C1 志ある者
[Side Unknown]
「…それじゃあ、上にはそう伝えておきますね」
「うん! そんじゃあ、頼んだよ! 」
最近忙しかったからなー、こうして休むのって、いつ以来だったっけ? 一通り今日の仕事を片付けたから、あたしは急に来た解放感を感じながら事務の二人にこう言い切る。仕事は気に入ってるから楽しいけど、それでもやっぱり疲れるのは疲れる。職業柄犯罪者と接する事が多いから、天職だって思ってるあたしでさえ、気付かないうちに疲労は溜まってる。だからあたしは、必要な書類を全部揃えて、有給休暇を取ったってワケ。
「ええ! シャトちゃんも、休みを楽しんできてね! 」
「うん! 久しぶりだからね、思う存分楽しんでくるよ! 」
丸々一年分溜まってたからなー、いろんな事できるよね? じゃあ最初は何しようかなー? カピンタウンでショッピングもいいし…、あっそうだ! 折角長い休みを取れたんだから、遠出してラムルタウンの温泉もいいかも! 右の前足で書類を手渡したあたし、エネコロロのシャトレアは、休みの予定を色々考えながらこう答える。今はまだ昼だから今から行っても良いけど、やっぱり今はこの解放感を楽しみたい。一応五勤一休制だから休みはあるけど、職業柄ずれ込む事も多い。それに折角この階級になれたんだから、思う存分“チカラ”を発揮したい、てのもある。
「行ってらっしゃい! 」
事務の仕事をしてる同僚に見送られながら、あたしはくるりと受付から出口の方へ振り返る。それと同時に、あたしは少し強めに、その同僚に意識を向ける。すると…。
『シャトちゃんの事だから、お土産も期待できそうね! 』
あたしの頭の中に、同僚のピッピの声が響いてくる。あたしのこの能力、“読心術”は生まれつきじゃなくて、“八十六代目”としての“チカラ”。少し意識しさえすれば、相手が考えてることを手に取るように聴き取る事が出来る。この“チカラ”は七才ぐらいの時から使えるけど、そのお陰で“二等保安官”に昇格する事が出来た。その代わり、地元ではこの“チカラ”のせいで嫌われてたけど…。“三等保安官”の時もおたずね者の事情聴取はできたけど、そのレベルはコソドロ程度。だけど“二等保安官”になった今なら、上官の監督無しで聴取できるし、何より傷害罪ぐらいのレベルまで任せてもらえる。
…話に戻ると、同僚の心の声を聴きながら、あたしはスキップでこの場を後にする。じゃあとびっきりのを買ってくるよ! 心の中でそう答えながら…。
『シャトレア、どうやら休みを取れたようだね』
『うん! 』
『凄く嬉しそうですが、何かする予定でもあるのですか? 』
あっ、そっか。向こうにもあたしの気持ち、伝わってるんだよね? 何年かぶりの有給休暇に心躍らせていると、あたしが意識せずとも別の声が聞こえてくる。いきなりだったから少しビックリしたけど、あたしはすぐにその声の主が誰なのか分かった。あたしと“心”が重なってる彼だから、その彼とは会わずに話す事が出来る。それに感情も伝わるみたいだから、彼は不思議そうに、浮かれるあたしに訊ねてきた。
『うーん、まだ何も考えてないけど、折角だから普段出来ない事をしようと思ってね! ヴィレーは何が良いと思う? 』
『某が? …そうだなぁ、海の見える丘で、のんびりお茶を嗜むのがいいかもしれないです』
『丘でかー。それもいいかもしれないね? 』
お金も結構溜まってるし、風蓮茶を飲みながら二人で話すのもアリだね! 支所を出てから街を進むあたしは、“心”が重なってるヴィレーも巻き込んで休みの話しを始める。貴重品とかをまとめたリュックサックを背負ってるから少し重いけど、その代わりにわたし、多分ヴィレーの“心”は空気のように軽い。子供っぽいって言われるかもしれないけど、あたし休みが楽しみでしょうがない。ヴィレーにも何となく伝わってるらしく、低く穏やかな声が、あたしの頭の中に響いてきてい…
「おぅそこの姉ちゃん? 今ヒマかぃ? 」
「えっ、あたし? 」
ん? 何だろう? 休みのプランに華を咲かせていると、あたしは誰かに話しかけられる。いかにもチャラそうな声がしたからそっちの方に振りかえると、そのイメージ通りのゴーリキーが、あたしの方に迫ってきていた。
「俺達はこうして出逢えたんだ。ちょいとそこでお茶でもしていかないかぃ? 」
『ん? シャトレア、どうかし…』
『チャラ男のナンパだね、多分』
あー、こういう男、よくいるよねー。そのゴーリキ―は、オボンの実の花でも出しそうな勢いで、あたしを誘ってくる。こういう男は結構見てきたけど、あたしの様子が変わった事が、ヴィレーに伝わったらしい。だからあたしは、彼が訊ききる前に心でこう答える。そのまま意識を彼に向け…。
「お茶、ねー…」
『良く見たら美人じゃね? よっしゃあ! これは持ち帰り決定だなぁ! 』
チャラ男の心の中を、こっそり覗き見る。だけど彼の心の中は、下心だけで満たされている。正直言ってこういう男は吐き気がするけど、その分からかい甲斐があって面白い。だからあたしは…。
「そんな事より、あたしと面白い事して遊ばない? 」
逆にチャラ男を誘い、誘惑する。
「姉ちゃん、よく分かってるじゃん! おぅ! んじゃあ何して遊ぶ? 」
こういう男って、結構単純だからね! 聴取の時とは違う捨て台詞でチャラ男を堕とし、あたしのペースに誘い込む。ちょうどあたしの右前足を手に取ってカフェにでも連れ込もうとしてたから、あたしの特性、メロメロボディの虜になってしまう。完全にあたしの提案に乗り気になって、今か今かとあたしの返事を待っている様子だった。
「じゃあ、ちょっとした賭けをしない? 」
「賭け? 最高じゃねぇーか! って事は、姉ちゃんが負けたら何でも言う事を聞いてくれるんだよなぁ? 」
「うん、もちろんそのつもりだよ」
このチャラ男、完全に堕ちたね? あたしの特性で堕ちた…、というより最初から負ける気なんて更々ないけど、あたしはこんな風に提案する。当然ゴーリキーは待ってました、というような感じで、嬉しそうな声をあげる。一応心の声を聴くことが出来るけど、ここまで来ると覗き見るまでもないと思う。
「それで、もしあたしが勝ったら、ちょっとあたしにつきあってもらうよ」
「おぅ! 」
『おいおい、これってまたとないチャンスなんじゃね? 』
けど、一応ね。頭では察してたけど、職業病でついチャラ男に意識を向けてしまう。だけど当然彼は、あたしが思っていたことを考えていた。もう理性なんてないんじゃないの、そのくらいまで舞い上がってるから、チャラ男はもうあたしの手の中にあるも同然。聴取とはまた違った面白さ、それと休暇で浮かれた気分も合わさって、心なしかあたしもスイッチが入ったような気がした。
「じゃあ、ルールを説明するね! まず、あたしが猫の手を発動させる。それで物理技か特殊技、変化技、どれになったかで勝敗を決めるってワケ。簡単でしょ? 」
「ちょっとしたギャンブルか。…面白い! その話、乗ったぁ! 」
「そう言ってくれると思ったよ! それで、物理技が出たらあたしの勝ちで、特殊技だったらきみの勝ち。変化技だったらもう一回。これでいいよね? 」
「おぅ! 確率は三分の一、賭博で稼いできた俺には、高すぎる確率だぜ? それでも姉ちゃんはいいんだなぁ? 」
「当然でしょ? だってその方が面白いし」
もちろん、あたしは絶対に負けないけどね! ギャンブラーだか何だか知らないけど。あたしは手短にルールを説明し、チャラ男に勝負を挑む。相当自信があるのか、チャラ男は今まで以上に荒く、歓喜に似た声をあげる。有利な賭け、そう思ってるかもしれないけど、当然そんな事はない。だけどあたしは、そんな事は気にせず…。
「じゃあ、早速行くね? 猫の手…」
例の技、完全運任せの技を発動させる。少しだけ右の前足にエネルギーを送り込み、そこに淡い光を纏わせる。するとあたしの頭の中に、一時的だけど別の技のイメージが流れ込んでくる。…勝った、そう確信しながら、あたしはその技を発動させる。その技は…。
「…、体当たり! 」
「なっ…」
「あたしの勝ちだね! 」
二分の一の確率で、最も基本的な物理技が発動する。ほんの少しだけ力を溜め、軽く一歩前に跳び出す。当然わざと技を外し、代わりに捨て台詞をチャラ男に対して言い放った。
「おい嘘だろぅ? 賭けで俺が負ける筈がねぇ。イカサマだろぅ! 」
「あれー? さっきの自信はどこにいっちゃったのー? 」
「うるせぇ! イカサマ野郎は黙ってろ! 空手チョ…」
やっと本性を現したね? 賭けで負けた事で逆ギレしたのか、ゴーリキ―はさっきまでの態度を急に変え、あたしに襲いかかってくる。チャラ男とかチンピラにはよくある事だけど、自分の分が悪くなると、大抵こうして感情的になって殴りかかってくる。だけどあたしは…。
「その程度? そんな攻撃じゃあ、あたしには当たらないよ? それとも、あたしにいたぶられたいの? 」
「黙れぃ! ローキック! 」
「あははっ、そんな攻撃であたしに勝てると思ってるの? じゃああたしを締め上げてボコボコにしてみたら? 」
更に口撃を仕掛けてチャラ男を挑発する。相当頭にきてるらしく、チャラ男は荒々しくあたしに蹴りかかってくる。だけど生ぬるくて、正直言って笑っちゃうレベル。軽く右に跳んだだけで回避できたから、このチャラ男は大してバトルの経験を積んでないんだと思う。対してあたしは、職業上バトルの経験を積んでないといけない。じゃないと救助隊とか探検隊に身柄を確保してもらったお尋ね者に逃げられちゃうから、保安官にもそれなりの実力がないといけない。最悪の場合怪我を負わされて逃げられる、って事もあるからね。凶悪犯なら、尚更かな?
「黙れ黙れ黙れぇ! にっ、逃げるな! 」
「大人しく捕まるワケないじゃん! もちろん、捕まってもあたしがいたぶるだけだけどね」
あははは! これだから、チャラ男はからかい甲斐があるんだよねー! あたしに対して感情をぶつけてきたから、あたしは適当に五、六歩ぐらい走ってみる。そこで一回立ち止まって振り返り、荒々しく声をあげるゴーリキ―を更に挑発する。感情が限界に達したらしく、チャラ男はあたしだけを見つめ、ドシドシと音をたてながら追いかけてくる。だからあたしは、そんなチャラ男に内心爆笑しながら、止めていた足を再び動かし始めた。
「知るかぁ! 」
「だけど…」
「なっ、消えた? 小娘が、どこへ隠れやがった!」
「流石にここまでは追ってこれないでしょ? 」
「ちっ、どこだ…! 」
三十メートルぐらい走ったところで、あたしは街の中を流れる小川に辿りつく。後ろをチラッと見て距離がある事を確認すると、あたしは目を閉じ、ある種族の姿を強くイメージする。“チカラ”が活性化してきたところであたしは、目の前にある小川に躊躇なく跳びこむ。すると地面から後ろ足が離れたタイミングで、あたしは強い光に包まれる。水しぶきを上げ入水すると、あたしに纏わりついていた光は雲散する。その時にはあたしは、エネコロロとしてではなく、別の姿、八十六代目の“志の賢者”としての“チカラ”の一つで変える事ができる、サクラビスの姿に変貌を遂げていた。
当然チャラ男はあたしを見失うことになるから、訳が分からない、っていう感じであたしを捜しはじめる。そんな焦った顔が可笑しくて笑いを堪えるのが大変だけど、何とか抑えてチャラ男にこう言い放つ。それからあたしは、思う存分いたぶって満足したから、チャラ男の事は放っておいて、水中を優雅に泳ぎ始める。特殊技と四つ目の枠が封じられる代わり覚醒した“チカラ”…。折角ある“チカラ”なんだから、思う存分楽しまないとね? もちろんその分仕事は頑張ってるから、このくらいの息抜きは許してくれる、よね?
「あぁー楽しかった。…さぁて、これからの休みは何しようかなー? 」
…兎に角あたしは、街の小川を泳ぎながらこんな事を考え始める。この時には、あたしはあのチャラ男の事なんてとっくに忘れてしまっていた。構う必要なんて、ないからね!
続く