B11 拷問
[Side Tetra]
…。
……。
…………っ。
「…ぅっ…」
…あれ? 私って、どうなったんだっけ…? 確かシアちゃんを逃がしている間にキリキザンから情報を引き出して、その後戦闘になったんだよね…? だけどその途中で建物が崩れて…。
「…起きたか」
だけど…、ここはどこなんだろう? 何かの建物の中だとは思うけど…。“パラムタウン”の救助隊連盟の本部で戦っていた私は、いつの間にか気を失っていたらしい。今前身の痛みで意識が戻ったところだけど、隙間風とかが殆ど無いから室内なんだと思う。すると誰かが私の近くにいたらしく、その人が低い声で、意識が戻った私に話しかけてきていた。
「…痛っ…? 」
これって…、鎖? って事はもしかして…、捕まったのかな…、私って…。薄目を開けて周りを見てみると、私は小さい部屋に寝かされていて、部屋の端にはドクロッグとルンパッパがいる。私に声をかけたのはドクロッグだと思うけど、その人は腕を組んで鋭い目つきで睨んできている…。背中が痛んで思わず声を出しちゃったけど、
蹲る時に謎の重さと一緒にジャラジャラと金属が擦れる音がしていた。さっきから足首とリボンがヒリヒリしてるからそんな気はしてたけど、私は六ヶ所を鎖で繋がれていると思う。何とか立ち上がる事は出来たけど、リボンの方だけは鎖の重さと痛みで浮かせる事は出来なかった。
「…ここは…、どこなの? 牢獄って事は…、見ればわかるけど…」
「理解が早くて助かる。…そうだ、ここは貴様の言う通り、牢獄だ」
「まぁ捕虜のキミに答える義理なんてないんだけどさー」
「…そうだと思ったよ。…それで、あんた達は私を捕まえて何がしたいの? 」
どうせシアちゃんの事だと思うけど…。分かりきってる事だけど、私は自分が置かれている状況を知るためにも敢えてこう訊ねてみる。不安と言えば不安だけど、その事を表に出すと何をされるか分からないから、わざと声のトーンを低くして…。するとドクロッグは小さく鼻で笑うと、抑揚のない声で淡々と答えてくる。だけどそんなシリアスな空気が、ルンパッパのおどけた声で音をあげて崩れ落ちてしまっていた。
「…毒突き」
「…っ! 」
「捕虜の分際で、無駄口を叩くな。貴様は“導かれし者”の居場所を言うだけでいい」
やっぱり、そうだと思ったよ。私がこう訊ねた途端、ドクロッグは急に私に迫ってくる。鎖で繋がれているから身動きが執れないけど、私の首元に添えられた手刀には毒々しい紫色の何かが纏わりついている…。眉間にしわを寄せたこの人の表情ですぐにわかるけど、余計な事をすると私の首が飛ぶ…、多分そう言いたいんだと思う。本当にその通りらしく、私から利き出したい事だけを、短い言葉で私に訊いてきていた。だけど私は…。
「“導かれし者”? 何のことかさっぱり分からないんだけど」
シアちゃんの事を敵に売る事になるから、意地でも言わないと心に決める。相手を挑発するように強気で答え、シアちゃんの事を知らない、って嘘をつく。
「大体女一人に男二人がかりって、あんた達はそんなに私をいたぶりた…っあぁっ! 」
「俺の質問にだけ答えろ! 答えれば命だけは助けてやる」
くぅっ…! 私から知りたい事を引き出せないと分かると、ドクロッグは私の首元に添えている右手を素早く左から右に振り抜く。脅しのつもりで発動させてたんだと思うけど、指先が私の首元に引っかかり、その部分に切り傷を残す。それもそれなりに深く入り込んだらしく、真っ赤な血が患部から滲み出てくる…。幸い毒状態にはならなかったけど、弱った私にとって弱点属性はかなり堪える。若干イラついた様子のドクロッグは、荒々しく声をあげながら更に私を問い詰めようとしてきた。
「…こんな事でしか聞き出せないなんて…、私も舐められたものだね…。もし知ってても、あんた達なんかに…」
「つべこべ言わず答えろ! 」
「っきゃぁっ…っ! 」
それでも私は動じず、そのままの口調で言い放つ。少し頭に血が上って来たせいで首元からの出血量が増えてきたけど、シアちゃんの事を言うぐらいなら、ボロボロに斬り刻まれる方がマシ…。それに拷問に耐えれる自信はあるから、私は一切耳を貸さずに黙秘を続ける…。だけど私の態度が相当頭にきているのか、ドクロッグは毒突きを発動させたままの右手で、私の左のほっぺを平手打ちにする…。今度は加減なしに叩いてきたらしく、私は堪えきれずに壁の方まで叩きをばされてしまった。
「へぇー、あんたも容赦ないねー! 流石デアナの殺し屋ときたもんだ。この手の事は慣れてるんだろうねー! 」
「お前は黙ってろ! 気が散る! 」
「はいはい」
「っぐぅっ…! 」
「さっきも言ったはずだ、言えば命だけは助けると」
「…だから…、何なの? どうせあんた達は…、聞くだけ聞いたら…、私を肉塊にして…、殺すつもり…、なんでしょ…? 」
「さぁな、それは貴様次第だ」
…っ、内臓…、やられたかな…。壁に叩きつけられた私は、頭を鷲掴みにされて壁に押し付けられる。更に空いた右手で思いっきりお腹を殴られ、サンドバッグのように何度も痛めつけられる…。そのせいで体の中のどこかが傷ついたらしく、咳と一緒に吐血…。多分口元から赤い線がツーと引かれはじめた。
「…っでも、っあんた達…、っなんかに…」
「…交代だ」
「ちっ…」
…流石に…、これは…、キツイかも…。九回肋の辺りを殴られたぐらいで、コンコンと部屋の外から音が聞こえてくる。すると私を押さえつけていたドクロッグは左手を離し、冷ややかな目で音がした方に目を向ける。小さく舌打ちをすると私に背を向け、荒々しく扉らしき方へと歩いていく。このドクロッグとペアだったのか、薄ら笑いを浮かべていたルンパッパも、その人に続いて部屋を出ていった。
「ほぅ、デアナか何かしらねぇーが、随分派手にやったじゃねぇーか」
「……」
入れ替わるように入ってきたのは、大柄なブーバーンと、黒縁の眼鏡をかけたエーフィ…。エーフィといえばシルクだけど、眼鏡をかけてるし白衣も着てないから別人だと思う。それにシルクなら血まみれでも私って気付くはずだし、ボロボロの私を見て無表情でいるはずがない。ズカズカと入ってきたブーバーンの後ろを、無口でついてきてるけど…。
「…誰が来ても…、無駄だって…、分からないの…? 」
「さっきの奴が無能だっただけだろぅ? まぁ俺様にかかりゃあ一発だからなぁ! 」
今度の尋問官、やけに喋るね…。若干貧血気味になってきたから倒れたまま見ていたけど、耳にキーンとくるぐらいの大声で、切れ切れに喋る私にこう語りかけてくる。相変わらずエーフィは無表情だけど、声的に彼は眉を吊り上げながらベラベラと喋り通す。小さい部屋で喋られてるからそれだけでも頭が痛くなりそうだけど、正直言って血が足りなくてそれどころじゃないと思う。私の血で赤く染まってるから凄く気持ち悪いけど、意識が朦朧とし始めた私に、答える気力は…。
「まぁいいか。…確かフォスと言ったな? 」
「……」
「挨拶代わりにお前の魔術をお見舞いしてやれ」
「……」
…流石に今度は…、耐えられないかも…。…このまま私…、こんな所で…、死ぬのかな…? ブーバーンはボロボロの私から目を逸らすと、付き添っているエーフィに対して声をかける。それでもエーフィは何も反応しないけど、ブーバーンが二言目を言い切ると、エーフィは小さく、こくりと頷く。表情を変えずに口を開け、そこにエネルギーを溜め始めたから、ここで私はある一文字を悟る。意識も朦朧としてきて出血量も多いから、とてもじゃないけど耐えられない、自分でも驚くぐらい冷静にそう感じる。そうこうしている間に薄茶色い球体が出来、尋問対象の私に向けて…。
「っぐぁぁっ…! 」
「……えっ…? 」
このまま私に命中し、五千年後の世界で最期を迎える、私はてっきりそうなるかと思っていた。だけどエーフィが薄茶色の球体を命中させたのは、血まみれの私じゃなくて、となりにいるブーバーン。溜めきった一瞬でくるりと向きを変え、何のためらいもなく額に命中…。急所に当たったらしく、ブーバーンは訳が分からないまま意識を手放し、バタリと床に倒れ込んでしまった。
「なっ…、何が…」
『…まさかとは思ったけど、これもいい機会かもしれないわね』
「えっ…、嘘…でしょ…」
なっ、何でこんな所にいるの? 死を悟った私も当然訳が分からず、思わず声をあげてしまう。エーフィは相変わらず無表情でブーバーンに目を向けていたけど、その瞬間、急に別の声が私の頭の中に響いてきた。この声がテレパシーってすぐに分かったけど、なじみのあり過ぎる…、それもここにいるはずのない人の声だったから、貧血状態の私は訳が分からなくなってしまう。だけどその声で誰なのかすぐに分かったから、若干覚醒しかけた意識で、その人の名前を口にした。
「何でシルクが…、こんな所に…」
『私も驚いてるけど、任務中ってところね』
「だっだけどシル…」
『その名前では呼ばないで。私の正体がバレルから』
「正体…、って…、どういう…」
『さっきも聴いた通り、私は今“フォス”という傭兵のエーフィとして潜入してるわ』
せっ、潜入って、どういうこと? その声の主、行方不明になっているシルクは、口を動かさずに淡々と教えてくれる。だけどいつもの明るい、頼れるシルクとは違って、表情も暗くて覇気が全然ない。よく見たら“絆の従者の証”を着けてるけど、シルクじゃない別人に見えるぐらい、いつものシルクとかけ離れてる…。無表情からホッとしたような顔になってるけど、違いすぎるから…。
「潜…、入…? 」
『そうよ』
「だけどシ…、意識不明の重体で動けないんじゃ…、なかったの…? 」
『ええ、本来ならね。…だけど薬で体を騙して、何とか動けてる状態ね…』
「じゃあ何で…、敵の仲間に…、なんか…」
『さっきも言ったけど、潜入してるわ。それにもう一人仲間がいて、保安協会の代表からも極秘で協力してもらってるわ』
そっ、そんなに偉い人に…? いつもとは違うシルクは、私に背を向けながら語ってくれる。…確かに無理してでも行動してるからシルクらしいけど、敵…、それも“救助隊連盟”を襲った人たちに手を貸してるなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。だけどすぐに補足を入れてくれたから、シルクそうじゃないって気付かせてくれた。それもシルク本人の言葉、それと主要機関の代表にも認めてもらってるらしいから、異様に説得力があるような気がした。
「極秘で…? 」
『ええ。私の捜索願が出されてたみたいだけど、代表に極秘事項として口止めしてもらってるわ。…そんな事より、テトラちゃん、ここからあなたを逃がしてあげる』
「ここから…? 」
シルクは、無言でこくりと頷く。
『…だけど、ここは敵の本拠地のど真ん中…、監獄として使われてる、元“エアリシア”のギルド。監視の目も多いから、残念だけど普通には抜け出せないわ…』
ぎっ、ギルドなの、ここって? だっだけどどうやって抜け出せばいいの?
「じゃあ…、どうやって…」
『…テトラちゃんにはしたくないけど、よく聞いて』
「うん。…私は、何をすればいいの? 」
『そうね…、簡潔に言うなら、テトラちゃんには
逃げるために死んでもらうわ』
「しっ…、死ぬって…」
『死ぬって言ったけど、薬で仮死状態になるだけ…。生命維持できるギリギリの時間心臓を止めて、“死”を偽造するだけだから…。…心臓が止まる時間は、中和剤が作用して解毒し終わるまでの五時間。その間にもう一人の仲間のテレポートで脱出して、テトラちゃん、それから私も、敵側の認識では死んだことになる…』
しっ、心臓を止めるって、そんな事が出来るの…? だけどそれって…。シルクは作戦を伝えてくれたけど、それはとてもじゃないけど信じられないものだった。何故ならその内容は、文字通り死ぬ、それが必要不可欠だったから…。逃げるために死ぬって矛盾してる気がするけど、シルクがそこまで言うなら、そのぐらい余裕がないって言事なのかもしれない。
「…何となく分かったけど…、その仲間とは…、どうやって合流するの…? 」
『そこは心配しないで。今も任務中で要人を救出してる最中だから…。それに私達も、保安協会側からのスパイとして敵の情報を集め終わってる。だから、私達も脱出するいい口述になる。だから…』
「…分かった。シルクがそう言うなら…、お願い」
死ぬのは怖いけど…、シルクが大丈夫って言ってくれてるから、何とかなる…、よね?
『…無理強いするようで申し訳ないけど、決心出来たようね? 』
「…うん」
『じゃあ…、始めるわね』
思いつめたような感じのシルクは、私が頷くと提げている鞄の中を漁り始める。サイコキネシスで浮かせていると思うけど、そこから黒い液体と白濁した液体…、二種類の小瓶を取り出す。それと一緒に新品の注射器も取り出して、針を白い方の瓶の蓋に突き刺す。シリンジを引いて中を白い液体で満たし…。
「うん…。くっ…」
私の右前足に注射する。チクッとして痛かったけど…。
「……―っ! 」
「…シルク、何をしてるの…? 」
『偽造工作、ってところかしら? 』
シルクは白い液体を私に注射しながら、同時に口元に技を準備する。さっきは分からなかったけど、多分シルクは目覚めるパワーを発動させたんだと思う。…だけどその色は、シルクの属性の暗青色じゃなくて、土を思い出させるような薄茶色…。それを何発も壁に向けて撃ちだし、わざと小さい部屋の中を荒らし始めていた。
ある程度派手な音と共に破壊すると、シルクは…。
『…テトラちゃん、これを飲んで』
「うん。これを飲んだら、私は“死”ぬんだよね? 」
『ええ』
傍に置いていた黒い液体を、小瓶ごと私に手渡す。これが毒なのか中和剤なのか…、どっちか分からないけど、これを飲んだら、作戦通りに事が進むんだと思う。薄茶色い宝石が填められたブレスレットを着けた右前足で渡してくれたそれには蓋が外されてたから、あとは私が一気に飲み干すだけ…。説明してもらったから分かってはいるけど、簡単なその事が凄く怖くもあった。…だけど私は、一度深呼吸をしてから、渡してくれた小瓶を口で咥える。ピンと張った鎖で繋がれてるから動けないけど、こうすればリボンを使わなくても飲むことが出来る…。
「…じゃあ、シルク」
私の事は、頼んだよ…。心配そうに私を待つシルクを目に焼き付けてから、私は一思いに上を向く。すると黒い液体が口、喉へと流れ込んできて…。
「っ…、ぁっ…、っあぁ…っ…」
私の体内へと、侵入してくる。すると私は、文字通り心臓を握りつぶされたような…、尋常じゃない痛みに…、襲われる…。だから多分、シルクの毒薬が…、私の心臓に…、
作用し…、
はじめ
たんだ…
と、思う…。
そのまま私は…
心臓の痛みに…
苦しみながら…
視界が…
暗転して…
いくのを…
続く