弐壱 世界間のギャップ
[Side Kinot]
「…シオンちゃん、ついたよ! 」
「ここが? 」
「うん。暗くて見にくいかもしれないけど、ここがそうだよ〜」
今日はここに来るのは二回目だけど、まぁいっか。ししょーと一緒に赤兌の祭壇の様子を見に来た僕は、そこで倒れていたスバメのシオンちゃんと出逢う。ぼくは最初は信じてなかったけど、シオンちゃんは元々人間だったみたいで、気付いたらここで倒れていたんだとか。とんでもない事だったけどししょーは最初から信じていたらしく、彼女にありのままの事を教えてあげていた。
それで暗くなってきていたから、調査を適当に切り上げた。ししょーはミズゴロウからウォーグルに変身して、ぼく達はその背中に乗せてもらう。シオンちゃんの物らしいバッグはししょ―が首から提げて持って、ぼくは当然ぼく自身で…。シオンちゃんはまだまだ体に慣れてないみたいだから、飛び立ってからずっと背中を支えてあげていた。
それで今は、町明かりがちらほらと灯る場所の上に来てる。ぼくは朝この町を出たばかりだから今日は二回目だけど、ししょーの提案で今晩はラムルタウンに泊まるつもり。思いつきだから宿の予約は取ってないけど、…まぁ何とかなるんじゃないかな? ししょーが降下し始めたから、ぼくはシオンちゃんにこう教えてあげた。
「そうなんですか? …だけど、まだ日が沈んでそんなに経ってないのに、真っ暗ですけど…」
「こっちの世界ではこれが普通だからね〜。シオンさんの世界の事は知り合いからしか聴いた事が無いけど、電気とかの照明は公共の施設ぐらいにしかないからね〜。別の諸島では結構発達してたけど、ここは自然との調和を優先してるからね、ちょっとした松明ぐらいしか明かりに使ってないんだよ〜」
「自然と…、田舎町、みたいな感じ、なのかな? 」
「ううん、ラムルタウンは小さいけど、港町って感じだね。…さぁ、降りよっか」
「うっ、うん」
流石にワイワイタウンとかミストタウンには勝てないけど、砂の大陸ではそこそこ発展してるからね。シオンちゃんは半信半疑、っていう感じで首を傾げながら、ぼく達に訊ねてくる。そこそこ高い所を飛んでたから、暗くていまいちわからないけど、ししょーは勘を頼りに降下しながら答える。ぼくは行った事もないし聴いた事も無いから分からないけど、ししょーとシオンちゃんが言ってるならそうなんだと思う。ししょーの説明でちょっとは分かったらしく、まだこくりと傾げてるけど、さっきよりは明るめの表情になってるような気がした。
だからぼくは、ししょーが言ったことにこの町の事を付け加えていく。だけどその途中でししょーが地に足をついて翼をたたんだから、ぼくはこんな風に呼びかけてから、ぴょんと先に跳び下りる。ぼくは岩タイプだから少し目が慣れてきたけど、飛行タイプのシオンちゃんと今のししょーでは、ほとんど見えてないと思う。明かりを頼りに旅館の前に降り立ったから、多分そこだけは何とか見えてると思うけど…。
「よいしょっと…」
「うん、降りたね。…ふぅ。シオンさん、念のため訊くけど、歩き方とかはわかる〜? 」
「はい。小鳥は沢山いて見てるから、だいじょぶです」
「ならよかった」
知ってるなら、大丈夫そうだね。シオンちゃんもぼくに続いて降りると、ししょーがシオンちゃんに話しかける。シオンちゃんは一瞬バランスを崩してフラってしてたけど、何とか持ち堪えていた。その間にししょーは元のミズゴロウに戻って、そのままシオンちゃんに問いかける。ポケモンじゃなかったから分からない、ぼくはてっきりそう思ってたけど、シオンちゃんは即答してたから、ぼくの心配はムダで終わってしまった。
「それなら安心したよ〜。…じゃあ、入ろっか」
「うん! 」
「はい」
「すみませ〜ん、今日って部屋、空いてますか〜? 」
時期的にも行楽シーズンじゃないから、多分大丈夫かな? ししょーはシオンちゃんの言葉に、ホッと一息つく。それから向けていた視線をぼくのもおくりながら、一度後ろをチラッと見てからこう呼びかける。後ろを見て行こう、って事は、中に入ろう。そういう意味だと思ったから、ぼくはすぐに大きく頷く。シオンちゃんも首を縦にふってたから、ぼくが予想した事はあってたらしい。
それから一歩先に入ったししょーは、少し大きめの声で呼びかける。小さなロビーは明かりがついているけど、ぼく達が入った時には誰もいなかった。…だけどししょーの呼びかけにすぐ気付いたらしく、三つある扉のうち真ん中のから、係の人らしいクレッフィーが出てきた。
「ええっと、はいはい! …んーと、空いてますよ。三人ですね? 」
「そうです〜」
「でしたら、四人部屋が空いてるんで、そこを使ってください」
「ありがとうございます〜」
「それと…、夜ごはんの時間って、終わってる? 」
「ごめんなさいね。十分前に受付が終わったところでして…。でも、大浴場の方は二十四時間使えますので、ぜひ使ってください! 」
そっか…。ちょっと残念だけど、お風呂に入れるならいいかな? 時間が時間だったから心配だったけど、この感じだと今日はあまり混んでなかったらしい。受付のクレッフィーは一瞬視線を落として、すぐぼく達に向き直る。フワフワ浮いてるこの人はこの一瞬で部屋番号を確認したらしく、自分の身につけている鍵のうちの一つを取り外す。念力か何かだと思うけど、浮かせたソレをししょーに手渡していた。
その直後でぼくは、ダメ元でこんな風に聞いてみる。赤兌の祭壇からそこそこ距離があったから、実はでらお腹が空いている。シオンちゃんはどうかは分からないけど、多分ししょーも同じ様な感じだと思う。だけど終わってたみたいだから、代わりに…、っていう事で温泉の事を教えてくれた。
「温泉? こっちの世界にもあるんですね」
「って事は、シオンちゃんの世界にもあるんだね? 」
「うん」
「…キノト、シオンさん、いくよ〜」
「あっ、はい! 」
へぇー。シオンちゃんはそうなんだー、っていう感じでぼくの答えに返事してくれる。シオンちゃんの世界の事は全然分からないから、いつか訊いてみたいってぼくは思ってる。ここまでで聴いた感じだと結構発展してるみたいだけど、正直言ってこの諸島の事しか知らないから、全然見当がつかない。ししょーは別の諸島にも行った事があるみたいだけど、ししょーの弟子になって一か月半ぐらいしか経ってないから、まだ訊けてない。だから、いつか時間を見つけて訊いてみるつもり…。
…こんな風に考えながら話している間に、ししょーは残りの手続きを全部終わらせたらしい。少しだけ右の方の扉に向かってから、ぼく達の方に振りかえってこう呼びかけてくる。だからぼくは慌ててししょーの呼びかけに返事し、二、三歩ぐらい駆ける。だけどシオンちゃんはあまり慣れれてないみたいだから、彼女が来るまで待ってあげた。
「ええっとししょー? 四人部屋って言ってましたよね? 」
「そうだよ〜。さっき地図をチラッと見たんだけど、大浴場からは少し離れてるみたいなんだよ」
「えっ、そうなんですか? 」
「あれ? もしかしてキノトって、この旅館には泊まった事ないの〜? 」
「はい。地元だから、たまに温泉に来るくらいで泊まらないんですよ」
確か“灯台下暗し”って言ったっけ、古い言葉で…。ぼくはチラッと聞いただけだったから、この事をししょーに一度確認してみる。すると聴き間違いじゃなかったらしく、ししょーはすぐに頷いてくれる。だけどその部屋から目当ての大浴場は離れているらしく、ちょっと暗めの顔でこう続ける。空いてるからいい部屋だがあるって思い込んでたから、そんなししょーにぼくは声をあげてしまう。けどそれが別の意味でししょーを驚かせてしまったらしく、意外そうに訊き返されてしまった。
「そうなんだ〜。僕もトレジャータウンの旅館には泊まった事無いから、どこでも同じなんだね〜。…あっ、この部屋だよ〜」
「この部屋ですね? 結構奥の方だけど…」
「だけどその分広いんじゃないかな? …うん、広いね」
「大型の種族も泊まれる部屋みたいだけど、僕達って三人とも小さい種族だからね、四人部屋ってことになってるんじゃないかな〜? 」
そこがマイナスだけど、これだけ広かったら、まぁいいかな? 話している間に着いたらしく、ししょーはもらった鍵を右の前足で持ちながら、それで一つの扉を指す。すぐにそこ、奥から三つ目の扉の鍵穴にそれを差し込み、反時計回りに捻る。いつものミズゴロウの姿だから一番下のノブに前足をかけ、下に押しながら手前に引く。その瞬間から、和室だったらしく畳のいい香りが漂ってきた。
ししょーに続いてぼく達も入り、備え付けてある濡れタオルで前足と後ろ足を拭く。洋室だったら拭かなくてもいいけど、入ってきてすぐだから、こうして拭くのが泊まる側としてのマナー。格安の宿だとこういう配慮がされてなくて、畳にシミとか汚れが付いてる事が多いけど、ぼく達が泊まる旅館のグレードは、この町では大体真ん中辺り。だけど温泉では上位に位置していて、シーズン中にはキャンセル待ちになる事があるらしい。
「ホントですね。わたし達だとちょっと広すぎるぐらいですね」
「だけどその方がゆっくり出来るんじゃないかな? 」
「そうだね〜。…キノト、シオンさんも、先にお風呂に入ってきていいよ」
「本当ですか! 」
「先にって…、ウォルタさんは…」
「忘れないうちに今日の調査結果を記録したいからね〜。…でも僕もすぐに行くから〜」
って事は、赤兌の祭壇の事を纏めるのかな? シオンちゃんの言う通り、ぼく達にはちょっと広すぎるかもしれない。だけどその方が、窮屈な方よりはくつろげると思う。ししょーがウォーグルに変身してもまだ余裕があると思うから、ししょーもこんな感じで部屋の感想を言っていた。そのままししょーは、部屋の端に荷物を置いたぼく達にこう言ってくれる。シオンちゃんはししょーに持ってもらってたから手ぶらだけど…。
…で、ししょーからこう言ってもらったから、ぼくはこんな風に声をあげた。だけどシオンちゃんは思う事があるらしく、ししょーにすぐに訊き返していた。
「ししょーもこう言ってくれてるから、行こ! 」
「うっ、うん」
シオンちゃんはいまいち納得できてないみたいだけど、お墨付きをもらえたから、ぼくはこう呼びかける。いまいちパッとしない表情だけど、それでもシオンちゃんは財布だけを持ったぼくの呼びかけに答え、部屋の出口の方に来てくれた。…という訳で、ぼく達は一足先に旅館の大浴場に向かう事にした。
――――
[Side Kinot]
「…あれ? ここ? 」
「うん、そうみたいだよ」
ここの温泉はどんな感じなんだろう? 部屋から二、三分ぐらい歩いて、ぼく達は一つの引き戸の前で立ち止まる。黒い
暖簾が提げられたそこで止まったけど、シオンちゃんは不思議そうに首を傾げていた。
「だけど入り口が一つだから、違うんじゃないの? 混浴だったら大丈夫だけど、一つだと女湯か男湯、片方しか…」
「片方? 一つしかないのが普通なんじゃないの? 」
「えっ? それが普通? リゾートホテルとかそういう所にしかないと思うんだけど! 」
「りっ、リゾートホテルで? むしろそっちの方が、分かれてるんじゃないの? 」
しっ、シオンちゃん、何言ってるの? 何かを不思議の思っていたらしいシオンちゃんは、その事をぽつりとつぶやく。だけどちょっと敷居の高いような話だったから、ぼくは思わずこう訊き返す。だけど逆にそれが変な事だったのか、シオンちゃんは嘘でしょ? っていう感じでぼくに抗ってきた。
「そっ、そうなの? 」
「うん。シオンちゃんにはあまり実感ないかもしれないけど、ぼく達って見ただけだと性別は見分けにくいでしょ? それならそういう施設はわざわざ性別で分ける必要なんて無いじゃん? それにコイルとかみたいに、性別が無い種族だっているし」
「見分け…、うん。…今思い出したけど、ポケモンの性別ってステータス上だけで、あまり見ても違いが分からなかったような気がするよ」
「でしょ? 」
シオンちゃん、何か変な風に思ってたみたいだけど、それがシオンちゃんの世界では普通の事なのかな? シオンちゃんはでら驚いてたけど、これはぼく達の世界では普通の事。この世界の常識を話したから、この様子だと多分納得してくれていると思う。本当にそうだったらしく、話している途中で何かを思い出したのか、あっ、って短く声をあげてからこう続けていた。
「うん」
「…よしっと。シオンちゃんにはちょっと変な感じがするかもしれないけど、入ろっか」
「うん! 」
とりあえず納得してくれたから、ぼくが引き戸をスライドさせて先に入る。時間が時間って事で人は殆ど居なくて、送風機の音がするぐらいで割と静か…。その中を適当に進んで、そのうちの一つのロッカーに財布を入れる。もちろんしまう前に小銭を取り出しておいて、ロッカーの投入口に入れて施錠する。鍵についたゴムバンドを左の前足に通してから、ぼくはもう一回こう呼びかけた。
「…あれ、キノト君? タオルは無いの? 」
「うん。種族によって違うけど、体毛とか羽毛って乾きにくいでしょ? だから別の通用口にある温風室で乾かすんだよ」
「温風室…、サウナみたいな感じ? 」
「ううん、サウナもあるんだけど…、何て言ったらいいのかな? 分からないけど…、兎に角、あったかい風が出る小部屋が出口にあるから、そこで乾かすんだよ」
うーん、どんな風に説明したら、分かってくれるんだろう…。シオンちゃんは別の事が気になったらしく、またぼくに訊いてくる。だからすぐに教えてあげながら、その部屋がある反対側をチラッと見る。ありのままの事を教えてあげたつもりだったけど、ぼくの説明が悪かったのか、シオンちゃんはちょっとだけ勘違いしてしまう。…だけどぼくはこれ以上いい言葉が思い浮かばなかったから、首を横にふりながら苦し紛れに無理やり締めくくった。
「そうなんだー」
「そうなんだよ。…シオンちゃんは飛べたら気にしなくていいけど、滑りやすいから注意してね」
「うん。そこは同じなん…」
ひとまず分かってくれたから、ぼくは右の前足で戸を引き、浴場へと入っていく。僕は種族上苦手だけど、白い湯気が立ち込めてちょっと蒸し暑い…。だけど地元が温泉で有名だからかな? 小さい時から慣れ親しんでるから、ぼくは温度が高かったら平気。足元が結構濡れたりぬるぬるしたりしてるから、ついてきてくれているシオンちゃ…。
「ひゃっ…」
「熱っ! 」
「キノト君! 大丈夫? 」
「うっ、うん。ビックリしたけど…」
「ごっ、ごめんね…。前が見にくくて…」
びっ、ビックリした…。シオンちゃんと何気なく話していると、左の方からいきなり、熱湯がぼくの方に飛んできた。銭湯だとあるあるだと思うけど、いきなりだったから思わずとびあがってしまった。シャワーのお湯だと思うけど、結構勢いが強いから、その出した人も驚きで声をあげてしまっていた。
「たっ、多分大じ…、えっ? 」
「鏡も曇っちゃってるから…。それにこの辺では見かけない種族だから、お姉さんも宿泊客ですか? 」
その人の方に振りかえると、ぼくから見ると赤と白で大きな種族のその人が申し訳なさそうにしていた。鏡が曇って見えなかったからだと思うし、見た感じ腕が短い種族だから仕方ないと思う。ししょーとかシオンちゃんとは違う感じの翼もあって確認しにくいと思うから、これは仕方ない事だと思う。それに地元民のぼくが知らない種族だから、こんな予想をしながらその彼女にこう言ってあげた。
「うん。来た事無い町だから分からなくて…。一緒に来てる仲間ともはぐれちゃったから、みんなの事が心配だけ…」
「らっ、ラティアス? お姉さんって、ラティアスですよね? 」
「そっ、そうだけど? 」
「シオンちゃん、この人の種族、知ってるの? 」
はぐれちゃったんなら、早く会えるといいけど…。体勢を起こして右側から振り返ってくれている彼女は、ちょっとだけ不安そうに顔を曇らせながらこう呟く。はぐれたって事はダンジョンかどこかに行ってきたのか、港町だから船を間違えたか…、多分そのどっちかだとは思う。みんなの事が心配だけど、多分飛行タイプか何からしいお姉さんはこう言おうとしていたけど、それは驚きで変な声をあげちゃったシオンちゃんに遮られてしまう。種族名か何かだと思うけど、その人も少し驚いたように、こう頷いていた。
「うん! この人の種族? は覚えてたけど、ラティアス、っていう伝説のポケモンだよ! 」
「でっ、伝説? 」
「わたしもたまに忘れそうになるけど、そうだよ」
「そっ、そうなの? 」
「うん」
「…でもわたしは直接伝説には関わってないから、種族としての“チカラ”があるだけで、きみ達と殆ど変らな…」
「あっ、いたいた〜。キノ…、えっ? 」
伝説の種族なの? シオンちゃんが知ってたのは意外だったけど、それ以上にぼくは、このお姉さんの位置づけに驚いてしまった。伝説といえばレシラムのシロさんしか会った事が無いから、ぼくはまさか、地元の旅館の大浴場で会えるなんて夢にも思っていなかった。ぼくの驚きの大元、ラティアスっていう種族の彼女は既に立ち直っているらしく、平然とぼく達に話してくれる。殆ど変らない、そんな風に言おうとしてたと思うけど、彼女は今度は別の人…、遅れて入ってきたししょーに遮…。
「らっ、ライトさん? この時代に来てたんですか〜? 」
「ウォルタ君! うん! 」
「えっ? ウォルタさん? 」
「しっ、ししょー? この人と知り合いなんですか? 」
「うん。知りあいっていうより、僕の兄…、じゃなくて、姉弟子だよ〜」
「しっ、ししょーの? 」
「そうなるね」
うっ、嘘だよね? 伝説の種族のこの人が、師匠の姉弟子なの? しかもししょーはこの人と知り合いで、それもかなり近い関係らしい。親しそうに話しているから、相当…。…もうビックリし過ぎて何が何だか分からなくなっちゃったけど、ししょーは手短にこの人との関係を教えてくれる。だけどぼくは、ただ
人気の少ない大浴場に声を響かせることしか出来なかった。
続く