A5 異界の一匹狼
[Side Minaduki]
「…とはいえ、どうすればいいんだ…」
ムナール様からの達しはあるが、どうしようもねぇよな…。ムナール様からの命令で、俺は宿をとっていた石造りの街から独りで探索を開始していた。…しかしこの世界、“太陽の次元”での土地勘が無い俺、ルガルガンのミナヅキは独り途方に暮れていた。俺が知っている事と言えば、ムナール様がいるエアリシアという街の事と、今俺がいるここが港町だということぐらい…。ジク殿の援助で資金には困ってねぇーが、正直言って手詰まりだ…。そもそもこの世界の情勢までは調べきれてねぇーし、文明の程度も把握しきれていねぇ…。エアリシアとこの町を見る限り弱小国では無い気がするが、俺がいた国よりは劣っているのは目に見えて分かる。
「…それにしても“笛”もねぇーのにあの生き物を探せだなんて…、いい冗談だよなぁ…。探せたところで俺が敵うとも限らねぇーしな、かと言いって収穫無しに戻ると…」
俺が殺られる…。昼過ぎで町は賑わっているが、どうも俺は気が乗りそうにねぇ…。誰に言っている訳でもねぇが、退くに退けねぇ状況でつい愚痴が口から零れ出てしまう。俺の主は元の世界でもそうだったが、自分の気に食わねぇー事があるとすぐ
癇癪を起こす。おまけにその時の気分で、平気で人を手にかけるようなお方…。軍人上がりで優秀なお方だが、一度逆らうと命と引き換えに償わなければならなくなる。ムナール様が傍にいない今なら言える事だが、まさに暴君の鏡、そういう例えが正しいかもしれねぇ…。それが災いしてクーデターが起きた訳だが、偶々傍にいた俺が軍人でもねぇーのに護衛をさせられることになった…。護身用に爪術を心得ているから何とかなったが…。
「おやお兄さん、あんた一人かい? 」
「ん? 俺の事か? 」
「そうそう、たてがみが決まってるあんただよ! 」
…なんだ? 一人ブツブツ呟く俺が気になったのか、近くの店からバルジーナが話しかけてきた。若干驚きながらも目を向けてみると、如何にも客引き中という感じで翼で手招きしてくる。一瞬別の奴かとも思ったが、パッと見たてがみがある種族は俺しかいねぇ。だから宛も無かったって事もあり、俺はとりあえずソイツの話を聴くことにした。
「見たところあんたはこの町の者じゃないね。…となると、旅行か依頼か何かかい? 」
「依頼…。…何のことか知らねぇが、旅客といったところか。…だが生憎この辺りに不案内で…」
「ほぉーそうかいそうかい! それならお兄さん、この風の大陸ならエアリシアがオススメだよ! あそこは大陸一古い街でね、古風な街並みが有名なんだよ。だから風の大陸に来たからには一度は…」
エアリシアの事か…。収穫は無し、か…。俺は定員から情報を引き出せると期待したが、それは叶わなかった。得た事は、今いる大陸の名前、それだけ…。大陸となると、この世界は少なくとも二つ以上の島で構成されているという事になる。…だが期待が外れたという事もあり、俺は…。
「そうか。ならそこを訪ねてみるとするか」
脈無しと判断し、適当に返事して立ち去る事にした。
「…しかしエアリシアでもそうだったが…」
この世界は争いというものが無いのかもしれねぇーな。ひとまず店から去った俺は、行く当てもなく適当にうろつき始める。昼過ぎという事もあり人通りは多いが、どこかの店に入ろうという気はあまり起こらねぇ…。そんな中思った事だが、“太陽の次元”に来て以来、俺は一度も破壊された建物を見ていない気がする。まだ一国、二都市しか訪れていねぇーが、どこも平和で賑わっているという印象がある。戦乱の世で生まれ育った俺にとっては驚きでしかないが、少なくともこの国は今、戦争や内乱は無いのだろう。何千年も昔には俺達の世界も平和だったらしいのだが…。
「あら、何かお困りで? 」
「ん、ああ」
…この町に来てからそうだが、今日はやけに話しかけられるな…。さっきの店から立ち去ったのも束の間、俺はまた誰かに話しかけられる。今度は後ろからだったので気付けなかったが、流石にもう慣れてしまっていたので驚かなかった。声的に別の女だとは思うが、コイツもさっきの店員と似た事を思ったのだろう。顔をしかめて歩く俺に、親切心をちらつかせて話しかけてきていた。
「そうだな…、不案内で行き先に困っている、と言ったところか…」
「行き先にねぇ…。となると、この町は見尽したって感じかな? 」
「…まぁそんなところだ」
既視感を覚えながら振り返ると、そこには見た事が無い四足の種族…。俺が知らないだけかもしれねぇが、訊かれ慣れた質問なので、俺は手短に状況を伝える。普段の俺なら見知らぬ奴にペラペラと話したりしねぇのだが、平和なこの国に呑まれているのか、つい口が滑ってしまっている。そんな俺の様子を察したのか、イワンコに似た毛並みの彼女が図星を突いてきた。今度は思わず声をあげそうになったが、俺は何とか堪えてこくりと頷いた。
「それならもしあんたが良ければ、あたしと一緒に来ない? 」
「お前と…、か? 」
「そうそう。一人で帰るのも暇だからね、話しながら船に乗ろうと考えた訳さ」
…おいおい、見ず知らずの俺と行動しようだなんて、どれだけ不要人なのか分かってるのかよ? コイツは何を思ったのか、独りの俺にこう提案してくる。何を企んでいるのか知った話じゃねぇーが、予想外の事に今度は声をあげてしまった。流れでこう答えてしまったが、気を良くしたのか立て続けに俺に話してくる。考えをペラペラ話すのもどうかと思うが、逆にそれで本心だと気付かされることとなってしまった。
「無理にとは言わないけど、乗船代はあたしが出す。あんたに損な事は何一つないと思うんだけどね」
この女、俺に取引を持ちかけるという訳か。…だが奢られるとなると、悪い話じゃねぇな。
「…どのみち行く宛もない身だ。いいだろう」
「商談成立ね」
船という事は、別の地域に行ける事になる。調査において行動範囲が広がるのはありがたいな。俺は数秒損得を考え、すぐに結論を出す。もしこのままこの町にいても、おそらくは今と何も変わらない。ムナール様から期限は与えられていねぇから、エアリシアから離れた地へ赴く事も可能…。そう考えた俺は、視線を下げて彼女の頼みを承諾した。商談と言うあたり、商人の口車に乗せられた気もするが…。
「…そういえばあんたの事、何も訊いてなかったね」
「他人の事を聴くなら、まず自分から話すのが筋だろう? 」
「おっと、そうだね」
コイツは身の上話を俺にするつもりなのか? 四足の彼女を先頭に歩き始めると、何の脈略も無く俺に話しかけてくる。話したいと言った割に話題に困っているような気もしなくもねぇが、おそらく彼女は手始めにこう提起したのだろう。…だが見知らぬ奴に話しかける以上は、まず向こうから素性を明かして貰わないと困る。治安の安定しない国では常識だが、相手を信用させるには自分の事を話すのが最も簡単。そういう訳で俺は、コイツを試すためにも質問を返す。すると彼女は思い出したように、ペラペラと自身の事を話し始めていた。
「あたしはキノエ。砂の大陸のラムルタウンで、飲食店を営んでいるルガルガンさ。それでパラムタウンにはちょっとした商談で来ていた、って話しさ」
俺と同族か…。“太陽の次元”では姿が違うと聴いていたが、まさか本当だったとはな。
「ルガルガンか。…実は俺もルガルガンでな、別の地域から訪れた史学者だ。ミナヅキっつぅ名だが、観光ついでに歴史を調べに来たところだ」
後付けになるが、折角言い伝えにあった“太陽の次元”に来れたんだ。ムナール様の命はあるが、承伝の一つ調べるぐらい、許されるだろう。
「歴史…、奇遇ね。歳の離れたあたしの弟も、あんたと同じ考古学者を目指してるのさ」
…つまり史学者だな? 目指しているという辺り、まだ見習いと言ったとこだな?
「弟がいるのか」
「そうなのさ。つい一か月半ぐらいに町を出てね、有名な考古学者に弟子入りできたばかりなのさ。…今どこにいるのかは分からないけど、ミナヅキさん、あんたにも一度会って欲しいね」
「そんな偶然もあるんだな。…フッ、有名な学者か。会うのも悪くねぇかもな」
同業者って事は敵対関係になるが、ものは試しだ。“太陽の次元”は知らねぇ事ばかり…。だからソイツから情報を引き出せるとなると、それほどうまい話はねぇな! 成り行きで姿の異なる同族についていく事になったが、俺の予想に反して事が好転してくる気がする。彼女が同族と言う事にも驚いたが、それ以上にこの世界の事を知れる機会が出来たとなると、心なしか気分が高まってくる。ムナール様の命がある身だが、俺も一学者である事に変わりない。異界の承伝を調べられるまたとないチャンスが、史学者の俺を湧き立たせる事となった。
続く