A7 事情聴取
[Side Minaduki]
「…捕虜の俺が、こんな施しを受けてよかったのか? 」
「自分に捕えた方を虐げる趣味はありませんからね、気にしないでください」
気にするな言われてもなぁ…。捕虜としてシリウスというアブソルに見張られている俺は、水の大陸、という場所に来てからずっとコイツと行動を共にしている。…だが俺は正直な話、調子をもの凄く狂わされている。これがコイツの企みなのか何なのか知らねぇーが、俺に対する扱いが全然違う。“月の次元”にいた頃も似たようなものだったが、捕虜というものに自由はおろか人権なんてものは微塵もない。…だが俺を見張るコイツはどうだ? 狭い部屋に閉じ込めるどころか、俺の希望まで訊いてきやがる。流石に俺一人だけにする事はねぇーのだが、シリウスとか言うコイツの同伴さえあれば、拠点らしい建物からの外出の自由が与えられている。例えるなら、客人、と言ったところだろうか…。“パラムタウン”で散策している時もそうだったが、親切に扱われて反応に困る…。現に今も、コイツに朝食をご馳走になったばかり。それもサービスの行き届いた店舗で、今までに味わった事のないぐらいの美味だった。
「気にするな、か…。悪い気はしねぇーが、何故お前は捕虜の俺に親切なんだ? お前からすれば
敵のはずだが…」
「確かにそうですけど…、自分にも分からないですね。強いて言うなら…、一晩過ごしてミナヅキさん、あなたという方が分かった気がする、からでしょうか? 」
それだけでか…。“太陽”の奴に多かったが、どうしてコイツ等はここまでお人好しなんだ…。俺は彼の俺に対する扱いに戸惑いながらも、俺は気になる事を尋ねてみる。アブソルといえば生まれながらのエリート軍人だが、コイツには張りつめた雰囲気というものが全くない。…無いのは無いのだが、昨日見たコイツの戦いにはかなり驚かされた。コイツは魔術師の中でもほんの一握りしか習得していない幻術だけでなく、その容姿さえ変えていた。これだけでも十分すぎる事なのだが、コイツは右前足を負傷した状態であの二人を退けて見せた。本当にコイツは底知れねぇよな…、実力的にも、素性でも…。
「それだけか…? 」
「…いえ、他人事じゃない気がする、って言った方が正しいかもしれないですね」
「他人事でない? どういう意味だ? 」
「ミナヅキさんと同じように、自分もこの世界の出身じゃないから、ですね」
「なっ…、まさかお前も“月の次元”の出なのかよ! 」
「いいえ。そうではなくて、自分は三千九百年前の世界の出し…」
おいおい、流石に俺でもそんな事、信じられる訳ねぇーだろう? 大昔の生まれ、だなんて…。シリウスは一瞬何かを考えたが、歩く三足を止めずに答える。初めはコイツの言う意味がさっぱり分からなかったが、そういう事なら似た者同士なのかもしれねぇ。…だが俺が感じていたのは、コイツも“月の次元”か、あるいはまた別の世界の出身、という事。思わず声を荒らげてしまったが、現実的にあり得ねぇ事だったから俺…。
「あっ、シリウスさん! 」
「ぅん? ライトさん、戻っていたんですね? 」
「ついさっきね。向こうから来たって事は、シリウスさんは…」
「なっ…、嘘だろ? 」
シリウスはこのまま何かを言おうとしていたが、前の方から来ていた誰かに話しかけられ、それが叶わなかった。二人組だったのだが、そのうちの一人は知りあいだったらしく、親し気にアブソルのコイツに話しかける。…だが俺は、その話しかけてきたコイツの種族に、昨日と同じ理由で腰を抜かしてしまった。何故なら…。
「何故ラティアスが街にいるんだ! ラティアスは承伝に属するはずだろぅ? 」
昨日のエムリットもそうだったが、承伝に属する種族が人前に出てきていたから…。
「承伝…、伝説のこと? うーん、伝説といえば伝説なんだけど、私は何の伝承にも関わってないか…」
「あーっ! きみはあの時の! 」
「…っ! まっ、まさかお前、“赤兌の祭壇”の時のエネコロロか? 」
それだけでなく、もう一人はあのエネコロロ。流石に向こうも俺の事を覚えていたらしく、彼女も声をあげて右前足で俺を指す。当然俺も身に覚えがあるので、ラティアスのコイツそっちのけで取り乱してしまった。
「…ライトさん、彼女は? 」
「あっ、そっか。シリウスさんは初めて会うんだよね? 二等保安官のシャトレアさんと、“アクトアタウン”の副親方のシリウスさん。…だけどこの人は…」
「私も聞きたいことが色々あるんだけど」
「…俺だよな? 」
あの時は無理やり連れ戻されたからな…。コイツらは互いに初対面のはずなので、当然シリウスはラティアスを見上げて尋ねる。この時に俺は名を知ったのだが、ソイツは右手で指さしながら両者の事を紹介する。…だが当然俺の事は知る由もないので、俺を見るなり言葉を詰まらせる。見かねた訳ではないかもしれねぇが、エネコロロのコイツはここぞとばかりに呟く。俺としてもあの時の弁解を…。
「そう。…そうだ! ええっと、アブソルのきみはギルドの代表なんだよね? 」
「はい、副親方なので、そうですけど…」
「それなら、部屋の一つを貸してくれる? 」
「自分は構わないですけど、何…」
「一言で言うなら取り調べかな? それにきみも訊きたい事があるみたいだから、丁度いいんじゃない? 」
「はっ、はい、そうですけど…」
「なら決まりだね! 」
コイツ、ここまで口が軽かったか…? エネコロロは何を思ったのか、ふと明るい声でシリウスに尋ねる。急な事で戸惑っているようだが、シリウスは流されながらもこくりと頷く。そこから何かを言おうとしていたが、その前にコイツが我先にと話を進める。“赤兌の祭壇”の時とは違いペラペラと喋っているので、俺はコイツに対してキャラ崩壊を起してしまったのだが…。
「だけどシャトレアさん? 朝ごはんはどうするの? 」
「そんなの、いつでも食べれるでしょ? それに取り調べなんで滅多に見れない事だから、ライトさんも見てったらどうかな? きっと面白いから」
「いや、取り調べなんてものはそういうものじゃねぇ気がするが…」
もしやコイツ、あの時は猫をかぶってただけでドSじゃねぇよな? 空中に浮かぶコイツは独走するエネコロロに尋ねるが、当の本人は全く聞く耳を持たない。それどころか、俺が見る限りでは楽しみを与えられた子供のような…、そんな表情をしている気がする。俺自身取り調べなんて受けた事ねぇが、知る限りではそんな心惹かれるような代物ではない気がする。思わず俺は思った事を呟いたが、表情を見る限りシリウスもそんな事を思っていそうな感じだった。
「そう、なのかな…? 」
「私の仕事だから、ね! 」
「あっ、シャトレアさん…」
ラティアスは首を傾げるも、コイツは相変わらず気にする様子はない。勝手に事を決めているようだが、コイツはそう言うなり元来た方向へと走りだしてしまう。
「…行きましょうか」
その彼女に対し、半ば圧倒された様子のシリウスは小さく声を絞り出す。
「そうだね」
それに対し、ラティアスは頷き、拠点のある、エネコロロが走っていった方へと飛び始める。その彼女を追い、俺とシリウスも拠点への帰路? いや、俺の取り調べのために拠点へと戻る。捕虜らしくなってきたと思いはじめてきたのは、ここだけの話だが…。
――――
[Side Minaduki]
「…保安官の取り調べ、自分は立ち会うのは初めてです」
「だって取り調べって、支所とかでするのが普通だもんね」
…はぁ、やっとらしくなってきたな。エネコロロを追うようにして戻った後、俺…、俺と彼女はシリウスの案内で二階の小部屋の一つに案内される。ラティアスはやっぱり朝ごはんを食べに行く、と言い別れたが、俺が見る限りでは、シリウスの部屋よりも少し狭い気がする。取り調べ用の部屋なのか何なのか知らねぇが、“月の次元”なら監禁部屋か…、一人用の個室程度の広さだろう。シリウスの部屋もそうだったが、部屋の片隅には廊下から反対側に向けて水路が引かれている。その部屋の奥に俺、小さなテーブルを挟んだ向かいにエネコロロ、その横側にシリウスが前足を揃えて座る。真っ白な紙と筆記具が置かれているので、これに俺から聴きとった事を書いていくのだろう。
「…さぁ、始めよっか」
「あぁ」
「一応規則だから言っておくけど、…これから些細な虚偽、詐の発言をした場合、あるいは暴れるようなことをすると問答無用で厳正な処分が下るから、そんな事をしないように」
「…当然だ」
コイツは俺が反抗して危害を加えるとでも思ってるのか…。適当に雑談を切り上げ、シリウスは部屋の扉をパタンと閉める。これを合図にするかのようにして、シャトレアとかいうコイツは咳払いをしてから、真剣な表情で語り始める。その表情は先程までの明るいものではなく、“祭壇”の時のように俺の素性を探るような…、険しいもの。当然俺は反抗する意思なんて微塵もないので、声色を変えずにこくりと頷く。これを見たコイツは、気持ちを切り替えるつもりなのか目を閉…。
「…“我が志に、希望あれ”…。…まず初…」
「なっ…! 」
おい待て! こんな事があり得るのかよ! 対面する彼女は何かをブツブツ呟くと、閉じていた目をゆっくりと開ける。だが彼女の瞳には、あり得ない変化が表れていた。エネコロロという種族は黒地に白い瞳のはずだが、目を開けたコイツには白に薄い赤が混ざっている。…いや白い瞳に赤い光が灯った、と言ったらい…。
「私が訊く事だけに答えて。…初めに、きみの種族、名前、年齢、出身、職業を教えて」
名前…、“祭壇”の時に言ったはずだが…。
「ルガルガンのミナヅキ。歳が二十二の史…、考古学者で、出身はデアナ諸島だ」
“祭壇”では“月の次元”とは言わなかったからなぁ…。
「…やっぱりね。…次に、シリウスさんには何で囚われてる? 」
囚われている理由、か。…どう説明すれば…。
「元々別の奴の元に身柄があり、シリウスが代わりに人探しを頼むための交換条件だ」
承伝に属するエムリットの名を出す訳にはいかねぇからなぁ…。嘘じゃねぇし、この説明が妥当か。
「
“感情”との交換条件、と…。ルガルガンのミナヅキ、きみはどこで拘束され、そこには何のために来ていた? 」
「俺は拒否したが、“パラムタウン”に無理やり連れてこさせられた。俺を連れてきた二人はシリウスが気絶させたが…」
それからエムリットだな。確か元々シリウスは人捜しをしていた、と言っていたか…。
「…じゃあその二人は、何でミナヅキを連れてきた? 」
「俺がその場に居合わせた訳じゃねぇが、上からの命令のはずだ」
ムナール様かジク殿かは知らねぇが、どっちでも変わらねぇよな…。
「その“上”っていうのは、ミナヅキの上司か…、それとも主従関係にある何か、そうだね? 」
「あぁそうだ」
ジク殿は上司とは言えねぇかもしれねぇが…。向かい合うエネコロロは、赤い眼を光らせながら淡々と俺に質問してくる。保安官というものが何なのかは知らねぇが、この感じだと尋問官…、その類の職なんだとは思う。俺を問いただ間も前足をテーブルの上につき、右のソレでサラサラと俺から聞いた事を書き上げている…。目を逸らすと何かマズい気もするので、何を書いているのかまでは見ていねぇが…。
「二人いるみたいだけど、その二人の名前と種族は? 」
二人…、そんな事、一言も言ってねぇが…。
「直接の俺の主はグソクムシャのムナール。もう一人はカイリューのジクだ」
「その二人が、“パラムタウン”と“エアリシア”、二つの街の事件の首謀者で間違いないね? 」
ムナール様は俺の君主であることに代わりねぇが…、元はと言えば…。
「あぁ」
「グソクムシャのムナール、その人が事件を起こした目的は? 」
…師と故郷の
敵…。
「詳しくは知らねぇが、征服か何かをするつもりだろう…」
武力で制圧し、恐怖で統治するのがムナール様だからなぁ…。俺も何度脅され怯えてきた事か…。暴君と言えるムナール様に就いている隊長や幹部の気が知れねぇ…。
「…嘘はないみたいだね。…質問を変えるよ。まず初めに、四日前の夜、“エアリシア”の事件の時、ミナヅキは何をしてた? 」
四日前か。確か…。
「“パラムタウン”で散策だ」
「それは何故? 」
「命令され、地域の調査をするためだ。…だが俺は、お前等と会うまで一度も“エアリシア”には戻ってはいねぇ。これは言い訳になるが、あの後“ワイワイタウン”とか言う時に無理やり連れ戻され、その時には既に“パラムタウン”の襲撃が決まっていた…」
あの後拷問じみた聴取をされたが…、もし襲撃の件が決まってなければ、ムナール様の下から逃げていた、と吐いていたかもしれねぇな…。
「…パラムの件には無関係、って訳だね。…じゃあ何で、君主の下から離れようとした? 」
「……」
離れた理由…。師と親兄弟を殺した奴等となんかいられる訳ないからに決まってるだろう…。…だがなぁ…、刃向かったところで命が無い事は目に見えてるんだよなぁ…。
「…質問を変えるよ。ミナヅキ、きみは何で“赤兌の祭壇”に来た? 」
「…単純に史跡を調べてみたかったからだ」
「じゃあ何でウォルタ、っていう考古学者に近づいて、どこで知った? 」
つまり誰から聞いた、か…。
「“パラムタウン”での散策中に話しかけてきたルガルガンからだ。一晩ソイツの世話になったのだが、ソイツの弟が考古学者の見習いをしているからだ」
確かキノエの弟が、あの考古学者の弟子のキノトだったか…。
「…だからキノト君の事を知ってたんだね…。…“月”、“ビースト”、“空現の穴”、これを聞いてどう思う? 」
…何か急に変わったな…。“空現の穴”といえば、“太陽の次元”に連れて来られた時に通った場所だが…。
「…さぁ、月は夜の月だろぅ? 」
「…じゃあ、“笛”は? 」
“笛”…。笛と言えば、ムナール様が奪った“月の笛”だが…。
「…何の事だ? 」
結局あの後どうしたのかは知らねぇしな…。吹いて部下を“太陽”に連れてくるのに使ってる気もするが…。
「…ありがとう。それから、この諸島にはいつ来た? 」
「…五日前だ」
「五日前…。って事は、“太陽”が言ってたうちの一人…。…最後に確認だけど、これまで言った事に、嘘偽りは一切ないね? 」
「…何度も言わせるな。囚われの俺が虚言を吐いて何になるって言うんだ…。そこまで信用できないなら、別れたラティアスを連れてきたらどうだ? 」
「ライトさんを…」
「ラティアスという種は、穢れ、偽る心を浄化する能力を持つと聞く…。ソイツが戻り次第、能力を使わせて俺を問いただせば済む話だろぅ? 」
嘘なんてつく気など更々無いが、コイツはそうでもしねぇーと信用しないだろうな…。…寧ろ俺は、そうされた方が有難いが…。
「…分かった。これで事情聴取は終わり。もう楽にしていいよ」
楽にしろ、か。意味不明の質問もあったが、暴力だけの“月”の拷問に比べればマシか…。
続く