肆弐 回廊の危険性
あらすじ
一夜明け、僕とキノトは旅館で合流して待ち合わせ場所に向かう。
いつもの海岸に向かいながら今日の予定を伝えると、キノトは驚きながらも喜んでくれる。
そして予定時間になると、海の方からカプ・コケコのコークさんが飛んできた。
砂の大陸では有名人らしい彼の案内で、僕達は次なる目的地に向けて飛び立った。
――――
[Side Wolta]
「…なるほどな、ウォルタ氏も協力していたという訳か」
「最初は成り行きだったけど、そうなりますね〜」
あの時は本当に偶然だったからね。トレジャータウンの海岸を出発してからは、僕、キノト、それからコークさんの三人でお互いの事を話し合っていた。コークさんは砂のの大陸の舞台俳優らしく、キノトが言うにはちょっとしたアクションが得意らしい。まだまだ地方での出演しか無いらしく、いつかはミストタウンとかワイワイタウンみたいな大きな街で演じるのが夢なんだとか。歳は僕より十歳上で、意外にも稽古の合間に飲食店を巡るぐらいの食通なんだとか。
そしてコークさんのもう一つの顔は、この諸島を見護る観測者みたいなもの。“太陽の統治者”のソレイルさんの下に就いているらしく、“南西の観測者”、っていう地位らしい。“非常席員”で、ソレイルさんに連れられて何回か“会議”にあるっていていた。…けど一昨日は舞台の深夜公演があって、行きたくても行けなかったらしい。コークさん以外にも同等の地位が三つあるみたいだけど、その三人ともが都合がつかなくてソレイルさんだけになってしまったんだとか。
「…ねぇコークさん? 」
「ん? キノト氏、どうかしたか? 」
「もしかしてあの島そうですか? 」
「ええっと、向こうに見える島だよね〜? 」
この辺は飛んだことないからなぁー。そんな感じで話していると、僕の背中に乗っているキノトが何かに気付いたらしく、多分僕達が飛ぶ先を指しながら声をあげる。僕は話に夢中で気づけなかったけど、少し斜め前を飛んでいるコークさんに呼びかける。彼が横目で僕達の方を見たところで、僕はようやく例の島に気付くことができた。まだ距離があるからなのかもしれないけど、島の大きさはトレジャータウンよりも少し大きいぐらい…、だと思う。だけどその小さな島自体が、一つの建造物になってるような…、そんなように僕には見えた。
「その通りだ。あの島が、先程話した“陽界の神殿”…、ソレイル氏が居られる場所だ」
「へぇ〜、あの島がそうなんですね」
「何かおとぎ話の世界に来たみたいですよ! 」
話には聴いてたけど、見た感じ古風な感じだね? そこにあったのは、如何にも神殿といった造りの立派な遺跡…。どのぐらいの時代のものかは調べてみないと分からないけど、多分幻の大地のソレと同じぐらいか…、少し後ぐらいのものだと思う。ここに住んでるソレイルさんに直接訊いた方が早い気もするけど、考古学者である手前、やっぱり自分で調べて解き明かしたい。…けど今回はそれが目的じゃないから、湧き出した好奇心を無理やり鎮め、僕は一通り神殿の島に目を向けた。
「ソレイル氏によると、“終焉”の百年後の設立らしいからな。…ソレイル様、ウォルタ氏をお連れしました」
そのぐらいの時期なら…、“幻の大地”の少し後になるのかな? 目的の島が見えたから、先頭を飛ぶコークさんは一気に高度を落とす。僕もそれに続き、午前の潮風を真っ二つに裂いていく。その瞬間に背中にかかる力も強くなったから、それに合わせてキノトも前足で強くしがみついてくれていると思う。ものの数秒で三百メートルぐらいの高さを降下し、狙いを定めたポイント…、神殿の屋上部分に降り立つ。五、六回ぐらい強く羽ばたき、降下した勢いを弱めながら僕は着陸した。
僕が地に足をつき、キノトも僕の背中から降りたところで、コークさんは大きな声をあげる。ソレイルさんを呼んでるって事はすぐに分かったけど、分かったところで僕は何故か緊張してきた。…よく考えたら、ソレイルさんとは“承伝の回廊”で何回か会った事はあるけど、
普通の場所で会って話をするのは初めてな気がする。一昨日ソレイルさん本人から聴くまで知らなかったぐらいだし、多分ソレイルさん自身も、僕の事はあまり知らないと思う。“虹”…、ホウオウのアークさんの紹介だから、“会議”の時に聴いた事ぐらいしか分からないけど…。
「…来たな? ウォルタ殿、遠方より遥々来て頂き、感謝する。コークよ、我が輩の無理につき合わせてしまい、すまんかったな」
「いえ、私も一昨日最終公演を迎えたところですから、気にしないでください」
「僕の方こそ、ありがとうございます〜」
やっぱり向こうで会うのとでは一味違うなー。案外近くにいたらしく、どこからか大きく跳んでこの場に躍り出る。四肢を屈めることで衝撃を逃がすと、“常席員”らしい堂々とした出で立ちで僕達の方に歩み寄ってくる。辺りの空気も一気に張りつめ、どこか重くなったような感じが僕達に圧し掛かってくる。僕はシロと“会議”で慣れてるけど、シロにしか会った事が無いキノトは緊張とプレッシャーでガチガチになってしまっている…。背の高さもシロより少し高いぐらい、ってのもあるかもしれないけど…。
「ウォルタ殿だけとなると、シロは別だな? 」
「はい。別で気になる事があるから、代わりに調べてもらってます〜」
「ええっと、ししょーの幼馴染みが言ってた事…、ですよね? 」
「そうだよ〜」
「…ウォルタ殿、この者は…」
「ウォルタ氏の弟子、だそうです」
本当は僕が調べた方が良いんだけど、こうして呼ばれてるからね…。ソルガレオのソレイルさんは、僕に就いているレシラムがいない事に気付き、すぐに訊ねてくる。僕は“心”で話せるけど、それ以外はもちろんできない。本来ならシロも来るべきだとは思うけど、シロが言うには、“太陽の統治者”とそれ関係の当事者以外、これから突入する事になる“陽月の回廊”には入れないらしい。
僕がシロの事を話し終えたところで、今度は僕が連れてきたイワンコが気になったらしい。彼に視線を下ろして訊いてきたけど、僕が答える前にコークさんに先を越されてしまった。
「弟子か。探検隊協会への連絡役とは聞いていたが、弟子までいたとはな」
「流石に私も驚きましたね」
「まだ一か月前ぐらいしか経ってないですけど…。…ええっと、ソレイルさん? 」
「…今回の“月”の件だな? では、本題に入るとしようか」
今日会ったら詳しいことを話してくれる、って“会議”の時に言ってたからね。僕の事は“会議”でしか知らないはずだから、ソレイルさんは一瞬驚いた顔をする。けどすぐに厳格な出で立ちに戻り、“会議”での事を一言、独り言のように呟く。それに続くように、コークさんも思ったらしい事を口にする。コークさんには海岸で話したから、今回はあまり驚いていなさそうだった。
このままだと僕達の事で終わりそうな気がしたから、適当な事で見上げてソレイルさんに呼びかける。それで思い出してくれたらしく、ソレイルさんはあっ、っと小さく上げ、訊いてきた僕に対して確認してくる。僕がはい、ってこくりと頷くと、気を取り直して…、っていう感じで話を仕切り直す。一回咳払いをしてから、“月”に関する事を話し始めてくれた。
「“会議”の時にも述べたが、この世界に“月の次元”から何者かが立ち入ったのは知っているな? 」
「はい。“陽月の回廊”を通って、僕達の“太陽の次元”に入ってきたんですよね〜? 」
「そうだ。その件に関し、ウォルタ殿には我が輩に代わり“月の次元”の様子を見てきてもらいたい。その際通過する“陽月の回廊”について数件伝えねばならん。心して聴いて頂きたい」
「“真実の加護”を発動させれば突破できる、って言ってたけど、その事ですか〜? 」
「その通りだ。一件目は、“陽月の回廊”そのものの環境についてだ。“陽月の回廊”はダンジョンではないが、“足場”という概念そのものが存在しない。徒歩で通過する事は可能だが、長居は禁物だ。何千年前からそうなのだが、“空現”は特殊な“空気”で満たされている。それを吸い続ければ、その者の体質が変化してしまう事になる…」
「体質、が…? 」
「そうだ。私は影響は受けないが、ウォルタ氏は“真実の加護”でそれを防ぐことができる。昨日アーク氏から聴いたのだが、“真実の加護”の能力変化を防ぐ、という効果が、“陽月の回廊”にも適応されるそうだ」
「それ故、ウォルタ殿には“加護”を発動させた状態で突入して頂く事になるだろう。…だが問題は二件目だ。これは世界の成り立ちから話せねばならないのだが…、結論から述べるなら、“陽月の回廊”では何があっても真っ直ぐ進んで頂きたい」
「真っ直ぐ…? 」
「そうだ。世界は“時現”と“空現”から成り立つことは話したな? この二つを“直線”と例えて話すが、“太陽の統治者”そしての拙者が安定させている交点、“七千年代の太陽の次元”が、今我が輩等がいる世界だ。その世界で生きるものは、交点を通る二本の直線上のみ、移動する事が可能だ」
「ウォルタ氏が知る言葉で表すなら、タイムスリップがそれにあたるな」
「ウォルタ殿の場合、“七千年代”の直線、“六百二十四番目”を表す“太陽の次元”上を移動可能だ。この二直線は突入する者の出身世界を中心とした隔壁に覆われているのだが、この隔壁…、“時空の壁”には決して触れてはならない」
「…って事は、“空現”を移動中に“時現”方向に進んだらダメ、って事ですよね〜? 」
「その認識で問題ない。我が輩も事例が少ないが故に把握しきれていないが、軸上から外れれば、軽度でも記憶を失う事になるかもしれん…」
記憶を…? 記憶を失ったといえば…、ラテ君とアーシア達の事が浮かぶけど…。…けどアーシア達は、例外かな? コークさんが時々補足を入れながら、ソレイルさんは淡々と危険性を話してくれた。僕は予め取り出しておいたノートにペンを走らせながら聴いていたけど、正直言って内容が多すぎて全部書ききれたか危ういかもしれない。こういう時にシルクがいてくれたら助かるんだけど、生憎彼女は今、ハク達の所にいて僕自身は会えていない…。だけどそうも言ってられないから、僕は必死にソレイルさんの話に耳を傾けていた。最後の方に警告してくれた、最重要の事を自分に言い聞かせながら…。
続く