B10 黄央の戦い
[Side Light]
「なっ、何なの? 」
「“空現の穴”だよ! シオンさん、飛…」
「嘘でしょ? キノト君! 」
「シオンちゃん…! 」
えっ、なっ、何? あれってマズくない? “伍黄の孤島”の奥地まで来れたけど、この場所で予想外の事が起きてしまう。イワンコのキノト君とオオスバメのシオンちゃんが真ん中の祭壇を調べていたけど、何の前触れもなく、白い渦が出現する。いち早く気付いたシャトレアさんが声をあげていたけど、一瞬の事で反応が遅れてしまう。わたしはすぐに飛んで助けに行こうとしたけど、加速し始めたところで、二人は渦の中に引き込まれてしまった。
「あっ、あれはもしかして、“次元の狭間”? でも色が…」
「でっ、ですよね? 」
アーシアちゃんとシルクからしか聞いた事が無いけど、アレに触れると姿も真っ黒になって、自我が完全に無くなるんだよね? わたしと同じで駆け寄ろうとしていたフィリアさんは、例の渦をみて声を荒らげる。空中で急ブレーキをかけて止まったわたしよりもよく知っているはずだから、グレイシアの彼女は完全に取り乱してしまってる…。わたし自身は見るのは初めてだけど、“次元の狭間”の危険性は親友達から聞いてるから理解してるつもり…。だけど聞いていた特徴と少し違うから、わたし達二人は揃ってお互いの顔を見合わせあってしまっていた。
「それが何なのか分からないけど、あの渦が船で話した“空現の穴”。あの穴に吸い込まれたら、多分違う世界に飛ばされる…。ウォルタ君に訊けば分かるはずだけど、多分キノト君達…、“月の次元”っていう異世界に飛ばされちゃってると思う」
「異世界に? ていうことはまさか、“導かれし者”達がいた世界…」
「私達の世界と対になる世界、だと思う」
「って事は、違うの? 」
つっ、対になる世界って、どういう事なの? アーシアちゃん達が元々いた世界じゃないの? わたしはてっきりアーシアちゃんと同じかと思っていたけど、多分それとは違うと思う。フィリアさんもわたしと同じ事を思ってるかもしれないけど、シャトレアさんはううん、っていう感じで首を横にふっていた。わたしも時代が違うっていう意味でも異世界になるけど、アーシアちゃんがいた世界はココとはもっと違う、って言ってた。…だけど対になる世界、って言われてもいまいちピンとこない…。だから思わず、わたしは説明してくれたシャトレアさんに訊き返してしまった。
「うん。導かれし…、何とかっていうのも異世界のうちの一つだけど、そこには人げ…」
「
―――ッ! 」
「ひゃっ…! こっ、今度は何? 」
「うっ、嘘よね? 反応無かったのに…」
いっ、一体何が起きたの?シャトレアさんはわたし達に何かを話そうとしてくれていたけど、それは急に聞こえてきた絶叫にかき消されてしまう。聞こえてきた場所が近くて耳がキンキンしてきたけど、近すぎるからその声の主がすぐに分かった。その声の発生源は、わたしの視界では左の方…。フィリアさんとシャトレアさんにとっては正面になるけど、祠の近くに出来た、シオンちゃんとキノト君が吸い込まれた白い渦…。そこからいきなり黒くて大きな
何かが出てきて、その場にずっしりと着地する。わたしは浮遊してるから何ともないけど、四足の二人はあまりの振動の大きさで足をとられそうになっていた。
「フィリアさん、あれは何なの? 」
「分からないわ! だから今調べて…」
「ううん、アレはフィリアさんが思ってる“闇に捕らわれし者”じゃない。吸い込まれたキノト君達じゃないから安心して! 」
「え…、違うって…」
「アレが船で話した異世界の種族…、“ビースト”だよ! 」
あっ、あれが? 正面からだと見にくいから左を向いたけど、右目で見た限りでは、あんな種族は見た事が無い。正確な大きさは分からないけど、多分あの生き物は五メートル以上の高さはあると思う。全体的に黒寄りの紺で、口なのかお腹なのか分からない大きな穴? の周りは明るい黄色をしている。その穴からは二本の触手? 手?みたいなものが伸びて、余計に化け物っぽさが出てる気がする。
「あれが? 」
「うん。あれとは別の個体だったけど、“チカラ”を暴走させたウォルタ君がやっと倒せる強さだった」
「ウォルタ君が? 私は見た事ないけど、暴走したウォルタ君でギリギリって…」
普通に闘っても十分強いはずなのに、それ以上ってどういうこと? だっ、だけど…。昨日“ビースト”と戦ったらしいシャトレアさんは凄く分かりやすく伝えてくれたけど、その度合いはわたしが思っている以上…。“チカラ”を暴走させた時の威力の異常さは十分に知ってるけど、それと同等になると気が滅入りそうになる。ただでさえ左目が見えなくなってからは十分に闘ってないのに、そんな強さの敵が相手となると倒せる自信がない…。…だけどそのウォルタ君に頼まれてきてる以上は、わたし達…、じゃなくて
わたし以外倒せる人が誰もいない…。思わず言葉を失ってしまったけど、わたしは…。
「…だけど、わたし達がやるしか、ないよね? 」
「ええ」
「うん! キノト君達も助けないといけないしね」
気持ちを切り替えるためにも、右目でふたりを見て、こう言い切る。フィリアさんにシャトレアさんもそう思ってくれてるみたいだから、すぐに二人とも首を縦にふってくれた。
「だから…、フィリアさん? フィリアさんは“ビースト”の分析の方をしてくれる? 」
「こんな体じゃあそれぐらいしか出来ないから、そのつもりよ」
「ありがとうございます。シャトレアさんは、自分のペースで戦って! わたしがあわせるから」
「分かったよ」
ティルとテトラがいないからメガ進化は出来ないけど、上手く戦えば…! フィリアさんが戦えれば言う事はないけど、闘えないから、わたしは手短に配役を二人に伝える。喘息を患ってるフィリアに無理をさせる訳にはいかないから、とりあえず彼女には相手の技とか傾向とか…、そういうものの分析をしてもらう。それからシャトレアさんには前衛を任せて、結果的に囮役を買って出てもらうつもり。“加護”を使えるから、“代償”次第でどうなるか分からないけど、回復の事に関しては問題ないと思う。
「じゃあ…、いくよ! 」
「ええ! 」
「うん! “我が志に、希望あれ”! 」
「ミストボール! 」
ちゃんとわたしが言いたかった事、伝わったみたいだね。討伐対象を視界の左端で見るように向き直ってから、わたしは二人にこう声をかける。するとフィリアさんは大きく頷き、様子を見るために後ろの方に下がってくれる。シャトレアさんは逆にわたしの前に出て、多分意識レベルを高めながら発動のきっかけになる文句を唱えあげる。するとわたし、シャトレアさん、多分フィリアさんにも赤い光が一瞬纏わりつき、すぐに弾ける。“志の加護”が付与されるのを待ってから、わたしは黒い巨体に向けて三発の白い球体を解き放った。
「ッ? 」
「“赤兌の祭壇”で戦えなかったから、ここで思う存分いかせてもらうよ! アクアテール! 」
「竜の波動! 」
向こうもわたし達を敵と認識したみたいだね? 牽制用に放った三発の球体は、黒い巨体の右、左、真上の三ヶ所を通り抜ける。祭壇を背にして向き直らせるように放ったから、相手は大きな口? をわたし達の方に向ける。この間にシャトレアさんが一気に駆け抜け、通った経路に目の赤い残像を残す。四メートル手前で急ブレーキをかけ、左に跳びながら尻尾に水を纏わせていた。
これに合わせてわたしも行動を開始し、シャトレアさんとは逆方向に横移動する。三メートルの高さを維持したまま喉元にエネルギーを溜め、そこに竜の属性を付与する。丁度今シャトレアさんが敵の横側を狙って駆け始めたから、わたしも相手の右側からブレスを放つ。鈍重そうな動きで左右のわたし達に目をやってるから、攪乱す…
「シャトレアちゃん、避けて! 」
「G%_…
Z」
「えっ…っくぅっ! 」
『シャトレアさん! 』
あっ、あんな動きが? わたしの暗青色のブレスは、無防備な右側に命中する。…だけど見た感じあまり堪えている様子はなく、寧ろ相手にされて無さそうな感じだった。その代わりに巨体は、近くで跳びかかろうとしているシャトレアさんに狙いを定め、穴から伸びてる右側の触手を力任せに振り下ろす。巨体に隠れて見えないけど、フィリアさんが注意を促してくれているから、命中する位置なんだと思う。だからわたしは少しでも気を逸らさせるためにも、吹き出しているブレスの威力を強めた。
「格闘技…、掠っただけでこんな威力なんて…。でも、ここでやられるわたしじゃないよ! 」
『シャトレアさん、大丈夫? 』
「尻尾が痺れてるけど、平気。寧ろこれぐらい強くないと、闘ってても楽しくないよ! …猫の手、アイアンテール! 」
「ミストボール! 」
痺れてるなら、アイアンテールは使わない方が良いと思うんだけど…。相手の背後に移動しながらブレスを放ち続けていると、相手の足元辺りでシャトレアさんが立ちあがっているのが見えた。あの様子だと相討ちになったらしく、ほんの少しだけシャトレアさんがふらついているように見えた。それでもシャトレアさんは技を発動させ、距離をとらずに尻尾で敵の足元を薙ぎ払う。だけど今度は赤い残像が残らず、鈍い音が黄色い土壌に響いただけ…。正確に相手の左足に命中していたけど、相当重さがあるらしく、相手はピクリとも動いていなかった。
この間にわたしは一度ブレスを放つのをやめ、シャトレアさんの斜め後ろぐらいに移動する。多分相手とは五メートルぐらいの距離があると思うけど、更に後ろに飛び下がりながら白い弾丸を六発連続で解き放つ。巨体自体も何かの技の準備をしているように見えたから、すぐにかわせるように…。
「思念の頭突き! 」
「BKWES”K0X”、&+IFGTY! 」
「嘘、外れた? まっ、まさか、悪タイプ? 」
「かもしれないよ! …ワイルドボルト! 」
ちゃんと当たるように真っ直ぐ放ったから、確かに六発とも相手に命中した。…したはずだけど、高度を上げながら見てみたら、わたしが放った六発は巨体を通り抜け、反対側の地面を捉えていた。同じタイミングで突っ込んでいたシャトレアさんの重撃も、ただぶつかっただけの様な感じで、ダメージは殆ど入っていないと思う。すぐに姿を変えて電気を纏っていたけど…。
「G%_! …
Z$…! 」
「今度は通った! 」
サクラビスに姿を変えたシャトレアさんは、跳ねるようにして相手の触手の攻撃をかいくぐる。息を止めているみたいだから口数は少ないけど、それでも何とか頭突きと同じ場所に攻撃を命中させる。ぶつかった瞬間雷光が走ったから、電気タイプの攻撃としても成功したんだと思う。反動で跳び下がりながら姿を戻して、サイドステップで背後をとりながらこう声をあげていた。
「ライトちゃん、シャトレアちゃん、相手の事が分かったわ」
「ほっ、本当に? 」
「ええ。“ビースト”の属性は悪、ドラゴンタイプ。体力はエラーが出て測れなかったけど、それ以外はそれほどでもないわ! 」
「冷凍ビーム! 」
『って事は、これで攻め続けたら…』
「勝てるね! アクアテール! 」
遠距離技は使ってこないみたいだから、わたしが攻撃し続ければ倒せそうだね! 五メートルの距離を維持しながらエネルギーレベルを高めていると、少し離れたところからフィリアさんの声が聞こえてくる。知らせてくれたって事は調べ終わったって事だから、わたしは相手への警戒を逸らさないように注意しながら聴き耳をたてる。右目で見た感じだとシャトレアさんは距離をとったみたいだけど、わたしは凍てつくブレスを敵の周りを飛びながら解き放つ。テレパシーで返事しながら威力を強め、触手を中心に凍らせていくことにした。
「H$
Z…、A)BJT…S…! 」
「竜の波動! 」
『シャトレアさん、そのままアクアテールで濡らし続けて! 』
「うん! 凍らせるつもりなんだよね? 」
本当に効いてるみたいだね。フィリアさんが教えてくれた通り、わたしのブレスを嫌がっているように見える気がする。その影響もあるのかもしれないけど、捨て身で突っ込んだシャトレアさんの衝撃で、巨体の体勢が一瞬崩れたような気がする。そうと分かったら、わたしもエネルギーを温存して戦う理由はない。口の中が凍るから技を変えないといけないから、全く凍っていない左側には竜のブレスを照射する事にした。
『そうだよ! 』
「…?X”0L…UYQ”)…! 」
「アクアテーぇ…っ! 」
「シャトレアさん! …癒しの波動! 」
まっ、まだ動けるの? 結構な時間弱点属性で攻撃し続けているはずなのに、黒い巨体はまだ倒れそうにない。何とかふらつく程度には削れてきてるとは思うけど、フィリアさんが教えてくれた通り、相手の体力には異常があるのかもしれない。…だけどこんな事を考えていたから、シャトレアさんに降りかかる左の重い一撃に気付くのが遅れてしまう。彼女は丁度水を纏った尻尾を叩きつけようとしていたところだったから、かわしきれずにまともに食らってしまっていた。
こんな状況を目の当たりにしたわたしは、考えるより早く行動する。吹き出していた暗青色の発動を止め、すぐにシャトレアさんの後ろに回り込む。相手の右側の触手は凍って動かせないはずだから、その間にわたしは手元にエネルギーを蓄える。このエネルギーに祈りのイメージを乗せ、白い光として具現化させる。その後相手の足元で痛みに耐えているシャトレアさんを正面…、わたしにとっては視界の左端に捉え、巨体の足に当てないように注意しながら解き放った。
「…っ? あれ、痛みが…」
「話はいいから、今は目の前の敵に集中して! 」
「A
Z…、TE”H…T…」
「うっ…、うん! 」
「冷凍ビーム! 」
ダンジョンの時からそうだったけど、本当に経験が浅いみたいだね…。狙い通り回復技を命中させれたから、シャトレアさんはわたしの暖かな光に包まれる。シルクとウォルタ君は回復が出来ないから心配だったけど、この様子だとシャトレアさんにそういう“代償”は無いのかもしれない。…だけど急に痛みが引いて首を傾げてしまっているから、わたしは語尾を強めて彼女に言い放つ。幸い右半身が凍って動けないみたいだから、言うだけ言ってわたしは凍ってない左側にも攻撃を加えていった。
「…そうだよね? アクアテール! 」
「…JR”E…。…<OE0…、TE>E…」
「…! 狙いを変えてきたみたいだね」
だけど、左目が見えなくてもそう簡単にはやられはしないよ!
「えっ、ライトさん? 」
ここまで凍らせれたら、わたしだけでも行けそうだね。だから…! わたしが右から攻撃している間に立て直してくれたらしく、シャトレアさんは水の尾撃での連撃を再開してくれる。…だけどふらついているとはいえ相手は、シャトレアさんを気にしている様子は無さそう。右目で見た限りでは飛び回るわたしを追ってるみたいだから、狙いを変えたのかもしれない。だけどわたしは構わず…、むしろ迎え撃つような感じで、次の行動に移る事にした。
黒い巨体は四メートルの高さを滑空するわたしを狙い、暗青色のオーラを纏わせた右の触手を振り上げてくる。丁度わたしが通り過ぎる経路上だと思うけど、正直言ってあとどのぐらい距離に余裕があるのか分からない。だからわたしは早めに回避行動に移り、時計回りにきりもみ回転をする。タイミングがズレて左翼が掠ったけど、このぐらいなら何とか我慢は出来る。そのままの勢いでわたしは三メートルぐらいまで高度を落とし、攻撃を外した相手の周りをひたすらに飛び回り続ける。攪乱も兼ねて飛んでいる間に俯き、後頭部辺りで縛っている左目の包帯を解く。そのうちの一端だけを左手で持って…。
「U
Z…」
「手負いを狙うのは正解だけど、相手を間違えたね? 」
白い包帯で黒い巨体を拘束する。右側の触手も巻き込む様に縛ったから、布製の包帯とはいえ十分に動かす事は出来なくなったと思う。縛り終えたわたしは敵の背後から迂回しるように、正面に回り込み…。
「これで決める…。…冷凍ビーム! 」
頭頂部らしき部分を狙い、ありったけのエネルギーを費やした氷のブレスを照射した。すると…。
「…F”TU…、&+T”…、’””+>…、SF…」
揺らいでいた巨体は大きく体勢を崩し、背中から豪快に倒れる。
「…っ、倒れた…、のかな? 」
「そのようね。…渦も、消えたけど…」
今までにない規模でで黄色い地面が揺れ、地上にいるシャトレアさんとフィリアさんを竦ませる。…かと思うと黒い巨体は、まるで霧にでもなるみたに雲散する。これが合図になったかのように、巨体の真下にあった白い渦も姿を消してしまった。
つづく