玖弐 作戦当日(黄昏)
あらすじ
“無名の泉”に戻ってからしばらくして、気を失っていたシルクさんが目を覚ます。
テトラさんが尋常じゃないぐらい心配してたけど、シルクさんは自分のことを二の次にして事を進めていく。
そこへフライさんとコークさんが、“英雄伝説”の当事者、シャトレアさん達を連れてくる。
着いて早々シルクさんは、三人に対して戦いを挑んでいた。
――――
[Side Kinot]
「…全員揃ったな、うん」
こんなに早く集まらなくても良かった気がするけど…。あの後シルクさんは三人同時に戦ったんだけど、三人が“チカラ”を使っても余裕で勝っていた。多分シルクさんのチカラが“終焉”よりも前のだからだと思うけど、シャトレアさん達の加護を破っていた。…だけど加護に関して意外だったのが、全然戦ったことがないって言ってたハンナさんが一度だけ耐えてた、って事。シルクさんも予想外だったらしく、同じ“絆”だから相性がいいのかもしれない、らしい…。
それで昨日の残りの時間はぼくの戦い方とかを見てもらって、今日は前から計画されていたらしい
作戦の当日。昨日の夜にフライさんから聞いた事だけど、予定よりも早く“ビースト”を全部倒せたから今日に前倒しになったらしい。大まかな内容しか聞けてないけど、コークさんとか…、伝説の種族の人達が何人もいるから、“月の次元”からの侵入者関係のことだと思う。今サードさんが前に出て呼びかけてるんだけど、この感じだと今から詳しい内容を話してくれるんだと思う。
「予定が前後し申し訳ないが、今日これから“ルノウィリア”への潜入作戦を行いたいと思う」
あたりを見渡した後で咳払いをし、サードさんは真剣な表情で声を上げる。
「それにあたりこれより、潜入時の組み分けの確認をする」
「人数が人数ですからね。…“属性”の言うとおり、本日は数人一組の小隊を組んで潜入します」
ぼくは誰になるのか分からないけど…、どうなるのかな? サードさんの話に続いて、“南西の観測者”のコークさんが大きな声で呼びかける。もしかするともう決まって知らされてるのかもしれないけど、ぼくは昨日特訓してもらってたから、そういう事は全然聞いてない。だから実質、作戦内容と合わせて初めて聞くことになる、のかな?
「まずはじめに監獄の捜索ですが、これには“英雄伝説”の皆さん、そこにフライ氏を加えた七名で向かってもらいます」
「昨日見させてもらったけど、フライゴンのきみと一緒なら心強いね」
“英雄伝説”ってことは、シャトレアさんとハンナさん、ヴァースさん達が同じ組って事になる。あとの三人はテラキオンのヴィレーさん達だと思うけど、この三人は伝説の種族だから問題ないと思う。
「“賢者”三名とフライ、“守護者”三名で分かれ捜索を行い、“心”で連絡を取りつつ行ってほしい」
「うん! …じゃあ私がギアを持ってるから、他への連絡は私がするよ」
「俺がするつもりだったけど…、シャトレアちゃんがしてくれるなら任せたよ」
「任せて! …何か面白くなってきた! 」
シャトレアさん、今は楽しむ時じゃないと思うんだけど…。サードさっが言った“心”っていうのは、“賢者”と“守護者”で心が重なってる部分のことを言ってるんだと思う。ししょーもレシラムのシロさんと重なってるけど、確か心の中で強く言えば相手に伝わる、って言ってたような気がする。だからサードさんが“賢者”と“守護者”で組を分けたのは、離れていても話せるから、だと思う。
「続いてケベッカとパラムの数名だが、彼女等は“月”の殲滅を行ってもらいたい」
『そのことに関して、いくつか補足をしてもいいかしら? 』
続けてサードさんは、端の方でかたまっているルカリオさん達に目を向ける。“パラムタウン”といえば最近破壊し尽くされたって聞いてるけど、もしかしたらこの人達は誰かに助けられてここにいるのかもしれない。そんな彼女たちに向けて言うことがあるらしく、シルクさんがみんなの頭の中に声を響かせる。
「いいけど…、あんたは? 」
『何人かとは昨日までに話せたけど、エーフィのフィフ。一度あなた達を
殺して、ここまで救出した張本人って思っておいて構わないわ。…話を元に戻すけど、“月”の侵入者は“陽月の穢れ”っていう状態になってる。パラムの人達は一戦を交えて知ってると思うけど、その状態になっていると何かしらのステータスに異常が出る。それから実際に習得してみて分かったことだけど“月”が使う“術”…、私達にとっての技にあたる攻撃方法は、敵の骨を粉砕したり、腕を切断したりすることを主としている。…だからオレンジ色のオーラを纏った標的と対峙したときは、決して接近せずに遠距離から攻撃を仕掛けて』
そういえばミナヅキさんの“爪術”、攻撃された野生って結構出血してたよね…。
「…だそうだ」
『言い忘れてたけど、キノト君、あなたは私と来て』
「えっ? あっ、はい! 」
「それからパラムの皆さんに渡されていると思いますが、その種はフィフ氏の作らしいのです。衝撃を与えると急速に成長し、蔓が絡み身動きがとれなくなるそうです。なので“月”を倒した時にその種を使ってください。私達伝説の種族が身柄を回収しますので」
ししょーから聞いたような気がするけど、“群生の種”、だったかな?
「それ以外にも、作戦が上手くいくようにサポートさせてもらうわ」
って事は、今回はミウさん達は戦わないのかな?
「…以上だが、何か質問のある者は」
『質問っていう訳じゃないけど、一つだけいいかしら? 』
シルクさん、他に何かあるのかな? コークさん達が立て続けに説明してくれていたけど、この感じだと粗方話し終わったんだと思う。だからこの場を仕切ってるサードさんが呼びかけたんだけど、まだ何かあったらしくシルクさんが右の前足を挙げて名乗り出る。
「構わないですけど、他に何かあるんですか? 」
『ええ。そのために間はまず…、ハンナさんとコバルオンさん、いいかしら? 』
「アタシも? 」
「ハンナなら分からなくもねぇが、何故俺まで」
さっき話してからそのままの状態だったけど、シルクさんは待ってましたと言わんばかりに語り始める。この感じだと言い忘れた訳では無さそうだけど、ちょうどぼくの正面にいたハンナさん、それからコバルオンの彼…、“絆”の二人に呼びかける。等の二人は当然、何で、って感じで首を傾げてるけど…。
『結論から言うと、“加護”を発動させたいのよ』
「“加護”って…、まさかこの人数に? 」
『ええ、そうよ』
「だけどこの人数にって…、それじゃあアタシに死ね、って言っ…」
『“賢者”と“守護者”しかいない、
不完全な“加護”ならね』
かっ、“加護”が完全じゃないって、どういうこと?
「シルクさん、“加護”が完全じゃないって、どういう事なの? 」
『私達の“絆”に限る話じゃないけど、確かに個人だけでは五人が限界。それ以上になると、発動者は命を落とす。私よりも先代…、いえ、後代でも沢山の“賢者”が亡くなってるって聞いてるわ。だけどその殆どが、“従者”が“加護”を発動させていなかったから…。“賢者”と“守護者”、“従者”が揃って初めて“加護”が完成するのよ』
「ってことはシルクさん? “従者”は失われた地位だから、もう完成させれないんですよね? 」
“終焉の戦”で無くなったみたいだから…、そうなるよね?
『自分の地位が途切れるのは悲しいけど、そうなるわね』
「あっそっか。シルクさんって“絆の従者”だから…」
『そういう事よ』
「…わかった。…“神秘の護り”。これで…いいな? 」
『ええ、助かるわ』
知らなかった…。ハンナさんがすぐに質問してたけど、それにシルクさんは淡々と答える。シルクさんにとっては未来のことになると思うけど、もしかするとししょーから聞いて知ってたのかもしれない。…だけどぼく自身は聞いた事が無かったから、ししょーが教えてくれるのを忘れてるのか、もう少し経ってから教えてくれるつもりなのか…、そのどっちかだと思う。
話が少し脱線しちゃったけど、ぼくも知らないことを話してくれたから、ハンナさん…、だけじゃなくてシャトレアさん達もへぇーって感じで聞き入ってる。当然ぼくも同じ気持ちだけど、シャトレアさんが何も言わないって事は、シルクさんは何の嘘もついていないことになる。だからなのかもしれないけど、コバルオンさんは一度頷くと、口元に白い球体を作り出す。実際に見るのは初めてだけど、確か“賢者”はアレで護ってもらう事で、“加護”を付けられるのを五人から十人に増やせる、って言ってたと思う。…ただ凄く負担がかかるみたいで、発動させたコバルオンさんは肩で息をしてるけど…。
『ハンナさん、これでできるはずだから、私にも発動させて。私もするから』
「えっええ…。“絆により、我らを護り給え”…」
『“絆により、我らを護り給え”。…上手くいったようね』
ししょーの“加護”も凄いけど、シルクさんのも…。ほぼ言われるがままって感じだったけど、ハンナさんは自分の“チカラ”、“絆の加護”を発動させる。頼んでいたシルクさんも半分ぐらいを聞いたタイミングで目をつむり、同じように呪文めいたセリフを唱え始める。するとぼく…達に青い光、一歩遅れて水色の光が纏わり付く。ししょーとシャトレアさんの“加護”もそうだけど、その光はすぐにパンッって弾けて消滅…。一呼吸を置いて目を開けたシルクさんは、薄水色の光が灯った瞳でほっとしたように呟いていた。
「…噂には聞いていたけど、流石って感じね」
『沢山時間を借りたけど、私からは以上よ』
「まさかもう一度“加護”を受けるとは思わなかったが、アイツほどではないがこれほどの者が過去にいたとはな…、うん。他に質問のある者はいるか? …居ないようなら、フィフ、キノト。今回二人は俺と来てもらいたい」
「ぼっ、ぼく達が、サードさんと? 」
『ということは、そういう事ね? 』
「そうだ、うん」
まっ、まさかサードさんとも一緒だったなんて…、予想外すぎるよ。今度こそ全部話してくれたらしく、サードさんは一度咳払い。…かと思ったんだけど最後の最後にぼく、それからシルクさんの順に目を向けると、急にこんな風に付け加える。シルクさんが一緒っていうのは何となく想像できたけど、まさかサードさんも一緒とは思わなかった。一応サードさんは“ビースト”とか…、それ関係の伝説の当事者だとは思うけど、そもそもサードさんは保安協会の最高責任者。サードさんしかいない種族って言うのもそうだけど、協会の代表と行動できるなんてまずあり得ないことだと思う。この感じだとシルクさんは知ってたのかもしれないけど…。
「…それでは、うん。“原初”様、アルタイル、デネブ、ベガ」
「ええ」
「うん」
「臨むところよ! 」
「けれど無理だと思ったら退くことも重要よ? …テレポート! 」
続く