肆壱 使いとの合流
[Side Wolta]
「…だから、俺達はそれからアクトアタウンに行くつもりだよ」
「分かったよ〜。…じゃあ、シオンさんの事は頼んだよ〜」
「うん、任せて」
何でいないのかは分からないけど、ティル君がいるなら安心だね。あの後の僕は、“会議”でへトテトだったけど、先に準備をしてから実家に帰った。父さんも母さんも家を空けるのが殆どだから誰もいないけど、その分気兼ねなく休むことができた。結局昼過ぎからずっと…、何か月か分の疲れが溜まってたから朝になるまで寝てたけど、正直言って抜けきってはいない、かな? だけど眠気だけはマシになったから、多分何とかなると思う。
…それで僕が寝ている間に、キノトとシオンさんの事はライトさんとティル君に任せていた。シオンさんの飛ぶ練習、っていうのもあるけど、それだけだと時間が余るから、多分海岸の洞窟に潜ってバトルの指導をしてくれていると思う。キノトには僕が教えてるけど、たまには別の人に頼むのもアリだよね? 僕だけだとどうしても教える事が偏ってしまうし、キノト達の為にもならないからね。
まだ聴ききれてないからこれだけしか分からないけど、今はまだ陽が昇って一時間ぐらいの早朝。キノト達が泊まってる旅館に来ると、時間が時間って事もあってほとんど人はいなかった。静まり返った和風のロビーにいたのは、マフォクシーのティル君と弟子のキノト。シオンさんはまだ寝てると思うけど、何故かライトさんはいなかった。ティルさんによると夜に技の調整をしていたみたいだけど、今日朝起きても部屋に帰ってきていなかったらしい。僕はあまりそんなイメージは無いけど、頑固なところがあるから決めた段階になるまで続けてるかもしれない、んだとか…。
「ティルさん、また今度お願いします! 」
「僕で良かったらいつでもいいよ」
「ありがとうございます! 」
ティル君も結構強いし、変わった戦い方するからね…。旅館の出入り口で話していた僕達は、別れ際に一言ずつ言葉を交わす。ティル君はフッ、と表情を崩しながら、背が低い僕達に視線を下ろす。キノトは昨日相当嬉しかったらしく、満面の笑みでティル君を見上げながら声をあげる。ティル君自身もまんざらでもないらしく、今度は笑顔で頷く。これにキノトは、直立不動で頭を大きく下げていた。
「…それじゃあ、僕達はそろそろ行くよ〜」
「うん、いってらっしゃい」
僕もいまいち分かってないけど、普通じゃあ絶対に行けない場所に行くことになるからね。待ち合わせの時間が迫ってきてるから、僕は適当なタイミングで話を切り上げる。ティル君が屈んでくれたから握手を交わし、外に向けて歩き始める。キノトも後ろ向きで歩きながら、多分ティル君に前足を振っていると思う。じゃあね、っていうティル君の声が、旅館を発つ僕達を見送ってくれていた。
「…そういえばししょー? 」
「ん? 」
「こんなに早く出て、今日はどこの調査にいくんですか? 」
あっ、そういえば、キノトには何も話してなかったね。人通りが全く無い商店街に出たあたりで、キノトは不思議そうに僕に尋ねてくる。朝から調査する事は何回か会ったけど、日の出間もない時間帯に出発するのは初めてだったと思う。それに今思い出したけど、キノトには明日の予定を空けておいて、ってしか伝えなかったような気がする。キノトを驚かせよう、って思ったのもあるけど…。
「僕の最初の目的地は分からないけど、“陽月の回廊”、っていう所に連れてってもらう予定だよ〜」
「“陽月の回廊”、ですか? “陽月の回廊”って、遺跡か何かですか? 」
「うーん、遺跡って言うより、通路、って言ったらいいかもしれないよ〜。それに今回は、調査じゃなくておつかい…、になると思うよ」
“回廊”を調査して史実研究に繋げる訳じゃないからね、そう言うのが良いかもしれないね。僕自身も詳しくは説明されてないから、分かっている範囲でキノトに教えてあげる。少し回りくどい言い方をしたけど、その方がキノトは喜ぶ? のかもしれない。何しろキノトの夢は、世界の成り立ちを解明する事。異世界に行く事、そこへ行くため、支えている回廊を通る事はキノトの目標にも繋がるから…。
「おつかいですか? 調査じゃなくて? 」
「うん。“会議”で頼まれてね、“月の次元”…、異世界の様子を見に行くことになったんだよ〜」
「いっ、異世界? そっ、そんな事ができるんですか? 」
「僕もそれだけしか聴いてないんだけど、この世界を統治してる人の頼みだからね〜」
多分その人の“チカラ”を借りる事になるのかもしれないね。ギルドとの交差点に差し掛かったところで、キノトは不思議そうに首を傾げる。朝早くて空気がひんやりしてるけど、多分すぐに興奮で煮えたぎる事になると思う。そんな風に予想しながら教えてあげると、キノトは驚かすを食らった時の方な表になってしまう。だけどすぐに立ち直り、僕の予想通り興味津々、っていう感じで迫ってきた。…もちろん、僕も楽しみだしね。
「せっ、世界をですか? って事は、伝説の種族なんですね」
「そうだよ〜。“承伝の回廊”でしか会った事無いけど、ソルガレオ、っていう種族みたいなんだよ。使いの人が迎えに来てくれるんだけど、後の事は着いてから話してくれるんじゃないかな〜? 」
「使いの人? 」
“承伝の回廊”でのシルエットで見た感じだと、飛べる種族じゃなさそうだったからね。きっとソレイルさんに就いてる、飛行タイプかドラゴンタイプの種族の人かもしれないね。海岸への坂を下りながら、僕は知ってることを全部話しきる。話の内容が凄く壮大になってるけど、その分楽しみも多いって思ってる。何しろ僕も“会議”で聴くまで知らなかった場所だから、僕自身もどんな場所なのか興味がある。世界と世界を支える役割もあるって聴いてるから、普通の場所じゃないのは確か…。“光の雲海”みたいに足場が無い場所かもしれないし、“承伝の回廊”みたいそもそもそういう概念がない場所かもしれない…。
「うん。…飛びやすい場所にいて、って言われてるから、海を渡る事になるかもしれないね〜」
そんな感じで話していると、僕達の足元はサラサラの砂に変わり始める。ザァーン、ザァーン…、って規則正しい音色も混ざりはじめ、少しだけ湧き立った気持ちを鎮めてくれているような気がする。一応僕の中での所定の位置に着いたから、もう一つの姿をイメージして姿を変える。視線が高くなったところで話を続け、予想を交えてキノトにこう言い切った。
「迎えの人が来ないと分からないけど…、あっ、多分あの人かな〜? 」
「こっちに飛んできてるあの人ですよね? 」
見た事無い種族だけど、時間的にもそうかもしれないね。広い水平線に目を向けながら話していると、僕はふと、その先の空に動く何か…、飛ぶ誰かを見つける。日の出から二時間ぐらいは経ってると思うけど、郵便局員の飛行タイプにしては身軽すぎるような気はする。ミズゴロウの姿だと気付かなかったかもしれないけど、僕達の方に降下してきているあの人の種族は初めて見る。多分二百メートルぐらいの距離があると思うけど、このタイミングでキノトも気づいたらしかった。
「そうだと思うよ〜。…ええっとすみません、あなたが…」
「えっ、うっ嘘でしょ? 」
「キノト? この人の事、しってるの? 」
「はい! まっ、まさか会えるなんて思ってなかったけど、砂の大陸では知らない人がいないくらいの有名人なんですよ! 」
砂の大陸で? …なら草の大陸では活動してないのかな? 声が届くぐらいの位置まで来たところで、僕はその人に大声で呼びかけようとする。…けどそれは、その人の種族に気付いたらしいキノトの驚きに遮られてしまう。短時間で二回も声を荒らげてしまってるけど、色んな感情が混ざってるキノトの感じだと、名が知れた人なんだとは思う。けど僕は初めて見る種族だから、頓狂な声をあげる弟子に圧倒されながらも問いかける。すると彼は、感情を溢れさせながら僕にその人の事を語り始めてくれた。
「…という事は、イワンコの君は砂の大陸の出身だな? 」
「はい! 」
「ええっと…」
「あぁすまんすまん。貴殿が“真実”のウォルタ氏だな? 」
「あっ、はい」
うーん…、やっぱり、分からないなぁ…。湧き立つキノトの横で考えてみたけど、やぱりこの人の種族とか職業は全然思い浮かんでこない。話してる二人の様子からすると、多分砂の大陸だけの事の様な気はする。…けど迎えに来てもらってる手前、彼の事を放っておいて流れに身を任せる訳にはいかない。だから僕は、キノトは知っている彼に、ソレイルさんの使いの人なのかを確かめようとする。
だけどそれは、僕の存在に気付いた彼本人に逆に訊かれてしまう。軽く謝ってくる彼は、名乗っていないはずだけど僕の地位名から訊ねてくる。この事は一部の知り合いと探検隊連盟の幹部役員にしか話していないから、知ってるって事はこの人で間違いなさそう。…だけといきなり言い当てられたから、僕は空返事しか出来なかった。
「今は“チカラ”で姿を変えてますけど、考古学者でミズゴロウのウォルタ…」
「と、その弟子のキノトって言います! 」
「貴殿の事はソレイル氏から聴いている。“月”の件を引き受けてくれるそうだな? 」
「そういう事になってます〜。ええっと、あなたが、ソレイルさんの使いの人なんですよね? 」
「その通りだ。名乗るのが遅くなり申し訳ないが、俳優でカプ・コケコのコークだ。以後よろしく願いたい」
武道家かぁー。って事は、結構鍛錬を積んだりダンジョンにも潜入してるかもしれないね。僕の時にはキノトに割り込まれたけど、何とか互いに自己紹介する。聞き慣れない種族の彼、コークさんは大体の事は聴いているらしく、本題を出して、確認してくれる。それに僕は、僕が効いてる限りのことを出してコークさんに確かめる。すぐに頷いてくれたから、僕は右の翼を差し出して互いに握手を交わした。
「よろしくお願いします〜。…コークさん、急で申し訳ないんですけど、弟子のキノトも連れていっても大丈夫ですか? 」
「
私では判断しかねるが、ソレイル氏なら許して下さるだろう」
「本当ですか! 」
「助かります〜」
まだ決まった訳じゃないけど、キノト、良かったね! “会議”の時に訊きそびれたから、僕はダメ元でコークさんに尋ねてみる。彼が決める訳じゃないけど、ソレイルさんの使いなら何か知ってるかもしれない、そう思って確かめてみた。だけどやっぱり彼自身も分からないらしく、一瞬空を見上げて考える。多分予想でだと思うけど、視線をキノト、僕の順に向けながらすぐに答えてくれた。
「…では、そろそろ行こうか」
「はい! 」
「キノト」
「ししょー、お願いします! 」
うん、最初からそのつもりだったからね。とりあえず話題途切れたから、このタイミングでコークさんはもう一度空の方を見上げる。それからすぐにこう呟いたから、ソレイルさんがいる場所に向けて発つ、そういう意味だと思い、僕は大きく頷く。キノトは元気よく声をあげていたから、その彼に僕は短く呼びかける。これはいつもの事だから、背中に乗って、っていう意味を察してくれたと思う。ぺこりと頭を下げ、キノトはすぐに僕の背中にしがみついてくれた。
それから僕達は、コークさんの案内で目的地に向けて飛び立つ。日が昇る東の空からは、西に向けて暖かな風が僕の背中を押すように駆け抜けていった。
続く