陸拾壱 ししょーの師匠
あらすじ
ルーンさんの許可をもらったぼく達は、テフラさん達四人の儀式が終わるのを待つ。
“観測者”の“チカラ”で光に包まれたルーンさんは、本来のルナアーラとしての姿に戻る。
その後ルーンさんは四人に用件を伝えてから、“空現の穴”を作り出す準備をする。
ぼくとシオンちゃんがルーンさんの背中に乗ってから、ルーンさんは“空現の穴”に突入した。
――――
[Side Kinot]
「…キノト殿、シオン殿、あと暫しで“太陽の次元”じゃ」
「だっ、だけどルーンさん、そんなに急がな…きゃっ! 」
「“覚醒”で随分と時間を費やした、善は急げじゃ」
「急げって…、いくら何でも急ぎすぎじゃないですか? 」
それに、ついさっき突入したばかりなんだけど…! ぼくとシオンちゃんを乗せて“空現の穴”に突入したルーンさんは、どんどん加速して回廊を滑空する。だけどそのスピードはもの凄くて、まだ三秒ぐらいしか経ってないのに八十キロは出てるんじゃないか、ってぐらいになってる。周りが色んな光に照らされた暗い空間だから分かりにくいけど、体に凄い大きさの力がかかって、気をしっかり持ってないと気を失いそうになる。だから自分の意識をしっかり持つためにも、ぼくはルーンさんに大声でこう問いただした。
「このぐらいが丁度よい」
「丁度いいって…、“太陽”と“月”は一空離しかないんですよ? だからそん…」
「それよりもこの風、何とかならないの? 」
しっ、シオンちゃんでも我慢できてないって…、本当に飛ばし過ぎだよね? ルーンさんの基準だと丁度いいのかもしれないけど、ぼくはハッキリ言って耐えれそうにない。飛行タイプでもドラゴンタイプでもない、って言ったらそれまでなんだけど、シオンちゃんも悲鳴を上げてるからちょっと安心した。だけど凄い風の中で声をあげてるから、口の中が一気に乾いてきた。後ろを見る余裕なんて無いから、シオンちゃんはどうか分からないけど…。
「大丈夫じゃ、あと一秒もせぬ間に“太陽”じゃ」
「いっ、一秒って…きゃぁっ! 」
「うわっ! 」
こっ、こんなに早くて、入る光間違えてないよね? もうスピードが速すぎて何が何だか分からないけど、ルーンさんが喋ってる間に、一つの光塊が目の前に迫ってくる。白にほんの少しだけ赤が混ざったような色だけど、正直言ってこれが正しい光なのか分からない。前にぼく達の世界の光に飛び込んだ時は、ぼくは気を失ってたみたいだから…。
それでぼく達がこう思っている間に、ルーンさんは目の前の光に躊躇なく飛び込む。光が強すぎて目を閉じちゃったけど、声をあげてるからシオンちゃんも同じだと思う。ほんの一瞬体が重くなったような感覚がしたかと思うと、ぼく達は…。
――――
[Side Kinot]
「…っ」
「目を開けるがよ…」
「なっ、何? 」
「まさかここにも“ビースト”が…」
「えっ、ええっ? 」
ちょっ、ちょっと待って! こっ、これって、どういう状況なの? ルーンさんに言われて目を開けたけど、ぼく達が“空現の穴”から出たその先で会った光景に、思わず声をあげてしまう。場所は“陽界の神殿”で間違いないと思うけど、何故か凄く空気が張りつめている…。この場所に三人いるけど、一人目は警戒して身構えているフライゴン。何でフライゴンが“陽界の神殿”にいるのか分からないけど、ルーンさんの種族は“太陽の次元”にいないからなのか、ドラゴンクローらしき技を手元に準備して戦闘態勢をとっている。二人目は見た事が無いピンク色で小さい種族で、その人も驚きながらもエネルギーを実体化させている。このひ…。
「そうとしか考えられないですよ! ドラゴンク…」
「きっ、キノト君、闘うしか…」
「ルーン! まさかルーンなのか? 」
「ソレイル、妾じゃ」
「そっ、ソレイルさん? 」
たっ、闘うって…、絶対に誤解されてるよね? “回廊”を抜けたからシオンちゃんに跳び移ろうとしたけど、その前にフライゴンが風を切って急接近してくる。夜で黒だから見にくいけど、前足が背中に触れたあたりで、シオンちゃんは思わず身構える。急にシオンちゃんが体勢を起したから乗れなかったけど、ぼくは何とか空中で体勢を立て直し、六メートルの高さから何とか着地する。地面に降りた瞬間足を屈めて衝撃を逃がしたけど、その瞬間離れた場所にいた三人目、ソルガレオのソレイルさんが、今まで会った中では初めてなぐらい大きな声をあげていた。その声に驚いてフライゴンも急ブレーキ…、ルーンさんの二メートルぐらい手前で止まったけど、その彼も訳が分からない、て言う感じで後ろにハッと振りかえる。名前で呼んでいたからどこかで知ったんだと思うけど、そんなフライゴンの後ろで、ルーンさんも若干取り乱しながらもこくりと頷いていた。
「今“空現の穴”から出てきましたけど、まさか知りあいなんですか? 」
「わっ、私は“月”からの侵入者かと…」
「然り。ルーンは我が輩と対となる者、“月界の統治者”だ。説明が遅れすまないが、チェリー、フライ殿、構えなくともいい」
「ソレイル…、すまぬ。妾が弁明するところを…」
「ええっとこれって、攻撃されなくて済んだの? 」
「そう、なんじゃないかな…? 」
ルーンさんの目の前で立ち止まったフライゴンは、完全に振り返ってソレイルさんを問いただす。もう技は構えてないけど、小さいもう一人も取り乱しながらソレイルさんに迫っていた。それにソレイルさんは、落ち着きながらも申し訳なさそうに二人に説明する。この時初めて二人の名前が聞けたけど、頭を下げているから、前もって説明はしてなかったんだと思う。それでルーンさんも同じように降りてきて頭を下げていたけど…。
それで結果的にこの場に取り残されたような感じのぼくとシオンちゃんは、お互いに顔を見合わせてから首を傾げる。何かルーンさんとソレイルさんは謝罪合戦みたいな感じなってるけど、この瞬間初めて、ぼくは戦わなくてもいい、って実感できたような気がする。流石に目は暗さに慣れてるからハッキリ見えてるけど、シオンちゃんの表情からも緊張の色が抜けていった気がする…。
「ルーンさん、ありがとうございます」
「先回のキノト殿の治療の礼じゃ。気にするでな…」
「ルーン、今、キノトと言ったか? 」
「そう申したが…」
「はい! ソレイルさん、進化して姿が変わっちゃいましたけど、元イワンコのキノトです」
流石にこれだけ言ったら、ソレイルさんも分かってくれるよね? ルーンさん達の会話が途切れるのを見計らってから、ぼくは地面に降りてきているルーンさんにぺこりと頭を下げる。そういえばそんな事もあった気がするけど、ルーンさんもフッと表情を崩してくれる。…だけどルーンさんが言った一言に相当驚いたらしく、ソレイルさんはぼくの方をチラッと見てから彼女? に迫る。だから視線の高さが近くなったソレイルさんに、ぼくは自分で自分の事を説明した。
「キノト殿…」
「妾は直に目にしておらぬが、“月陽の回廊”で“成長”したそうじゃ」
「それはキノト殿を見れば分かるが…、ウォルタ殿はどうした? 」
「ウォルタさん? ウォルタさんなら“アク…”…」
ソレイルさんもこの姿の事は知ってる、ってルーンさんが言ってたけど、本当に知ってたみたいだね。ソレイルさんはぼくに対して何かを言おうとしていたけど、直後からぼくと一緒にいるルーンさんに遮られてしまう。だけどソレイルさんが言おうとしていた事とは違ったみたいで、ぼくに視線を落としながら訊ねてくる。だからぼくはすぐに答えようとしたけど、オオスバメのシオンちゃんに先を越されてし…。
「ウォルタ君? まさかあなた達、ウォルタ君の事を知ってるの? 」
「はっ、はい。ぼくのししょーだから…」
「きっ、キミの? って事は、ボクの…」
「そういえばアークが、ウォルタ殿の師の一人はフライ殿と言っていたな」
ちょっ、ちょっと待って! もしかしてこの人達、ししょーの事、知ってるの? ソレイルさんにチェリー、って呼ばれてた小さい人がししょーの事を聞いてきたから、ぼくはすぐにその人に答える。だけどぼくのししょーだからよく知ってます、って言おうとしたけどフライゴンさんに遮られてしまう。何か尋常じゃないぐらいに驚いてるけど、それも冷静なソレイルさんに阻まれて言う事が出来ていない。アークっていう人が誰なのかは分からないけど、少なくともししょーの知りあい、って事は間違いないと思う。話を聞いた感じだと、フライゴンさんとの共通の知りあいらしいけど…。
「ふっ、フライゴンさんが? って事は、フライゴンさんはぼくの師匠の師匠、って事ですよね? 」
「そうなると思うよ! だけどまさか、ウォルタ君に弟子が出来たなんて思わなかったよ」
「ぼっ、ぼくもです。って事は、ししょーの事は…」
「よく知ってるよ。ウォルタ君が十七代目の“真実の英雄”、って事もね」
「ほっ、本当に知ってるんですね! 」
「うん。ウォルタ君が当事者になる前から知ってるから…、この時代だと四年ぐらい前になるのかな? 」
「そっ、そんなに前から? それにししょーの師匠って事は…、フライさんって五千年前の世界の人なんですよね? 」
ししょーの師匠は二人いるみたいだけど、二人とも過去の世界の人って言ってたから、絶対にそうだよね? 種族もフライゴンだし。まさかこんな所で会えるなんて思わなかったけど、フライゴンのフライさんは、ぼくの質問に大きく頷いてくれる。フライさんもそうだったみたいで、距離があったけどすぐにぼくの所まで飛んで来てくれる。フライゴンっていう種族には初めて会ったけど、ルガルガンに進化しても凄く大きく見える。だけど目の前のフライさんは、フライゴンだけどどこか子供っぽさがあるように見えた気がした。
「そこまで知ってるって、流石ウォルタ君の弟子だね? 」
「そうね。…確かキノト君って言ったわね。ウォルタ君って大切な事、いつも直前にしか言わないわよね? 」
「はい。この前の時もそうでしたから…。ですけど、ええっと…」
「セレビィのチェリーよ。訳あって“チカラ”は全部失ってるけど、ウォルタ君にはよくしてもらってるわ」
「せっ、セレビィなの? でも色違いのセレビィってことは…、もしかして、未来の世界のセレビィだったり…」
「あら、私の事まで? 」
「はい! ウォルタさんの知りあいだから言っちゃうけど、私は元々…」
しっ、シオンちゃん? ピンク色のもう一人、チェリーさんも本当に知りあいだったらしく、ししょーの事を少しだけ話してくれる。チェリーさんの言う通り、ししょーはいつも、大切な事を直前にしか言ってくれない。初めてココに来る時もそうだったけど、シオンちゃんと会うことになった一回目の“赤兌の祭壇”の時も、着くまで何も言ってくれなかった。言われてみれば白いスカーフを巻いていて色も違ったから気づけなかったけど、セレビィと言われたらセレビィな気がする。…だけどシオンちゃんがふと漏らした一言で、ぼくは急に冷静ではいられなくなってしまった。
続く