B12 泉での会談
[Side Tetra]
「…ぅぅっ…」
…っ、ここは…、森? シルクからもらった薬を飲んで気を失っていた私は、ふと首筋を撫でる風で目を覚ます。さっきみたいなことがあるかもしれないから薄目を開けて周りを確認してみたけど、今いる場所は最後に見た景色とは大分変わっていた。シルクともう一人の仲間が運んでくれたんだと思うけど、今私が倒れているのはどこかの森の中…。あの時は密室だったから分からなかったけど、薄暗いから時間は夜、だと思う。
「…よかったあんたも無事目覚めたみたいね」
「…うん。でも、ここは…」
本当に、どこなんだろう? ダンジョンとかそういう所ではなさそうだけど…。近くに誰かがいたらしく、私の意識が戻った事に気付いた一人が私に話しかけてくる。ここで目を開けたからはっきり見えたけど、私に話しかけてきたのは知らないルカリオ…。声的に女の人だと思うけど、伏せるような感じで体勢を起こす私を見て、どこかほっとしたような表情をしている。…だけどその人は怪我をしているらしく、右腕には白い包帯が巻かれていた。
「アタイもこんな所があるなんて知らなかったけど“無名の泉”って言うらしいわね」
「“無名の泉”…? 」
「そうさ。…でもここにいるって事はあんたもエーフィに殺されたって訳ね」
「えっ…、そっか。そうなるんだね」
そういえばシルク、脱出するために心臓を止める、って言ってたっけ? って事は、そうなるよね。前足を揃えて座り直すと、ルカリオの彼女も私の前に腰を下ろす。右腕の包帯が異様に目につくけど、普通に動かせているから大した怪我じゃないのかもしれない。…そういえば今思い出したけど、私は拷問されてる時に首筋を切られたはずだけど、その部分が全然ヒリヒリしていない。見える範囲では前足も血で染まってないから、多分全身誰かに洗ってもらっていたのかもしれない。だけどそれが誰なのかもわからないし、考えられそうな人は目の前のルカリオさんしかいない。周りをよく探してないから分からないけど…。
それでこんな事を考えてたけど、ルカリオさんは目覚めたばかりの私にここの事を教えてくれる。多分年上だと思うけど、彼女もまだ全部は分かりきっていないような…、そんな感じはあるような気がする。だけど彼女がふと訊いてきた一言で、私はハッとある事を思い出す。
「って事は、ルカリオさんもなの? 」
「そうなるわね。…あっそういゃ自己紹介がまだだったわね」
ルカリオさんもって事は、ルカリオさんも監獄から逃がしてもらったのかな? 思った事をそのまま聞いてみたら、ルカリオさんはこくりと頷き、そうよ、って言う感じで答えてくれる。ルカリオさんはどんな風に逃がしてもらったのか訊けてないけど、エーフィって言ってたから、多分私と似たような感じだと思う。するとルカリオさんは答えてくれている途中で何かを思い出したらしく、正面にいる私に対してこう話題を出してくれる。
「そういえばそうだったね」
私も起きたばかりでうっかりしてたから、少し表情を緩めてこう答えた。
「町がああなったから何とも言えないけどアタイはリオリナ。パラムのギルドの副親方さ。…あんたは? 」
へぇ、副親方って事は、シリウスさんと同じなんだね? …だけど“パラムタウン”って事は、もしかするとあの一団と戦ってたのかもしれないね…。
「私は色違いのニンフィアのテトラ。申請してる時に襲われちゃったけど、臨時で救助隊に入る予定だった、って感じかな? 」
申請はし終わったけど、その後で本部が破壊されたから…、受理されてないかもしれないね、きっと…。先にルカリオ…、リオリナさんが名乗ってくれたから、その流れで私も自分の事を教えてあげる。色違いはこの時代でも少ないみたいだから、その事を言うとへぇー、って珍しそうに声をもらしていた。だけどその後すぐに私達は、リオリナさんは左手で、私は左側のリボンで、お互いに握手を交わし合う。するとずっと堅い表情のままだったリオリナさんは、やっと表情を緩めて微笑んでくれた。
「ニンフィアのテトラちゃんね? テトラちゃんは…」
「…その様子だと、二人とも目覚めたみたいね」
「ん? 」
『テトラちゃんは少し効きすぎてたみたいだけど、その様子だと大丈夫そうね』
「うっ、うん」
「あっ、あんたは…」
そのままリオリナさんは何かを訊こうとしていたけど、その前に違う誰かが割り込んできて出来ていなかった。頭の中に響いてきた声は誰か分かったけど、そのもう一人の声は初めて聞いたから分からない。だから私達二人は少しビックリしながらも声がした方、右の方に振りかえると、そこには珍しい組み合わせの二人。一人は見た感じ普通のユキメノコで、首には白いスカーフを身に着けている。その人は私とリオリナさんの間で視線を行き来させてから、ホッと安心したように声をかけてきていた。そしてもう一人は、気を失う直前まで一緒にいたエーフィ。今もいつもの白衣は羽織ってないけど、監獄の時とは違って普段に近いシルクが小走りで駆け寄ってきてくれている所だった。
「…パラムで無理やり薬を飲ませてきたエーフィ! まさかあんたも死んだんじゃないでしょうね? 」
「死んだて…、フィフちゃん、もしかして無理やり…」
『本当にあの時は申し訳なかったわ。でもああでもしないと、あなたを逃がせれなかったから…』
「それは見れば分かったわ。…だけどそれが失敗してアタイ共々あの世…」
「ううん、リオリナさん、私達、死んでないと思うよ? そうだよね、シルク? 」
もしかしてリオリナさんって、私と違う方法で逃がしてもらったかもしれないね。リオリナさんはシルクを見つけると、凄く驚いたような感じで声を荒らげる。シルクと何があったのか分からないけど、この感じだとリオリナさんは納得しないまま、シルクの薬を飲まされたんだと思う。それに必死に頭を下げて申し訳なさそうにしているシルクを見た感じでは、やむを得なかった、苦渋の決断だった、そんなような気がする。だからもしかすると、リオリナさんはこの場所をあの世、って思っているのかもしれない。
「そうよ。特殊な結界が張ってあるから普通には入れないけれど、“ラスカ諸島”の草の大陸…、でいいのよね? 」
『そのはずよ。あなたのCギアを見れば分かるはずよ』
「Cギア…圏外だけど起動はしてるみたいね。…だけどエーフィのあんたユキメノコのあんたもだけどあんた達は一体何者なのよ。場合によっては保安協会に身柄を渡す事になるけ…」
『保安協会…、そうね…。この時代では一等保安官ってことろかしら? 正確には非公式の特派員って言った方が正しいけど、代表とは対等の立場で任務にあたってるわ』
「だっ代表と? 」
「そうよ。サードはそういう役職だけれど、私を含めて伝説側の立場として動いている、て言った方が語弊が少ないわ」
「でっ、伝説? って事はシルク? ユキメノコさんも伝説の当事者だったり…」
もしかすると白いスカーフって、“証”か何かかな?
『ミウさんの事は説明が難しいけど…』
「当事者というより、伝説そのものね」
そっ、そのものって、どういう事なの?
「ニンフィアのあなたはフィフちゃんの知り合いみたいだから、この際明かすけれど…」
「…ええっ? ちょっちょっと待って! こんな事があり得…」
ゆっ、ユキメノコさん? ちっ、違う種族だったの? シルクは順を追って自分の事をリオリナさんに自己紹介? していたけど、話は名前を言う前にユキメノコさんの事になってしまっていた。私はシルクの事はよく知ってるからいいけど、リオリナさんは多分、代表と対等の立場の凄い人、程度にしか思ってないと思う。それでも十分地位的には高いと思うけど、ユキメノコさんが口を滑らせた? ような感じで気になる事を言っちゃってたから、私を含めてその事に気が逸れてる。シルクにミウさん、って呼ばれた人はその時あっ、って言う感じで口元を抑えていたけど、すぐに開き直ったような表情になる。一度シルク、それから私の方をチラッと見てから、ミウっていう人は私の予想に反して光を纏う。リオリナさんは訳が分からない、って言う感じで取り乱しちゃってるけど、光が治まると…。
「…この姿を人前で見せるのはいつ以来かしらね」
「ユキメノコさんって、ミュウだったの? 」
「そうよ」
「ミュウ…初めてだけど…」
『ミウさんは主神クラス、って言っても良いかもしれないわね。…大分話が逸れたけど、私の本名はシルク。フィフ、って呼んでもらっても構わないわ。それでやっと本題に入れるんだけど…』
「結論から言うと、あなた達二人には私達に協力してほしいのよ」
聞きたい事が沢山あり過ぎるけど、何をすればいいんだろう? 訊く前に話題を流されたけど、シルクは私達二人を真剣な表情で見ると、真っすぐな言葉を伝えてくる。テレパシーだから口は全然動いてないけど、その表情から真剣さが凄く伝わってくる気がする。今思う事じゃないかもしれないけど、私を変えてくれたシルクから頼られてる? からすごく嬉しい。ミュウのミウさんが先に言っちゃってたけど、私とリオリナさんの二人に、シルク達はこう頼み込んできた。
「あんた達に? …まさか街に出て人を殺せって言うんじゃないでしょうね? 」
『いいえ、むしろその逆。近いものはあるかもしれないけど、“エアリシア”と“パラムタウン”、二つの街の事件の実行犯を捕まえて欲しいのよ』
「“エアリシア”…。って、シルク? “エアリシア”の事も知ってたの? 」
『ええ。市政反対派が殺されたって事も、今もチーム火花の二人がアクトアにいるって事も、全部ね』
「情報が伏せられてる“エアリシア”の事まで知ってるなんて思わなかったけどアタイ達より詳しそうな感じね」
「サードから直接聞いたからね」
「…だけどシルク? 殺す事と近いって、どういう事なの? 」
保安協会の代表と繋がってるって言ってたけど、そんな事したらお尋ね者として追われる事になるよね?
『ええっと、そうね…。話すと長くなるけど、二人とも“パラムタウン”でオレンジ色のオーラを纏った集団と戦ったはずよね? 』
「あぁあの奇妙な技を使う犯人グループね? アレと戦って利き腕が使い物にならなくなったわ」
「私も戦ったよ。技は使ってなかったけど、私の攻撃が全然通らなかった気がするけど…」
その途中で連盟の本部が倒壊して、それで捕まったんだよね、私って。そういえばあのキリキザン、“月の次元”とか何とか、って言ってたっけ?
「そのグループで間違いないわ。結果的に零級のお尋ね者と対峙する事になるけど、あなた達二人は私達伝説側、いわゆる第三勢力として、
異世界からの侵入者を捕まえてもらうわ」
「…何言ってるのかさっぱり分からないんだけど」
「ええっと…、私とリオリナさんは、伝説の立場で犯人を捕まえる、ってこと? 」
わたしもいまいち分かってないけど、ミュウさんと一緒に行動すればいいのかな? だけど異世界って、あのキリキザンが言ってた“月の次元”の事なのかな?
『そうなるわね。第三勢力っていうのは、私を含めたテトラちゃんとあなたは、公では死んだことになってる。だから自分の正体を隠して、極秘で任務にあたってもらうためね』
「死んだ…だからあんたは毒を盛ってアタイ達を殺したのね? 」
『仮死状態になってもらっただけだけど、似たようなものね。…リオリナさん、だったかしら? 命の保証は出来ないから、文字通り命を賭して捜索する事になる』
「テトラっていうあなたも、嫌なら降りてくれても構わないわ。けれどその代りに、ここであった事の記憶は全て消させてもらうわ。無理強いするつもりは無いけれど、どうする? 」
…命を賭けて戦うって事だよね? だけどそれって、元の時代での任務と大して変わらないよね? リオリナさんが何て言うか分からないけど…。
「そういう話だったわね。…分かったわ。あんたに生かされたアタイの命、あんた達に預けるわ。アタイは協力するつもりだけど、テトラちゃんはどうする? 」
「私? うーん、シルクの頼みだから、私はいいよ。結局元の時代と変わらないからね」
敵がそういう組織だって考えたら、結局は“エクワイル”の任務と同じだもんね。まさかリオリナさんがいいよ、って言うなんて思わなかったけど…。
『ありがとう』
シルクとミウさんは私達が断るって思ってたらしく、揃って頷いたらミウさんは凄くビックリしたような顔をしていた。ミウさんはずっと浮かない顔をしていたけど、私達が協力するって分かったら、やっと安心したように表情を緩めてくれた。監獄で会った時から暗いシルクもやっとにっこり笑いかけてくれたから、協力するって決めてよかった、って心の底から思えた気がする。…シルクにはいつも通り笑って欲しい、って思ってたって言った方が正しいんだけど…。
「…それで、アタイ達は何をすれば? 」
『そうね…』
「…あれ? そういえばシルク、監獄でも眼鏡かけてたけど…」
ずっと訊きそびれてたけど、シルクって眼鏡なんてかけてなかったよね? とりあえず私もリオリナさんも協力する事になったから、一応ここまでの話しは一段落…。だけど具体的な事は何も聞いてないから、リオリナさんはそういえば、って感じでシルクに尋ねていた。するとシルクは一瞬何かを考え、急に眉間にしわを寄せてリオリナさんの方を注視する。その状態でサイコキネシスを発動させたのか、下げている鞄から監獄の時にかけてた黒縁の眼鏡を取り出し、両耳に引っかけるように身につけていた。
『あの時は言えなかったけど、テトラちゃんは私が“弐黒の牙壌”で救出された、って事は知ってるわね? 』
「うん。シアちゃんとラテさんに助けられたんだよね? 」
「にっ“弐黒の牙壌”? 」
『そうよ。その時に“加護”を発動させてた影響なのかしらね…、視力が凄く落ちたのよ』
「そっ、そうなの? 」
『ええ。…だから実は、今までテトラちゃんもリオリナさんの事も、ぼんやりとしたシルエットしか見えてなかったわ。メガネをかけた今も、細かい毛並みとかは見えてないわ』
障害が残る、って聞いてたけど、喉の事じゃなかったんだね…。
『…っと、私の事なんか言ってもどうしょうも無いわね。手始めに…、リオリナさん、あなたのギアのアドレス、教えてもらっても良いかしら? 』
「構わないけどラスカじゃろくに…ってZギアじゃない! 」
シアちゃんも持ってたけど、シルクも持ってたんだね? “ラスカ諸島”ではほとんどの機能が使えない、って言ってたけど…。シルクの目が見えなくなったって事には驚いたけど、この事はシルクにとってはどうでもいい事なのかもしれない。私に問いただされる前に話題を変えて、似たような通信端末を左腕に着けてるリオリナさんにこう頼んでいた。いつの間にかミウさんはこの場から席を外していたけど、この時にリオリナさん、私もだけど、シルクも通信機を左の前足に着けていたことに気付く。リオリナさんは何か尋常じゃないぐらいにビックリしてるけど…。
『私のはZギアの特別モデル、と言ったところね。確かにラスカでは使えない機能は多いけど、差し支えないと思うわ。…折角だから、テトラちゃんにも私のPギアを渡しておくわね』
「えっ、私にも? 」
PギアとかZギアは凄く高いってシアちゃんが言ってたけど…、いいのかな? シルクは右の前足に着けてるソレの事を話ながら、見えない力で鞄の中から別の物を取り出す。この取り出した物がPギアっていうんだと思うけど、パッと見ではシルクとリオリナさん…、二人が着けているものと大して変わらないような気がする。
『ええ。私のギアを親機にしてベアリングするから、音声通話も出来るはず…。ミウさんと他三人との連絡用に持っておいて』
「連絡ね。…でその三人ていうのは…」
『保安協会の代表と、エムリットとセレビィ。シードさんとは別のセレビィだけど、彼女に伝説の種族の人達との連絡役を頼んでいるわ』
別のセレビィって事は、この時代のセレビィなのかな? とりあえず私は右側のリボンでソレを受けとってから、シルクの説明を頭の中で聞く。こういう機械は使った事が無いから分からないけど、私は見よう見真似で左の前足に着けてみる。機械だから重いのかなーって思ってたけど、意外と軽くて走っても邪魔にならなさそう。シルクはどんなふうに使ってるのか分からないけど、私なら左右のリボンで画面をタッチすれば使えそうな感じだった。
「そういえば代表と繋がってる、って言ってたっけ? 」
『ええ。それから…、テトラちゃんにはもう一つ、これも渡しておくわね』
「…ブレスレット? 」
『同業者からの借り物だけど、“変色のブレスレット”、って言うらしいわ。テトラちゃんは“エアリシア”の監獄で見たと思うけど、目覚めるパワーの属性を変えれるのよ』
「目覚めるパワー…あまり聞かない技ね」
あっ、だからあの時、ドラゴンタイプじゃなくて別の属性だったんだね? シルクは私がPギアを身につけたのを確認してから、続けて別の何かを取りだす。取り出した二つのうち一つをフワフワと浮かせたままにして、ブレスレット状の何かを私に手渡してくれる。全体的に銀色で、真ん中には赤い宝石みたいな石がはめ込まれている。一瞬リングルか何かかと思ったけど、すぐに教えてくれた事でどういうものか分かった気がする。言われてみればシルクも違う属性になってた気がするから、同じ物なんだと思う。
「人によって属性が変わるもんね。…だけどシルク、私は目覚めるパワーは使わないのに、何でそれなの? 」
『それは…、リオリナさんにも関係ある事だけど、あなた達が
あなた達であることを隠すためね。…だからテトラちゃん、テトラちゃんにはムーンフォースを目覚めるパワーに変えてもらうわ。本音を言うとリオリナさんにもどれかは変えて欲しいけど…、そこまでは言わないわ』
「他人になりきるって事ね」
そういえば、私達って死んだことになってるんだっけ? 私は色違いだからすぐにバレそうだけど…。
『要はそういう事よ。…勝手に決めたけど、それで構わないかしら? 』
「うん。目覚めるパワーなら、シルクでよく知ってるから、いいよ」
技自体はムーンフォースと系統が同じだし、難易度も目覚めるパワーの方が簡単だからね。最初は何でシルクがコレを渡してきたのか分からなかったけど、言われてみれば凄く重要な事だと思う。特に私は
私って気付かれやすいから、シルクは少しでも気付かれないようにするために、目覚めるパワーを選んだんだと思う。リオリナさんはどうするのか分からないけど、技の組み合わせが変わるだけで同じ人、って気付けない事はシルクで体感した。技の難易度も目覚めるパワーの方が低いから、私はシルクの頼みに二つ返事で大きく頷いた。
続く