B5 声無き者の決断
[Side Unknown]
「………」
…っくぅっ…。…ここは…? 確か穴に落ちて…、ダンジョンで戦ってた筈よね…? ひとりダンジョンに迷い込んだ私は、その地で無数の野生と戦っていた。…だけど私はいつの間にか意識を失っていたらしく、気付くと身に覚えのない感覚が体中にあった。意識を失くす前は地底のダンジョンにいたはずなのに、目を瞑ったままの今は布みたいな何かに包まれている…。横向きに寝かされているらしく、下になっている右側は凄く柔らかい。それに今気づいたけど、口から空気が送られていて、無意識にでも呼吸が出来るような状態にされている…。
「……? 」
ここって…、部屋…? 暗くてよく見えないけど…。意味が分からないまま、私はひとまず閉じていた目を開けてみる。だけど今は日が暮れているのか、一面が黒で染め上げられている。辛うじて何かの輪郭ぐらいは見えるから、私はそれだけで今いる場所を判断する。どのぐらいの広さかは分からなけど、多分八畳ぐらいの病室? かしら…? だとしたら、私が寝かされているのはベッドの上。一定間隔で空気が送り込まれてるから、人工呼吸器をつけられているんだと思う。
「……、………」
そうなると…、私って入院させられてるのかもしれないわね…。だけど…。まだまだ視界がハッキリしないけど、私は何とか自分が置かれている状況を知る事ができた。…今体の感覚が戻ってきたけど、何か体中に何かが圧し掛かっているような…、凄く重い感じがする。寝かされてるから毛布だけのはずだから、この重さは多分、私自身の体にかかっているもの…。そうなると多分、ダンジョンでのダメージが響いてしまっているのかもしれない。…だとしたら私は、人工呼吸器を着けられているぐらいだから、相当重傷って事になる。
…今思い出したけど、昏睡? していた時、誰かが私の傍で話していたような気がする。多分私がよく知っている誰かだと思うけど、そのひと達がメインで調査を始める、っていう内容だったと思う。調査となると、
あの事と
あの事の事…。あの声の持ち主なら、多分これであっていると思う。…だけどその中に一つ、私が知らない事があった。断片的にしか覚えてないけど、エアリシアに何かがあった…。この事は私は知らない。エアリシアといえば、彼女の故郷…。…それにこの事に関して、一緒にいた誰かが、私と彼女には言うな、って言っていたような気もする…。多分その人は私と彼女の事を気遣って言ったんだと思うけど…。
「……っ…」
こんな状態だけど…、そうも言ってられなさそうね…。…けど、絶対に止められるわね…。身の回りの事も思い出せた私は、何とかしたい、手を貸したい、そういう思いに強く駆られてくる。だけど今の私では、病院の人達、それから私の大切な人達が絶対に許してくれないと思う。よく考えたら当たり前だけど、多分外傷は無いとはいえ、私は生死の境を彷徨ったばかり…。それにさっき軽く前足を動かしてみたけど、眠っていたせいか動きが少し重い。…だけど身動きだけは、何とか執れそうな気がする…。
「……」
…ん? 試しにもう少し大きく動かしてみると、私の予想に反して思うように動いてくれた。とりあえず意識は戻ったから、私は自力で人工呼吸器を外す。ゴムバンドで後頭部にかけて固定されてるみたいだから、私は口元の呼吸器をベッドに押さえつける。動くようになった前足でそれを押さえ、下を向くようにすることで取り外せた。
「……、…、………」
少し息苦しいけど、走ったりしなければ大丈夫そうね…。…だけど、これって…。バンドも外して息を深く吸ってみると、体が弱っているせいか吹い辛かった。だけど普通に歩く分には問題なさそうだから、ひとまず動く事は出来ると思う。…だけど外す時に私は、ハッキリしない視界で何かの陰を捉える。暗くて誰なのか分からないけど、ベッドに突っ伏すような感じで熟睡していそうな感じだった。
「………」
技の方は…、問題なく発動できるようね…。そのまま私は、確認のためにサイコキネシスを発動してみる。こんな状態だからダメ元だったけど、いつのような感じで発動させることが出来た。枕に技をかけて浮かすことができたから、多分問題ない。その間に寝返りをうって伏せるような体勢になれたから、動き出そうと思えば動けると思う。
「…、……」
だけど…、ここで私が動こうとすると、主治医の先生とみんなに止められる。その代わりに、今私…、皆の周りで置かれている状況に目を瞑る事になる…。…けど本音を言うと、私にはそれが出来そうにない。こういう性格だ、って言われるとそれまでだけど、片足を突っ込んだ以上は無視できない。だから…。
「………っ! 」
皆には心配かけるけど、抜け出そう…! 暗い部屋の中で考え込んだ私は、敢えて過酷な方の選択肢を選ぶ。病院を抜け出す事の意味は十分分かっているつもりだけど、それだと心の奥で悔いが残りそうな気がする。…だから私は、ずっと寄り添ってくれていた誰かを起さないように注意しながら、そーっと毛布から抜け出す。その時にハッキリしない視界で鞄を探し、すぐにそれに技をかける。暗くて未だによく見えないけど、窓から入る月明かりのお蔭で多少はマシになってる気がする。そのまま私は浮かせた鞄を首から提げ…。
「……、……」
月光が差し込む窓をゆっくりと開ける。幸い風は無さそうだから、多分これで起きる事は無いと思う。少し重い体を引きずりながらベッドを降り、足音を忍ばせて窓際へと歩いていく。そして…。
「……! 」
後ろ足で床を思いっきり蹴り、何階か分からないけど白衣の裾を靡かせて夜の街に跳び出した。…だけどこのままだと自殺するようなものだから、咄嗟に超能力を発動させる。技の性質上自分を対象にはできないから、提げている鞄を見えない力で拘束する。鞄本体の部分が私の下に来るようにして、私自身はその上でしがみつく。上手く力が入らないけど、三階ぐらいの高さだと思うから、ギリギリ間に合うと思う。
「……」
…何とか、抜け出せたわね。…でも、これからどうしようかしら…? 船ももう最終便が出た後のような時間だと思うし…。慣れない事だから時間はかかったけど、何とか病院からは抜け出せたと思う。…だけど抜け出す事しか考えていなかった私は、この時点ですぐに行き詰ってしまう。初めは最終便に乗って何処かに行こうかと思ったけど、街自体が暗いから営業は終わっている…。それならって事でどこかに泊まる事も考えたけど、それだと明日の朝にはすぐ見つかる気がする。
「……―…」
…あら? そういえば…。ここで私は、ふとある事に気付く。それは…、私の目があまりよく見えてない、ていう事…。暗くて見にくいだけかもしれないけど、その割には暗さに目が慣れるのが遅い気がする。見え方もいまいちハッキリしてなくて、水の中で目を開けたような感じ…。目の前が凄くぼやけていて、月明かりに照らされているはずの建物が霞んで見える。それも辛うじて輪郭が分か…。
「…ん? こんな時間に人がおるなんて珍しいね」
「…! 」
だっ、誰? まっ、まさか、もう脱走したのがバレて…。眼がおかしい事に気付き、私はまばたきをしたり目を凝らしたりしてみる…。だけどその事を意識し過ぎたせいで、後ろから来てた誰かに気付くことが出来なかった。あまりに急に話しかけられたから、声は出てないけど私は思わず驚きでとびあがってしまった。
「こんな時間におるって事は…、もしかして君って、どっかから来たばっかとちゃう? 」
『えっ? ええ…』
「やっぱそうやと思ったで」
驚きながらも後ろに振りかえると、そこには私ぐらいの背丈の誰か…。四足の種族で男のひとだとは思うけど、多分そのひとは私の事を興味深そうに見ながら、目の前の私に問いかけてきていた。
それに私は、戸惑いながらもこくりと頷く。ダメ元で彼の頭の中に直接語りかけてみたけど、この感じだと多分伝わっていると思う。私の返事で満足したのか、かなり訛った…、親友のひとりと似た話し方で、彼は声をあげていた。
「…にしてもこんな時間に外におるって事は、宿をとれへんかった感じやな? 」
『そっ、そうなるわね。そうなると、あなたは…』
「僕はこの街に住んどるで、まぁダンジョンの帰りって感じやな」
『ダンジョンから…? …っていう事はもしかして、あなたは何かのチー…』
「ううん、僕はそういうのやなくて、化学者やな。あんま聞かへん職ぎ…」
『かっ、化学者? まっ、まさか、この時代にもいたなんて…』
「もっ、もしかして、化学者って職知っとるん? 」
『ええ。私も化学者だから』
「ほんまに? 同族やって事にもビックリしたけど、まさか同じ事しとるなんて思わへんかったよ」
同族…、って事は、この人はエーフィね?
『私もよ』
「…あっ、そうや! こんな時間に立ち話もあれやし、うちに来る? …まぁ僕は居候させてもらっとる身やけど…」
『あなたの家に? …でも見ず知らずの私を…』
「気にせんでええよ。部屋もそこそこ広いし、木の実も沢山蓄えはあるで」
『それなら…、お言葉に甘えようかしら? ええっとあなたは…』
「あぁごめんごめん。そういゃあ名乗っとらんかったね。僕はエーフィのリアン」
『そういえばそうだったわね。私は…』
…もしかしてあの人達が間違えたのって、彼…? って事は…、だから…。
『私もエーフィで、名前はフィフ。今晩はよろしくお願いしますわね』
折角抜け出せても、彼からあのふたりに話がいって…、連れ戻される事も考えられるわね。これも私の名前だけど、これならあまり知られてないから…。
続く