玖拾壱 太陽と月、二つの世界を駆ける戦い(黄昏の月)
[Side Kyulia]
「……これでこの階は全員逃がせた、かしらね? 」
「全ての部屋を確認したので、そうだと思います」
「ならひとまずは完了ね? ……それでヴィレーさん、他のフロアは――」
「今確認しましたけど、少し前に終わり、今下に降りてきているところだそうです」
「……案外早いわね。……それなら私たちも、撤退ね? 」
「ですね」
――――
[Side Kinot]
「目覚めるパワー! 」
「目覚めるパワー」
ミナヅキさん、いきましょう! ルーンさんに頼まれたぼく達は、ほぼ同時に同じ技を発動させる。ぼくは口元に紅い球体を作り出し、ミナヅキさんは重ねた両手元に銀色のソレを解き放つ。そうする事で、グソクムシャから“月の笛”を取り戻す戦いが幕を開けた。
「……この程度の……“魔術”、俺に通用すると……思ってるのか? 」
だけどぼく達の二色は、手負いのグソクムシャに簡単に防がれてしまう。負傷していない右に手刀を作る。山吹色のオーラを纏ったソレを右斜め上に振り上げる事で、二つの弾が同時に切り裂かれてしまった。
「キノト! お前はムナールの気を引け。その間に俺が“笛”を盗む! 」
「はい! 」
……だけど牽制のつもりで発動させたから、防がれるのは分かってた。だからぼく達は動じる事無く、左右二手に分かれる。これといって相談した訳じゃないけど、立ち位置的にぼくは左。曲線を描くようにして、グソクムシャの横を迂回する。ミナヅキさんはその逆を行ってるから、丁度敵の背中あたりですれ違う。その一瞬で作戦を伝えてくれたから、ぼくは彼の言葉に大きく頷いた。
「攪乱の……つもりか……? 無駄な事を……」
相手もここで動き出し、フラフラだけど攻撃を仕掛けてくる。ぼくから見て右の方に行こうとしてるから、多分狙いはミナヅキさん……。だからぼくは――
「ぼくが相手です! 岩落とし! 」
敵とミナヅキさんの間に、大きな岩を一つ落とす。
「……フッ。ガキが……、そこまで死にたいなら、貴様から……葬ってやる」
するとぼくの狙い通り、相手はその足を止めてくれる。丁度真後ろにいるぼくの方に振り返り、いらだった表情で睨んできた。
「臨むところです! 」
とりあえず、ぼくに狙いをつけてくれたかな? その表情に一瞬怯んじゃったけど、ぼくは何とか堪えて言い返す。空元気でもいいから強く言い放って、無理矢理にでも気持ちをバトルに切り替える。今まではししょーとかシルクさん達、ハクさんとかシリウスさん達がいたけど、今はミナヅキさんだけ……。そのミナヅキさんも、隙を伺って取り返してくれる事になってるから、誰も頼れない。初めて一人で戦うようなものだけど、その相手は事件の首謀者のグソクムシャ。正直に言って怖いけど、ぼくが戦わないと、作戦がうまくいかない……。だから――
「ならその望み……、叶えてやる……! 」
無理矢理自分を奮い立たせて、負けられない戦いに身を投じる。相手は右手に握りこぶしを作って向かってきたから、ぼくはその動きに注意を向ける。ぼくと相手の距離が八メートルぐらいになったところで、相手は肘を曲げ、力をため始める。ぼくが五歩走ると思いっきり前……、走るぼくとぶつかるように振りかざしてきたから――
「……! 」
その動きを見切って左前足で地面を強く蹴る。そうする事で急に左に跳び退き、スレスレのところで攻撃を回避する。
「ちっ……“避術”か……」
左に跳んでいる間に、口元にエネルギーを集中させ――。
「目覚めるパワー! 」
さっきの紅い球体を作り直す。即行で作ったから安定してないけど、不意だけは突けるはず……。咳をするような感じで撃ち出すと――。
「……っぁ! 」
ぼくを追って跳びかかってきたグソクムシャの左肩に命中する。シリウスさんが負わせた怪我の部分からはズレたけど、それでも結構な痛みが襲いかかったらしかった。
「…どうです? 」
「……一発当てたからと……、図に乗るな……! 」
すぐに左前足から着地し、重心移動でグソクムシャに向き直る。目線をあげて様子をうかがってみると、あまりの痛さに顔を歪めてしまっている。だけどそれでも構わずに、今度は右足で蹴りあげてくる。
「図になんか、乗ってません! アクセルロック! 」
対してぼくは遅れて地面についた後ろ足に力をため、思いっきり解放。先制技を発動させ、腰を反時計回りに捻りながらまっすぐ突っ込んだ。
「甘い……! 」
「えっ……っ! 」
だけど相手はぼくの動きを読んでいたのか、流れるような動きで右足を横に振り抜いてくる。アクセルロックを発動させてたから反応はできたけど、ぼくは予想外の行動に一瞬驚いてしまう。それが仇になって、咄嗟にかわしたけど左の後ろ足に蹴りが当たってしまった。
「っ痛っ……! 」
いっ……っ! 弾かれてバランスを崩したけど、ぼくはかろうじて転がる事だけは免れた。だけどその代わりに、蹴られた左後ろ足に今まで感じた事がない痛みが駆け抜ける。それで思わず力を緩めてしまい、ぼくは派手に転んでしまう。
「死ねぃ……っ! 」
大きな隙を作っちゃったから、このピンチにグソクムシャは一気に攻めてくる。無事な右の手刀にオーラを纏わせてるから、多分あれでぼくにトドメを刺すつもりなんだと思う。それも相手は“月の次元”の住民だから、あれは技じゃなくて“術”。オーラを纏った“術”はモノによっては腕を切り落とすぐらいの鋭さがある、ってミナヅキさんが言ってたから、今すぐにでも避けないと大変な事になる。
「……っ」
だけどこんな時に限って、痛めた左後ろ足に力が入らない。頑張って無理矢理踏ん張ろうとすると、さっきの激痛がぼくに襲いかかってくる。かといって前足だけで這い出そうとしても、この距離だと間に合いそうにない。やられた……、ぼくは迫る凶刃に最悪の事が頭を過ぎってしまう。前足か後ろ足、それとも尻尾……、体のどこかを諦めないと――
「させるかぁっ! 」
「なっ……っミナ……ヅキ……! 」
体の一部が無くなるのを覚悟し、ぼくは固く目を閉じる。だけどいつまで経っても、ぼくに左後ろ足以外の痛みが襲いかかってこない。恐る恐る目を開けてみると、そこには変わらずグソクムシャの姿……。だけどさっきとは違って、ぼくに背を向けている。
「俺もいる事を忘れるんじゃねぇぞ! 」
ここで初めて気づけたけど、敵にミナヅキさんが跳びかかる、その瞬間だった。ぼくが目を閉じてる間に何があったのか分からないけど、さっきより敵の出血量が増えてる気がする。チラッと見えたミナヅキさんの爪が赤く染まってたから、多分敵の患部を切り裂いたんだと思う。それで結果的にミナヅキさんの方に意識が向いて、グソクムシャはぼくを斬ろうとしていた手刀を彼に振りかざす。だけどこれを予想していたのか、ミナヅキさんは落ち着いて体を捻る。右肩から回転するようにしてかわし、そのままの勢いで切り裂く。この間にぼくは何とか立ち上がれたけど、あれは多分“迎術”だと思う。
「学者の……分際……で……っ! 」
「シリウス、お前の技、借りるぜ? 」
そのまま両足で着地し、バックステップで距離をとる。ここで普通なら敵は追いかけてくると思うけど、相当傷が傷むのか、苦痛で顔を歪めているだけ……。だけど構わずミナヅキさんは――。
「初めて使うが……、影分身! 」
自分の幻影を作り出す技、影分身を発動させる。多分シリウスさんから教えてもらったんだと思うけど、その瞬間もう一人のミナヅキさんが現れる。どっちが本物かは分からないけど、一人はそのまま下がり続け、もう一人は切り返してグソクムシャの方へと向かっていった。
「キノト、無事か? 」
「はっ、はい……。ありがとうございます」
下がってきた方のミナヅキさんはそのままぼくの方へと駆けつけてくれる。本当にどっちかは分からないけど、相手に背を向けてぼくに声をかけてくれる。それにぼくは痛む足を軽く上げた状態……、三足で立ってお礼を言う。
「……だけど左の後ろ足をやられて……」
痛すぎて感覚が無くなってきたけど、ぼくは隠さず正直に伝える。今は立ってるから直接は見れないけど……。
「見せてみろ」
するとミナヅキさんはぼくの左の方に移動し、屈んでぼくの後ろ足を診てくれる。
「これはヤベェな……。確実に折れてる」
「……」
そんな気はしてたけど、やっぱりね……。横目でミナヅキさんを見ながら聞いてたけど、その表情からすると程度は重いのかもしれない。チーゴの実を食べたときみたいな顔をしてるから、ただの骨折じゃないんだと思う。骨折は今までした事か無いから分からないけど、ししょーの時は見て折れてるなんて分からなかった。だけど……。
「けどミナヅキさん、まだ戦えます! 戦わせてください! 」
ここまで来てぼくだけ抜ける訳にはいかない……。だからぼくは、横目だけどこんな風に言い放つ。こうして話している今だってハクさんは戦ってるし、ミナヅキさんも慣れないのに一人で向かってくれている。ルーンさんに取り戻してほしい、って直接頼まれたのはぼくだし、元の“太陽の次元”でもシルクさんとかサードさん……、皆が待ってくれている。だから……。
「攻撃されたら“避術”と“迎術”でかわしますし、岩落としと目覚めるパワーで援護もできます! だか――」
「無理だけはするなよ? 」
「あっ、ありがとうございます! 」
ぼくの想いが伝わったのか……、どうなのかは分からないけど、ミナヅキさんは二つ返事で了承してくれる。ぼくが話してる途中で立ち上がり、ぽんと背中を軽く叩く。多分頑張れよ、っていう意味だと思うけど、そのおかげで心なしか、素直に言ってよかった、って思えてくる。かと思うとミナヅキさんは、ぼくの隣に並んで少し体制を低くし――
「懐の右側だ、そこに隠してる」
小さな声で耳打ちしてくる。多分これは、“月の笛”の隠し場所だと思うから、声には出さずに小さく頷く。
「……いくぞ」
「はい! 」
そして何事も無かったかのように、ミナヅキさんは敵の方へと駆けていった。
「岩落とし! 」
右の方に隠してるなら、左肩は狙わない方がいいよね? ミナヅキさんが前衛に回る事になったから、怪我をしたぼくは彼を援護する。一応遠距離から攻撃できる技は二つ使えるから、それを中心に攻めるつもり。その中でもぼくは、シルクさんが言うには設置系の技を発動させる。相手の真上に意識を向け、その状態でエネルギーを活性化させる。するとぼくが思い描いた場所に、大きめの岩が出現する。すぐにまっすぐ落ちていき――。
「っぐぁ……ぁっ! 」
完全に気が逸れてるグソクムシャの頭にぶつかる。本当に気づいていなかったらしく、重さと痛さでふらついてしまっていた。
「……アクセル、ロック……っくぅっ! 」
ふらついてる今なら、いけるかな……? その後すぐに、ぼくはミナヅキさんの後を追いかける。この足だと追いつけなさそうだから、先制技を使って……。だけど左の後ろ足で踏み込むたびに、ぼくは尋常じゃ無い痛みに襲われてしまう。だけどぼくはやせ我慢して、歯を食いしばりながら駆け抜ける。
「きっ、キノト……! 」
その甲斐あって、ぼくはすぐにミナヅキさんを追い抜く。そのままぼくは想いをエネルギーに乗せ――
「っ! 」
「思念の……頭突き……! 」
振り向いた敵の左腰の辺りに突っ込む。踏み切ったのが右の後ろ足だけだから、いつもの威力は出てないと思う。だけどこの感じだと、対応できてなかったみたいだからよろけさせる事はできた。すぐにぼくは前足で着地し、右の方に跳び退く。すると――。
「ムナール! これでトドメだ! 」
あいたスペースにミナヅキさんが跳びかかってくる。同時に引いた右手を素早く突き出し、グソクムシャの体のど真ん中を狙う。横目で見た感じでは何の技も使ってなさそうだから、もしかすると“爪術”かもしれない。
「んなっ……! っぐぁっ……ぁっ……」
ぼくの攻撃で怯んでいたって事もあって、ミナヅキさんの攻撃は寸分違わず命中する。丁度ミナヅキさんで隠れて見えないけど、ものすごい声が聞こえたから、それなりに深く刺さったのかもしれない。
「んじゃあムナール、いただいていくぞ? 」
「……っ、ミナヅキさん! 」
また痛んできた……。この間にぼくは正面に移動したけど、ついいつも通り左の後ろ足にも体重をかけてしまう。その度に例えようのない痛みがぼくを苦しめるけど、無視してミナヅキさんに呼びかける。
「あぁ、キノト、完了だ」
すると敵を蹴った勢いで跳び下がり、そのままぼくの方まで戻ってきてくれる。さっきの一瞬で探り当てたのか、血で赤く染まっていない左手で細長い何かを持ってるように見える。多分あれは――
「“月のふ”ぅっ……っ! 」
「キノト! 」
グソクムシャが持ってるはずの“月の笛”。確かにミナヅキさんが、左手でその楽器を掴んでいた。一目で分かったからすぐに言おうとしたんだけど、そのことに気をとられて思いっきり左の後ろ足に体重をかけてしまう。だからぼくの中で何かが潰れたような音がしてしまい、耐えきれずに崩れ落ちてしまう。
「っくぅっ……。ミナヅキ……、さん、笛は……」
「あぁ、キノトが作った隙で、確かに取り返した」
そっか、なら……。ぼくが倒れそうになったから、ミナヅキさんが何とか支えてくれる。何か左の後ろ足に力が入らなくなってきたけど、ぼくはそれよりも“笛”の方が気になってしまう。ぴったりと体がついてるから見にくいけど、ミナヅキさんはちゃんとぼくに見せてくれる。まさかぼくのお陰だなんて思わなかったけど、彼は安心心したように表情を緩めている。だからぼくもつられるよう――
「……ミナ……ヅ……キ……! 貴様……っ! 」
「なっ、まだ動けるのか? 」
「嘘……ですよね? 」
安堵したのもつかの間、ぼく達はすぐにどん底に突き落とされてしまう。なぜならぼく以上にボロボロでいつ倒れてもおかしくないはずなのに、グソクムシャがぼく達の方に向かってきたから……。ここまでくると化け物みたいに執念深く思えてくるけど、そういうこともあってぼく達は絶句してしまう。ミナヅキさんはまだ大丈夫だと思うけど、ぼくは……、もう戦えないかもしれない。今ちゃんと見て確認したけど、尋常じゃ無いぐらい晴れ上がってきていて、感覚も痛いのを通り越して何もかんじなくなってきてるか――。
「まさか“穢”――」
「
“我、月界を司る者なり。虚無に至りし標を我らに示せ”……。ソレイル! 今じゃ!」
「御意。メテオドライブ! 」
……えっ? いつから準備していたのか分からないけど、ミナヅキさんの言葉を遮って、急にルーンさんが声を上げる。いきなりだったからびっくりしたけど、ルナアーラの彼女は、ぼくにとっては三回目のセリフを唱えあげる。するとフラフラなグソクムシャの後ろに、白くて大きな渦……、“空現の穴”が出現する。それから見計らったかのようなタイミングで、いつの間にかいたソルガレオ……、ソレイルさんが合図を受けて大きく跳びあがる。そのまま勢いをつけて急降下し――
「っ? ぐぅぁぁ――」
「あっ……」
風前の灯火の首謀者を派手に吹き飛ばす。為す術が無いグソクムシャは、そのまま空中の穴へと吸い込まれる……。するとボロボロの君主を吸い込んだ穴は、何事も無かったかのように消滅してしまった。
「これで……、いいんだよな? 」
「だと……、思います」
残されたぼく達は、急すぎる展開に顔を見合わせ、唖然とする事しかできない。
「キノト殿、それからミナヅキと言ったか。急ですまぬが助かった」
「あっ、はい……」
「いいとこ取りしてすまないが、二方のお陰だ」
「はぁ……」
ぼく達の方に来たルーンさんとソレイルさん、それぞれの世界の“統治者”二人が揃って頭を下げる。呆気にとられすぎて何も言えなくなっちゃったけど、こうしてぼく達の、“月の笛”を巡る戦いは急に幕を閉じる事になった。
……これでよかったの……かな?
続く……?