玖拾 元凶を止めるべくして
―あらすじ―
何とかグソクムシャを倒せたけど、何故か相手は笑い声をあげる。
おまけに少し油断した間に“月の笛”を吹かれ、目の前で逃げられてしまう。
一度は諦めかけたけど、“空現の穴”が消えていないことに気づく。
そこでぼくとミナヅキさん、ハクさんの三人で後を追うことになった。
――――
――
[Side Kinot]
「……にしても凄い綺麗なところやな」
「だよな。こういうのは慣れねぇが……」
「ですけど、急ぎましょう! 」
ぼくはもう慣れちゃったから、何とも思わないかな……。“空現の穴”に飛び込んだぼく達は、先に逃げていったグソクムシャ達の後を追いかける。すぐに四肢に力を入れて走り始めたけど、ハクさんの言うとおり、言葉を呑むぐらい綺麗な場所だって思ってる。繋がってる先が“月の次元”じゃないから“陽月の回廊”とは違うと思うけど、同じ“空現”だから景色は似ている。見えない足場と真上……、どころ見ても光の粒がちりばめられてるから、急ぎじゃなかったらゆっくリしていきたいぐらい。ミナヅキさんだけは、落ち着かなそうにしてるけど……。
「そっ、そうやんな」
「だがキノト? ハクはともかく勝てる見込みはあるのか? 」
「わっ、分からないですけど、やるしかないですよ! 」
だけど怪我してる肩を狙って攻めれば、いけなくはないのかな? 走る足を緩めずに、ぼくは二人を急かす。遠くの方に二つの陰が見える気がするから、ぼくはミナヅキさん達の方を見ずに簡単に答える。ミナヅキさんに今訊かれたけど、正直に言って勝てる自信なんて無い。シリウスさんが傷を負わせたから多少はマシだと思うけど、それでもグソクムシャは戦いのプロ。ししょーは別だけど、戦い慣れしてない考古学者が勝てる相手じゃない。……そうだって分かってるけど、そうも言ってられない状況になってる。だからぼくは、気合いを入れるためにも力強く言い放った。
「だな。……キノト、何か作戦はあるのか? 」
「何も無いですけど、左肩を狙うつもりでいます」
「そういゃあ肩から血流しとったな? そっちで何かあったん? 」
「ああ。シリウスが技と“術”を掛け合わせていたからな、それで――」
やっぱり、気になるよね? さっそくって感じで聞いてきたから、ぼくはとりあえず答えておく。ハクさんならどうするかはわからないけど、今のぼくにはこれしか思い浮かばない。これで勝てるかさえも危ういけど、こうでもしないと……、手段を選んでたら勝てない気がする。怪我してる所を狙うのは、卑怯な気がするけ――
「ぐああぁぁ……っ! 」
「なっ、何ですか今のは? 」
「この声は……、ムナールか! 」
「わからへんけど、何かあったのは間違いなさそうやな」
作戦会議になりそうな流れだったけど、急に断末魔にも似た声が響いてくる。一瞬なんだか分からなかったけど、言われてみればグソクムシャの声のような気がする。それも普通じゃ考えられないような声だったから、ハクさんが言ったことを考えずにはいられなくなってしまう。あのグソクムシャは、敵だけど……。
「とっ、とにかく急ぎましょう! 」
だけどここでは何も始まらないから、ぼくはもう一度二人に、強めに声をかける。急いでるのは十分に分かってるけど……。だからって訳じゃ無いけど、ぼく達はグソクムシャが逃げ込んだ世界“星華の次元”へと急いだ。
――
――――
[Side Kinot]
「なっ……! 」
「えっ? ここって……」
絶対にそうだよね? 三分もかからない間に、ぼく達は光の渦の中に跳び込む。だけど跳び込んだ先の光景に、ぼく、それからミナヅキさんも揃って言葉を失ってしまう。ミナヅキさんが言うには“星華の次元”っていう世界に繋がってるはずだけど、そこは何故か、見覚えのある場所……。
「神殿か何かみたいやけど……」
その場所は白い石材で建てられた神殿だけど、一週間ぐらい前に破壊されたような跡がある。だから所々柱や壁が崩れていて、無残な光景になっている。ぼくはここに来るのは三回目だけど、あまりの光景にハクさんは言葉を失ってしまっている。何故ならこの場所は――。
「“月界の神殿”、ですよね? 」
「あぁ、間違いねぇ……」
“月の次元”だったから。何で“月の次元”に来ちゃったのかは分からないけど、ぼく達は確かに、グソクムシャ達と同じ渦に跳び込んだはず。
「“月界の神殿”? 」
「あぁそうだ。ここは“星華の次元”でも何でもねぇ。俺の出身の“月の次元”だ」
「そうだ――」
「キノト君! それからその二人も、手を貸して! 」
そうだと思います、ぼくはミナヅキさんに続いて言おうとしたけど、言いかけてすぐに遮られてしまう。ぼくは気づくのが遅れちゃったけど、すぐ側で戦いが起こってる。そのうちの一方、“ビースト”に取り憑かれたカイリューと戦っている彼女……、カプ・テテフのテフラさんがぼく達に声をかけてきた。
「だっ、誰かは知らへんけど、そのつもりで来たんや! やからすぐいくで! 」
「だな。俺達は、ムナールだな」
「はい! 」
すぐにハクさんがその方へ飛んでいったから、ぼくたち二人はもう一方へと向かう。ここにテフラさんがいるって事は、もう一方はルーンさんだと思う。ぱっと見カイリュ−は何も傷ついてなかったから、もしかするとルーンさんが、グソクムシャが来た瞬間に何かをしたのかもしれない。そういう訳でぼくとミナヅキさんは、別の方へと駆け出した。
「……何故……だ。何故どいつもこいつも……俺の邪魔ばかりする……」
「……仕留め損なったか……」
「ルーンさん! 」
するとそこには、“太陽の次元”を出る時以上にボロボロのグソクムシャと、それを見下ろして悔しそうに声をあげるルナアーラ。これはぼくの予想だけど、何故か“月の次元”に出てきたグソクムシャを待ち伏せして、ルーンさんが大ダメージを与えたのかもしれない。
「キノト! すまぬ、奴を仕留め損――! お主は先刻のルガルガンか! 」
「……あぁ、そうだ」
気まずそうにしてるけど、仕方ないよね……。強めの声で呼びかけたから、ルーンさんはすぐに気づいてくれる。だけどその流れでミナヅキさんが目に入ったみたいだから、思わず言葉を失ってしまっている。ぼく達“太陽”は知ってるから問題ないけど、ルーンさん達“月”にとっては、ミナヅキさんは敵の一派の一人に過ぎない。だからなのかもしれないけど、ミナヅキさんは視線を逸らしてるけど……。
「じゃが何故キノトとおるの――」
「ふっ……、奴は……“太陽”に寝返った……からな……」
「寝返った? そもそも俺はお前の部下になった覚えはねぇよ」
ミナヅキさんに迫るルーンさんに、敵のグソクムシャは力なく笑みを浮かべる。見た感じルーンさん自身もバテてるみたいだけど、これは多分、強力な“術”か“チカラ”を使った直後だからだと思う。そんなルーンさんに対し、ミナヅキさんはこんな感じで力強く言い放っていた。
「んだから俺は、キノトとそこのハクリューに加わっている。そういう訳で“月界の統治者”、俺たちは何をすればいい? 」
「ぼく達はいつでも戦えます! 」
本当は“太陽の次元”で決着をつけないといけなかったんだけど……。丁度戦闘中だったように見えたから、ミナヅキさんは手短に状況を説明する。本当のことを言うともっと複雑だけど、まぁいいよね? これで納得してくれたかは分からないけど、話している間、ルーンさんはグソクムシャとの間を視線で行き来していた。
「了解した」
『ではすまぬが、此奴から“月の笛”を取り返してはくれぬか? 』
「……! 」
するとルーンさんは、声じゃなくてテレパシーで作戦を伝えてくれる。普通なら頭に声が響いて驚くと思うけど、シルクさんで慣れてるからなのか、ミナヅキさんにそんな様子はない。ぼくも聞き慣れてるから何とも思わないけど、とりあえずぼくは、声に出したらマズいって思って首を縦に大きく振る。
『では頼むぞ』
こう言葉を残したかと思うと、ルーンさんは少し高めの位置へと退避していった。
「……ムナール、今度こそ、覚悟することだな! 」
「どの口が言うか……。貴様等如き、この程度で……十分だ」
「ですけどぼく達だって、負けるわけにはいかないんです! だから二回目ですけど、覚悟してください! 」
ルーンさんが浮上したところで、真っ先にミナヅキさんが宣戦布告する。グソクムシャの方はボロボロだけど、それでも余裕なのか、ぼく達二人を嘲笑う。こうも見下されると流石に腹が立ってくるけど、この怒り……、ルーンさんの分まで、今からの戦いでぶつけるつもりでいる。だからぼく……、とミナヅキさんはほぼ同時に技を準備し……。
「目覚めるパワー! 」
「目覚めるパワー」
赤と銀、二つの球体を全く同じタイミングで解き放つ。これを合図にして、ぼく達は最後の戦闘、“月の笛”を取り戻す戦いに身を投じた。
続く