B13 神としての苦悩
[Side Tetra]
「…うぅっ…」
「…大丈夫? 」
「いつもの事だから…平気よ」
平気って言っても、そうは見えないんだけど…。"無名の泉"っていう場所でシルクから色んな事を教えてもらってから、私とルカリオのリオリナさんは翌日…、今日のための準備をして過ごしていた。世間的に私達は死んだって事になってるけど、シルクが言うにはその方が都合がいい事がいくつかあるみたい。リオリナさんはマスターランクの探検隊だから関係無いと思うけど、公では存在しない事になってるからダンジョンに潜入する時の申請をする必要がないらしい。それ以外には私にも関係することだけど、敵に捜される危険性も少なくなるし、ギルドとか協会側からの捜索もされない。…そもそもシルクの知りあい? が私達三人の事を極秘事項として扱ってるらしいけど…。
「もしかして"ケベッカ"って、テレポートとかで酔いやすい体質なの? 」
「ええ…。アタイが格闘タイプだからかしらね…昔からギアの転送昨日とかに弱いのよ。"クアラ"は初めてって言ってたけどパッと見問題無さそうね? 」
「うん」
ライトもそうだけど、種族とか属性によっては弱い事もあるんだね…。ちょっとした事情でテレポートしたから、見た感じルカリオの彼女はいまいち表情が冴えてない。青ざめた顔をしているから、私はちょっと心配になりながら彼女に訊ねてみる。一瞬間が空いたけど、相方? の彼女は苦笑いを浮かべながらも何とか答えてくれる。だけど相当堪えているらしく、すぐに鞄から癒しの種を取り出して口に放り込んでいた。
ちなみに私が呼ばれた"クアラ"っていうのは、シルクから貰ったコードネームみたいなもの。リオリナさんの"ケベッカ"もそうなんだけど、もし出先で誰かに出会っても、名前で私達が
私達ってバレずに済む。それ以外にも私達は格好も変えていて、私は色違いの毛並みを隠すために、シルクから借りたグレーのパーカーを羽織ってる。耳付きのフードを深く被って隠してるんだけど、形があってなくて耳が垂れ下がったみたいな感じになってるし、サイズも合ってないから少しキツい。ケベッカは長めのマフラーみたいな布で口元とかを隠していて、如何にもスパイ、エージェント、っていう感じの格好。そして私達二人とも、シルクとかミウさん達も身につけていた白いスカーフを首元で結んでる。…最初は何か効果がある装備品かと思ったけど、そうじゃなくてただのアクセサリー、って言ってた。だけどちゃんと意味を持たせてるみたいで、
白は"真実"、"潔白"を表す色で、事件の真相を解き明かすとか、そうじゃないとか…。
「あまり酔わないように気をつけたけど、属性には抗えないわね」
「そうよね…。ギアでもなるからアタイは嫌いなのよね…はぁ…」
…何か大変だね。ケベッカが酔い覚まし代わりの種を食べるのを見届けていると、この場にいるもう一人が申し訳なさそうに話しかけてくる。彼女のテレポートでここに来たんだけど、話しかけてきたのはエムリットっていう種族のアルタイルさん。私の目線ぐらいの高さでふわふわ浮いてる彼女はミウさんの知りあいみたいで、私達が助け出される前からシルク達と事件を追ってるらしい。一応シルクの事も前から知ってたみたいだけど…。
「…アルタイルだったかしら? 」
「そうよ」
「結局アタイ等って最奥部の"
白坎の祭壇"に向かえばいいのよね? 」
「フィフちゃんからそう聞いてるわ」
「確か"ビースト"を討伐して、あわよくば待ち伏せして捕らえるんだよね? 」
シルクが情報を流したって言ってたけど、そっちは上手くいくのかな…? 顔色が大分回復したケベッカは、ほどいていた布を巻き直しながらアルタイルさんに訊ねる。一応シルクからギアにデータが送られてるけど、多分ケベッカは確認のつもりで聞いたんだと思う。アルタイルさんは今朝合流したばかりだったけど、予めシルクとミウさんから聞いてたらしい。私も続けて訊いてみたけど、アルタイルさんは私達二人に対して大きく頷いてくれた。
ちなみに大分後回しになったけど、今私達三人がいるのはどこかの洞窟の入口。普通の洞窟とは違って地面とか壁面が白いけど、ペンキとかで塗ったような白じゃなくて自然に近い白だと思う。洞窟の中はどうなってるか分からないけど、結構湿った空気が中から流れてきてる。この洞窟は二つのダンジョンから成ってる、ってしか聞いてないけど、地面とか岩タイプだけじゃなくて水タイプの種族もいそうな気がする。
「そんな事言ってたわね。…だけど敵に情報を流すなんて真似アタイには出来ないわ。そもそもあのエーフィ伝説の種族と知りあいだなんて一体何者? 」
「うーん、色々ありすぎて何から言ったらいいか迷うけど…」
シルクといえばコレだから…。
「私は過去の世界から来てる、っていうのはいいよね? 」
「ええ。それだけでも信じられなかったけどそれとエーフィと何の関係が? 」
「フィフちゃんは二千年代の伝説の当事者本人。"終焉の戦"以降"失われた地位"とされているけど、十八代目の"絆の従者"。…だけど私達の時代とも深い縁があって、チーム悠久の風の師匠の一人で、チーム明星とも親み…」
「明星っ? それに悠久の風って"星の停止事件"を解決したチームじゃない! 」
ケベッカ、もしかしてシリウスさんと知りあいなのかな? ケベッカからシルクの事を訊かれて一瞬迷ったけど、私はとりあえずって事で伝説の事を教えてあげる。この時代ではどんな風に言われてるのか分からないけど、話したら驚かすを食らった時みたいに凄くビックリしていた。私にとっては当たり前の事だけど、よく考えたらシルクは伝記の偉人って事になる。結局言いたいことはアルタイルさんに言われちゃったけど、私自身も知らないことがあったから、改めてシルクの凄さを実感できた気がする。途中ケベッカが取り乱して話を遮ってたけど…。
「…もしかしてあなた、明星を知って…」
「知ってるも何もハクとシリウスは見習い時代の同期よ! 」
「えっ、そうなの? 」
「アタイらのギルドじゃ有名な話よ? 」
「ギルド…、"パラムタウン"ね? 」
「そうよ。ハクが古い貴族の令嬢だなんて最近知ったばかりだけど"リナリテア家"はデアナでも…」
「でっ、デアナ? まさか"デアナ諸島"の出身だなんて言わないでしょうね? 」
…あれ? もしかしてケベッカとアルタイルさん、同じ町の出身だったりするのかな? 私もケベッカとシリウスさんが知りあいって分かって驚いたけど、この様子だと二人ともがそれぞれの理由でビックリしてると思う。ケベッカの表情は口元だけ隠れて分からないけど、アルタイルさんはケベッカがふと言った言葉に対して…。まだそうだって言った訳じゃないけど、ケベッカを問い詰めてるアルタイルを見た感じだと、間違いじゃないと思う。
「そのまさかよ! 十四、五年前からパラムに住んでるけど、元々は"ショリュトシティ"の出身さ。暫くショリュトには帰って…」
「ショリュトの? …そう、だからなのね」
「だからって…。ってことは…」
「ええ。あんたが思った通り、私は"ラトゥリューシャ"の出」
「やっぱり…。っとなると相当苦労し…」
「そうね…、あの頃は苦労しかなかったわね…」
…話に乗り遅れたけど、何かあったのかもしれないね、アルタイルに、昔…。途中から何の事を言ってるのかさっぱり分からなかったけど、話してる場の空気、それから暗くなったアルタイルさんの表情で、重い話をしている事だけは分かる。知らない二つの単語は街の名前か何かだと思うけど、同じ諸島出身の二人にとってはそれだけでも通じる何かがあるらしい。そのままの流れでアルタイルさんは、若干空を仰ぎ見るような感じで淡々と語り始める。そのはなしの内容に、私は他人事じゃないような…、親近感に似た何かを感じた。その内容は…。
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[Side Altair]
…あれは十五年以上前かしら…。私はエムリットっていう伝説の種族だけど、それまでは自分の事について何も知らずに暮らしていたわ。
近所に私の種族についてよく知ってる人はいなくて、両親なんて生れたて時からいなかったけど、良くしてくれてたから何の不自由も無かったわね。
だから他の人と何も変わらない生活をしていたし、当時は恋愛とかをしたり保育所でアルバイトなんかもしていたわ。
そんなある時、私の元にある人物が訪ねてきた。
その彼女にとっても危険だったはずだけど、訪ねてきたのはユキメノコの女性…。彼女は何年も前から私…達の事を探していたらしく、町の外に連れ出されてそこで初めて自分の種族の事を知らされた。
その彼女は、二人ともが"無名の泉"で会っているはずの、ミュウのミウ。
彼女から私が六十五代目の"感情の神"だ、って伝えられたけど、当時の私は素直に喜べなかった。
デアナ出身のあんたなら知ってると思うけど、"ラトゥリューシャ"は古くから背神教を信仰している町…。もし"神"が身近にいようものなら、どうなるかは想像に難くないわね。
私が"感情の神"って知って以来、当然私は自分の事がバレないよう、最善の注意を払ったわ。
払いはしたけど…、どこで情報が漏れたのかしらね…。ミウから話された時に盗み聞きされたのかは分からないけど、一週間と経たないうちにバレてしまったわ…。
一ヶ月も経つ頃には、あんなに優しかった人達が手のひらを返すように離れていった…、ある人を除いて…。
そのある人は、当時私がつき合っていた恋人。彼もミウから聞いた時に一緒にいたけど、「アルタイルが"神"だろうと何だろうと関係無い! 」って言ってくれた。
だけど…、私が"神"ってバレて二ヶ月後、とうとうあの事件が起きてしまった…。
…"ラトゥリューシャの悲劇"、ギルドに所属していたなら一度は聞いたことがあるんじゃないかしら?
クアラちゃんのために補足すると、"ラトゥーリューシャの悲劇"は十五年前に"デアナ諸島"で起きた無差別殺傷事件。老若男女、種族問わず、テロリストによって殺された…。
表向きには殺し屋集団による無差別殺傷事件ってされてるけど、私はそうは思わないわ。
私の推測でしかないけど、この犯行は"感情の神"の私を狙ったもので、無差別に殺したのはそれを隠すため…。
事件当日、私は彼氏と保育所でアルバイトをしていたけど、聞く限りでは明らかに襲撃してきた人数が多かった。
一応護身用簡単な技は使えたけど、何しろ犯人は悪名高い殺し屋集団…。フィフちゃんから聞いてると思うけど、"エアリシア"と"パラムタウン"を襲った一味の前身組織。
子供達を守るために私も闘ったけど…、…あれは…、あの時の光景は…、思い出したくないわ…。
私の目の前で…、肉塊になり果てるまで…。
当然私も攻撃された…。…されたけど…、唯一私の事を理解してくれていた彼氏が…、私を…、庇って…。
その直前に言われたのが…、「俺の事はいい、アルタイルは今すぐこの町から逃げるんだ! 」…。
彼の事を見捨てて逃げれなかった私に、「なぁに、気にするな。俺も後から追いつく」って言った。すぐに逃げてたらどうなったか分からないけど…。
死物狂いで、泣きながら逃げて…、正直言って、逃げてる時の事はよく覚えていないわ。
気づくと私は"ルデラ諸島"にいて、ミウと前代…、年老いた六十四代目のエムリットに介抱されていた…。
それからも…、いろんな事がありすぎてあっという間だったわね…。
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続く