終 エピローグ
[Side Kinot]
「……キノト、本当に大丈夫か? 」
「多分、ですけど……」
もう痛いのか痛くないのか、よくわからなくなってきたよ……。意外な形で決着がついたけど、安心してぼくは崩れ落ちてしまう。今までは戦ってたから気にならなかったけど、三足で立つのは結構難しい。いつもみたいに立つと左に倒れちゃうし、かといって右にずらしすぎても同じ……。“太陽の次元”に戻って、病院に行くまでの我慢だと思うけど……。それで崩れるように座り込むぼくを心配して、一緒に戦ってくれたミナヅキさんが声をかけてくれる。
「だといいんだが……、最悪の事態は覚悟しておけよ? 」
「はっ、はい」
足が無くなるってこと、だよね? ぼくに寄り添って声をかけてくれたけど、ミナヅキさんはどこか暗い気がする。一応あの時、ミナヅキさんに助けてもらう直前に覚悟はしてたけど、改めてこう言われると、ちょっと怖い。だけど痛すぎて感覚が無くなってるから、本当にそうなっちゃう気もしてきてる。
「ミナヅキさんも、さっきはありがとうございます。あの時助けてくれなかったら、ぼくは……」
「それはお互い様だ。キノト、お前が隙を作ってくれなければ、俺も“爪術”を当てられなかった。んだからお互い様だ」
ミナヅキさんはこう言ってくれてるけど、ぼくはいまいちそんな実感が無い。確かに無理してアクセルロックで走って、そのまま思念の頭突きで突っ込んだけど、あまりダメージを与えれなかった。だけどミナヅキさんがこう言ってくれたから、うれしくもあるし、ちょっと自信が持てる、かな? ミナヅキさんが珍しく優しい顔で言ってくれたから、ぼくの表情もつられるように緩んできた。
「どういたしましてです。……そういえばミナヅキさん、話したい事がある、って言ってましたけど、良かったんですか? 」
「……あぁ、そういゃあそうだったな」
前足を揃えて後ろ足を前に投げ出して座ったら、割と楽になった気がする。ちょっとお行儀が悪いけど、ぼくはあることをふと思い出す。詳しく聞いたわけじゃ無いけど、確か“空現の穴”に飛び込む前、“統治者”に訊きたい事がある、って言ってた。それが何なのかは分からないけど、多分シリウスさんに関係ある事だと思う。だからこれで思い出してくれたらしく、ミナヅキさんはあっ、って短く声を上げる。そして寄り添ってくれていたぼくの傍から――
「“月界の統治者”、すまねぇが、一つ訊いても構わねぇか? 」
ルーンさんの方を見上げながら声を上げる。ぼく達が話してる間、ルーンさんとソレイルさんが何をしてたのかは分からないけど、結構大きな声だったから、流石に気づいたらしい。
「ん? 妾に何か用があるようじゃが……」
「あぁ。大罪を犯しながら虫の良すぎる話……、図々しい願いだと思っているが、訊いてはくれないか? 」
「妾は構わぬが……」
不思議そうに首を傾げながら、ルーンさんはぼく達の方に降りてきてくれる。ぼくは訊いた事しか分からないけど、ミナヅキさんは多分、自分のせいで事件が起きた、って思ってるんだと思う。だからミナヅキさんは恐る恐る尋ねて、ルーンさんの様子を伺っている。
「ルーン、汝の気持ちも理解できるが、ミナヅキ殿の働きで解決できたのも事実。すまないが、ここは拙者に免じて聞いてやってはくれぬか? 」
ソレイルさんもこっちに来て、ミナヅキさんと一緒に説得する。この感じだと多分、ソレイルさんも“統治者”だから、コークさん達から聞いて知ってたのかもしれない。
「この通りだ」
だからミナヅキさんの横に並んで、躊躇うルーンさんに頭を下げていた。
「ソレイル……。ソレイルがそこまで奴を信じるなら……。了解した。ソレイル、すまぬが顔を上げてくれぬか? 」
「ルーン、すまぬ……」
「……ミナヅキと言ったか。汝の頼みとは、何だ? 」
「なら……、タダでとは言わねぇが、“月の次元”の俺が“太陽”の次元に移り住む事は可能か? 」
凄く躊躇ってたけど、ソレイルさんの説得で折れたらしい。申し訳なさそうに声を上げるルーンさんは、ソレイルさんに対しこう呟く。二人を見るたびに思うけど、ソレイルさんとルーンさんって、本当に似てると思う。凄く低姿勢なところとか、すまない、が口癖なところとかね……。
それでソレイルさんに説得されたルーンさんは、傍に控えていたミナヅキさんに話しかける。雰囲気的にはまだまだ信用してるわけではなさそうだけど、さっきの戦い、それからソレイルさんに言われたって事で、多少は気持ちが揺らいできてるのかもしれない。
「なんだ、その程度の事か。……じゃが妾も“統治者”としての地位がある故、汝の言を無条件に聞くわけにはいかぬ」
「あぁ、それは分かっているつもりだ。それで俺は何をすればいい? 」
「それならば……、“パラムタウン”や“エアリシア”、被害者の復興支援でどうだ? 」
「あっ、そうですね。確かハクさん達のギルドに避難してきてるから……、それで良さそうですね」
もっと凄い事を頼んでくる、って思ってたらしく、ルーンさんは拍子抜けしてしまっている。この感じだと違う世界に行く事自体は、あまり重大な……、無理な願いでも無いのかもしれない。だからルーンさんは頷いたけど、すぐに表情を曇らせる。“月の次元”はどうなのかは分からないけど、もし“太陽の次元”と同じなら、ルーンさんも主神のひとり、って事になる。まさかソレイルさんが、ハクさん達のギルドの事まで知ってるなんて思わなかったけど……。
「あの大罪人が襲撃した街じゃな? うむ、妾はそれで構わぬ。汝の移住、認める事としよう」
「本当か……? 」
「然り。妾の気が変わらぬうちに、行くがよい」
「ありがたい。……住民の復興、か。あぁ、分かった。贖罪のつもりで尽力する」
「ミナヅキさん、よかったですね! 」
「あぁ! 」
これは多分ソレイルさんから聞いてたんだと思うけど、事件の事をルーンさんは知ってたらしい。それで今度こそ応じてくれて、頼み込むミナヅキさんに対して表情を緩める。だけど許してる訳では無い、と念を押してるから、まだ前にあった事を根に持っているのかもしれない。この言葉を賜ったミナヅキさんは、深々と頭を下げ、ルーンさんに感謝の気持ちを伝えていた。
それでミナヅキさんが頭を上げてから、ぼくは彼にこう声をかける。するとミナヅキさんは、今まで見たことが無いぐらいの、満面の笑顔で頷いてくれた。ミナヅキさんは表情を緩めたりすることはあったけど、笑う事は一度も無かった。だからぼくはびっくりしたけど、ぼくもつられるようにして笑いかける、ミナヅキさん、こんな風に笑うんだ、って。
それでルーンさんの許しももらえたって事で、ぼく達は一度ハクさん達と合流する。ミナヅキさんはどこか嬉しそうで、足取りが凄く軽い。多分これがミナヅキさんの素なんだと思うけど、ミナヅキさんって、こんなに子供っぽいところもあるんだね。……で、ぼくは左の後ろ足を引きずりながら追いかけたんだけど、ハクさんはハクさんで、要件は全部済んだらしい。主犯のカイリューを連行するような感じで、ぼく達はソレイルさんが作ってくれていた“空現の穴”……、元の世界に帰る渦へと飛び込んだ。
――――
――――
[Side Kinot]
「……うぅっ」
「キノト! よかった……」
ここは……。……そっか、ぼくって……。“太陽の次元”に戻ったぼく達は、あのあとすぐにシルクさん達と合流する。シルクさんは“チカラ”の“代償”で動けなかったけど、コークさんが背負ってくれていたから何とかなった。そういうぼくも左後ろ足を引きずった状態だったけど、流石にそのときにはもう慣れてた……のかな? ハクさん達のCギアの機能で転送してもらったから、あまり歩かなくても良かったんだけど……。
それで凄く久しぶりに“アクトアタウン”に戻ってから、ぼくはすぐに病院に行った。ぼくはミナヅキさんに付き添ってもらったんだけど、診察してもらってからすぐに入院する事になった。それで事件の事もあってお医者さんの数が足りてないみたいで、ぼくの足の手術は翌日……、今日される事になった。始まる時間は三時間ぐらい遅れたけど、麻酔で眠っていたぼくは、病院のベッドで目を覚ました。
「ししょ……、それにミナヅキさんも……」
「キノト、ミナヅキさんから話は聞いたよ。聞いた、けど……」
目を開けるとそこには、ずっと付き添ってくれているミナヅキさんと、“伍央の孤島”に行く時ぶりに会うししょーがいた。ししょーはホッとしたような、だけど凄く悲しそうな顔をしてるけど、こんな顔をしてる理由はすぐに分かった気がする。だからぼくは寝ている布団から這い出し――。
「ぼくの後ろ足ですよね? 」
手術してもらった左の後ろ足が見えるようにする。
「うん……」
「だろうな。俺も向こうで見た時、こうなる事は覚悟していたんだが……」
ぼくの予想があっていたらしく、包帯で巻かれた患部を見せると、ししょーの表情は凄く暗くなる。ミナヅキさんは一番よく知ってくれてはいるけど、それでもやっぱり言葉を詰まらせていた。何故なら……。
「ぼくの後ろ足、ダメでしたからね……。折角ミナヅキさんに助けてもらったけど、“術”を食らったら、こうなっちゃいますよね」
ぼくの左後ろ足は、手の施しようがない状態だったから……。昨日の診察で分かった事だけど、攻撃を受けたところの骨は粉々に砕けていて、治療は不可能。付け根にかけても壊滅的で、内側には完全にヒビが入っていて、いつ砕けてもおかしくない状態。これだけだとここまでにはならなかったんだと思うけど、一番の原因はその後の事……。砕けた骨が左の後ろ足全体に散らばって、筋肉とかをズタズタに裂いてしまってる。おまけに神経も同じ状態だったから、有名な、専門のお医者さんでもお手上げ……。見てもらった後で他の病院にも問い合わせてもらったんだけど、どこの病院も答えは同じ。だからこのまま放っておくと全身でも同じ事が起こるから、って事で――。
「けど助けてもらってなかったら、ぼくは死んでたと思います。だから左の後ろ足が無くなっただけで済んだから、それだけで十分です」
付け根から五センチぐらいを残して、そこから先を切断することになった。まだ手術から時間が経ってないから、傷口にはしっかりと包帯が巻いてある。寝て起きたら後ろ足が無くなってるから、変な感じがするけど……。
「だからししょー、ミナヅキさん、そんなに暗くならないでください! 左の後ろ足は無くなっちゃったけど、それ以外は元気ですから! 」
空気が凄く暗くなってるから、ぼくは無理矢理明るい声を出す。本当はぼくも無くなってショックだけど、ぼくまで沈むと立ち直れなくなりそう。だからせめて心配させないためにも、いつもの笑顔を二人に見せてみる。
「キノト、暫く見ないうちに強くなったんだね……」
だけどそれでも、ししょーがずっと悲しそうな、そしてどこか寂しそうな顔をしてるから――。
「そうだ! ミナヅキさん? ミナヅキさんってあの後、どうなったんですか? 」
「んっ? 俺が、か? 」
凄く無理矢理だったけど、話題をぼくのことからそらしてみる。急に話を振ったかtら変な声を出しちゃってたけど、視線を逸らしていたミナヅキさんはぼくをハッと見る。
「俺は……、シリウスに誘われていたからな、チームに加入する事になった。確か……、探検隊、と言ったか……」
「シリウス達のチームに? 」
「あぁそうだ。一応俺は史学者だが、“太陽の次元”からすれば罪人も同然だ。シリウスとハク、“太陽の統治者”とサードと相談し、社会貢献で贖罪することになった。避難所の責任者も、シリウス達だしな」
話では聞いてたけど、“パラムタウン”の人達がそこにいるみたいだからね。シリウスさんに“太陽の次元”に来る事を誘われてたのは知ってたけど、まさかチームに加入する事になってたなんて思わなかった。ルーンさんとの約束、って言う意味では一番いいのかもしれないけど、それだと本業の研究とかが出来なくなるような気がする。そもそもギルドとか……そういう期間の経営とかがどんなものなのか分かってないんだけど、探検隊だと特に、毎日忙しくて休む暇がない、っていうイメージがある。
「そっか。……ってことはシリウス達のチームって、三人とも違う世界の出身って事になるよね」
「そうなるな。ハクはこの世界だが、シリウスは三千九百年前で俺は“月の次元”。事件で悪い印象が広がっているから、俺の出身は伏せる事になるだろうがな」
「その方が良さそうですね。だったらミナヅキさん、“デアナ諸島”の出身、ってことにしたらどうですか? 」
「デアナ、か。そういゃあ一時、そんな嘘ついていたことがあったな」
初めて会った時、そう言ってたよね? ぼくはミナヅキさんに言われて初めて気づいたけど、よく考えたら、シリウスさんのチームは普通に生活してたら絶対に会えない人達が集まってる事になる。“空現の穴”とかに落ちたら話は別だけど、シリウスさんとミナヅキさんは、“空現の壁”を超えないと絶対に会えない。そんな中二人の出身の世界“軸”が重なってるのが、ハクさんが住んでる……ぼく達の“七千と六百二十四”番目の世界。ハクさんの元に二人が集まった、って見る事も出来るかもしれないね?
この一週間で色んな事があったけど、どれも普通は体験できない事ばかりだから、ぼくは凄く良かった、って思ってる。……確かに三本足になるなんて夢にも思わなかったけど、この短い間に記憶をなくして、すぐに取り戻す事なんて、絶対にないよね? それに異世界に行く事自体も、何事もない日常ではあり得ない。そもそも伝説の種族に知り合いがいる事も、考えられない事だからね。……だけどこれがぼくにとっての普通だから、ぼくの感覚って、狂ってるのかもしれないね。今更気づいたの、って誰かに言われそうな気がするけど……。
だけどこの状態が、今のぼく。この一週間の事が無かったら、ぼくがぼくじゃなくなる。たまにこの一週間が無かったらどうなってたんだろう、って思う時があるけど、やっぱりいつも考えられなくて想像するのを諦める。……だからもしかすると、ぼくはこうなる運命だったのかもしれないね? ししょーの知り合いのセレビィを通して“時”を司ってる人に聞いてみたら、ぼくに関する“時間”とか“空間”は歪んでない、って言ってたみたいだからね。
だからぼくは、このまま流れに身を任せていこうと思う。流石にリハビリとかですぐに、とはいかないと思うけど……。だけどこれは、一週間の疲れを取るための休憩時間、って思えばいいのかな? そういうことはよく分からないけど、なるようになるよね、きっと……。
今回の事件みたいにイレギュラーな事があっても、この“世界”が何事も無く存在している限りは、ね!
“たんけんのきろく〜七の色彩と九の厄災〜”
考古調査編 完