B15 白坎の戦い(偽りの氷艶)
[Side Quara]
「ここまで来たらあと少しね」
「そうね。一応ダンジョンは抜けているけど、クアラちゃん、疲れたりしてない? 」
「平気。ちょっと前に“陸白の山麓”の山頂まで登ったばかりだから、まだまだいけるよ! 」
アリシアさんもいて守るのが大変だったけど、あの時はあの時で突破し甲斐があったから良かったのかな? ケベッカ、アルタイルさんの三人で進んでいた私達は、殆ど戦う事無く順調に進んでいた。…て言うのも戦いの痕跡を辿りながら進んでいただけなんだけど、ウルトラレベルとは思えないぐらいあっさり突破する事が出来た。私は色々あって都合が良かったんだけど、ギルドマスターだったらしいケベッカは拍子抜けした、って言ってた。逆にアルタイルさんは何事もなくて良かった、って凄くホッとしてたみたいだけど…。
それでダンジョン地帯をさっき抜けたから、私は警戒を解いてケベッカの後ろを歩く。堅くて脆い、そして若干湿ってるから不快だけど、そこは流石にもう慣れた…かな? だけど慣れない事も、あると言えばある。それはシルクから貰った“変声の種”。もう食べてから結構経ってるけど、喋るといつもと違う低めの声が出るからビックリしちゃう…。それからアルタイルさんにも聞かれたけど、一時的な“代償”で疲れやすくなった事。心配させないためにもこう言ったけど、実は結構足に疲れが溜まってきてる…。エネルギーに関してはまだまだ余裕だけど、肝心なときにバテてやられそうでちょっと不安…。だけどその代わりに、ミュウのミウさんから一時的に“チカラ”を分けてもらったから、動けなくなる前に何とか出来ると思う。“ビースト”の強さにもよると思うけど…。
「そうなら良かった。
バレットマスター…だったかしら? 属性関係なしに発動出来るなんて便利な能力もらったわね」
「うーん、疲れるし弾丸系の技しか使えないから、そうでもないよ? 」
「いつ“チカラ”が消えるか分からない、ってミウが言ってたわ。それに“チカラ”を預けてくれるなんて、滅多にない事なのよ? 」
「そうなの? 」
「ええ。ミウがクアラちゃんの事気に入ったからだと思うけど、五、六十年に一度あるかないかぐらい稀、ってアークさんが言ってたわ」
「確か…“無名の泉”にいたホウオウの事よね? 」
えっ、そんなに珍しい事なの? ケベッカに“チカラ”の事を聞かれたから、私はすぐに答える。私はしるくとかライトがそうだからよく知ってるけど、“チカラ”は強力だけどその分デメリットも大きい。シルクは物理技を封印されているし、ライトも発動すると半日ぐらい動けなくなる…。私の場合はまだ一つしか分かってないけど、少なくとも疲れやすくなる事以外にもあるとは思ってる。
それで私は少しビックリしたんだけど、思い返してみるとアルタイルさんが言った事はあっているような気がする。“無名の泉”であった事なんだけど、ミュウのミウさん…、アルタイルさんに制止されてた。創造神と同等らしいんだけど、「こんなにカワイイ子がいたなんて、もっと早く気づけば良かったわ! 」って撫でられたり頬ずりされたりして…、神様のイメージが凄く崩れた気もするけど…。
「そうよ」
「ええっとその人って…、確か私の時代と同じ人だよね? 」
私は会った事無かったけど、シルクとフライさんに助けてもらった事があるんだよね、確か…。
「そう聞いてるわ」
「つくづく思うけど伝説の種族と知り合いだなんてあのエーフィは本当に計り知れな…ん? 」
シルクはジョウトの出身だしホウオウもそこの人だから、分からなくもない気がするけど…。
「あれは…クアラ! アルタイル! 」
「うん、私にも聞こえたよ! 」
って事は、ケベッカも気づいたんだね? 話題がホウオウさんの事になりかけてたけど、私はふと、歩いて向かっている先から聞こえてきた物音に気づく。小さかったから気のせいかな、って一瞬思ったけど、ケベッカと頷いたアルタイルさんを見た感じだと、そうじゃなかったんだと思う。耳がピンと立ってるケベッカは振り返って短く声をあげ、目で言いたい事を伝えてくる。別に聞いたわけじゃないけど、戦う準備は出来てる? って訊いてきたつもりなんだと思う。だから私は大きく頷き、解いていた警戒のレベルを一気に高める。
「私も視認出来たわ! …でもあれは、もしかして…」
「“ビースト”、なんじゃないかな? 」
「どうやらそのようね」
奥に進むほど聞こえてくる音も大きくなってきてるから、この先に何かがある、私は率直にそう感じる。それに今私にも見えたけど、一直線の通路の先に、何か黒い者が沢山うごめいているような気がする。そして何より…。
「だけど…先を越されたのかもしれないわね」
「となると痕跡を残してい…、てそうでもないのかしら? 」
「うーん…」
“ビースト”以外に、先の空間に先客がいたから…。“ビースト”も含めて争っている最中らしく、その場では既に戦闘が繰り広げられている。
「…だったら、その間に“ビースト”を倒せそうじゃない? 」
「そうするのが得策だけど一般人もいるみたいだから保護が最優先かもしれないわね」
えっ? なっ、何でここにいるの? 白い岩盤に囲まれた空間にいるのは、多分二つのグループ。それが二つに分かれて戦っているらしく、ぱっと見人数が多い方が先にいたような感じがある。私の勝手な予想だけど、多分キュウコン、サンダース、それからグレイシアとエーフィが同じグループで、ドサイドンとゴウカザルが仲間同士なんだと思う。…だけどキュウコンとサンダースの二人が私の知ってる人だったから、思わず声をあげてしまいそうになってしまった。
「そのようね。…クアラちゃん、ケベッカさん。私は突入前に言った通りにさせてもらうわ」
「うん! 」
「ええ」
「じゃあ私は、エーフィの方にいくよ。だから…、ケベッカ! 」
「ええ! クアラそっちは任せたわ! 神速! 」
「フラッシュ! 」
向こうに行くと正体がバレそうな気がするから…、ケベッカ、キュリアさんとコット君を助けてあげて! ビックリしたのはしたけど、ココで声に出して私の事が向こうにバレたら元も子もない…。だから私は気持ちを切り替え、短く声をかけてくれたアルタイルさんを見上げて大きく頷く。キュリアさん達がいて少し状況が違うけど、前もって打ち合わせはしてあるから何とかなる思う。三人で目を合わせて小さく頷き合ってから、それぞれ散って行動を開始した。
まず初めに私は、凄い速さで駆けていったケベッカと別れ、エーフィとグレイシアがいる方に足を向ける。エーフィといえばシルクとトリ姉の事が浮かぶけど、シルクは“玖紫の海溝”っていうダンジョンに行ってるはずだし、そもそもここは七千年代だからトリ姉はいない…。だからこの人は別人で、グレイシアにも知り合いがいないからバレる事は無いと思う。深く被ってるフード超しに狙いを定め、乱入するために光弾を一発、撃ち出して派手に爆ぜさせた。
「っく…閃光弾か…」
「きゃっ…! 」
「こっ、今度は何なん? 」
「あんた達には悪いけど、ここからは私がいくよ! 」
炎タイプ…、だけど今の私なら、問題ないね! 激しい光で目がくらんでいる間に、私は戦場に割って入る。タイミングを見計らって目を開け、私はすぐに相手の事を確認する。実際に戦った事はないけど、この二人が戦っていたのはゴウカザルと、勢いが一時的に収まっている“ビースト”。グレイシアとエーフィには背を向ける事になるけど、“ビースト”を捕まえるような動きをしていたから、私の敵はゴウカザル。横目でチラッと後ろに振り返ってから、私は戦闘のためにエネルギーレベルを高め始めた。
「ちっ…、邪魔がもう一人入ったか。それに四足種の分際で、俺に刃向かえるとでも思ってるのかぁ? 」
「“月”の事情なんて知らないけど、“太陽”に勝手に入ってきてそんな言い方はないんじゃないの? 」
「ほぅ、下等種族のくせにそのことまで知っているとはなぁ」
「あんた達にに言う筋合いなんてないけど、調べたからに決まってるでしょ? 」
本当はシルク達に教えてもらったんだけど、そんな事、今は関係ないよね? 視界の自由が戻ったらしく、相手は盛大な舌打ちと共に吐き捨てる。監獄に捕まってたときもそうだったけど、上から見下すような言い方に、私は思わず眉間にしわを寄せてしまう。だけどその感情は心の奥の方に仕舞って、適当に相手に受け答えする。
「“月の次元”の神を出し抜いて、“太陽の次元”を侵略しに来た…。“ルノウィリア”とか名乗ってるみたいだけど、あんた達の好きなようにはさせないよ! 」
「まさか俺ら“ルノウィル帝国”まで調べていたとはなぁ。…良いだろう、下等種族の小娘が、…っと、後ろの二匹諸共、骨の髄まで焦がし尽くしてやる! 」
「それはこっちのセリフだよ! 目覚めるパワー! 」
“陸白の山道”でも見たけど、あれが“陽月の穢れ”だね、きっと。続けて相手を煽るためにも、シルクから訊いた犯人集団の情報を口にする。するとこれが私が思った以上の効果を発揮したらしく、相手はどこか納得したように頷く。狙いを“ビースト”から私に変えたらしく、両手に作った握り拳に赤、全身にオレンジ色のオーラを纏わせる。“穢れ”の事もシルク達から聞いたけど、私はこれを前にも見た事がある。その時はダンジョンの中で野生だったけど、あのオーラを纏っている個体は異常なぐらい強かった。“穢れ”が異世界の住民の証、ってことも知ってるから、このゴウカザルが捕獲対象、こう気づくのに殆ど時間がかからなかった。
そうと分かったら、私に戦闘を拒む理由なんて無い。予め溜めていたエネルギーを属性に変換し、それを口元に集めていく。いつもなら両方のリボンに集中させているけど、知らない人の前とは言え私がニンフィアってことがバレる…。だからシルクから指示されたその技、“変色のブレスレット”で炎タイプに変わってる球体を、走ってきょりを詰めてきているゴウカザルに向けて解き放った。
「どいつもこいつも…、魔術師が多いとは反吐が出る! 」
「えっ…? 」
だけど私の炎球は、相手の拳一突きで崩されてしまう。慣れてないから仕方ないって言われたらそれまでだけど、まさか破られるなんて思ってなかったから、私は一瞬狼狽えてしまう。その隙に一気に距離を詰めら…。
「だがこの程度、遠く及…」
「…アイアンテールっ! 」
「ぐぁっ…」
「どなたかは分かりませんけど、私達がいる事も忘れないでもらえます? 」
「そうやで! “ビースト”の方は僕らで何とかなったけど、忘れられたなんて心外やな。シャドーボール! 」
「ちっ…」
えっ…? 私は咄嗟に後ろに下がろうとしたけど、その瞬間私の前を薄水色の影が横切る。そうかと思うとその影は、体を捻って自身の尻尾を相手…、“穢れ”たゴウカザルに叩きつける。予想外の援護につい変な声を出しちゃったけど、それは相手にとっても同じだったららしい。相性的にもすり抜けていたけど、不意のシャドーボールを回避できていなかった。
「あっ、ありがとう」
「私の方こそですっ。ですけどあなたは…」
「あんた達の味方って訳じゃないけど、今は共闘関係、って事にしておいて。…ウェザーボール! 」
「は、はいですっ! 氷の礫…からの電光石火! 」
このグレイシア、接近戦が得意なのかな? 私の隙割って入ってくれたグレイシアは、気にしないでください、て言う感じでにっこり笑顔を見せてくれる。この人が誰なのかは知らないけど、キュリアさんと一緒にいたって事は、少なくとも敵じゃないとは思う。それもさっきのアイアンテールを見た感じだと、十メートルぐらい敵を弾き飛ばしていたからそれなりの実力者…。それもエーフィの男の人が言うには“ビースト”も倒してたみたいだから、相当…。
とりあえず二言ぐらい言葉を交わしてから、私は目線を前に変えて戦闘態勢に入る。さっきと同じようにエネルギーを集め、それを口元に具現化する。今はキュリアさんが炎タイプだからだと思うけど、口元のそれは熱を帯びる。炎タイプになったそれを撃ち出すと、グレイシアの彼女も合わせて氷の破片を飛ばしてくれた。
「下等種族が増えようと、っエリートの俺には関係ない! 」
「守るっ! クアラさん! 」
「分かってる! 波動弾! 」
「君も僕と同じみたいやけど、敵なら僕も容赦せぇへんで! 」
「ええっ? 」
「マジカルシャイン…! 」
ちょっ、ちょっと待って! まさかこのエーフィも、“月”の侵入者? だっ、だけど“月”なら、技は使えないはずだよね? 私、多分グレイシアもそうだと思うけど、牽制のつもりで放ったから簡単に払いのけられてしまう。見た感じ殆どダメージも通ってないから、相手は構わず走って私達との距離を詰めてくる。この勢いを拳に乗せ、先頭を走るグレイシアに赤い拳を振りかざす…。だけどこの行動を予想していたのか、緑色のシールドを出現させてそれを受け止めていた。
この間に私は、左に跳んで進路を変える。相手の背後に回り込むように迂回し、同時に技の準備をする。連続で授けてもらった“チカラ”を使ってるから体が重いけど、戦闘中の今はそんな事を言ってられない。ケベッカと同じ格闘タイプの技を、のけ反っているゴウカザルに二発お見舞いした。
エーフィはエーフィで、私とは反対側から攻撃を仕掛ける。…だけどその彼の彼には、ゴウカザルと同じ橙色のオーラ、“陽月の穢れ”が纏わり付いている。それも私が見た限りでは、ゴウカザルよりも濃くて向こうのドサイドンよりも薄い…。けど三本の青い棘を浮かせているところを見た感じだと、少なくとも“月の次元”の住民じゃないことは確か…。飛ばした後に背負っているショルダーバッグから枝みたいな棒を取り出し、それを口に咥える。ティルのソレみたいにエネルギーを送り込んでいるらしく、枝の先端にはムーンフォースみたいな球体が出来上がる。
「
ほんふぁふぉきにふぉもうふぉとふぁふぁいふぁふぉふぃふぇふぇんふぇふぉ、
ふぇんふーふぉふぇいふぁ、
ふぁふぇふぁふぇふぇふぉらふふぇ! 」
何て言ってるのかさっぱり分からないけど、エーフィはこれだけを言うと、首を思いっきり振って弾を飛ばした。
「リアンさん、もしかしてその杖が、さっき言っていた“造弾の杖”なのです? 」
「サイコキネシス…。まぁそんなとこやな」
「何のことかさっぱり分からないけど…」
特殊技が沢山使えるなら、“月”相手の今はありがたいね。偶然連携が決まったから、ココで私は一度バックステップで距離をとる。あのエーフィもそれなりに経験を積んでいるのか、似たようなタイミングで後退…。超能力を発動し直して、咥えていた枝を宙に浮かせる。まともに喋れるようになった彼は満足そうに頷き、訊いてきたグレイシアに返事する。二人の間だけで通じている事がある見たいだけど…。
「エーフィのあんたも、戦えるなら手を貸して! アイスボール! 」
「もちろんやよ! シャドーボール! 」
雑談させるわけにもいかないから、強めに彼に呼びかける。彼の返事を待たずに、私は口元に氷の結晶を作り、咳をするような感じで解き放った。
続く