捌弐 行方不明の人々
あらすじ
“実りの森”に行っていたぼく達は、そこでミナヅキさんから二つの“術”を教えてもらう。
そこからの帰り道で、ぼくの事を探していたらしいフライさんに呼び止められる。
何故かぼくだけがフライさんに連れられて、“無名の泉”って言う場所に突然向かう事になる。
コークさんとも合流し、ぼく達は結界に守られた泉に足を踏み入れた。
――――
[Side Kinot]
「…こちらが先ほどお話しした、“無名の泉”です」
「ここが…、そうなんですか? 」
「はい」
「初めて来るけど…、アルタイルさん達が好むのも分る気がしますよ」
…あれ? フライさんも来た事無かったの? 浮遊感に包まれてる間目を瞑っていたぼくは、それが収まってから目を開ける。するとその先に広がっていたのは、見た感じ特に変わったところがなさそうな景色…。森の中だけど景色が開けていて、泉の近くだけ木が生えていない。その部分は結構広いみたいで、シロさんみたいに大きな種族でも余裕でくつろげそうな広さはあると思う。…こんな感じでごく普通の泉だったから、ぼくは連れてきてくれたコークさんの方を見上げてこう聞いてみる。フライさんも初めてなんて思わなかったけど、ぼく達の言葉にコークさんは大きく頷いてくれた。
「元々はあの三人が集まっていた場所ですからね。…皆さん、ソレイル氏がお話ししたキノト氏と、フライ氏をお連れしました」
「思ったより早かったようだな、うん」
「…あれ? サードさん、前会った時忙しいって言ってましたけど、良かったんですか? 」
何日か前だけど…、保安協会の方はいいのかな? コークさんの呼びかけに、一番近くにいた誰かが返事する。だけどその人が意外すぎて、ぼくは思わずその人に訊き返してしまう。ぼく達に気づいて来てくれたのは、保安協会の代表をしているシルヴァディのサードさん。彼はぼくに視線を落としてから、何かを納得したように大きく頷いていた。
「協会の役員に託してきたからな。そちらのフライゴンは…、ウォルタの師だな? 」
「えっ、あぁはい。フライ、っていいます。…ですけど何でボクの事を…」
「“絆”のエーフィから聞いた、と言えば分るな、うん」
「“絆”…、フォスですね? 」
「そうだ」
“絆”のエーフィ? って事もしかして、もう一人のししょーの師匠? ぼくの方を見ていたサードさんは、続けてフライさんの方に視線を移す。多分ししょーから直接聞いたんだと思うけど、サードさんは聞かれる前にフライさんの事を言い当てる。…だからフライさんは一瞬驚いたような顔をしていたけど、次に言った事を聞いて納得していた。それに“絆”のエーフィといえば、ししょーの師匠のシルクさん。ギルドでチラッと聞いたらテトラさんも行方不明、って言ってたけど…。
「彼女は過去の世界の住民、って聞いてますけど…」
「彼もそうだが、彼女の一派は“刻限”様が特例で認めているそうだ」
「“刻限”…、ツェトさんですね? 」
「そうだ」
こっ、“刻限”って、“時間”を司ってるディアルガの事だよね? そんな主神クラスの人と知り合いなんて…。
「キノトは存じていると思うが、“星の停止事件”で恩があるそうだ」
「“星の…”…」
「あら今度は誰のお連れなんだい? 」
「きみはルガルガン…、でいいんだよね? 」
「…えっ? 」
ちょっ、ちょっと待って! 何が何だか全然分らないんだけど! サードさんに案内してもらいながら話していたんだけど、ぼくは着いたその場所、泉で迎えてくれて人に思わず声を上げてしまった。他にも沢山いるんだけど、何故なら真っ先に気づいて話しかけてきた二人のうち、一人は行方不明になってる人だったから…。もう一人は知らないルカリオで、サードさんの後ろを歩いてきたぼくとフライさんを興味深そうに見てくる。そしてもう一人は…。
「てっ、テトラさん? 行方不明になってる、って聞いたんですけど、ここにいたんですか? 」
「ちょっと話が長くなるんだけど…、そんな感じかな? 」
“パラムタウン”で行方不明になったらしい、青いニンフィアのテトラさん。グレーの服を着ていて、ししょーのを思い出すような白いスカーフを首元に巻いている…。それに左の前足には、シャトレアさんがししょーから借りていたPギアを身につけている。一瞬視線を上に向けて何かを考えていたけど、ぼくはそんな彼女に驚きすぎてそれどころじゃなくなってしまった。
「フィリアさんから聞いたんだけど、確か“ルノウィリア”でシルクに助けられたんだよね? 」
「うん。…だけど私も、まさかフライさんも来てるなんて思わなかったよ」
「ボクもちょっと予想外だったね。シードさんに呼ばれてなんだけど、急だったから…」
「確かクアラ達の時代のセレビィって言ってたわね」
えっ? フィリアさんから? フライさんが何でテトラさんがここにいるのかを話してくれたけど、正直言ってぼくは内容が殆ど入ってこなかった。テトラさんがいたって事ももちろんそうだけど、フィリアさんの名前が出てきて思わず耳を疑ってしまったから…。テトラさんはテトラさんで、フライさんがいる事を知らなかったみたいだけど、ここまでビックリする事が多すぎるともうどうでも良くなってきたような気がする。…だけどルカリオさんがテトラさんを見ながらクアラ、って言ってたから、呼び名? あだ名? だけは知る事が出来た。
「そうだよ。…あっ、そうだ! フライさん、シルクなら岸の方にいるけど、会う? 」
「シルクと? うん。コークさん達、他の所に行ったから…、その間に行くよ」
「わかったよ。じゃあキミも、ついてきて」
「えっ、はい! 」
もしかしてテトラさん、ぼくの事に気づいてないのかな…? テトラさんは何かを思い出したらしく、月明かりに照らされた泉に目を向けてから提案してくる。フライさんの方を見ながらだったけど、首元から出しているリボン? で遠くの方を指しているから、同時にシルクさんがいる場所を教えてくれたんだと思う。テトラさんが指した方を見てみると、シルクさんかどうかは分らないけど何人かの人が集まっているような気がする。即答したフライさんは一度キョロキョロ辺りを見渡してから、ぼくにも訊いてきたテトラさんに対して大きく頷いていた。
「…そういえばあんたの事聞いてなかったわね」
「ぼっ、ぼくの事ですか? …そうでしたね」
うっかりしてたけど、色々ありすぎてまだ名乗れてなかったね。テトラさんも気づいてないみたいだし…。少し早口のルカリオさんに言われて、ぼくは最初にすべきことを思い出す。思わずハッとなったけど、前を歩く彼女とフライさん、テトラさんを追いかけながら、何とか気持ちを落ち着かせて自己紹介し始める。
「“黄昏の姿”っていうルガルガンのキノト、っていいます。今は怪我をしたししょーから引き継いで“ビースト”を追ってるんですけど、普段は考古学者の見習いをしています」
「ええっ? きっ、キノト君なの? …だけどこの時代の人達って、二十歳とかにならないと進化出来ないんじゃないの? 」
「本当ならそうなんですけど、多分“陽月の穢れ”で乱れたからだと思います」
「“陽月の…”ってまさかあんた“月”の侵入者じゃないでしょうね? 」
「キノト君はこの時代の“太陽の次元”の出身だよ。ボクもよく分らないんだけど、“穢れ”たイワンコが“陽月の回廊”で進化すると、こうなるみたいなんだよ」
「…何かよく分らないけど、キノト君は私と一緒で珍しいんだね? 」
ぼくと一緒って…、色違いって事かな? 流れに身を任せて自己紹介すると、テトラさんが予想通りの反応をした。やっぱりぼくの事に気づいてなかったみたいで、思わず近くの人が振り返るぐらいの大声を出してしまっていた。それから進化した事はぼくの想像でしか無いけど、“陽月の穢れ”の状態になるとそうなるって聞いてるから、間違ってはないって思ってる。“陽月の穢れ”って聞いてルカリオさんが不審そうに問いただしてきたけど、そこはその時にいたフライさんが補足で説明してくれた。
「クアラの特性は少数派って言ってたわね。色違いは何千人に一人しかいないって聞いた事があるけど私でもその上で少数派ってのはクアラが初めてだったわ」
「私の時代にもいなかったよ。…フォス、フライさん達を連れてきたよ! 」
「……」
『えっ、もう? 案外早かったわね』
「コークさんとすぐに合流できたからね」
この声…、やっぱりあの人だ。話してる間に対岸まで来れたから、案内してくれたテトラさんはその場にいた人に声をかける。その場所にいたのは、色んなものを身につけたエーフィ…。真っ先に目に入るのが白い服で、所々に薄い紫色のシミ、襟の部分に金色のバッジが付いている。振り返った時に初めて見えたけど、首元に水色のスカーフと黒縁のメガネをかけている。それから彼女の事をよく見てみると、右耳に水色の結晶の耳飾りを着けていて、月明かりでも淡く輝いて見えるような気がする…。そんな彼女はテトラさんに呼ばれると、ぼくの頭の中に驚いたような声が響いてきた。
『そうだったのね。…だけどフライ? 隣のその子は…』
「ウォルタ君の弟子のキノト君。話しがいってるかどうかは分らないけど、“黄昏の姿”のル…」
『キノト…、思い出したわ。“漆赤の砂丘”にいたイワンコよね? 』
「ぼくの事、覚えてくれていたんですね? はい! あの時はししょーを止めてくれて、ありがとうございました」
『どういたしまして』
って事はやっぱり、“チカラ”が暴走したししょーを止めてくれたエーフィさんとこの人…、同じ人だったんだね。フライさんに紹介されたぼくは、声が頭の中に響いてくるエーフィさんの方を真っ直ぐ見る。フライさんはまだ何かを言おうとしていたけど、ぼくと向かい合ってるエーフィさん…、ししょーのもう一人の師匠のシルクさんに遮られてしまっていた。名前を聞いて思い出してくれたらしく、少しだけ考えてからパッと明るい声を返してくれる。口が動いてないのに聞こえてくるから変な感じがするけど、覚えてくれていたから凄く嬉しい。頭を深く下げてお辞儀をすると、シルクさんはにっこりと笑って応えてくれた。
続く