐに分かった。その人は技の練習をしていたみたいで、見上げるとそっちから白い弾が三つぐらい飛んできた。スバメになって初めて見た技だけど、飛ぶ速さ的にその凄さが分かった気がする。三つとも立てた流木から外れちゃったけど、弾が突っ込んだ場所の砂が派手に舞い上がっていた。
「ライトさん、技の練習中なのです? 」
「あっ、アーシアちゃん。それにシオンちゃん。…うん。早く目が覚めちゃったから、そのつもりでね」
海の方の斜め上から飛んできたのは、ラティアスのライトさん。結構集中していたみたいで、アーシアさんに話しかけられてやっと気づいたらしい。ハッとわたし達の方に振りかえり、そうだよっていう感じでにっこり笑いかけてくれる。あははは、って笑い声をあげながら、明るくアーシアさんに答えていた。
「凄い! ライトさん、凄いよ! 初めて見たけど、ライトさんって強いんだね! 」
「ううん。左目が見えた時は全部当たってたけど、外れちゃったからまだまだだよ」
「ですけど威力は戻ってるみたいですねっ! 」
そっか。ライトさん、左目が無いからちゃんと見えてないんだね…。派手で格好良かったから、わたしはテンションが上がってライトさんの方に駆ける。砂に足をとられて走りにくかったけど、こんな風に言いながらライトさんに訊いてみた。これだけでも十分凄かったのに、満足できなかったみたいでライトさんは首を横にふる。けどアーシアさんは何かに気付いたみたいで、フワフワ浮いてるライトさんに明るく言っていた。
「特殊技の方はね。…だけど右目だけだと、まだ距離感は掴めてないかな…」
「だけどあとちょっとじゃないの? 」
「左右にはズレてないですからねっ! 」
だって流木と一直線に並んでるもんね。それに凄い速さで飛んで…。
「…あっそうだ! アーシアさん? 」
「はっはい! 何でしょう? 」
「人間だったわたしでも…、飛べるかな…? 」
だってわたしって、スバメっていうポケモンだもんね? スバメって燕だから、飛べそうだよね? アーシアさんとライトさんの話を聞きながら、わたしはこんな事を考えていた。だからわたしはふと、自分は人間だった時に見た生き物の事を思い出す。何で忘れてたのかは分からないけど、今のわたしに凄く似てるから、わたしも飛べるような気がしてきた。急に話が変わっちゃうけど、わたしはわたしと同じ人間だったアーシアさんにこう訊いてみた。ちょっとビックリしてたけど…。
「うん、きっと飛べますよっ! 」
「シオンちゃんなら、すぐに飛べるようになると思うよ! 」
「本当に? 」
「うん! もしわたし達で良かったら、飛び方教えれるよ? 」
「私は飛べない種族だけど、二千年代に飛行タイプの仲間がいますからねっ! だから私もちょっとだけなら、わかりますよ? 」
アーシアさん達の仲間? どんなポケモンだんだろう? 足が砂まみれになってるわたしの質問に、アーシアさん、それとライトさんも、すぐに頷いて答えてくれる。もの凄く嬉しかったけど、アーシアさんにもこう言ってもらえたから、本当に出来るような気がしてくる…。アーシアさんは元々人間だったブラッキーだから、何故か凄く説得力がある。上手く言葉に出来ないけど、わたしでも飛べそう、素直にそう思えてきた気がした。
続く