壱伍 戦闘のノウハウ
あらすじ
調査団の拠点を訪れている僕は、そこで弟子のキノトと合流する。
キノトが買ってきた地元のお土産に、アリナさんとアステルさんは凄く喜んでいた。
それから僕達は、この拠点を発つために天文台へと登る。
そこでウォーグルに姿を変え、赤兌の祭壇に向けて飛び立った。
――――
[Side Wolta]
「ししょー、やっぱりししょーはでら早いですね! ぼくも早くししょーみたいな学者になりたいですよ! 」
「ありがと〜。…でもそのためには、まずは自分の身だけは守れるようにならないとね〜」
僕だけかもしれないけど、考古学者ってダンジョンに潜入する事が多いからね。アリナさんの所から飛び立った僕達は、四時間ぐらいかけて目的の場所に辿りつく。途中海を越えないといけなかったけど、頻繁に長距離を飛んでるから割と平気。最近はキノトを乗せながら飛んでるけど、いい感じに負荷がかかっていいトレーニングにもなっている。まだ何か月かいかしてないけど、今では普通に出来るようになったって感じかな?
話に戻ると、眼下の砂原を眺めながら飛んでいると、背中に乗っているキノトが溌剌とした声で言い放つ。ちょっと照れくさくもあったけど、嬉しくもあるから、もしかすると少し僕の顔は赤くなってるかもしれない。それに僕は、照れ隠しになるかもしれないけど、こんな風に言って気を紛らわした
「ですよね! ししょーってバトルでも強いですもんね! ししょーの友達もみんな強いですし、ホントに憧れますよー! 」
「あははは…。まぁ確かにね。ベリー達は草の大陸を代表するチームになってるし、ハク達はギルドの親方になってるからね〜。…さあキノト、見えてきたよ。しっかり掴まってて〜」
「あそこですね! はい! 」
…だけどやっぱり、あの二人には勝てないからなぁー。ここまでべた褒めしてくると、流石にどうしたらいいか分からなくなってくる。苦笑いみたいになってるかもしれないけど、ひとまず僕は弟子の彼にこう作り笑いを浮かべる。そのままの流れで、僕は話しに出た親友達の顔を浮かべ、こう呟く。そうこうしている間に眼下の砂が赤味を帯びてきたから、背中の弟子に注意を呼びかけた。
僕の呼びかけに、キノトは元気いっぱいに返事してくれる。羽毛を通して伝わってくる感じだと、多分右の前足を上げていると思う。いつも元気があって僕を慕ってくれているから、やっぱり恥ずかしいけど、僕の師匠の二人の気持ちが分かった気がして、嬉しくもあったりしている。
「ししょー、ちょっと風が強いみたいですけど、大丈夫ですか? 」
「うーん、このくらいなら平気だよ〜」
ダンジョンがどうなってるかは分からないけど、この程度ならそよ風ってところかな。急降下して地面スレスレを滑空していると、キノトは心配そうに訊ねてくる。キノトは多分、砂原の砂嵐の事を心配してるんだと思う。だけど僕にとっては、砂嵐はただの雨同然の気象…。砂嵐よりもっと酷い気候も経験してるし、特殊な環境の光の雲海は何十回も突破している。だから僕は、弟子の質問に気にしないで、っていう感じで答えてあげる。大きく翼を広げて減速しながら、流すように呟いた。
「前来た時よりは強い気がするけど、これも鍛錬の内かな〜? 砂嵐だから、キノトにとっては関係ないけどね〜」
「ですよね! 」
キノトが僕を目標にしてるなら、これくらいは容易く乗り越えてもらわないとね。大分スピードも落ちてきたから、僕は前方向に強く二、三度羽ばたき、最後の減速段階に入る。大きく広げる事で空気の抵抗を増やして、それに耐えるように翼に力を込める。そうする事で急激に速度を落とし、体勢を起こして着陸する準備に入る。両足同時に地に付け、屈伸運動で勢いを逃がす。そうしてから翼をたたみ、僕はまた姿勢を低くしてキノトが降りやすいようにしてあげた。
「ですけどししょー? 見た感じ鞄が軽そうですけど、大丈夫ですか? これからダンジョンに突入しますし…」
「それも練習のうちだよ〜。今日は技じゃなくて、道具の使い方を中心に…、教えるから〜」
むしろそっちの方が、自信があるかな? 僕の背中からぴょんと跳び下りてから、キノトは正面に立って僕に問いかけてくる。鞄を見ながら質問してきたけど、そもそもここへ来ることは、キノトにはアリナさんの所で伝えたばかり。キノトはキノトで十分に道具を持ってないはずだし、僕も一昨日潜入してから補充していない。だけどこれは、僕が用意したキノトへのカリキュラム。ダンジョンへ潜入する上では必須の事だから、僕としては絶対に身につけておいてほしいって思っている。僕自身も結構使ってるし、使い方によっては十ニ分に効果を引き出すことができる。使う物の特性も最大限に生かしてほしい、それが弟子に期待してる事の一つ、かな?
「道具…、鉄の棘とか穴抜けの玉とかですよね? 」
「そうだよ〜。…さぁ、いくよ! 」
「はい! 」
道具の分類ぐらいしか教えれてないけど、キノトもちゃんと勉強して来てるみたいだね? キノトは少し目線を上に泳がせながら、何かを思い出そうとする。すぐに閃いたらしく、パッと明るい声で威勢よく答える。分類だけじゃなくて代表的な道具の名前まで覚えて来てくれたみたいだから、僕としては彼に百ニ十点をあげたいと思う。
…抜き打ちのテストはこのくらいで切り上げて、僕はキノトにこう呼びかける。一面赤い砂が広がっているだけで何の変哲もないけど、今僕が立っている目の前から、ダンジョンになっている。キノトには指示があるまで僕の前には立たないで、って言ってあるから、知らず知らずのうちに迷い込む事は今のところない。今も僕の後ろをついてきてくれているから、今回も大丈夫だね。だから、僕はキノトが横に並ぶのを姿を戻しながら待って、同時に一歩前に踏み出した。
「…うん、やっぱり砂嵐が起きてるね」
「ですね。…ですけどししょー? 探検隊協会に申請しなくても大丈夫なんですか? 確か砂嵐だと、漆赤の砂丘はシルバーレベルからプラチナレベルに上がりますよね? 」
まぁ、シルバーレベルでも、一般の人にとっては危険なレベルだけどね。一歩前に踏み出すと、辺りの空気は一気に変わる。乾いた風しか吹いていなかった砂漠が、砂を巻き上げて僕達に牙をむく。岩タイプのキノトにとってはただ風が強いだけだけど、水時々ノーマル飛行タイプはそうじゃない。それに何故かはまだ調べきれてないけど、ここのダンジョンは砂嵐になると急にレベルが上がる。ここの赤い砂はガラスの原料になるくらい堅いから、その分普通の砂嵐よりも危険性が高い。それに母さんの話しだと、酷い場合だと、目の前が真っ赤になって全く見えなくなることが報告されているんだとか…。
「大丈夫だよ〜。キノトも知ってる通り、協会からの認可を貰ってるからね〜、並のチームよりは制限は緩いと思うよ〜。他の諸島での活動権も貰えてるしね〜」
その関係で言ったのが、あの諸島だからなぁー。あの時は色々あったけど、彼女達は元気かなー? 少し目線の高い弟子を見上げながら、僕はこんな風に答えてあげる。砂嵐が起きてるのは想定内だったけど、本来なら僕は迷い込んでることになる。だけど協会の許可は貰えてるから、心配しないで、っていう感じで答える。キノトにとっては初めての高難度ダンジョンだけど、これも経験のうち、かな? もし何かあったら、僕がどうにかするつもりだし。
「ええっと、あの本に書いてある事件の事ですよね? ししょーがししょーのししょー…」
「キノト、来るよ! 」
「あっ…、はい! 」
おおっと、早速来たね。キノトがある事について話し始めたところで、僕は何者かの気配を感じ取る。まだ目視は出来ないけど、この感じは、結構近い。高難度ダンジョン特有の張りつめた空気が混ざってきたから、すぐに戦闘が起こる、長年の経験から、そう感じる。キノトにも警戒してもらうため、僕は強めにこう言い放った。
「グルルルゥっ…」
「キノト、今の状況みたいに、天候が悪くて敵の姿が見えない時、どうすればいいと思う? 」
「ええっと…」
シチュエーション的には、いい感じだね。僕の予想通り、あまり離れていない場所から、野生の唸り声が聞こえてくる。声の大きさと気配から大体の距離を測り、少し余裕があると僕は判断する。だから僕は、キノトに対してダンジョン内一発目の講習を開始する。すると弟子の彼は、ほんの少し考え…。
「スピードスターとかの全体技を使う…、ですか? 」
「それなら、そういう全体技が使えない場合はどうすればいいと思う? 」
「ガァァッ! 」
ノクタスかぁ…、厄介だなぁ…。彼の回答は、七十点、ってところだと思う。全体技なら広範囲に攻撃できるし、その中でもスピードスターは必中。だけどそれは、その技を使えればの話…。誰もが使えるとは限らないから、完答とは言えない。だから僕は、警戒のレベルを高めながら、更に質問を重ねる。
「ええっと…」
「エナジーボールかぁ…。…ハイドロポンプ! こういう時は、…雨玉! こうすれば、技に関係なく解消できるでしょ〜? 」
こうして話している間に、相手は赤い砂の中から緑の球体を放ってくる。キノトはまだ考えてるけど、そろそろ対処しないと僕が危なくなる。だから喉元に水のエネルギーを蓄え、高圧のブレスとして吹き出す。相性は最悪だけど、威力で圧しきって草の弾丸を打ち消す。間髪を開けずに、僕は下げている鞄の中を右の前足で漁る。手触りだけで目的の物かを判断し、すぐにそれを取り出す。高く掲げるとその効果が発動し、一瞬だけ弱い光がそれから放たれる。すると赤い砂嵐が弱まり、代わりに恵みの雨が空から降り注いできた。
「そうなんですね? 勉強になります! 」
「それに雨玉を使えば、水タイプの技、日照り玉なら炎タイプの技の威力を上げる事が出来る。そうじゃなくても、天気を変えれば上手くいくことがあるから、覚えておくといいよ〜。…炸裂の枝」
「ガァっ…! 」
「爆裂の種! 」
「……? 」
「これで最後! 」
「グァァッ…! 」
他にも応用の方法は沢山あるけど、まずはこのくらいかな〜? 手短に解説しながら、僕は次の行動に移る。立て続けに鞄の中を漁り、偶々触れた枝を一つ掴み、取り出してから目の前に向けて振る。すると透明なエネルギー体が正面に向けて飛んで行き、僕にニードルアームを命中させようと迫っていた相手に着弾。すると小さな衝撃波が、そのノクタスに襲いかかる。
更に僕は、鞄の奥の方にあった小さな種をその相手を狙って投げる。怯んでる隙に投げたから、寸分たがわず命中…。本来なら爆発が起こるはずだけど、今は雨玉の効果で水が降り注いでいるから、すぐに消火される。その代わりに消されたことで、相手の周りに白い蒸気が立ちこめる。
これで相手は前が見にくくなったから、その隙に僕は一気に駆け出す。赤く湿った砂を踏みしめ、相手の二メートル手前で強く踏み込む。この距離で大きく跳び、そのままノクタスの腹の辺りに頭から突っ込む。いわゆる技じゃない通常攻撃だけど、道具でのダメージとか、不意を突いたって事もあって、これだけで崩れ落ちていた。
「…まぁ、こんな感じだね〜」
「凄い…、凄いですよ! 技使ってないのに…! 」
急ごしらえの組み合わせだったけど、気付いていればそこそこ教えれる内容だったかな? 僕は一息ついてから、見学しているキノトの方に振りかえる。僕の実力はまだまだこんなものじゃないけど、それでも弟子の目は太陽のように光り輝いていた。凄く興奮した感じで、彼はこう声をあげる。もし書く物を持ってたら、スラスラとメモを取っていたかもしれない、そう感じさせるほど、彼はひとり湧き立っていた。
続く