陸拾 月界の翼
あらすじ
“月界の神殿”に辿り着いたぼく達は、早々にカプ・テテフのテフラさんと再会する。
また誤解されそうになったけど、今度は間違われる前に説明したから何とかなった。
それで彼女に事情を話しているうちにルーンさんとも再会し、自分が“黄昏の姿”であると知らされる。
この後“太陽の次元”に戻る方法を聞いたら、ルーンさんが元の姿に戻ったら、それが出来ることが判明した。
――――
[Side Chatler]
「…スキャンしてみたけど、二人ともこの世界にはいないわね」
「そう…、なんだ…。“ビースト”を倒せたのは倒せたけど…」
「そうよね。“時空の狭間”ならライトに訊けば何か分かるかもしれないけど…」
「…じゃあライトさん? ライトさんは伝説の種族だから、そういう事に詳しい知りあいとかいる? 」
「うーん…、この時代にも何人か知りあいはいるけど、異世界の事に詳しい人はいないかな…。…だからわたしは…、“ラスカ諸島”に戻ってウォルタ君に訊いた方が良いと思うんだけど…」
「ウォルタ君…、あっ、そっか。じゃあ私は、“太陽”のソレイル、っていう人に訊いてみるよ。会った事、無いけど…」
「という事は、まずは“ポートタウン”に戻るのが良さそうね? 詳しい事は船の中で話しあいましょ」
「はい」
「そうですね」
――――
[Side Kinot]
「…そのようであれば妾は構わぬ」
「って事は…」
「其方等の言、妾が責任をもって受け入れよう」
“太陽の次元”に戻れる、って事だよね? ダメ元で頼んでみた事だったけど、ルーンさんはぼく達の頼みにこくりと頷いてくれる。他の“観測者”の四人もホッとしたような顔をしているから、これでやっと実感できた気がする。
「ありがとうございます! 」
「…レヒリア、コカトリア、ルブリラ、テフラ、早急に準備を済ますのだ」
「はい、只今! 」
「キノト殿、お主等はこの辺りで待つがよい」
「うん。…キノト君、何か慌ただしくなってきたね」
「そうだね。準備って事は…」
儀式か何か、かもしれないね。ぼく達がぺこりとお辞儀をしてから、真ん中にいるルーンさんは四人に対して声を荒らげる。それにテフラさん達は直立不動で応じ、すぐに所定の位置らしき場所に移動する。一方部外者のぼく達は真ん中にいるルーンさんの指示で、四人が囲う縁の外に場所を変える。これから何が起こるのか分からないけど、少なくともルーンさんに関係する事、そういう事だけは何となく察っせれたような気がした。
「…では始めるとしよう」
ぼくが前足を揃えて座り、シオンちゃんも翼を畳んだぐらいに、四人の真ん中にいるルーンさんが声をあげる。
「…“我ら月界に使えし、四の従者なり”」
「“此処に我が力を以て、月界の覚醒を宣言す”」
するとそれに続き、テフラさん達は順番に、抑揚のない声で呪文めいた台詞を唱え始める。この言い方はししょーが“加護”を発動する時と似てるから、多分“チカラ”を使う時に必要な文言なんだと思う。ルーンさんを囲む四人は目を閉じているから、精神を統一して意識レベルを高めているんだと思う。
「…“南西のコケコ”」
「…“南東のブルル”」
「…“北西のテテフ”」
「…“北東のレヒレ”」
今度は一人ずつ、多分種族名の後半部分を唱え、順番に目を開けていく。すると何かの“チカラ”を開放したらしく、浮いている四人の足元に幾何学模様みたいな何かが浮かび上がる。この四つが頂点になるような感じで、ルーンさんを中心に正方形が描かれた。
「“カプの名に於いて、月界の翼、
覚醒せん”! 」
この状態で四人とも両手を前に突き出し、同時に且つ大声で力強く言い放った。
「うわっ…! 」
「これが…? 」
すると真ん中にいるルーンさんが激しい光に包まれ、五、六メートルぐらい真上に浮上し始める。同時にルーンさんを中心に凄く強い風も吹き始め、重心を落として踏ん張ってないと飛ばされてしまいそうになってしまう。ぼくの隣で見ているシオンちゃんも声をあげてるから、それだけ強い風…、強いエネルギーが放出されているんだと思う。そうこうしている間に光が膨れ上がっていき、別の形へと変化していく…。ある程度すると突風が弱まっていき、形が安定すると光も一気に弾ける…。
「…“我、月界を司る者也”」
するとそこには、月を思い出させるような大きな翼を持った見た事ない種族…、多分ルナアーラっていう本来の姿に戻ったルーンさんが、感覚を確かめるように翼を羽ばたかせていた。
「…レヒリア、コカトリア、ルブリラ、テフラ、ご苦労じゃった」
「…初めて…、だったけど…、はぁ…、こんなに疲れる…、ものなんだね…」
「そりゃあ…、ルーン様…、の…、承伝に…、関わる…、っ儀式…、っだからなぁ…」
ルーンさんの儀式が終わったらしく、一拍開けてからルーンさんは一人ひとりに声をかける。テフラさん達は“チカラ”を使って相当バテてしまっているらしく、四人とも地面に降りてきている。息をするのもやっとって言う感じで、ルーンさんを見上げながら口々に呟き合っていた。
「…キノト殿、シオン殿、待たせてすまぬ」
「ううん、ぼく達も無理を言っちゃいましたので」
「って事は、今が本当の姿? なんだよね? 」
「如何にも。キノト殿は存じておるじゃろうが、此れが本来の妾、ルナアーラじゃ」
「これが、そうなんですね」
ソレイルさんと同じ地位だけど、世界が違うから姿も違うんだね。テフラさん達の方が済んだらしく、大きな翼を羽ばたかせるルーンさんはぼく達にも声をかけてくれる。ぼくは伝説の種族はシロさんで慣れてるつもりだったけど、種族とか雰囲気が違うからなのか、伝説特有の重圧に押しつぶされそうになってしまう。伝説の種族は大きかったり小さかったり…、色々だけど、ルーンさんは月とか夜を思い出させるような…、上手く言葉に出来ないけど、そんな印象が凄くある。だけどソレイルさんと同じでぺこぺこと頭を下げているから、何故か威厳とかそういうのはあまり無いように見える気がする。そう見えるからかどうなのかは分からないけど、多分主神クラスの伝説に会うのが初めてのシオンちゃんは、全然怖気づかずにいつもの調子で返事していた。
「そうじゃ。…さて、妾は暫しの間“月”を離れる」
「そういう…ことに…、っなっていましたからね」
「妾の留守はプリズナに任せておる。故に彼を頼るとよい」
「確か…、“遮光”…、でしたね…」
“遮光”? …って事は、もしかするとその人も伝説の種族かもしれないね。ルーンさんはシオンちゃんの問いかけに頷くと、息を整えようとしているテフラさん達に声をかける。その時には地上に降りてきていたけど、留守番する事になるらしいテフラさんに、要件を手短に伝える。これは多分前もって話しあっていたんだと思うけど、ぼくが知らない地位の名前が出てきたから、少なくともルーンさんとは知りあいなんだと思う。テフラさん達も地面に手をついたままだけど、ルーンさんの言葉にそれぞれで応じていた。
「…キノト殿、シオン殿、後回しになりすまないが、妾の背に乗るがよい」
「はい、お願いします! 」
「…だけど、わたしは自分で飛べるんだけど…」
「其方等にもてなしも無く待たせた詫びじゃ」
前もそうだったけど、ルーンさんって、おもてなしするのが好きなのかな? ぼく達の方に降りてきていたルーンさんは、翼を下に着けて屈むような体勢でぼく達にこう言ってくれる。おもてなしとかそう言うのは期待してないけど、このままだとずっと頭を下げられそうだったからとりあえず頷いておく。…だけどルーンさんと同じで飛べる所属のシオンちゃんは、自分の翼をその場で広げながら何かを言おうとする。尋常じゃないぐらいに申し訳なさそうにしているルーンさんに遮られてたけど…。
「じゃあ、何か変な感じがするけど…」
元々人間だったみたいだけど、そういう事ならオオスバメになりきれてるみたいだね。シオンちゃんも折れてくれたみたいだから、ぼく達はお言葉に甘えてルーンさんの背中に乗せてもらう。ぼくもシオンちゃんも進化して大きくなったけど、ルーンさんが四メートルぐらいはありそうだから問題無いと思う。ぼくから先に背中に乗せてもらって前足でしっかりしがみつくと、ルーンさんは大きな翼で空気を叩いて飛び上がる。
「“我、月界を司る者なり。陽界に至りし標を我らに示せ”…」
あっ、ルーンさんの方も同じセリフなんだ…。後ろをチラッと見ると、シオンちゃんも両方の翼でしがみついているのが見える。この時初めて気づいたけど、ぼくが知ってるルガルガンのたてがみの生え方が少し違う気がする。姉さんとかはイワンコと同じ色で首元の毛は白いけど、ぼくは夕日みたいなオレンジ色で白いたてがみも少し長い。毛先が弱くカールしていそうな感じだから、もしかすると別の種族って言われても違和感がないかもしれない。
そんな感じで自分の特徴を感じている間に、ルーンさんは“空現の穴”を開くための“チカラ”を発動させていた。気付いた時には半分唱え終わった後だったけど、聞き覚えがあるセリフだったから、前半も何となく想像が出来る気がする。そんな事を考えていると、ぼくとシオンちゃんを乗せたルーンさんの目の前に、白い渦が急に出現する。
「…では、参る」
「うん! 」
「はい! 」
ルーンさんはぼく達に一言声をかけてから、目の前の白い渦へと飛び込んだ。
続く