C10 文明の利器
[Side Filia]
「…そんじゃあスパダ、頼んだで」
「うん、任せるのだ」
聞いた限りではハクさん、相当難しいダンジョンに潜るようね。“アクトアタウン”のギルドでの設置工事も一段落してから、私はギルマスのハクさんに一通りの使い方の説明をしていた。丁度“パラムタウン”のギルマスもいたから助かったけど、説明と合わせて諸々の設定…。私一人でするつもりだったけれど、スパーダというゼブライカが手伝ってくれたから予定よりも早く済ますことが出来た。
そして今の事を話すと、設定している間に準備が出来たのか、ここのギルマスのハクさんがスパーダさんにこう話しかける。他にもシャトレアさん、右腕の途中からと尻尾が一本少ないフローゼル、それからゴチルゼルの四人で出発するみたいだけど、その三人は少し前に外に出て準備中だったハクさんを待っている。丁度今スパーダさんが胸を張って頷いたから、ハクさんは信頼の眼差しを向けてから出口の方へを這っていく。新品のCギアを首から提げている彼女の背中を、私は次にする事を考えながら見送った。
「…フィリアさん? 」
「うん? 」
「ルーターも設置されたのだから、強制転送も使えるのだ? 」
「仮設だから制限はあるけど…、少人数ならいけると思うわ」
元々キノト君達の捜索のための設置が目的だったから…、そう思うとやっぱりそっちの方も持ってきた方が良かったかもしれないわね。ハクさんが出発したのを見届けると、背が高いスパーダさんは私を見下ろして訊ねてくる。彼と顔を合わせるのは今日が初めてだけれど、確かリーフが彼は元々“ポートタウン”の出身だ、て言っていた気がする。顧客情報を見た限りでは彼名義のギアがもう一つあったから、パラムのギルドの契約を提案したのは彼…。その彼が一番使用履歴が多かった気がするから、間違いないとは思う。
…少し話が逸れたけど、スパーダさんは他に気になる事があったのか、この流れでギアの事を質問してくる。強制転送といえばCギアに古くからある機能だけど、ギルマス用のみでそれも緊急用にしか使えない、ていう制限がある。現役時代に私もそれで転送されたうちの一人だけど、あれがきっかけでシルクとウォルタ君と初めて顔を合わせる事になった。確かあの時はシルクの救出…。
「それなら安心したのだ。まずは…、緊急コード…、強制転送! 」
機能に問題は無いみたいね。私も予想出来ない事で曖昧な返事しか出来なかったけど、スパーダさんにとっては確実に出来る、て伝わったのかもしれない。私も“ラスカ諸島”に来て全ての機能を使った訳じゃないけど、強制転送は数ある機能の中でも特殊な部類になるから、この様子なら他の機能も問題なく使えそうな気がしてきた。傍から見た限りでは何のエラーもなく作動しているから、それを見届けてから私は自分のギアに視線を落とす。
「ウォルタ君にはシャトレアさんが伝える、て言ってたから…」
設置も一段落したから、まずはあの子ね。シルク達についていった、て聞いてるけど…、元気かしら?
「…アーシアちゃん、久しぶ…」
右の前足でギアを操作して、アドレス帳の中から目的の人物、ブラッキーのアーシアちゃんの名前を選択する。LANを開設したから通話ボタンをタップし、彼女に向けてギアから発信する。複数あるうちのテレビ電話にしたから、向こうがそれに応じると本人と疑似的に顔を合わせて話すことが出来る。三コール目で応答してくれたから、私は久しぶりに会うアー…。
『はっ、はいっ! 』
「…ごめんなさい、間違えたかしら? 」
アーシアちゃんに発信したはずだけど、画面に映ったのはブラッキーじゃなくて私と同族のグレイシア…。相手は凄く驚きながらも答えてくれたけど、私も違う人に電話をかけてしまったかもしれない、て一瞬不安になる。だけど画面の端の方に出力されている話し相手の名前は、間違いなくアーシアちゃんになっている…。
『ううん。フィリアさん、今はグレイシアですけど、“導かれし者”のアーシアです』
「…疑うようだけど、本当にアーシアちゃん? 」
まさかアーシアちゃんの偽物…じゃないでしょうね? 私の話し相手は画面越しに顔を横にふり、そうじゃないと伝えてくれる。…確かに種族は違っても声が同じで、ちょっとした仕草もアーシアちゃんそのもの…。どこか悲しいような不安なような…、そんな表情をしているけど、“導かれし者”の事も知っているとなると、本当にそうなんじゃないか、て思えてくる。…けれどウォルタ君みたいに伝説の能力でもない限り種族が変わるなんてあり得ないから、あまり疑いたくはないけど彼女を問いただしてみた。
『そう…ですけど…ブラッキーじゃないから…、ぐずっ…、信じられない…ですよね…』
「…ごめんなさい。でも…」
『…紫咲弥生。この名前なら…』
「やっ弥生っ? 」
その名前、シルク達の本には書かれてないのに! …て事は、本当にアーシアちゃん?
「弥生て…、本当にアーシアちゃんなのね! 」
『はいです…』
画面越しのグレイシアを問いただしたら、彼女はもの凄く悲しそうに表情を暗くする。話してくれる声に嗚咽が混ざって泣きはじめてしまったから、問いかけた私ももの凄く申し訳ない気持ちになってしまう。…けれどやっぱり私には完全には信じられないから、申し訳ないけど信じられない、って言ってしまいそうになる。だけど私が言い切る前に彼女は、信じてもらえないって悟ったのか関係者しか知らない事を小さく口にする。まさかその名前…、アーシアちゃんの元の世界での本名が出てくるなんて夢にも思わなかったから、当然私は驚きで声を荒らげてしまう。でもその代わりに同族の彼女がアーシアちゃんだ、て実感が持てたから、後ろめたい気持ちはあるけどもう一度、今度は確信と共に問いかけた。
「けれどアーシアちゃん? 何故にグレイシアになって…。嫌なら話してくれなくてもか…」
『話すと長くなるのですけど…』
『水を差すようで申し訳ないけれど、私から話させてもらうわ』
「話て…、あなたは…」
アーシアちゃんに何かあったのは間違いなさそうね…。涙をぬぐいながら頷いてくれたアーシアちゃんに、私は率直に思った事を尋ねてみる。“導かれし者”は他の人と違って特殊と言えば特殊だけど、アーシアちゃん以外の“導かれし者”の中に変身できる子は誰ひとりいない。そもそもアーシアちゃんの能力は技の数に制限が無いことだから、彼女の身に何かあった、そう考えるのが普通…。彼女は事件の時、一度体を敵に乗っ取られているけど、通話しながら認証を確認した限りでは、そうじゃない。
こんな感じで考えながらアーシアちゃんの返事を待っていたけど、その途中で画面にアーシアちゃん以外の誰かが映る。多分ギアをのぞき込むような感じで映っているんだと思うけど、周りの光の加減なのか水色に見えるキュウコンが、代わりにという感じで会話に参加する。アーシアちゃんと一緒にいるから知りあいだと思うけど、私が知る限りでルデラにはキュウコンに知りあいはいなかった気がする。“導かれし者”に一人、ロコンならいたよ…。
『探検隊チーム火花のキュリアというわ。アーシアちゃんとは…、そうね…。縁があって昨日知り合った関係かしら』
「火花て…、マスターランクでベテランのチームよね? 」
流石にその名前なら聞いた事があるわ! “ラスカ諸島”のチームだけど、諸島でトップクラスの有名なチームよね? キュウコンらしき彼女から出た言葉に、私は再び声を荒らげてしまう。チーム火花といえば、十何年か前に“ラスカ諸島”で起きた連続殺人事件の犯人を捕まえたことで有名なチーム。その時はまだ私も小さかったけど、毎日のように報道されてたからよく覚えてる。
『はいです』
『一応そうさせてもらっているわ。私がその時にいた訳じゃないけれど…、アーシアちゃん、話しても…』
『フィリアさんになら…、お願いしますです』
『なら話すわね。…単刀直入に言うと、アーシアちゃんは敵に盛られた毒に侵されてイーブイに退化して、今は私の知りあいに作ってもらった道具を借りて、仮の姿としてグレイシアになっている状態なのよ』
「道具を作って…、て事はもしかして、その人はエーフィ…」
『エーフィなのですけど、シルクさんとは違う方です』
道具を作ったならシルクかと思ったけど…、違うのね?
「…シルクじゃないのね? 」
『はいです。…そだ。フィリアさん、一つお願いがあるのですけど…』
お願いて、何かしら…? キュウコンの彼女の説明に言葉を失ってしまったけど、その後半の方で私はふと親友の顔が思い浮かんでくる。その彼女もエーフィで道具を作るのが得意だから、始めはその彼女がアーシアちゃんのために創ったんだと思った。だからそう思ってシルクが作ったの? そう訊こうとしたけど、言い切る前にアーシアちゃんは首を横にふる。シルクはラスカに知り合いが多いからそうかと思ったけど、アーシアちゃんの反応を見た感じではそうではなさそう。この事を聞き返そうとしたけど、何かを思いついたらしいグレイシアの姿のアーシアちゃんに先を越されてそれは叶わなかった。
『シルクさんを捜してくれません? 』
「シルクをて…、何でシルクを…」
『…シルクちゃん、今は行方不明なのよ…』
「え…今何て」
『“ワイワイタウン”の病院で入院していたはずなのですけど、行方が分からなくなっているんです…。すぐに捜索願を出して私達も捜しているのですけど、全然見つからなくて…』
『一昨日から探しているけれど…、今朝“非常事態宣言”が発令されて、乗船所が今日から営業してないのよ…』
「え…」
乗船所がやってないって…、ルデラに戻れない、て事よね? 何となくそんな気はしてたけど…、はぁ…、大ごとになってるのね…、“パラムタウン”の件は…。情報が多すぎで整理する必要が出てきたけど、重大な事が重なり過ぎて私は何も言えなくなってしまう。シルクは入院中な上に行方不明になっていて、何日か経っている今も見つかっていない。捜そうにも今日…、多分私達が“アクトアタウン”に着いた直後に船着き場が営業を休止し、大陸、“ラスカ諸島”からも出れない状態…。シルクの事を思うと、また無茶をしているような気がするけど…。
「…分かったわ。シルクの事は私が何とかするわ」
『フィリアさん、お願…』
『キュリアさん、アーシアさん! 増援をお願いします! 』
『コット君、今いくわ! オーロ…』
『フィリアさんごめんなさい! 』
「戦闘中ね? …アーシアちゃん、何か分かったら知らせるわ」
『お願いしますですっ! 電光せ…』
もしかしてアーシアちゃん、ダンジョンの中だったかしら…。だったら申し訳ない事したかもし知れないわね。何とか立ち直ってから頷くと、アーシアちゃんも画面の向こうでぺこりと頭を下げる。だけどその途中で、他に誰かいるらしく男の子の声が画面の遠くの方から聞こえてきた。これにいち早く反応したキュリアさんはすぐに離れていったから、もしかすると私が発信した時、今も、アーシアちゃん達はダンジョンの中にいるのかもしれない。そう思うと気を逸らすようなことをしてしまったかもしれないから、私は画面越しに謝るアーシアちゃんを見ながら通話終了ボタンに手を添えながら返事する。一言ずつ言葉を交わし合うと、私がタップする前にプツリと通話画面が切れた。
「ふぅ…。シルクが、ね…。DM事件の時もそうだったけど…」
長丁場になりそうね…。
「そうなると…」
あの時みたいにオペレーターとしてなら、役に立てそうね。通話が終了してギアをホーム画面に戻しながら、私はあの時のことをふと思い出す。本来なら今日は昼にはラスカを発つつもりだったけど、船着き場が営業してないなら戻ろうにも戻れない。そうなると帰ってからの仕事が山積みになりそうだけど、帰れない以上は仕方ない…。そうなるとラスカにいるしかないから、私は独り呟きながら、出来る事のためにギアのアプリを起動させる。
「…管理コード03、ユーザー認証、コネクト。対象コード、“z013em”。第一認証、スタート」
今も使ってくれてるとは限らないけど、ものは試しね。私は少し前に使った機能をもう一度立ち上げ、親友の認証を確認し始める。アーシアちゃんもそうだけど、シルクのギアは
ExperienceModelだから認証に時間がかかるけど、他のギアには無いサポートが出来る。DM事件の時もこの機能をフルに使っ…。
「第三認証、コネクト。…え? 受信拒否? それにこのコードは…」
続く