肆陸 誤解
あらすじ
“陽月の回廊”への突入に成功した僕達は、常識離れした景色に息を呑む。
キノトと思い思いの事推測しながら話していたけど、その中で僕は感情を表に出し辛くなっているのを感じ始める。
更に僕は、湧きあがる“チカラ”に苦戦しながらも、辛うじてそれを抑え込む。
とりあえず目的地の“月の次元”に辿り着いたけど、無残に破壊された神殿で僕達は何者かに奇襲されてしまった。
――――
[Side Wolta]
「…熱風」
「…っく! 」
闘うつもりは無かったけど、正当防衛だから仕方ないよね? 僕達は破壊された神殿に着いたけど、そこで何者かに急に襲われてしまう。最初はテレパシーで話しかけてきていたから、その人は多分、エスパータイプか伝説の種族のどっちかだと思う。すぐに出てきてくれたけど、テフラって名乗った彼女は僕達の話を全く聞いてくれそうにない。それどころか、多分ムーンフォースで僕達に先制攻撃を仕掛けてきていた。
だから僕は、自分の身、それからキノトを守るために迎撃する体勢に入る。翼で弾いて防いでも良かったんだけど、生憎今の僕には、“真実の加護”を発動させているから守備力というものが存在しない。そうなると即行でできる方法は、二つ。一つは道具で打ち消して、もう一つは技で対抗する事。…だけど僕が今使える技のうち、片方は発動までにかなりのラグが発生する。そうなるともう一つの方しか間に合わないから、僕はそれなりのエネルギーを溜めてそれを解放する。技の系統は違うけど、全体技だから相手の実力を測る事ぐらいはできると思う。だけどそれは予想以上の働きをしてくれて、相殺するどころか相手にダメージも与える事となった。
「…まさかウォーグルなのに魔術を使えるとはね…、聖域に侵入した大罪人にしては上出来じゃない! …なら、これならどうかしら? 」
「……」
この感じだと、完全な遠距離タイプかな? 何か勘違いしているような気がするけど、“北西の観測者”っていう地位の彼女は構わず攻撃を仕掛けてくる。浮遊する種族みたいだから、空気を滑るように距離を詰めてきて、それと同時に手元にエネルギーを集中させ始める。その状態で彼女は、浮上し始めた僕との距離が十五メートルぐらいになったところで、手元のエネルギー体を三発連続で撃ちだしてくる。それも僕の進路を先読みして放ってきたから、そのままいくと命中しそうな軌道だった。
だけど僕は、この連撃を冷静に対処する。“心”の大半が封じられてるからなのかもしれないけど、自分でも驚くぐらい淡々と軌道を予測する。まず最初の一発は、重心を左に傾ける事で旋回し、七メートルある高度を落としながら回避する。二発目は降下する勢いも乗せる事で、加速しながら後方にやり過ごす。三発目は…。
「…ゴッドバード」
予め吸収していた光をエネルギーに変え、それを両方の翼に集中させる。すると激しい光が僕の翼を覆い、同時にはち切れそうなほどの力が湧き出してくる。だから僕は、その状態で右の翼だけを前に振りかざす。四メートルの高度でヒットしたけど、幸い威力で勝って完全に打ち消す事ができた。
「翼術を使えることは想定していたけど、ここまでとは思わなかったわね…。でも、ここでくたばる私じゃないわ! 」
…あれ? もしかしてこの人、これだけしか技を使えないんじゃあ…。だけど、これ自体も技って言えるのかな…? いつもならここで左の翼で叩きつけるタイミングだけど、今回は倒すために戦ってる訳じゃない。だから僕は、左の翼を維持したまま、背中を思いっきり逸らす。同時に力いっぱい空気を叩く事で、僕は進路を急激に地面と反対方向に向けた。当然こんなに大きくて、それも隙だらけの状態だから、これ以上の相手にとってのチャンスはないと思う。…だけどこれは、相手の出方を伺うための行動。この人の技に引っかかるものがあったから、それを見極めるために…。万が一何かの特殊技を仕掛けてきても、維持している左の翼で打ち消すことが出来る。
「…けど、力は強くても立ち回りは追いついてないようね。背中がガラ空きよ! 」
…うん、やっぱり仕掛けてきたね。僕の予想通り、彼女は無防備な背中に向けて遠距離技を発動させる。直接見た訳じゃないけど、距離があったから難なく対処する事ができた。時間がかかり過ぎて左の翼の効果は切れたけど、構わず僕は、きりもみ回転しながら進路を変える。地面と平行になるように背を向け、一旦翼を大きく広げた状態で静止…。そうすることで減速し、続けて自由落下する体勢に入った。
「もらったわ! これでトドメよ! 」
やっぱり、技じゃなさそうだね。彼女の技を観察するため二十メートルぐらい浮上したから、僕は十分に彼女の行動を視る事ができた。飛行タイプは他の属性よりも目が利くから、その恩恵もあって十分に捉える事ができたと思う。翼を後ろに伸ばして急降下しながら見た感じだと、彼女は多分、属性に変換されたエネルギーを撃ちだしているだ
けだと思う。もしそれが技なら、エネルギー体はその技に特有の形状に変化しているはず…。だけど彼女の場合、ただクシャクシャに寄せ集めただけの様な…、そんな感じ。さっきゴッドバードで打ち消した時も、フェアリータイプのエネルギーは籠ってたけど、技としての威力は全然無かった。それでも向こうは次で決着をつけるつもりみたいだから、技を発動させていない…、いや、発動できない、そう僕は判断せざるを得なくなってしまった。
「“月界の神殿”に忍び込んだ事を後悔す…」
『
テフラ、待つのじゃ!』
「るっ、ルーン様? 」
「…っ? 」
ん? 今度は誰? 半分ぐらい降下したところで、僕の頭の中に急に声が響いてきた。僕はあまり驚か…、驚けなかったけど、僕に襲いかかっていた彼女はそうじゃなかったらしい。名前を呼ばれたって事もあって、思わず攻撃の手を止めて声を荒らげる。地面と平行になるように旋回しながら見た感じだと、彼女は頻りにキョロキョロ見渡して声の主を探していた。僕は減速する途中で見つけれたから分かったけど、彼女は取り乱しているせいかまだ見つけれていなさそうだった。
「ですがルーン様! 侵入したこの…」
『妾の言う事が聴けぬというのか! 』
「けどルーン様、この聖域にし…」
「お主は昔からそうじゃが、いい加減聴く耳を持たぬか! 善悪がどうであれ、…っくっ、無礼であろう! 」
「ししょー、大丈夫ですか? 」
「ん、うん」
…とりあえず、闘わなくて済むのかな? 主従関係があるのか、彼女は取り乱しながらも声の主に抗議する。だけどテレパシーで語りかけてくるその人は、彼女を叱りつけるように言葉を伝えてくる。伝説の種族っていう事は間違いなさそうだけど、その声はどちらかというと幼いような感じがあった。耳を傾けながら着陸すると、ちょうどそこに避難していたはずのキノトが、見かけない小さい種族を背中に乗せてこっちに来てくれていた。
僕はそんな光景に少し驚いたけど、その代わりに声の主がその人って事に気付くことが出来た。“太陽の笛”を提げているキノトに背負われているその人は、僕が見た感じだと二十センチぐらいの身長だと思う。全体的に青くて丸い種族だけど、何か膨大なエネルギーを蓄えていそうな雰囲気がある気がする。その人はぴょんとキノトから降りていたけど、体のどこかが痛むのか、思わず顔を歪めてしまっていた。
「イワンコの此奴から聴いたが、ウォーグルのお主、先ずは妾の従者の諸業、非礼を詫びさせてはくれぬか? 」
「えっ、あっ、はい…」
「ルーン様、何故そのようなも…」
「テフラは黙っておれ! 」
「…ええっと、そんなに怒らなくても…」
彼女よりは聴いてくれるとは思うけど、凄く怒ってるね、この人も…。キノトに乗せてきてもらっていたこの人は、穏やかな感じで僕に声をかけてくれる。声は凄く幼い感じはあるけど、話し方はどこか古風だから、僕は少し戸惑ってしまう。こういう話し方には慣れてるはずだけど、見た目とのギャップが大きかったから、その人の問いかけにはすぐに答える事が出来なかった。
僕は戸惑いながらも一応頷いたけど、闘ってたからいまいち状況が掴めない。キノトがその人に話してくれたのかもしれないけど、多分この感じだと、小さいこの人も状況は分かっているんだと思う。口を挟むテフラさん? を叱りつけてはいたけど、凛としたその人は落ち着いた様子で僕の方を見上げていた。
「…みっともない姿を見せてしまい、すまぬな」
「ううん、ぼく達も何も言えなかったから、仕方ないですよ」
「…キノト、この人一体…」
「ししょー、この人がそうなんですよ! 」
「そう、って…」
キノト、やっぱり状況が分からないんだけど…。青くて小さいこの人は僕を見上げると、目を軽く閉じて小さく俯く。頭を下げているんだと思うけど、やっぱり僕には訳が分からなかった。さっきの感じだとテフラさん? の事だとは思うけど、僕達にも非があるから、謝られる程じゃないと思う。きょとんとしてる僕を余所に、キノトが右の前足を左右にふってこの人にこう言う。そんな事無いですよ、っていう感じで言ってるけど…。
僕はとうとう我慢できなくなり、話が途切れたタイミングで声をかけてみる。これでキノトはやっと気づいてくれたらしく、疑問符を浮かべる僕に対して元気な声をあげる。そのままキノトは、首を傾げる僕にその人の事を元気よく教えてくれた。
「僕も聴いた時はびっくりしたんだけど…」
「ウォーグルよ、名乗るのが遅れたのじゃが、妾が“月界の統治者”のルーンじゃ。妾の事は“太陽”のソレイルより聴いているであろう? 」
「るっ、ルーンさん? ルナアーラっていう種族の? 」
「今はコスモッグという状態じゃがな」
何となくそんな気はしてたけど、まさか本当だったなんて…。キノトに促されて、この人はようやく思い出したらしい。うっかりしてた、っていう感じで、その人は自分の事を紹介してくれる。けど僕は“心”が狭まっているなりに驚いてしまい、ただ訊き返す事しか出来なくなってしまう。僕の問いかけに付け足してはいたけど、彼…、じゃなくて彼女は、取り乱しかけている僕を制するように優しく語ってくれた。
「うん! …ぼくも遅れちゃったけど、考古学者見習いをしてるキノト、って言います! そして、今はウォーグルのこの人が、ぼくのししょーのウォルタ、っていいます」
「キノトにウォルタか。遠いところをご苦労じゃったな。つかぬ事を伺うのじゃが、お主が主じゃな? 」
「あっ、はい。キノトに言われましたけど、考古学を研究してます」
「考古学…、史学の事じゃな」
史学…? “月の次元”では言い方が違うのかな…?
「ルーン様…、私達の事を明かしても良かったのですか? 一般の者に…」
「テフラよ、お主はまだ気づいておらぬのか」
「気付く…。というと、ウォーグルのこの方は魔術と翼術を使う、史学と軍事の兼業者、ということでしょうか? 」
「やはり気付いておらぬか…。此奴等は“太陽の次元”より参った者じゃ」
「たっ、“太陽の次元”ですか? でっ、ですけど…」
「キノト殿が持つ笛、“太陽の笛”がその証拠じゃ。…この様子じゃと気付いておらぬようじゃが、ウォルタ殿は承伝に属しておる…、そうじゃろう? 」
「承伝…、はい。“月の次元”にもあるか分からないですけど、僕には“真実の英雄”、っていう地位があります」
「それとししょーにはレシラムが就いているんです! 」
「れっ、レシラムがですか? 」
「やはりそうじゃったか」
“月界の統治者”っていうのは本当かもしれないね…。いつの間にか“月の次元”の二人の間で話が進んでいたけど、とりあえず僕は、二人の話に耳を傾けていた。“月界の統治者”…、ルーンさんはいつから気付いていたか分からないけど、テフラさんに僕の事を殆ど話してくれていた。本当は僕が自分で言わないといけないんだけど、タイミングを逃したというか…、そういう訳で話始めるタイミングを見失ってしまっていた。だけど小さいルーンさんに確かめるように訊かれたから、この時初めて自分の口で話すことが出来た。結局キノトも含めて、殆ど言われちゃったけど…。
続く