玖捌 穢れ絶ちし暗風の刃
―あらすじ―
ダンジョン地帯を突破したぼく達四人は、事件の犯人と戦う前に作戦を考える。
ぼくとサードさんは殆どすることがないけど、代わりに改めて決心することが出来た。
それで作戦通りに事が進み、ぼくとサードさんも揃ってシルクさん達の前に出る。
だけどぼく達に少し遅れてミナヅキさん達も来たから、凄く驚いてしまった。
――――
[Side Kinot]
「――まとめて返り討ちにしてくれる! 」
どれくらい強いか分からないけど、ぼくだって負けられないよ! 急にミナヅキさんさん達も来てビックリしたけど、相手の一声で最後の戦いが幕を開ける。最初は四対二になる予定だったけど、ミナヅキさん達が来たから六人になってる。今一斉に走り始めたんだけど、ぼくが戦うことになりそうな相手は、“月の次元”からの侵入者のグソクムシャ。これはぼくの予想でしかないけど、この人が“月の笛”を持ってるような気がする。
「
ミナヅキさん、サードさん、きみも、いきますよ! 」
「言われなくともそのつもりだ、うん」
「当然だ」
「はい! 」
“術”を使ってくるはずだから……、あまり近づかない方がいいよね? アブソルっぽい人の呼びかけに大きく頷いてから、ぼくはこんな事を考える。ミナヅキさんに“術”を教えてもらって分かったけど、エネルギーを使わないけど簡単に人を傷つける。ぼくもここまでに何回か使ったけど、慣れてなくても簡単に怪我をさせちゃったりもしてる。だから今から戦うこの人の攻撃も、下手をすると大けがをしてしまうかもしれない。だからぼくは三人には続かずに、一番離れた十五メートルぐらいの位置を保つことにした。
「何にんで来ようと結果は同じだ。……だがミナヅキ、まずは貴様からだ! 」
「臨むところだ! んだが俺の方こそ、大人しく従っていた頃の俺と同じと思うんじゃねぇーぞ! 」
「“月”に仇成す反逆者が……、どの口が言――」
分かれてから何があったのか分からないけど、“月の次元”出身のはずのミナヅキさんは君主に対して荒々しく言い放つ。あの時とは違って迷いがなさそうだから、ミナヅキさんは本気……。自分の世界を捨ててまで、ぼく達“太陽”の味方をしてくれてると思う。
「目覚めるパワー! 」
「なっ……」
「これでも同じ事が言えるか? ムナール! 」
ぼくとは反対側を走ってる彼は、相手が言い切る前に技を発動させる。もしかしたらアブソルさんに教えてもらったのかもしれないけど、彼は走りながら両手元にエネルギーを溜め始める。するとそこに銀色のエネルギー体ができはじめ、すぐに丸く形を変えていく。五センチぐらいになってから両手を前に突き出し、外れたけど銀色の球体を撃ち出していた。
「ミナヅキ、貴様……。史学者の分際で“魔術”を使うか」
「敵のお前に言う筋合いはねぇよ」
「ミナヅキと言ったか、少しはできるようだな、うん」
「
自分が教え、教えてもらいましたからね。影分身」
すっ、凄い……。一瞬でこんなに……。サードさんとアブソルさんもまだ様子を見てるみたいだけど、ぼくは準備段階らしいそれにもまた声を上げてしまう。影分身って言う技はししょーから教えてもらったり見たことがあるからしってるけど、こんなにレベルが高いのは初めて見た。確かアブソルさんはしりょーの知り合いでギルドの副代表だったと思うけど、たった二、三歩走る間に十五体ぐらい分身を創り出してる。ここまで数が多いと、味方のぼく達でもどれが本物か分からなくなるよね……。
「いくら数を積もうと、敵うはずが無いと思うがな」
「その言葉、そっくりそのまま返すとしようか。……燕返し! 」
急に数が増えて相手も驚いてたけど、すぐに気持ちを切り替えたらしい。今ぼく達四人……、と沢山の分身で取り囲んでるから迷ってるみたいだけど、すぐに攻撃できるように身構えてる。だけどこの均衡を破って、サードさんが相手の背後から不意打ちを仕掛ける。四歩ぐらいで距離を一気に詰め、手刀でグソクムシャを切り裂く。
「何者か知らんが、甘い! 」
「っ! 」
「そう言ってられるのも今のうちです! 目覚めるパワー! 」
気が逸れてる今なら……! サードさんの斬撃を両腕をクロスさせることで受け止め、思いっきり外に振り抜くことで振り払う。……だけどその事に完全に意識が向いてるはずだから、この間にぼくも攻撃を仕掛けてみる。十三メートルの距離を保ったまま、口元にエネルギーを集中させる。そうする事でぼくの場合、赤い球体がそこに創られる。“肆緑の海域”の時にシルクさんに教えてもらったけど、ぼくの目覚めるパワーは炎タイプ。いくらぼくの攻撃が弱くても、相性は良いから少しはダメージを与えれると思う。
「緩い! その程度の“魔術”でこの俺を倒せると思――」
「
それが大技のための誘導だとしたら、どうしますか? 」
「
ギガインパクト」
「
ギガインパクトっ」
「
ギガインパクト! 」
うわぁっ……。ぼくの火球はちゃんと命中したけど、殆どダメージを与えれてなさそう。それに命中したって言っても、右手で振り払われただけだから、当たったって言えないような気もする。おまけに敵の注意がぼくに向いちゃったから、寧ろ悪い状況になったかもしれない。
だからぼくはいつでもかわせるように“避術”の準備をしようとしたけど、事態が予想外の方に転がっていく。ぼくが攻撃したからだと思うけど、グソクムシャは完全にぼくの方を向いている。これがかえってよく働いたらしく、ずっと様子を伺ってたアブソルさん……の分身達が一斉に動き出す。囲んでる円を狭めるようにして跳びかかり、同時に最上級技を発動させる。本当にどれが本物か分からないけど、この連撃をくらったらひとたまりも無いと思う。
「ぐぅっ……! 」
流石にこれは堪えたらしく、グソクムシャは初めてのけぞり声をあげる。分身の方は反動の影響で、一体また一体って感じで消滅していく。
「シリウス、流石だな」
「
これで最後です! 」
もしかしてあれが……、本物のアブソルさん? 次々に消えていく分身に紛れて、一人だけ違うアブソルがいる気がする。多分見間違いじゃ無いと思うけど、その一人だけが鎌状の角に黒いオーラを纏わせてるように見える。
「
事件の首謀者のムナール、ここであなたを――」
完全に背後をとってるから、アブソルさんは――
「何っ――」
「っ! まっ、まさか……ここで……! 」
「嘘だろぅ? 」
「アブソルさん! 」
だけどその背中に跳びかかろうとしたその瞬間、アブソルさんは急に灰色の光に包まれる。かと思うと姿が変わ……元に戻り、そのせいで角のオーラも消えてしまう。おまけに力も抜けてしまったらしく、そのままグソクムシャにぶつかってしまっていた。
「ふっ……、一時はどうなるかと思ったが……、貴様も……ここまでだな!」
完全に隙を見せてしまってるから、ここぞとばかりに相手は攻撃を仕掛ける。山吹色のオーラを纏わせた手刀を構え、それを何のためらいも無く振り下――
「シリウスに、手を出すな! 」
「っ? 」
手刀を振り下ろしていたけど、その間を赤黒い影が横切る。一瞬誰か分からなかったけど、その影は瞬時に脱力したアブソルさんを抱える。同時に身を翻してグソクムシャの攻撃をかわし、その場から撤退する。その人物は……。
「みっ、ミナヅキさん? 」
「助かりました……」
「助けられたのはお互い様だろぅ、シリウス」
出身の世界で姿が変わる、ぼくの同族の彼。多分“避術”だと思うけど、少し離れた場所で言葉を交わし合っていた。
「……マルチアタック! 」
「っぐぅっ! 」
「キノト! 」
「はい! 思念の頭突き! 」
っと、そんな場合じゃなかった! つい気が散ってたけど、ぼくはサードさんに呼ばれて気持ちを切り替える。丁度オーラを纏って突っ込み、前足の爪で切り裂いていたとこだけど、ぼくはその彼に対して頷いてから、敵との距離を一気に詰める。サードさんの専用技で相手が怯んでる間に、ぼくはエネルギーレベルを最大まで高める。同時に想いを力に変え、退くサードさんと入れ替わるようにして頭から突っ込んだ。
「っガキが……」
「岩落とし! 」
「……ミナヅキさん、サードさん、少し時間を……いただけますか? 」
「時間……? 」
あまり手応えは無かったけど、少なくともサードさんが退く隙は作れたと思う。完全に気がぼくに……、っていうよりグソクムシャを怒らせてしまったみたいだから、ある意味これで良かったのかもしれない。バックステップで距離をとってるんだけど、そのぼくを相手は走って追いかけてきている。だからぼくは岩タイプのエネルギーを活性化させ、相手の頭上に落としてみる事にした。
「小癪な……真似を……! 」
……来る! 一瞬ひるみはしたけど、これで止まってくれるほど甘くは無かった。寧ろ相手を煽っちゃったから、完全に怒りの色が見えてる気がする。七、八歩下がる間に追いつかれてしまい――。
「クソガキが……っ! 」
オーラを纏った右手を振りかざしてきた。
「っ! 」
間に合って……! ぼくは慌てて“避術”を発動させ、振りかざしてくる相手の腕の動きを見切る。ギリギリだったから危なかったけど、間一髪のところで右斜め後ろに跳び下がる。
「ちょこまかと……! 」
立て続けに左でも切り裂いてきたから、着地してすぐに右の前足で地面を右前に強く押す。そうすることでぼくは、連続して左斜め後ろにも跳び下がった。
「煩わしい……っ! 」
二回の攻撃はなんとかかわせたど、ここで“避術”の効果が切れてしまう。それも跳び下がって両足が地面から離れてる時だったから、蹴り上げてきた左足は回避できそうに無い。
「これで――」
上手くいくかどうか分からないけど、ぼくはダメ元でもう一つの“術”、“迎術”を発動してみる。“太陽の次元”の見切りとか……、そういう技は連続で使うと失敗しやすいから、これが失敗すると大けがをしてしまうかもしれない。だけど今はそうも言ってられないから、左の前足で相手の右足の先を狙い――。
「何っ? 」
力を込めて思いっきり爪でひっかく。同時に腰を反時計回りに捻り、弾かれた反動も乗せる。そうすることで左前足を振り上げるような体勢になり、回避を兼ねた攻撃が成功する。更にぼくは振り下ろす時にも力を込め――。
「――どうですか! 」
無防備になってる腰の辺りを思いっきり切り裂いた。
「目覚めるパワー! キノト、無事か? 」
「はい! “避術”と“迎術”で何とかな――」
両足で着地した瞬間、後ろの方から銀色の球体が飛んでくる。すぐにミナヅキさんの技って分かったから、ぼくは後ろをを確認せずに左に跳び退く。横目で見ると彼がもう一発つくりだしているところだったから、その彼に向けてぼくは大きく頷く。多分ミナヅキさんなら気づいてると思――。
「キノト! ミナヅキ! 」
「っ? 」
「避けてください! 」
「はっ、はい! 」
短く言葉を交わしあってる途中だったけど、ここで少し離れた所からサードさんの声が割り込んでくる。急だったからミナヅキさんは声をあげちゃってるけど、僕も声がした方をチラッと見る。敵の目の前だからあまりジーッとは見れないけど、その先にはミナヅキさんと、鎌状の角を高く掲げたシリウスさん……。何かの技を発動させてる状態だと思うけど――。
「鎌鼬! 」
ぼくは言われた通りにすぐ左に跳び退く。着地してから屈んで、そのあとすぐに見てみたら、アブソルさんが丁度攻撃を放つその瞬間だった。だけどアブソルさんが言うその技とは、少し見た目が違う気がする。普通なら透明の……空気を圧縮した刃が飛んでいく筈だけど、今のソレは夜空を思い出すような黒。刃に黒が混ざってるような感じで、彼の角も同じ色のオーラを纏ってるような気がする。彼が飛ばした黒い斬波はまっすぐ敵の方へと飛んでいき――。
「なっ……っぐあぁぁぁ……っ! 」
左肩の辺りを貫通する。場所が場所だったから腕を斬り落とすようなことは無かったけど、その部分から赤いナニカが溢れ出す。
「ばっ……馬鹿な……。俺が……俺……が……っ! 」
体の左半分が紅く染まったグソクムシャは膝をつき、痛みのあまりに患部を右手で押さえ顔を歪めてしまっていた。
続く