B16 深海の祭壇で
[Side Fause]
『…この辺りがそうらしいわね』
「そのようね。…けれどフォス? ほんとに大丈夫? 」
『平気』
大丈夫って言えば嘘になるけど、弱音を吐いてはいられないわね…。薄暗い水中を進む私達は、ひとまず深海のダンジョン地帯を突破した。相変わらず周りの景色は紫がかった黒だけど、ランターンに姿を変えているミウさんのお陰で多少はマシになっている。…そもそも深海だから尋常じゃないぐらいの水圧がかかってるけど、サイコキネシスで何とか平常状態を保ってるから呼吸に差し支えはない。だからといってこの状況で気を抜くと、私を囲んでいる空気の層が弾けて毒素の海水に押しつぶされる…。…私が倒れたあのダンジョンも相当だったけど、ここまで過酷な環境は初めてかもしれないわね…。
それで彼女の明かりで照らされる中、私は一言、ぽつりと呟く。背鰭? の部分に前足で掴まった状態のまま、ミウさんの返事に耳を傾ける。…だけど私が無理をしているって思っているらしく、心配そうに問いかけてくる。嘘をつくのは気が引けるけど、本当のことを言うと引き返されそうだから、わざと素っ気ない感じで返事する。
「なら良いけれど、あまり無理…」
『そんなことより、サードさんの話によるとこの辺りに祭壇があるはずよね? 』
「えっええ…」
だけどこのままだと延々と私のことを気遣われそうだったから、無理矢理話題を変える。ミウさんの光でも海底は見えたから、言い切るのを待たずに語りかけた。
「“紫離の祭壇”は海底に…て、あれがそうみたいね」
『…って事は、ミウさんには見えてるのね? 』
相変わらず視界は悪いけど、本来なら紫色をしているのかもしれないわね…。掴まっている私を運びながら泳いでくれているミウさんは、ふと前方の方に目を向けて呟く。視力が大幅に落ちている私には、ぼんやりと光る黄色っぽい光と、周り五メートルぐらいしか見えてない。だけどランターンの姿のミウさんはこう言ってるから、目印の祠がハッキリと見えているんだと思う。
「ええ。“空現の穴”もあるから、間違いないわ」
『…やっと私にも見えたわ』
続けて斜め上の方にも目を向けて、私にもう一つの目印のことも教えてくれる。流石にコレは目視出来たから、言い切るのを待ってからテレパシーで返事する。メガネ越しに見えるソレは、薄暗い中でも淡く白い光を放っている…。視力を失う前、それから“漆赤の砂丘”でも見たからよく分かるけど、中心に向けて反時計回りに渦巻いている…。それに“空現の穴”が消えてないっていうことは、今回の目的の一つの“ビースト”は倒されていない、って言う証拠にもなる。…“ビースト”はもう一つの目標をおびき出す罠、っていう意味もあるけど…。
『…だけど先を越されていたのは、いい誤算ね』
一応第一段階は成功、と言ったところね。ミウさんが光を強くしてくれたから見えたけど、白い渦の側には三つの人影がある。向こうはまだ気づいてないみたいだけど、一つは見たことがないナニカ…。周りのことを考えると全体的に紫色っぽくて、スピアーに似た体つき…。猛毒を含んだ海水、尋常じゃない水圧の中でも平気そうなのが不思議だけど、異世界の種族って事を考えると分からなくもない気がする。
それから残りの二つは、私達の“太陽の次元”でもよく見られる種族。
「そのようね。ドククラゲとサメハダーだから…、“月”側かもしれないわね」
私達を背にしている、ドククラゲとサメハダー。前者は沢山ある触手のうちの一つで握っているらしく、赤黒い鎖がゆらゆらと漂っているのが見える…。その鎖を辿っていくと、“ビースト”の首にしっかりと首輪のように取り付けられていた。
『“穢れ”てるみたいだから…、間違いなさそうね。…ミウさん、打ち合わせの通り、頼んだわ』
そうなると、デアナは“白坎”か“黒坤”のどっちか…。ここにいる人数のことを考えると、狙い通りなら“白坎”に行ってるわね、きっと。背を向けている二人が薄いオレンジ色のオーラを纏っていたから、私はこれだけでピンとくる。“陽月の穢れ”は異世界の住民の証拠、ってアルタイルさんが“太陽”から聞いたらしい…。実際私も何度も見てるから、確実にそうだ、って気づくことが出来た。だから私は、予めダンジョン内で打ち合わせしていたことを、大分省いてミウさんに語りかける。
「ええ…」
するとあまり明るくない声で、ミウさんはこくりと頷いてくれた。
「…その様子だと、ターゲットは捕獲出来たようね」
「だっ、誰だ貴様は…」
「雇われの傭兵、て言えば伝わるかしら? 」
「……」
「そのエーフィはフォスか。なら間違いなさそうだな」
ミウさん、喋れない私の代わりに頼んだわ。声のトーンを落としているミウさんは、背を向けている二人に話しかける。すると驚いたように振り返り、不審そうに私達に問いかけてくる。…だけどこうなることは想定内だから、ミウさんは“ルノウィリア”での私達の立場を口にしてくれる。そうなると私は一切コミュニケーション出来ないことになるから、無表情で“穢れ”た二人を凝視した。
「…んだがいつものユキメノコはどうした? フォスはアイツの持ち物だよな? 」
「あの人の事ね…。別の地に向かったから、代わりに私が預かった、て感じね」
『フィフちゃんを物扱いて…、本当にどうかしてるわね…』
『相手は“月”だから、仕方ないわ』
本当にそうね…。この二人も大概だけど、“月”の首謀者と例のカイリューは特に酷かったわね…。顔色の悪いサメハダーはドククラゲに続き、ミウさんを見てから問いかけてくる。彼らが言ってるユキメノコもミウさんだけど、話がややこしくなるから彼女はこう言ったんだと思う。だけどサメハダーが言ったことが気に障ったのか、明らかに不機嫌そうな感じで言葉を伝えてきた。もし声に出して喋っていたらため息が漏れていると思うけど、そう私に思わせたぐらい呆れが含まれているような気がした。
『…そうだ。ミウさん? 』
『ぅん? 』
『試しに“ビースト”をスキャンしてみるから、適当に話を延ばしてくれないかしら? 』
『と言うことは、考えがあるのね? 』
『ええ』
“参碧の氷原”の時は弱点があったから…、もしかすると今回も何かしらあるかもしれないわね。ランターンの姿の彼女は、私の頼み通り相手の会話に合わせてくれている。同時にテレパシーを使っているから、私達の間の会話は絶対に相手には聞かれていない。…だからこのことを利用して、私は彼女に別のことを頼んでみる。こくりと頷いてくれたから、私は右の前足を放してギアを操作する。特別仕様のソレのアプリケーションを立ち上げ、殲滅対象兼囮の生き物を調べ始めた。
「…それで、例のモノで異界の生物を捕まえたという訳ね」
「そうだ。元々は捕虜を従わせる物だったが、まさかコレにも使えるとは思わなかったなぁ」
「本当にそうね。…けれど無理矢理従わせるなんて、あなたたちの君主はとんでもない物を創ったわね」
…三十パーセント。“ビースト”だからかしら…? スキャンの速度が遅いわね…。
「そりゃあそうだ。ムナールの“服従の鎖”はどんな輩でも従順な
隷となる優れ物だ」
『従わせるだなんて…、あの事件のダークライを思い出すわね…』
『本当にそうね…』
四十五パーセント…。もう少し近づいたら変わるかもしれないけど、今更動けないわね…。正面と画面を目線で行き来しながら、私はミウさん達の会話に耳を傾ける。液体から気体に音が伝わるようなものだから、耳をそばだてないと聞き逃しそうになる…。かといって聞く集中しすぎると、潜入した時から維持してるサイコキネシスが揺らぐ事になる。だからほぼ聞き流すような感じになってるけど、やむを得ないわね…。
「“月の次元”の技術、大したものね…」
「当然のことだ。俺達は天下の“ルノウィル帝国”。軍事国家の俺達には、この位の発明がなけりゃあ他国に呑まれるからなぁ」
『ミウさん、半分以上終わったわ』
『そう思うと、あと少しね? 』
八十パーセント…。バーストを使ってないことを考えると、早い部類に入るのかしら…? それに話では聞いていたけど、“月の次元”って本当に物騒な世界なのね…。戦争が工業技術を向上させる、って言葉が伝記に載ってた気がするけど、世の中があれてるって思うと、全く良くなはいわね…。
「心強いわね」
「だろぅ? この“服従の鎖”があれば、国に限らず異世界を手玉にとることもお手の持って訳だ」
『…さらっと恐ろしいこと言うのね…。…ミウさん、スキャンし終わったわ』
ええっと確かこのパターンは…。画面の進捗度メーターが百パーセントになったから、私は声に出さずにミウさんに伝える。サイコキネシスとギアの操作に集中してから殆ど聞いてなかったけど、多分何かしらの情報は引き出してはくれていると思う。
『そう。それで…どうだった? 』
『解析が難しかったけど…、多分“ビースト”は毒、ドラゴンタイプだと思うわ。私達の世界にはいなからだと思うけど…、種族名とかバイタルの情報は出て来なかったわね…』
だから無表情のままの私は、ミウさんに解析結果を伝える。もう少し詳しく…、フィリアが解析したらもっと詳しいことが分かるかもしれないけど、生憎私にはこれが精一杯…。本音を言うと頼みたいところだけど、潜入する前にギアで訊いたら、他のチームのナビゲータもしているって言ってた。不十分な設備で任せるのも酷だって思ったから、あれ以来私はフィリアに一報を入れていない。フィリアのことだから、ギアの履歴を辿って私が何をしているのか探れると思うけど…。
『属性が分かっただけでも十ぶ…』
『そうだ…、ん? これは…』
この反応って、もしかして…。“月”の二人と話してくれているミウさんはこう言葉を伝えてくれたけど、私は急に聞こえたギアの通知音に気をとられて聞ききる事が出来なかった。一瞬エラーが起きたかと思ったけど、画面を見た限りではそうじゃなかったから、ホッと一安心。だけどその画面に表示されていたのは、予想外の文字列…。
『ん? 』
『私とこの二人以外に反応が三つあるけど…、私達以外いないはずよね? 』
一瞬見逃しそうになったけど、人物検出三件、の五文字…。“ルノウィリア”の後続隊なら分からなくもないけど、流石に“パラムタウン”の事件が起きたばかりの風の大陸に来るような物好きはいないと思う。そもそも“緊急事態宣言”が出るぐらいの事件の筈だから、自力で飛んだり泳いで来ない限り、風の大陸には来れないはず…。それなのに未確認の反応が三つもあったから、ミウさんに尋ねてみる。
『ええっ? もしかして…“月”が他にも来る、て事なのかもしれないわね…』
だけどこの感じだと、私と同じでミウさんも知らなそうだった。
『その可能性もなくはないけど…、、もう少し詳しく調べてみるわ』
後続隊にしては…、少なすぎる気がするわね。ミウさんが言ったことの可能性もなくはないけど、私は念のため、スキャン結果の解析をもう少し進めてみることにする。今の状態よりも詳しく調べる方法は教わってないけど、簡単、ってフィリアが言ってたような気がする…。その簡単の程度がどのぐらいかは分からないけど、出来れば化学者の私でもぶっつけ本番で出来るぐらいであってほしい。結果的に手探り状態になるけど、私はダメ元で画面の詳細検索の欄をタップしてみることにした。
『あのグレイシアに頼んだ方がいい気がするけれど…』
『ええっと…ここをこうして…。…できた。合ってるかどうかは分からないけど、ギア反応が二、その他が一、って出たわ』
そうなると…、“ルノウィリア”に捕らわれた“パラムタウン”の探検隊、って可能性が高いわね。
『その他…? そう思うと、やっぱり“ルノ…”…』
『まっ、待って! Cギアが一、Pギアが一って出てるから、そうじゃないと思うわ! 』
Cギアが二つならその可能性が高いけど…、何でPギアの反応も…?
『Pギアて…、ギルドの弟子じゃないって事よね? 』
『そうなるわ! …うそ…、そのCギアも、マスターモデルって…』
ケベッカのギアがマスターモデルだけど、パラムのもう一人の親方は、あの日“パラムタウン”にはいなかったはずよね? 何でかは分からないけど…。…って言うことはもしかして、その親方がこのダンジョンに? だったらどうして? もしパラムの親方なら、ダンジョンに潜入してる暇なんて無いはずよね? 本当に…、どういうこと? 全く見当が付かないわ!
続く……