陸玖 第三の姿
あらすじ
“空現の穴”に吸い込まれたぼく達は、様々な種類の光に照らされた空間で目を覚ます。
デジャヴのようなものを感じたけど、ぼく達はいきなり得体のしれない生き物に襲撃されてしまう。
そんな中ぼくは、次々に見覚えのない光景がフラッシュバックする。
この事がきっかけで記憶を取り戻し、シオンちゃんを連れて“月の次元”に突入した。
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[Side Lien]
「…あっそうや。キュリアさん、一つ頼みたい事あるんやけど…」
「うん、何かしら? 」
「もし明日空いとったら“・白の・道”に連れてって欲しいんやけど…」
「“・白の・道”? 確か“――ビレッジ”の近くにある鉱山ですよね? 」
「そうよ。…私は構わないけれどリアンさん、どうして“・白の・道”に? 」
「そうやな…、そこで採れる石灰石が必要やからやな」
「石灰石、ですか。…ですけどリアンさん? あの鉱山て、奥の方は入山禁止になってませんでした? 」
「そのはずよ。けれど“・白の・道”なら…、分かったわ。私も気になる事があるから、試しに申請してみるわ」
「ホンマに? んじゃあ頼んだで」
――――
[Side Kinot]
「…キノト君、ここがそうなの? 凄くボロボロだけど…」
「うん。前来た時もこんな感じだったけど、ここがさっき言った“月界の神殿”だよ」
前はししょーと来たけど、ルーンさん達、大丈夫かな…? “陽月の回廊”で光のうちの一つに飛び込んだぼく達は、荒廃した遺跡に降り立つ。前に来た時も破壊されてたけど、改めてみるとやっぱり、手当たり次第に破壊されたんだなーって思う。元々は“陽界の神殿”と同じ様な感じのはずだけど、相変わらず柱とか天井とか…、穴が開いたり崩れたりしたままになってる。ルーンさんはまだ小さい状態だから仕方ないのかもしれないけど、“月の世界”に空いた“空現の穴”とかの処理に追われて時間が無いって事も考えられる。…だけど初めて来るシオンちゃんは、ぴょんぴょんと跳ぶように歩きながら、破壊された神殿を一通り見渡して、言葉を失っていそうな感じだった。
「ここが? 」
「そうだよ。ここにルーンさん、っていう人がいるんだけど、その人なら元の世界に戻る方法を知ってるはずだから…」
“月の笛”を取り戻せてないから何とも言えないけど、方法ぐらいなら知ってるはずだよね? 初めて来るシオンちゃんは首を傾げてるけど、来るのが二回目のぼくはそうじゃない。その人に会うのが目的だけど、正直言ってそれで戻れるかどうかは分からない。前はソレイルさんから“太陽の笛”を借りてたから戻れたけど、今回は何も持ってない状態。それにルーンさん自身もコスモッグっていう種族のままかもしれないし、そもそも“月界の神殿”にいるとも限らない。確信が無いから、ぼくはシオンちゃんが訊いてきた事に断言する事が出来なかった。
「はず…? はずって…、どういう事なの? 」
「うーん、何て言ったらいいか分からないんだけど、ルーン…」
「はぁ…、何でこう、忙しい時に限って問題事ばっかり増えるのよ…」
「えっ、だっ、誰? 」
ぅん? この声は…。中途半端な返事をしちゃったから、ぼくはシオンちゃんに追加で説明を入れようとする。ルーンさんの本当の姿は見た事ないけど、“月界の統治者”だから忙しいかもしれない、ぼくはシオンちゃんにこう言おうとする。だけどそれは途中で割り込んできたため息交じりの声に遮られたから言い切る事が出来なかった。突然の事でシオンちゃんは身構えてるけど…。
「見た事ない種族って事は…、もしかして“ビースト”? 」
「“ビースト”、ね…。侵入者のあなた達、特にオレンジのあな…」
シオンちゃん、ぼくもだけど、その声がした方に振りかえると、そこには予想通りの人物…。この展開も前来た時と同じだけど、その人はあきらかに警戒した様子でぼく達を睨んでくる。シオンちゃんはシオンちゃんでいつでも技を発動できるように準備してるけど、この様子だと飛んできたこの人も同じ…。ぼくはついさっき“陽月の回廊”で進化したから仕方ないけど、その警戒の目は当然ぼくにも向けられてると思う。だけどぼくはその人とは面識があるから…。
「テフラさん、ぼくです! ルガルガンに進化したから分からないかもしれないですけど、イワンコだったキノトです! 」
また誤解されそうだったから、今回は最初から自分の事を名乗る。
「ええっ、きっ、キノト君? この人と知りあいなの? 」
「なっ、何で私の名前を? 」
当然ぼく以外の二人は、間に入って制止したぼくの方にハッと目を向ける。二人とも驚きすぎて構えを崩してしまっていて、シオンちゃんは驚かすを食らった時みたいな表情になって、カプ・テテフのテフラさんは手元のエネルギー体を消滅させてしまっていた。
「二日ぐらい前だと思うんですけど、一回ウォーグルと“月界の神殿”には来ています。…“太陽の次元”から来てる、って言えば分かってもらえますか? 」
「たっ、“太陽”から…」
「そうです! まだ“月の笛”は取り戻せてないんですけど…」
「“月の笛”の事まで…。…分かったわ。その感じだと、本人みたいね」
これだけ言えば、流石に分かってもらえるよね? 種族と名前を言っても信じられてなかったから、ぼくはその時にルーンさんから頼まれた事を口にしてみる。ソレイルさんから代わりの事を頼まれたからどうなったか分からないけど、この事はぼくとししょー、それから頼んだルーンさんとテフラさんしか知らない。…だから流石に今度は分かってもらえたみたいで、フワフワと浮いてるテフラさんは少し申し訳なさそうに表情を曇らせて、ぼくに頭を下げてくる。だからぼくは気にしなくていいですよ、って感じで答えながら、内心信じてもらえて安心していた。
「…ええっとこれって、信じてもらえたの? 何かもめてたけど」
「うん」
「また私が勘違いしてしまって、申し訳ありません! 」
「もう大丈夫だから、テフラさん、頭を上げて? 」
「はい。…ですけどキノト君、今回はウォルタさんと一緒じゃないみたいですけど、彼女とどういった案件で来て頂いたのでしょうか? もしかして、“月の笛”が見つかったから…」
「ううん、まだ見つけれてないんですけど…、まずはルーンさんに会えますか? 」
「ルーン様に? えっええ。これからの事が済んでからになるけど、その後になら」
「ありがとうございます! 」
「ここで待ってもらうのも申し訳ないから、ついてきて。オオスバメのあなたも」
「うっ、うん」
何があるのか分からないけど、侵入者とか“空現の穴”の事かな? 人の話を聞かないらしいテフラさんは、ぼくが何回か言ったらやっと頭を上げてくれた。だけどそれでも申し訳なさそうにしてるから、逆にぼくの方が申し訳なくなってくる…。だけどこのままだと話が進まなそうだから、ちょっと無理やりだけど本題を出してみる。テフラさん達が思ってる事とは違うと思うけど、“空現の穴”関係っていう意味では同じだから、いいよね? 何とか分かってもらえたから、テフラさんはぼくとシオンさんに目を降ろすと、くるりと向きを変え、ルーンさんがいるらしい場所に案内してくれた。シオンちゃんは急に呼ばれたから、ちょっとびっくりしてたみたいだけど…。
――――
[Side kinot]
「…大体分かったわ。…ルーン様、お待たせして申し訳ありません! 」
「テフラテフラがおくれるなんてめずらしい」
「妾は一向に構わぬが、訳があるようじゃな? 」
…あれ? もしかしてあの人がルーンさん? “月界の神殿”の中を案内してもらっている間に、ぼくはテフラさんにここに来るまでの事を一通り話した。奥まで行こうと思えば一人でも行けると思うけど、事情が事情だから、ね…。それにシオンちゃんの事も話さないといけなかったから、それと合わせて順を追って話していた。それで話している間にルーンさんがいる神殿の奥に着いたから、彼女はルーンさんと他にいた何人かに、ぺこりと頭を下げながらこう言い放っていた。
それでぼくとシオンさんはテフラさんの後についていたけど、その場所にいた人たちには、あまり心当たりが無かった。真ん中の小さい人はルーンさんだと思うけど、その見た目は大分違う。声と話し方は同じだけど、楕円っぽい形で、何の力も借りずにフワフワと浮いている…。周りの三人もぼくは会った事が無いけど、そのうちの一人の種族には、元の“太陽の次元”で会った事がある。テフラさんとその人の事を考えると三人とも“観測者”だと思うけど、そのうちの一人の種族はカプ・コケコ。コークさんと同じ種族だけど、ここは“太陽”じゃなくて“月の次元”だから別人のはず…。
「はい。“太陽”の方からの“空現の穴”に吸い込まれたらしく、“月陽の回廊”から脱出した二名を保護していました」
「“回廊”から? 」
「っちゅー事は、その二人がそうってことかぁ」
「にしてもよく自力で抜け出せたね? 」
「あっ、はい。ぼくは一回だけ、“月の次元”には来た事がありますので」
途中までは思い出せなかったけど、あの時来てなかったらまだ彷徨ってたかもしれないね…。テフラさんがぼく達の事を簡単に話してくれたけど、三人ともが独特過ぎて少し引いてしまった。“月の次元”の当事者達は社会とは関わりを持たないって聞いてるけど、もしかしたらそれが少しは影響してるのかもしれない。テフラさんはテフラさんであまり人の話を聞かないけど、カプ・コケコさんは早口すぎて全然聞き取れない。他の二人もクセがあり過ぎるから、話しかけられたけど、気になり過ぎてすぐには返事をする事が出来なかった。
「確かウォルタさんと来た、って言ってたよね? 」
「うん。テフラさんにはその時お世話になったんですけど、カプ・コケコさん達も“観測者”、なんですよね? 」
「その通りじゃ。カプ族は“太陽”でも“観測者”とソレイルから聞いておる。…しかしルガルガン殿、お主はもしや…」
「はい。先日お伺いした、元イワンコのキノトです」
「ほぅ、やはりキノト殿であったか」
「そのようです。…という事はルーン様、“太陽の次元”ではこの姿がルガルガンなのでしょうか? 」
そういえば、“太陽”と“月”では姿が違うんだっけ、ルガルガンって。この場ではまだ名乗ってなかったけど、面識があるルーンさん? は進化してもぼくの事が分かったらしい。ぼくが頷くまで確信してなかったみたいだけど、返事すると納得したように声をかけてくれる。それにぼくの予想もあってたから、覚えてもらっていた事もあって嬉しかった。“月”の方のルガルガンは見た事が無いけど、わざわざ訊いたって事は結構違うのかもしれない。ぼくは進化しても四足だけ…。
「否。妾は見るのは二度目じゃが、キノト殿は事情が異なっておる」
「えっ…? 」
「なっなんだってぇ? 」
「ちっ、違うのですか? 四足だと伺っていたのですが…」
違うって、どういう事? テフラさんは一度ぼくを見てから質問していたけど、ルーンさんはぼくが思っていた事と違う返事をした。この感じだと“月”のルガルガンは四足じゃないのかもしれないけど、普通のルガルガンって思ってたから、ぼく、それから“観測者”の四人も揃って声を荒らげてしまう。シオンちゃんは相変わらずきょとんとしているけど、そもそもシオンちゃんは“太陽”とは違う世界の出身だから知らなくて当然…。だけどまさか、ぼくは四足なのに違うとは夢にも思わなかった。
「そうじゃ。キノト殿、お主は“穢れ”に侵されてはおらぬか? 」
「はい。シオンちゃん…、オオスバメの彼女もそうなんですけど、ぼくは前に来て帰る時に侵されて…」
「ではキノト殿、お主は“月陽の回廊”にて“成長”…、“太陽”の言葉で進化はせんかったか? 」
「うん。キノト君、急に頭が痛いって言ってて、気付いたら姿が変わってたから…」
そのお陰で記憶を取り戻せたんだけど、それと何の関係があるんだろう…? 小さいルーンさんは“観測者”の四人を一通り見てから、首を傾げるぼくにこう質問してくる。ルーンさん自身はどういう事か理解してるんだと思うけど、多分ぼくを含めた六人に説明するために、訊いてきてるんだと思う。正直言って“陽月の回廊”での事を言い当てられて驚いているけど、“陽月の回廊”で進化した事が凄くかかわってるのはほぼ確実だと思う。
「やはり…。妾もソレイルより伝え聞いた身じゃが、イワンコという種は“太陽”と“月”の狭間、“月陽の回廊”に晒される事で別の成長を遂げるそうじゃ」
「太陽と月の間…。…ってことは、キノト君って朝とか夕方って事なの? 」
「夕刻…、其方の認識でよい。“穢れ”に侵されたイワンコが“太陽”と“月”の狭間にて“成長”する…。此の条件が揃い初めて、第三の容姿、“黄昏”に属す事となるのじゃ」
「そう、なんだ…」
「…ですがルーン様、その“黄昏の姿”というものは“太陽”と“月”とどのような部分が違うのでしょうか? 」
「…すまぬが、妾は三千二百年前目にしたのみ。故に存じてはおらぬ。ソレイルであれば存じているはずじゃが…」
「そう、なんですか…」
ルーンさんでも分からないんだ…。“ビースト”の事もそうだったけど、“月の次元”ではあまりこういう事が起きてないのかな? ぼくが質問する前にテフラさん、それからシオンちゃんに先を越されたけど、“月界の統治者”のルーンさんでも詳しくは知らなかったらしい。後半の方はうつむき気味になってたから、聞いてるぼくの方も何か申し訳なくなってくる。ぼく自身の事だから出来れば全部知っておきたいけど、何前年も前にしか見た事が無いぐらい珍しいなら、仕方ないのかもしれない。…でもソレイルさんが知っている、って事は…。
「…ですけど、ソレイルさんに訊けば何か分かるんですよね?」
「そうじゃ。ソレイルは四度ほど目にしたと…」
「だったらルーンさん? 今から“太陽の次元”に戻る事って、できますか? “笛”がなくても」
ソレイルさんが“空現の穴”を作り出せたから、ルーンさんも同じ事が出来るはずだよね? ぼくはダメ元で思いついた事を訊いてみたけど、完全な状態になればルーンさんにも出来ると思う。ルーンさんはソレイルさんと同じ“統治者”だから、同じ“チカラ”を持っていてもおかしくないと思う。それに今の状態の姿は分からないけど、前来た時と見た目が変わってるから、もしかするとルーンさんは本来の姿に戻る準備段階なのかもしれない。多分主従関係にある“観測者”が全員揃ってるから、きっと…。
「ルーン様が“ルナアーラ”の姿に戻れば…、そっ、そうです! 四人揃っている今であれば可能です! 」
「それでおれたちはあつまったんだ。テフラまさかわすれてたなんていわないよな? 」
「ルーン様の指示を忘れるなんて、死んでもできないわ。寧ろ私もそのつもりだったわ」
「んなら話が早い。確かキノトって言ったなぁ? 」
「あっ、はい」
「ルーン様に頼んでお前ら二人も“太陽”の方に連れてってもらったらどうだぁ? “太陽”はお前らの世界なんだろぅ? 」
「うん! わたしも…、なのかな? キノト君、この人達の言う通りにすれば戻れそうじゃない? 」
「ぼくもそう思ってたよ。…ぼく達で勝手に話を進めちゃいましたけど、ルーンさん、お願いしてもいいですか? 」
もしかしてテフラさん達って、このために集まってたのかな…?なんか仕組んだような展開になっちゃってるけど、テフラさんの一声で、他の“観測者”達も話がまとまった気がする。ぼくとシオンちゃんが来なくてもそのつもりだった、って言われたらそれまでだけど、元々そのつもりだったならこれ以上にタイミングが良い事は無いと思う。ルーンさんとシオンちゃんは話しに乗り遅れちゃってる気もするけど、これは多分、ルーンさんは簡単に了承してくれると思う。だから“黄昏”の姿のぼくは、一度間をおいてから、六人の中心にいるルーンさんを見、こう訊ねてみた。するとルーンさんは…。
「…うむ。“太陽”に任せきりではマズいと思い招集したのじゃが…、そのようであれば妾は構わぬ」
「って事は…」
続く