C11 不自由でも…
[Side Hyulshira]
「この人数なら…、あと三回ぐらいで避難し終わるかな−」
あとはリヴァナの人達だけだから、戻ってきたら終わりそうだね。村民避難の責任者として村中を泳ぎ回っている僕、シャワーズのヒュルシラは、避難の目途が立ってきたことに一息つく。アクトアから何人かが助っ人に入ってくれているって言うこともあって、僕の想定よりは早く進んでいると思う。一番心配だった怪我人の搬送も二時間ぐらい前に終わっているし、大陸内から避難してきた人達も殆どが船、それからテレポートでアクトアに移り終わっている。細かい事、陸での事は役場の仲間、現役の時の後輩の弟子達に指揮を頼んでいる…。水の流れに逆らって泳ぎながら見た感じだと、ほぼ全員船に乗せ終わった、って言っても良いのかもしれない。
それで僕の方はというと、地上での進捗を聞きにに行くために、川を遡っている最中。慣れないと地上の桟橋とか筏の上を歩いた方が早いけど、左後ろ足が使い物にならない僕は泳いだ方が早い。種族上後ろ足じゃなくて尻尾を使うからだと思うけど、村の女流の方までなら五分もかからずに泳ぎ切れると思う。
「あっ、シャワーズさん! 丁度よかった! 」
「うん? 」
この人は確か…、地上での誘導にあたってくれてる子だったね。水面から顔を出して泳いでいると、近くの筏の方から誰かが声をかけてくる。その方に泳ぎながら目を向けてみると、村にはいないデデンネの少年が手招きをしているところだった。僕の記憶と帳簿が正しければ、彼はパラムの街から避難してきた学生さんだったと思う。幸い切り傷だけで済んだみたいだから、じっとしてられないからって事で手伝ってくれていたような気がする。
「指示してくれてるヒノヤコマさんからの伝言なんだけど、地上の方は全員避難し終わったよ」
「そっかー。ありがと。人出が多いだけあって、やっぱ地上は早いね」
「そうでもないと思うよ? だから何人か手が空いてるから、責任者に指示を仰いできて、って言われてたんだよ」
流石ハクちゃん達の弟子って事はあるね。ギルドの運営を手伝わせてる、って訊いてるけど、その時に色々身につけたのかもしれないね、きっと。三十センチぐらいの浅さまで水に浸かっている筏に登った辺りで、デデンネの彼は伝え聞いていたらしい伝言を教えてくれる。この感じだと地上でのことは殆ど終わっていて、後は役場の方の書類とかを整理するだけなんだと思う。だから僕は三足で立った状態のまま、短く感謝の言葉を伝える。すると続けてこう尋ねてきたから、僕は頭の中を少しだけ整理しながら…。
「それじゃあ…、役場と地面、炎、岩タイプ以外の人は水中の方に向かって、って伝えてくれる? 」
彼に手短に指示を出す。水とか草タイプなら何人もいたはずだから、優先順位を考えるとこれが一番良いと思う。水中だと水とかドラゴン…、適した種族しか喋れないけど、人手が必要、って言う意味では気にしてはいられないと思う。
「水中に? 」
「そう。あと三十人ぐらいで避難は終わるんだけど、その分搬出が手つかずでね。呼吸器は役場にの倉庫に行けばあるはずだから」
「わかったよ! じゃあそう伝えておくね」
アクトアの方から水タイプが何人か来てくれてる筈だから…、その子達に行ってもらったら何とかなるかな? 一瞬僕の頼みに首を傾げていたけど、補足したら何とか分かってくれたと思う。うん! って笑顔で頷いてくれたから、多分大丈夫。五センチぐらいの深さをバシャバシャと飛沫をあげて駆け、すぐに指示を伝えに行ってくれた。
「さて、と…。伝言も伝え終わったし、リフィナの方の様子も見に行こっかな」
向こうは向こうで大変だからね。小さな彼の背中を見送ってから、僕はさっき泳いでいた方とは逆に足を向ける。ここからだと泳いでいっても良いけど、僕の足でも三分とかからない筏の上にある…。だから僕は感覚の無い左後ろ足を浅い水に漂わせ、残りの三本の足だけで歩き始める。方々への連絡を頼んでいる妻…。
「ケッ…、久々に暴れられると思えば、ド田舎かよ」
「まぁ、良いんじゃね? 」
「ん? 」
何事? リフィナがいる建屋が見えてきた辺りで、柄の悪そうな声が僕を呼び止める。発言からすると村の外の人だとは思うけど、気配からすると二人…。振り返ってみてみると、そこには興ざめといった感じでため息をつくダーテングと、大して気にしていなさそうなウツボット。
「アレはクライアントから指示のあった対象の一匹だ、捕まえりゃあちょっとしたボーナースが入るとは思うけどなぁ? 」
「捕まえる? 避難させるの間違いじゃなくて? 」
この二人、一体何言ってるんだろう…。二人の間で何かあるのか、口々に言い合う。見た感じ説得してるような感じだけど、ウツボットの方が僕の方をチラッと見る。視線を戻してから物騒なことをいってた気がするけど、助っ人なら良いに越したことはない。だからそのことを確認するためにも、僕はこの二人にこう尋ね…。
「いいや、捕獲で間違いねぇな。…クライアントからの要望だ、探検隊スーパーランクのヒュルシラ。お前には大人しく来てもらおうか」
「確かに僕はヒュルシラだけど…、データが古いんじゃないかな? 誰の指示かは知らないけど、生憎僕はただの公務員だからね」
そうなると…、少なくともアクトアの人ではなさそうだね。僕の問いを否定したダーテングは、手短に用件を伝えてくる。クライアントとかいう人は僕の知った話しじゃないけど、いわゆる依頼主、って言うことは分かった気がする。足下を濡らしながら一歩一歩近づいてくる彼らは、僕の素性まで語ってくる。調べた割には情報がかなり古いけど…。
「だけど僕に用があるなら、まずはそっちから名乗るのが礼儀なんじゃないかな? 今忙しいから、手短にね」
「ふん、名乗る程でもねぇが、“ルノウィリア”の殺し屋だ。クライアントの脅威になり得るお前を消せ、との命令だ」
「んだから、貴様には大人しくくたばってもらうぜ? お前ら! 」
「えっ…」
口で言いくるめるつもりなんて…、更々無かったのかもね…。はぁ…、こんな時に限って、何でこうなるんだろう…。僕自身退く訳にはいかないから、口調を強めて問いただす。出来ることならすぐにでも立ち去りたいけど、僕を前後から挟むように囲まれたから、この足では出来そうにない。溶けるを発動させて逃げれそうだけど、水の深さが三十センチしかないここだとあまりスピードが出せない…。
だけどそうこう考えている間に、相手は勝手に話を進めてしまう。ダーテングの口上に一瞬驚いた間に、ウツボットが荒々しくも高らかに声をあげる。するとどこかに身を潜めていたのか、あっという間に僕の周りを取り囲む。それも僕にとっては弱点属性になる、草タイプや電気タイプの種族…。正面を見ただけでも、軽く五人は超えていると思う。
「殺すなよ? かかれぃ! 」
「おぅよ! 」
「了解っ! 」
「…っ、濁流! 」
その軍団が一斉に、中心にいる僕に向けて各々の技を発動させる。ぱっと見で十万ボルトとかマジカルリーフが飛んできている辺り、少なくとも戦闘初心者ではないンダと思う。いくら僕が探検隊員だったって言っても、二年のブランクは結構大きい。水中だったら何とかなると思うけど、生憎今いる場所は水深三十センチの筏の上…。だけどこのままだと敵集団の思うつぼだから、僕は咄嗟にエネルギーレベルを高める。ソレをイメージ通りに活性化させ、僕を中心に濁った水で一気に流し返してみることにする。
「やはり抗うか…。障がい者とはいえ、流石スーパーランクと言ったところか」
この手のやり方は…、間違いない。
「褒め言葉として受け取っておくよ。…だけどデアナの殺し屋を遣わすなんて、そっちの依頼主はそんなに僕を殺めたいんだね」
殺し屋…、嫌な思い出しかない…。辛うじて防ぐことは出来たけど、多分相手集団は牽制のつもりで放ったはず…。それに対して僕は、結構な量のエネルギーを濁流に注ぎ込んだ。一応弱みを見せないために威勢よく言ったけど、この数で、おまけに地上で本気を出されたら、流石にまずいかもしれない…。おまけに僕の左後ろ足の自由を奪った犯罪組織だから、余計に嫌な予感しかしない。あの時はリフィナに間一髪の所を助けてもらったけど…。
「ご名答。パラムの親方は逃したが…、お前ら、徹底的に攻めろ! 」
「はぃよ! 十万ボルト! 」
「っぐあぁっ…! 」
…! 僕の反応なんかお構いなしに、相手集団は次の一手に打って出る。僕の足が不自由なことをいいことに、電気タイプの全員が一斉に十万ボルトを発動する。それも僕自身に向けてじゃなくて、足下を濡らしている川の水に向けて…。慌てて跳んで濡れてない筏の方に移ろうとしたけど、時既に遅し…。四肢を伝って全身、体の中にまで、高圧の電流が駆け抜ける。一人か二人ぐらいの攻撃なら耐えられると思うけど、ぱっと見ただけで六人ぐらいは…、いると思う。
「っくぅっ…! 」
「どうだ? 流石の探検隊サマでも、これでは逃げ場が無いだろぅ? 」
「…アクア…リン…」
「させねぇよ、マジカルリーフ! 」
「っあぁっ…」
ウツボットは勝ち誇ったように言い放ち、今にも崩れ落ちそうな僕を見下ろす。僕は力を振り絞ってエネルギーをかき集め、水のベールを纏おうとする。…だけどこの技さえも調べられていたのか…、相手の一人は…、発動する直前に黒い…、葉っぱを何発も…、命中させてきた…。
「フッ、いい気味だ。このま…、何だ? 」
「ぐぁっ! 」
「くぅっ…! 」
「うっ! 」
「…ぇっ? 」
なっ…、何が起きて…。痛みに耐えて目を固く閉じていたけど、何の前触れもなく起きたことに、僕は驚いてしまう。どこからか風を切る音がしたかと思うと、四方八方を衝撃音が取り囲む…。かと思うと僕を襲っていた電撃がピタリと止み、同時に飛沫を上げて何かが倒れる音が聞こえてくる。痛みが引いたって事もあって目を開けたけど、開けきるまもなく僕は急に浮遊感に襲われる。それもサイコキネシスとかそういう類の技で浮かされているのではなく、誰かに持ち上げられているような…、そんな感じ。何者かに空へと連れ去られるような感じになってるけど、危機は脱し…。
「癒やしの波動! シャワーズさん、大丈夫ですか? 」
「えっ…、うん。何とか…」
両手で抱えられた状態の僕は、目だけで上を見る。見た感じ赤と白で、種族名は分からないけどドラゴンタイプ、だと思う。声的に抱えてくれている彼女は、その手に光を纏わせながら、僕に問いかけてくる。心なしか痛みが引いていくような気がしたけど、僕はそれにこくりと頷いた。
「良かった…。外から凄い音がしたから駆けつけたけど、間に合って良かったよ」
「うっうん…」
この人、目を怪我してるから、もしかして…。ホッとしたような様子の彼女は、一度きりもみ回転…。同時に両手を放し、僕の真下に回り込む。僕を背中に乗せ替えた状態で、彼女は横目で僕に話しかけてくる。だけどその左目は固く閉じられていて、左目を中心とした顔の半分も、焼かれたのか痣みたいな感じで跡が残ってしまっていた。
「ちっ…、邪魔が入ったかと思えば、目の潰れた小娘か。少々出来るようだが、貴様も死にたいようだな? 」
「でないと助けになんか来れないよ」
「しかし俺達の獲物を横取りとは、聞き捨てならないなぁ」
「一体複数、それも有利な属性で襲いかかるよりはマシなんじゃないの? 」
「これが俺らの仕事だからな。そのシャワーズを救ったつもりのようだが、左目が潰れた貴様に何が出来る? 」
「そんなの、決まってるでしょ? 君達を倒して保安協会に引き渡す、それだけだよ」
「保安協会…。って事は…」
もしかして、救助隊か探検隊? 四メートルぐらいの高さで浮いている彼女は、僕の乗せたまま敵集団と言い合いになる。この人が誰なのかは分からないけど、僕を攻撃していた何人かを倒したところを見ると、並のチームよりは実力があるとは思う。相手が言う通り左目が見えない状態だからかなりのハンデがあるけど、水しぶきが上がる音がなかったから、攻撃の精度もかなり高いと思う。
「ううん。わたしは何のチームにも所属してないけど…、人よりも戦闘慣れしてる、って感じかな? 」
僕の独り言を訊いていたのか、彼女はすぐに答えてくれる。僕はてっきり何かしらのチームかギルドに所属している、って思っていたから、凄く驚いた。
「そんなことより、シャワーズさん。ここからはわたしが戦うから、背中でゆっくり休んでて」
「が、って…、まさかこの数を一人で? 」
「うん。本調子じゃないけど…」
「なら尚更まかせてられないよ」
「だけどシャワーズさんは村長さんの秘書って聞い…」
「引退した身だけど、こう見えて二年前まではスーパーランクの探検隊だったから。二年のブランクはあるけど、こんな所でやられはしないよ」
それに一方的に攻撃されたんだ。昔の職業病だと思うけど、ここまでされたら黙って引き下がる訳にはいかないよ!
「すっ、スーパーランクだったの? 」
「そう。僕がきみの目の代わりになるから、きみは足の代わりになって」
「足の、って…」
「僕の足は使い物にならないから、ってことだよ」
「うっ、うん。ええっと…」
「ヒュルシラ、そう呼んで」
「はい! ラティアスのライトって言います」
「ライトだね? じゃあ…、いくよ! 」
「はい! 」
続く……