肆伍 月の次元へ
あらすじ
一通り説明してもらったから、最後に“月の次元”の統治者、僕達が様子を見に行く人の事を教えてもらう。
“太陽の次元”にはいない種族って事には驚いたけど、僕には何となくその理由が分かった気がした。
その後で、ソレイルさんが“チカラ”を発動させ、白い渦状の“空現の穴”が出現する。
僕も身を護る“真実の加護”を発動させ、キノトと二人でその渦に飛び込んだ。
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[Side Unknown]
「…ルーン様、御体の程はいかがでしょう? 」
「…っ、痛みは引いてはおるが…、生憎のこの姿じゃ…。骨の数本は逝っておるかしれぬ…」
「そっ、それは大変です! 今すぐに腕の良い医師を呼び…」
「テフラよ、…っく、妾の事は構わんでよい。お主は他の観測者と共に、各地に開いた“空現の穴”を…、なっ何じゃ? 」
「くっ、“空現の穴”? まっ、まさか“月界の神殿”にも開くなんて…。るっ、ルーン様、私の傍に…! 」
「…すまぬ。あ奴の非礼さえなけれ…っくぅっ…」
「ルーン様! 」
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[Side Wolta]
「…とりあえず、突入に成功したのかな? 」
「ししょー、そうみたいですね! 」
…うん、この感じは間違いないね。“空現の穴”に突入した僕達は、独特過ぎる感覚に一瞬意識が飛んでしまった。“加護”は維持維持できてるから、気を失ってたのはほんの一瞬だと思う。キノトの方も、多分大丈夫。白いオーラを纏ったままだから、問題なさそう。
それで目を開けると、そこには現実離れした光景が広がっていた。真っ先に目に入るのが、空中に沢山散りばめられている、色とりどりの光の粒。周りの景色が黒いって事もあってより一層輝いて見える。もし例えるなら、天の川の中に飛び込んだような…、そんな感じ。僕達の足元も、普通では考えられないような感じになっている。僕は“承伝の回廊”で経験してるけど、足元の地面は全く見る事が出来ない。…かと言って、浮いているっていう例えも間違ってると思う。“承伝の回廊”みたいに体が軽くなったような感じはあるけど、地に足がついているような感覚はしっかりある。…それからもう一つ、この空間は何か隔絶されているような感じがある。上手く言葉に出来ないけど、ソレイルさんの言う通り、壁みたいなモノで遮られている。…いや、壁じゃなくて、霧、って言った方が良いのかもしれない。周りが黒いから見にくいけど、濃い紺色の霧が、五十メートルぐらいの幅で一直線に延びている。ソレイルさんの話によると、多分これが“時空の壁”だと思う。
「それにししょー、ぼく達、浮いてるよ! それに凄く綺麗! こんな景色、初めてだよ! 」
「そうだね。こういう景色は普通では見れないからね」
似たような感じはあるけど、“光の雲海”とはまた違った感じはあるね。息を呑む光景に、キノトはもちろん、僕も思わず感嘆の声をあげる。…だけど思いっきり凄い、って言いたいのは山々だけど、感情のままに身を任せると、何とか維持してる“真実の加護”のコントロールが効かなくなるかもしれない。だから僕は、湧きあがる感情を“チカラ”と一緒に抑え込み、体の隅の方に無理やり追い込む。極力顔には出さないようにしてるけど、力んでるせいか汗が滲み出てきて止まってくれない…。だから僕は、結構ギリギリの状態でしか、はしゃぐキノトに答える事ができなかった。
「…とりあえず、行こうか」
「はい! 」
「確か一“空離”だから…、八百メートルぐらい…、かな? 」
「“空離”って、世界と世界の距離の事でしたよね? 」
危うく聞きそびれそうになったけど、多分そうだね。突入した場所から、僕達はとりあえず前に向けて進み始める。最近ウォーグルの姿でいる事が多くなってるけど、僕はいつも通り翼を広げて羽ばたく。キノトに呼びかけながら飛びはじめると、彼も慌てて僕の後を追いかけてくれる。だけどキノトの足取りは恐る恐る、って感じで、一歩ずつ見えない足場を確かめるように踏み出していた。
そんな中僕は、一切横に逸れることなく真っ直ぐ飛び続ける。ここの様子とかは後で打ち込むつもりだけど、万が一の時のためにZギアの電源は入れっ放しにしてある。けど待機状態にしてあるから、画面は周りと同じ黒色…。けど僕はそんな画面は一切気にせず、ソレイルさんから教えてもらった事を、進む間の話題にしてみる事にした。
「そのはずだよ。今回は偶々隣の世界だったけど、もしかすると凄い遠い距離を歩くことになる時もあるかもしれないね」
「ぼくもそう思います。…って事は、シオンちゃんも“陽月の回廊”? を通ってるかもしれないですね」
「うーん…、“陽月の回廊”は僕達の“太陽の次元”と“月の次元”を結んでるから、そうとは限らないんじゃないかな…? …だけど、少なくとも“空元”…、ここと似たようなところは通ってると思うよ」
「…やっぱりそうですよね! 」
「確証は無いけどね。…だけど、今も思い出せない事が沢山あるみたいだから…、“時空の壁”には触れてるのは間違いなさそうだよ」
シオンさん、持ってた小さいカードを見るまで自分が何をしてたのか思い出せなかったみたいだからね…。そのまま話題は、異世界から迷い込んだシオンさんの話になっていた。一応分かってる事もあるけど、シオンさんに関してはまだまだ分からない事の方が多い。初めはアーシアと同じ感じかと思ったけど、その証である紋章は無かった。そうなると、人間からポケモンになってるのは同じだけど、アーシアとは別のルートで僕達の世界に導かれた事になる。次に考えられたのは、シルクとシリウス、ラテ君みたいに、“太陽の次元”の別の時代から来た、ってこと。…だけどこれは、すぐに違う事が分かった。何しろ彼女の記憶では、僕達ポケモンは空想上の生き物…。空想上っていう意味ではアーシアと同じだけど、“太陽の次元”、それとこれから行く“月の次元”では当てはまらない。…そうなると、考えられるのは“時現”と“空現”、同時に越えてしまったっていう事。そうなると“時空の壁”を越える事になるから、記憶を失くしてる事の説明がつく。人間からスバメになった事の証明にはなってないけど、これは多分、ラテ君と同じパターンだと思う。どの世界にも当てはまらないこの空間にいる時に、何らかの事故に巻き込まれた…。そのせいで何かしらの影響を受けて、スバメになって僕達の世界に導かれた。確証は無いけど、ラテ君っていう前例があるから、いい線はいってると僕は思ってる。
「…あっ! ししょー、ちょっと思いついた事があるんですけど…」
「ん? 」
「ここに沢山ある光、一つ一つが別の世界なんじゃないかなー、って思うんですけど、ししょーはどう思いますか? 」
「光が世界、か〜…。それは僕も考えつかなかったよ。“陽月の回廊”は“空現”のうちの一つだから、もしかしたらそうかもしれないね」
キノト、面白い事考えるね? だけどキノト、いい線いってると思うよ。
「本当ですか! 」
「うん。だってほら、もう七百メートルぐらい飛んでると思うけど、前の光、大きくなってない? 」
「本当だ! 」
キノトの推測も、間違ってないかもれないね。キノトと議論を繰り広げている間に、いつの間にか“回廊”の殆どを進み終わっていたらしい。それに今気づいた事だけど、沢山ある光の粒のうち、一つだけが進むごとに大きくなっていた。殆ど通過し終えた今では、正面に見える光が十メートルぐらいの大きさになってると思う。本当はもっと大きいかもしれないけど、どんな種族でも通り抜けれそうな大きさはあるように見えた気がした。
「…さあキノト、気を引き締めていこっか」
「はい! ししょー、いよいよですね! 」
「うん」
“時渡り”…、“時現”は二往復した事があるけど、“空現”は初めてだからなー。多分目的地はあの大きな光だから、僕は気分を高揚させないよう注意しながら弟子に呼びかける。僕の下で駆けているキノトは、僕に対して元気よく答えてくれた。本当に楽しみにしてくれているらしく、キノトの笑顔は目の前の光に負けないぐらい眩しい。…だけど僕の方は、“心”が重なってるシロとは別の空間にいるからなのか、手に取るように感情を表に出せなくなってきているような気がしていた。
だけど僕は、そのまま光に向けて加速する。湧き立つ気持ちを抑えながら、僕達二人は躊躇うことなく巨大な光へと飛び込んだ。
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[Side Wolta]
「着いたー! ししょー、ここがそうなんですね! 」
「多分ね」
そうみたいだけど、あまり実感ないなー。“陽月の回廊”で大きな光に飛び込んだ僕達は、一瞬突入した時と同じ様な感覚に満たされる。流石に二回目だからもう大丈夫だったけど、光が眩しすぎるから思わず目を閉じてしまっていた。少し経ってから目を開けてみると、そこには最近見たような光景…。“心”の大半が遮断されてるから何も感じれないけど、突入する前とあまり変わらない遺跡みたいな場所に僕達は降りたっていた。
「…だけどししょー? ぼく達がいた神殿よりもボロボロじゃないですか? 」
「そうだね。…だけどこの感じ、あまり時間が経ってない…。っていうより、つい最近壊されたよ…」
崩れた跡がまだ新しい…。この何日かで壊されたとしか…、考えられないね…。キノトも気づいたみたいだけど、同じ神殿とはいえ違う部分もあった。希薄になってるなりに感じたのは、酷い…、そういう感情。ありとあらゆる彫刻や柱が破壊し尽され、色んな部分が崩れ落ちてしまっている。ここは神殿の屋上だとは思うけど、所々に大きな穴が開いてしまっている。まだここだけしか確認してな…。
『…何でこんな時に…! 侵入者…、あの者達のようにはさせないわ…! 』
「…っ! ししょー! 」
「キノト…」
きっ、奇襲? 壊されたと思う、僕はキノトに、持論を口にしようとする。だけどそれは、あまり離れていないどこかからの声に遮られてしまう。まだ声の主は目視出来てないけど、少なくとも僕達に敵意を抱いているのは間違いなさそう。その証拠に、声の主は何かの技を発動させたらしい。設置系の技らしく、僕達の足元に膨大なエネルギーが湧き出してきた。キノトも何となく察したらしく、焦ったように僕の方を見上げる。…このままだとやられる、本能的にそう感じた僕は、急いでキノトを足で掴み、その場から飛び退いた。
『私の超能力をかわすなんて、中々の手練れのようね…』
「…いいわ、私が直接排除してみせるわ! 」
「まっ、待って! ぼく達は戦うつもりなんか…」
「問答無用よ! あなた達がどうやってこの“月界の神殿”に侵入したか知らないけど、ルーン様の眷属が一人、“北西の観測者”のテフラが許さないわ! 」
「…キノト、下がってて」
「だっ、だけどししょー…」
「やむを得ないよ。キノト、よく考えてみて、僕達は使いで来てるけど、“月の次元”からすると侵入者…」
「作戦会議と言ったところね…。けど、私の超能力の前ではそうはいかないわ! 」
「…っ、熱風」
何とか奇襲をかわした僕は、安全な場所でキノトを降ろす。だけど声の主、テレパシーだと思うけど、彼女はそれだけで僕の事を視測ったらしい。どこからか飛んで姿を現すと、闘う気満々で僕達にこう言い放つ。キノトが訳を話そうとしてくれているけど、頭に血が上ってるらしく、全然聴く耳を持ってくれなさそう…。結果的に名乗ってもらえたけど、コークさんと同等の地位だと思う彼女は、エネルギーレベルを高める。ムーンフォースか何かだと思うけど、薄ピンク色の球体を僕に向けて撃ちだしてきた。
だから僕も、咄嗟に対抗できる技の準備をする。戦うつもりは無かったけど、それなりのエネルギーを蓄え、それを炎の属性に変換する。それを両方の翼に集め、前方向に羽ばたかせながら解放する。すると僕の後ろの方から、焼けつくような突風が吹き始めてきた。もちろん、加減してだけど…。
続く