漆弐 黄昏と月
あらすじ
シオンちゃん、フライさんの三人で“陽界の神殿”を出発したぼく達は、“青藍の空”っていうダンジョンを通って“水の大陸”を目指す。
フライさんが殆ど戦ってくれていて、技を使わずに簡単に倒していた。
それで何事もなく“アクトアタウン”のギルドに着いたぼく達は、そこにはいるはずがないフィリアさんと再会する。
Zギアのルーターを設置しに来ていたみたいだけど、乗船所が営業休止になって帰れなくなっていたらしかった。
――――
[Side Kinot]
「…あっ、ティルさん! 」
「この声は…、シオンちゃんだね? 」
「はい! 」
「噂では聞いてたんだけど、本当に戻ってこれてたんだね? 」
「もう聞いてたんですか? 」
「うん。さっきフロリアさんに会ってね」
見た感じあまり大きくなさそうなギルドだから、そんなに伝わるのに時間がかからないのかもしれないね。“アクトアタウン”のギルドに着いてから、ぼく達はフライさんの案内で荷物を置きに行っていた。部屋は別の人との相部屋だったんだけど、聞いたらぼくの部屋はししょーと共用、って事になってるらしい。シオンちゃんはマフォクシーのティルさんと同じみたいなんだけど、そのときは部屋を外していて会えなかったらしい。それで準備してから一度フライさんと合流はしたんだけど、急用が出来たから、って一人で出ていった。
十分ぐらいでシオンちゃんも降りてきたんだけど、フィリアさんもいなかったから適当に話して時間を潰していた。ギルドの人達は日中だから依頼とかに出ていていないんだと思うけど、話題が一つ終わったところでティルさんが下の階から上がってきた。ぼく達はロビーの真ん中ぐらいにいるから結構距離があるんだけど、先に気づいたシオンちゃんが右の翼を大きくあげて合図を送っていた。それにティルさんも答えてくれていて、ぴょんと水路を飛び越えながら話しかけてきてくれていた。
「フロリアさんに? って事はもしかして、ベリーさんとかも地下の演習場に…」
「なっ…! 嘘だろぅ? まさか“太陽”には“夕刻”がいるっつぅーのかよ! 」
「えっ? 」
“夕刻”ってもしかして…、ぼくの事かな? だっ、だけど、何でこの人がここにいるの? この時までティルさんで隠れて見えなかったんだけど、その後ろからすごく驚いたような声が聞こえてくる。この声の主が誰なのかはすぐにわかったんだけど、前にあったときははぐれっちゃったから、まさかこんな所でまた会えるなんて思ってもいなかった。だからぼくも変な声をあげちゃったんだけど、その代わりその人が言った意味はなんとなくわかった気がする。だからぼくも、びっくりしながらも…。
「ミナヅキさんも、何であの時急にいなくなっちゃったんですか? 」
「何故俺のことを…。まっ、まさか…、お前はキノトか? 」
ししょーを病院に連れて行くのを手伝ってくれたミナヅキさんに逆質問をする。もちろんミナヅキさんも驚いていたけど、この事はぼくとシャトレアさんしか知らない事だから、進化してもぼくが
ぼくだって分かってくれた。
「そうです」
「えっ、キノト君? 本当にキノト君なんだね? 」
「そうなんだよ! “黄昏の姿”って言うみたいなんだけど、“陽月の回廊”で進化したからこうなったんだって」
「“陽月の回廊”? 」
「うん。この世界と別の世界を繋いでいる空間なんです」
ぼくの姿のルガルガンって“太陽の次元”にはいないから、分からないのは仕方ないのかな…。迫るミナヅキさんに返事すると、今度はティルさんが変な声を出してしまう。確かティルさんは過去の世界の出身、っていってたような気がするけど、この感じだと“黄昏の姿”のルガルガンは見た事がないんだと思う。そう思ったから説明しようとしたんだけど、ほんの少しの差でオオスバメの彼女に先を越されてしまう。それでもティルさんは首をかしげてるから、補足になってるのかは分からないけど、自分の言葉でこう付け加えた。
「そうか…」
「ぼくも聞きたい事があるんですけど、何でティルさんとミナヅキさんが一緒にいるんですか? 」
「うーん…、シリウスさんから代わりを頼まれたんだけど、何て言ったらいいんだろ…」
そういえばミナヅキさんって、はぐれてから何してたんだろう? すぐに“ルデラ諸島”に行ったから、入れ違いになったかもしれないけど…。ミナヅキさんはぼく達の説明になるほどな、って感じで頷いていたけど、ぼくはふと彼に対して疑問が浮かんでくる。さっき聞きそびれた事だけど、ししょーを病院に連れて行くとき、何で急にいなくなったのか…。訊き方を変えたから伝わってないかもしれないけど、ティルさんとの関係もいまいちよく分からない。そのティルさんは何とか説明してくれようとしているみたいで、若干上に目を向けながら腕を組…。
「一言で言うなら、捕虜だ」
「えっ、捕虜って…、何か悪い事でもしたの? 」
「ええっ、どっ、どういうことなんですか? 」
「悪事、か…。俺がここにいる事自体が悪なのかもしれねぇーな」
みっ、ミナヅキさんが…、おたずね者? 嘘だよね? ティルさんが考えてる間に言ってくれたけど、ぼくはミナヅキさん本人の言葉に耳を疑ってしまう。ぼくの記憶違いかもしれないけど、捕虜っていう言葉は、敵側に捕らわれた人、っていう意味だったと思う。そうなるとここはギルドだから、何か悪い事をして探検隊に捕まった…。シオンちゃんが言った通り、そう考えるのが普通っていう事になる。…だけどぼくは、口は荒いけど良い人のミナヅキさんがそうだなんて信じられなかった。
「…キノト、俺が“月”だと言えばどこまで分かる? 」
「月? “月”って確か…」
「もしかして“月の次元”の事ですか? 」
「キノト君、それって、わたし達が行ったところだよね? 」
「そうだよ」
「流石あの学者の弟子だな。物わかりが早くて助かる」
って事はミナヅキさんって、“月の次元”からの侵入者、ってことになるよね?
「さっきも言ったが、俺は“月の次元”のルガルガン。“太陽”の“統治者”から聞いているかもしれねぇが、最初期四人の侵入者のうちの一人だ」
「えっ…。…って事はミナヅキさんが、ルーンさんを…」
あの時ルーンさん、四人組の中にルガルガンがいた、て言ってたよね? って事は本当に、ミナヅキさんが…。
「確かに俺もあの場にいたが、俺じゃねぇ。信じてもらえねぇかもしれんが、寧ろ止め
たかった立場だ」
「シリウスさんからしか聞いてないけど、何かそうみたいだね」
「コイツの言うとおりだ。…話に戻るが、無理矢理連れてこられた俺は“パラムタウン”でエムリットに捕まり、同行していたシリウスに身柄が移された。…いわゆる交換条件だが、俺の身柄を預ける代わりに別の奴の捜索を頼んでいたな」
「テトラの事だね? 」
「テトラさんがって…、何かあったの? 」
テトラさんって確か…、最初に会ったとき、船でアーシアさんと一緒にいたニンフィアの事だよね? 何か凄く不安そうな顔してるけど…、どうしたんだろう?
「うん。テトラなら大丈夫だと思うけど…、“パラムタウン”で巻き込まれて行方不明になってるんだよ。…俺もすぐにでも探しに行こうと思ったんだけど、乗船所がこんな状態だからね…」
フィリアさんから聞いたけど、本当に大変な事になってるんだね…。ししょーの病院を出発してから今日で二日目だけど、こんなに短い間に色んな事が起きすぎだよね? ええっと確か…、“パラムタウン”が襲撃されて壊滅して、それに巻き込まれてテトラさんが行方不明…。ミナヅキさんが捕まって“アクトアタウン”のギルドに連れてこられて、フィリアさんが“ポートタウン”に帰れなくなってる。…もちろん、ぼくとシオンちゃんが“空現の穴”に落ちた、って事もそうだけど…。
「ソイツが何なのか知らねぇーが、エムリットが探しているんだよな? 」
「うん」
「俺からも聞き返すが、こんな所で道草食っててもいいのか? 俺から“月”の事を聞き出すんだろぅ? 」
「月…、あっ! 」
ミナヅキさんとティルさんから沢山の事を教えてもらったから、心なしか頭が少し重くなったような気がする。ししょーならメモをとりながら聞いてると思うけど、ぼくはそうしなかったから後で整理した方が良いような気がしてきた。…だけどそう思い始めたのもつかの間、ミナヅキさんの一言でティルさんが短く声をあげる。元々何かをするつもりだったのかもしれないけど、そのことを思い出したような感じだった。
「俺もすっかり忘れてたけど…、キノト君」
「はっ、はい? 」
「一応聞くけど、キノト君って
この世界の出身だよね? 」
「わたしは世界も時代も違うけど、キノト君って“ラムルタウン”っていう町に住んでる、って言ってたよね? 」
「うん。ししょーの弟子になってからあまり帰れてないけど、そうだよ」
「なら丁度よかった。本当はシリウスさんか誰かが来るのを待つつもりだったんだけど、一緒に来てくれる? 」
「えっ、ぼくがですか? 」
「そうだよ。“実りの森”っていうダンジョンに行くつもりなんだけど、シオンさんもどうかな? ついでに稽古もつけれると思うし」
「うん! …だけど何で? 」
「技の調整とかなら問題ないんだけど、行動を起こす時はその時代、かつ世界軸の人が一緒じゃないと駄目みたいなんだよ」
「…なるほどな。元々俺みたいな奴はこの世界に存在しねぇーから、矛盾が発生するという訳か」
「うーん…」
よく分からないけど…、ぼくがいないとティルさんは何も出来ない、って事なのかな? それなら…。
――――
[Side Hyulshira]
…住民とか避難してきた人達のことは何とかなりそうだけど、問題は村長だよなぁ…。
「ヒュルシラ君、一通り職員には伝えたわ」
「ありがとー。こんな足じゃなかったら僕がしてたんだけど…」
「いいのよ、気にしないで」
うーん、その気遣いはありがたいんだけど…、何か特別扱いとか障がい者扱いされてるみたいで嫌なんだよねー…。
「地上の方は粗方済ませたから、アタシらは次は何をしたら? 」
「そうだねー。…じゃあ、怪我人を船着き場の方まで誘導しておいてくれる? 」
「確かテレポートで先に移るのよね? 承知したわ。…じゃあちょっくら走って行ってくるわね」
「頼んだよ。…はぁー…」
地上の事は代わってくれるから助かるけど、あんなにあからさまに言うかなー? いつもそうだけど、一言多いんだよね…。
「…っと」
…リヴァナだから大したことないけど、もし左後ろ足を切断してたら、もっと苦労して…。
…いけないいけない。そんな場合じゃないのに、また悪い方に考えてた。こんな時だから僕がしっかりしないといけないのに…。
「…ええっともしかして、シャワーズのヒュルシラさんっすか? 」
「えっ? うん。そうだけど、きみは? この辺では見かけないけど…」
ヒノヤコマ…? 避難してきた人の中にいたっけ?
「話がいってるか分からないっすけど、“アクトアタウン”から来たフレイっす。シリウス師匠から聞いた…」
「うん、僕もハクちゃんから聞いてるよ。フレイ君って事は…、先発隊は着いたんだね? 」
僕が引退した少し後ぐらいにパラムに来てたみたいだけど、確かリオリナの従弟のチームメイトだったね。
「そうっす! 」
「こっちの方はこれからなんだけどー、船着き場に来る事になってるからそこで
待っててくれる? 少ししたらマリルリが来るはずだから」
「船着き場っすね? 了解っす! 」
「頼んだよ」
続く