玖玖 終わらぬ戦い、避けられない壁(黄昏の月)
―あらすじ―
事件の首謀者との戦いが幕を開け、ぼくはミナヅキさんとサードさん、アブソルさんの三人と一緒にグソクムシャと対峙する。
ぼくとミナヅキさんは何とか戦うのに精一杯だったけど、サードさん達が善戦してくれていたから何とかなっていた。
だけどアブソルさんの姿が元に戻ったって事もあって、戦況が相手の方に傾きそうになる。
ぼくはギリギリのところでかわしてやり過ごし、復帰したアブソルさんが勝負を決してくれた。
――――
[Side Kinot]
「俺が……俺……が……っ! 」
これで終わった……、のかな? アブソルさんが放った黒い刃が命中し、黒幕のグソクムシャがついに膝をつく。相当切れ味が良かったらしく、グソクムシャの肩からは大量の血が流れ出ちゃってるけど……。そこを右手で押さえてる相手は、このことが信じられないらしく声をあげている。
「これで決着はつきました。あなたには大人しく投降してもらいます」
「ムナール、お前は“太陽”……、ソレイル様の元に引き渡すことになるがな、うん」
「シルクさんの方も終わったみたいですから、これで解決ですね」
アブソルさんとサードさんが降伏を促しているから、ぼくはその間にフィフさん達の方にも目を向けてみる。向こうは今までに何があったのか分からないけど、丁度ハクさんの一撃が命中し、敵のカイリューが壁に叩きつけられる、ちょうどその瞬間。あの感じだと向こうも終わったみたいだから、視線を戻してサードさんに続いた。
「いや、まだだ」
「えっ、ミナヅキさん? 」
ぼくは戦いが終わってホッとしたんだけど、この様子だとミナヅキさんだけはまだ警戒しているみたい。だからぼく……、とサードさん達も彼の方をハッと見、思わず声をあげてしまう。未だに硬い表情のミナヅキさ――
「ふふっ、ふはははっ……ぐぅっ……」
「何がおかしいんですか? あなたの敗北は決まったはずです! 」
追い込んで戦えなくなったはずなのに、グソクムシャは何故か急に笑い始める。あまりに急だったからビックリしちゃったけど……。多分肩の痛みで顔を歪めてるけど、そんな相手にアブソルさんは声を荒らげてしまっていた。
「負けた……? この俺が……か? ふっ……笑わせるな」
「何が言いたいんですか? 」
「この俺が……何の考えも無しに……首を差し出すとでも思ったか? 」
本当に何を言ってるんだろう? 全然余裕が無いはずなのに、グソクムシャは勝ったぼく達を挑発してくる。思わず相手に訊き返しちゃったけど、それでも相手は全然気にしてなさそう。それどころかグソクムシャは、にやりと笑みをこぼしてから、どこかからあるモノを取り出す。それは――。
「そっ、それは……」
月の装飾が施された、薄青い縦笛。実際に見るのは初めてだけど、ぼくはルーンさんから特徴を聞いていて知ってる。その笛の名前は――
「“月の笛”? 」
「何なんですか、その“月の笛”っていうのは」
ルーンさんから奪われて行方不明になっている、“月の次元”の宝具の一つ。ししょーと一緒に“月の次元”に行った時に使わせてもらったけど、“太陽の笛”と対になってるらしい。
「“太陽の次元”の笛は“終焉の戦”の時に焼失したと聞いているが、“空現の穴”を創ることが出来る笛だ、うん」
首を傾げるアブソルさんに、サードさんは簡単に説明する。“太陽の次元”にも“月の笛”があったなんて知らなかったけど、そんなことよりも、今は……。
「お前ら! 」
「……抜かったな」
ぼく気が逸れちゃってたけど、ミナヅキさんの叱咤で相手の方に向き直る。だけどその時にはもう遅くて、相手は――。
「〜♪」
この一瞬の隙に三つの音階を奏でる。最初に笛から出たのは、一切曇りの無い、ガラスみたいな高い音。“月界の神殿”で吹いたからよく覚えてるけど、確か“六”に対応する音だったと思う。
「ー♪」
次に流れたのは、初冬の雪みたいに静かな音色。子守歌にしても良さそうなこの音は、十種類あるうちの“二”っていう意味があったと思う。
「・〜♪」
三番目に聞こえたのは、今までに聞いたことが無いような不思議な音。緊張感がある重低音だけど、どこか落ち着けるようか感じがある。ぼくが吹いた“六”、“二”、それから“四”とは全然違うから、少なくともこれ以外の番号だと思うけど……。
「“六二七”……、ムナール! “太陽”に飽き足らず“星華の次元”にまで手を出すつもりか! 」
「手を出して……何が悪い。失敗した案件を……即刻切り捨てる……。当然の話……だろう……? 」
「あっ、あれは……“空現の穴”? 」
多分元の世界で調べたからだと思うけど、ミナヅキさんはその音の意味を言い放つ。三つの音が吹かれた後だから、それが合図になったかのように、グソクムシャの後ろの空間が歪み始める。ぼくは今までに散々見たり吸い込まれたりしたからよく知ってるけど、あの白い渦は、アブソルさんが言った“空現の穴”。それに出現したのは、その“穴”だけじゃなくて――
「――・……っ! 」
「なっ、何なん、あの生き物は? 」
『ワッ分カラナイわ……! 」
ドククラゲみたいだけど、白く透き通って見えるナニカ……。シルクさんとハクさんも声を荒らげちゃってるけど、ぼくはあの生き物を、何回か見たことがある……。
「じっ、自信は無いですけど、多分“ビースト”だと思います! 」
“陽月の回廊”で襲いかかってきたあの生き物。これではっきり分かったけど、“空現の穴”から出てきたから、今までに討伐してきた“ビースト”で間違いないと思う。
「びっ、“ビースト”? 俺はあんな“ビースト”、見たこと無い! 」
『“ビースト”ッテ、確かニ九体全部倒シタハズよネ? 』
「ですけど……、あの生き物に“陽月の回廊”で襲われたことがあります! だから――」
その生き物はふわふわと空中を漂い、流れるようにどこかへと向かう。その先には……。
「……何……だ、あの……生き物……は……」
シルクさん達に倒され、今意識を取り戻したらしいカイリュー。透明な“ビースト”はカイリューの上で漂い――
「なっ……何……をし――っあぁぁっ! 」
『ジク! 』
「父さん! 」
その場から急降下。意識が朦朧としたカイリューを取り込み、完全に取り憑いてしまう。そのまま“ビースト”はふわりと浮き上がり――。
「…………」
「“太陽”の愚民共が……、出来るものなら……、俺を追い捕まえてみな……。無理だとは……思うがな。……ふはははは……っ」
「待てムナール! 」
壁際に漂う白い渦に吸い込まれる。これを待ってたのかどうかは分からないけど、不敵な笑みを浮かべてから、グソクムシャも後ろに跳んで渦に吸い込まれてしまっていた。
「嘘やろ……。あと少しで捕まえれるとこやったのに……」
「遅かったか……」
二人とも渦に入っていったって事は、事件を黒幕を逃がしてしまったことになる。ハクさんの言うとおりあと少しだったけど、“ビースト”がいなくなったから――
「……いや、そうとも限らねぇぞ? 」
「えっ? 」
「はいっ? 」
“空現の穴”も消える。消えたら黒幕を追いかけられなくなるから、もう手遅れ……。多分他の四人もそう思ってると思うけど、ぼくは目の前で逃して落胆してしまう。
だけど絶望しかけた丁度その時、ミナヅキさんがふとこう呟く。ぼくとアブソルさんは思わず変な声を出しちゃったけど、彼の声に諭されて視線をあげる。その先には……。
「なっ、何でまだ残っとるん? 」
さっきと変わらず漂い続ける、白い渦。
『分カラナイわ! “空現の穴”ッテ、普通ナラ消エルハズヨネ? 』
「そのはずだ、うん」
「……あっ! 」
よく考えたら、そういうことだよね! ぼくは最初は諦めかけてたけど、ふとあることに気づく。
「もしかして、“ビースト”が倒されてないから、そのまま“空現の穴”が残ってるんじゃないですか? 」
ししょーとシャトレアさんと行った“漆赤の砂丘”、シャトレアさんとライトさん、シオンちゃんとフィリアさんと行った“伍央の孤島”、それからシルクさんとフライさん、ミウさんと一緒に行った“肆緑の海域”……。その三カ所全部で、“ビースト”wを倒すまで”空現の穴”が残ってた。
「そっ、そうですよね。今思い出しましたけど、自分も“参碧の氷原”でもそうでした」
『“肆”と“漆”、“玖”デモソウダッタワネ』
「それなら、まだムナールを追えるな! 」
そうと気づけたから、心なしか希望の光が見えた気がする。シルクさんとシリウスさん、ハクさん達も、多分ぼくが言ったからこの事に気づけたんだと思う。
「そうやん! 」
『……ダケドハク。私は……ココマデミたイネ』
「そっか。そうなりますよね……」
「……どういう事なん? 」
だけど“空現の穴”に入るって事は、シルクさんは行きたくてもいけない事になる。ハクさんはこのことにまだ気づいてないのか、こくりと首を傾げてるけど……。
『ソモソモ私自身限界ガ来てるケド……、ココカラ先ニハ行ケナイワ……』
「ですよね……。世界の成り立ちから話さないといけないんですけど、世界は“時現”と“空現”が重なって出来てます。ぼくはししょーとか……、ソレイルさん達から聞いて知ったんですけど、ぼく達は生まれた“時代”と“空間”に縛られてるみたいです」
「縛られてる……? キノト君、どういう事ですか? 」
「俺もそれは初耳だ。“月の次元”で調べさせられたつもりだったが……」
「多分シルクさんとミナヅキさんなら分かると思うんですけど、ぼく達は出身の“時現”と“空現”の上なら自由に移動できるみたいです」
『補足スルナラ……、シードさんの“時渡り”トカ、ソウイウ類の事カシラ? 』
「それで合ってます。一応軸の上なら移動出来るんですけど、“時空の壁”……、障壁があって同時には超えられないんです。ぼくは前に触っちゃったからよく分かるんですけど、“時空の壁”に触ったり超えたりすると、軽くても記憶が無くなったり……、最悪姿そのものが変わっちゃったりするんです」
ぼくは何とか取り戻せたけど、シオンちゃんはまだ記憶が戻ってないみたいだし、そもそもポケモンになっちゃってるからね……。確かシルクさんと同じ二千年代、って言ってたかな? その時代の異世界だから、“時空の壁”を超えた事になるんだよね、シオンちゃんって。
「ってことは、ラテ君が記憶無くしたのも……、その“時空の壁”? に触ったからなん? 」
『ダト思ウワ。人間からイーブイニナッテルカラ、その説デ間違イナサソウネ』
「なるほどな。っつぅ事は、俺とシリウスが出逢うのはあり得ねぇって訳か」
「自分は三千百年代の生まれでミナヅキさんは“月の次元”の出身なので……、そうなりますね。ということは自分も、これ以上は追えないと言うことですね」
ええっ、アブソルさん、過去の世界出身だったの? しっ、知らなかった……。
「なら俺も不可能だな、うん。公には公表してないが、元はと言えば俺は二千百年代に
創られた存在だ。だから俺は二千百年代の出身と言って過言では無いだろうな、うん」
そういえばサードさん、“無名の泉”で言ってたね、そうだって。
「と言うことは、俺とキノト、ハクだけがムナールとジクを追えるのか」
「サードさんも無理なんて思わへんかったけど、そうなるやんな。……わかった。シルク、シリウス、サードさんも、ウチ等三人で決着着けてくる。やから、待っとって」
ハクさんがいるなら、多分大丈夫だよね……。みんなが話してる間に整理してたけど、黒幕二人を追いかけれるのは、ぼくとミナヅキさん、ハクさんの三人だけ。ハクさんはマスターランクだから問題けど、ミナヅキさんはあまり戦闘慣れしてないみたいだし、そもそもぼくもまだ学者見習い。“ビースト”とか“ルノウィリア”の事で最近は戦ってたけど、ししょーに教えてもらった時を入れても、ほんの数週間だけ……。
「心苦しいですが、頼みましたよ」
「はい! 」
「俺も“月”を裏切った時からそのつもりだ。だから今更降りるつもりはねぇよ。そもそも俺自身も、ムナールとのけじめをつけたい」
「そうやんな。絶縁しとっても、ウチの親が起こした事件やからな……。ここで終わるんも、後味悪いし。……じゃあキノト君、ミナヅキさんも、いくで」
ぼくはいつでも行けます! “太陽の次元”に残る三人は、渦に飛び込むぼく達三人想いを託す。よく考えたら、ぼく以外は黒幕二人とは凄く深い関係がある。ハクさんはカイリューの娘さんみたいだし、ミナヅキさんもグソクムシャと主従関係があった。もしぼくそういう理由をつけるなら、取り戻すように頼まれた“月の笛”を持ってるが、あのグソクムシャ……。そのぐらいかな?
それで“空現の穴”に突入するメンバーが決まったって事で、リーダーになりそうなハクさんが白い渦の前に出る。自分の想いを語ってから、ルガルガンのぼく達に視線を向けてくれる。だから呼ばれる前からそのつもりだったけど、ぼくはミナヅキさんと一緒に、彼女の隣に並ぶ。
『チョット待って! ソノ前に……』
「――、……」
回れ右をして渦に飛び込もうとしたけど、その前にぼく達はシルクさんに呼び止められる。
『“絆により、我らを護り給へ”――』
「なっ、何だ? 」
呼び止めたシルクさんは、ぼく達の反応を見ること無く呪文めいた台詞を唱える。するとぼく、ミナヅキさん、ハクさんの三人に、水色のオーラ……、“絆の加護”が発動する。更にシルクさんは別の“チカラ”を発動させる。
『“絆の導きに、光あれ”……。気休メニシカナラナイと思うケド……』
「“絆の導き”だな、うん」
「そんな“チカラ”があったん? 」
「自分も初めてですけど、どういうものなんですか? 」
「“失われたチカラ”の一つで、“絆の加護”で護られている対象に逃げ足の特性を付与する。その代わりに“絆”は、二十四時間身動きがとれなくなる、そう聞いているが、間違いないか? 」
『エエ、合っテルワ』
すると一瞬消えたオーラがまた現れて、今度は更に濃い色になる。パンッと弾けるようにして消えてから、何故かサードさんが解説してくれた。多分サードさんは、どこかで“チカラ”の事を知ったんだと思うけど。……特性と言えば、黄昏の姿の特性って、何なんだろう……?
「いつも思いますけど、シルクさんって本当に凄いですよね……」
「まぁいつものことやでな」
「俺にはさっぱり分からねぇが……」
「……んじゃあシリウス、シルク、サードさんも、行ってくるで」
それで今度こそ準備が出来たから、ぼくはハクさんのかけ声で気持ちを切り替える。この渦を超えた先に何があるのか分からないけど、することだけは変わらない……。横目でミナヅキさんの方を見てみると、彼も自分に何かを言い聞かせている……。そんな風に見えた気がする。
「ああ! 」
「はい! 」
それでハクさんの呼びかけに大きく頷き、彼女に続いて“空現の穴”に飛び込んだ。
続く