陸捌 失くしたキオク
あらすじ
“伍央の孤島”を突破したぼく達は、黄色い土の“黄央の祭壇”に辿り着く。
祠以外何もなかったけど、そこには古代の文字で何かが刻まれていた。
だけどこの祠の文字に気をとられて、ぼくとシオンさんは“空現の穴”の出現に気付くのが遅れてしまう。
だからぼくとシオンさんは、為す術無く“空現の穴”に飲み込まれてしまった。
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―――
――
―
[Side Kinot]
「――くん、キノト君! 」
「…ぅん…」
「よかった…、気がついたね! 」
…あれ? ぼくってどうして…。あっ、そうだ。“黄央の祭壇”で…。ぼくは気を失ってたらしく、誰かに揺すられて目を覚ます。まだ頭がぼんやりしてるけど、目を開けるとそこにはオオスバメ…。先に目を覚ましていたらしく、大きな翼で心配そうにぼくの事を揺すっていた。ぼくの意識? が戻ったと分かると、シオンさんはホッとしたように強張った表情を緩めていた。
「うん。…シオンさんは大丈夫? 」
「何とか。だけどキノト君、ここってどこなんだろう? 」
「うーん…」
分からないけど、何だろう、この感じ…。見た感じシオンさんは何ともなさそうだから、ひとまずぼくは周りの景色を見渡してみる。今丁度起き上がって座ってみたけど、何とも言えない感じになってる。座ってる、って言えるのかも危ういんだけど、ガラスの上に立っているような…、そんな感じ。地面らしいものが全然見えなくて、見下ろした正面の大分先に、光の粒が沢山見える。そもそも周り自体も暗くて、大きかったり小さかったり…、黄色かったり青白かったり…、色んな種類の光の粒に照らされているような気がする。どんな風に言ったらいいか分からないけど、ラピスが沢山詰まった箱の中に入ったような…、そんな感じ。それに何かフワフワするような感覚もあって、夢なんじゃないか、って思うぐらい現実離れしていた。
「…“陽月の回廊”」
「…何なの? “陽月の回廊”って」
「分からない。…でも何でだろう? 初めて見るはずなのに、この場所を知ってるような…」
もしかしてこれが、デジャヴ、ってやつ? 本当に何でか分からないけど、頭の中にふとこの言葉が浮かんでくる。それにすごく綺麗で初めて見るこの景色も、何故か前に見たような感じがする。だけどもちろんこんな場所には来た事が無いし、ししょーからも聴いた事が無い。当然シオンさんも知らないみたいだから、ぼくは益々訳が分からなくなってしまった。
「えっ、そうなの? 」
「うん。知らないはずなんだけど…。うーん…」
「…気のせいなんじゃない? 」
「そう…、なのか…」
そうじゃない気もするけど…。…もしかして、記憶が抜けてる間に来ていたり…。
「――ッ! 」
「―――! 」
「えっ、なっ、何? 」
「―、―…! 」
「こっ、こんなに沢さ…」
なっ、何なの、あの生き物は? ぼくはそうなのかな、って言おうとしたけど、急に聞こえてきた叫び声にかき消されてしまう。ビックリして声がした方に振り替えてみると、そこにはとんでもない光景が…。ドククラゲのようなそうでもないような…、見た事が無い透明の生き物が、沢山漂っている…。カラフルな光の粒とあわさって凄く幻想的だけど、多分景色に見入っている暇はないのかもしれない。正面の方から…。
「うぁっ…! っ…」
「きっ、キノト君? 吹き飛ばし! 」
あっ…、頭が…、痛い…! 本当に…、何…? これ…
――
―
『…、ぼくの故郷のお土産なんですけど、よかったらみんなで使ってください! 」
『お土産? “ラムルタウン”のね? 』
『はい! 』
『ええっとこれは…、香辛料のギフトセットだね〜』
―
――
なっ…、何? ししょーとクチートがいたけど…、何?
「吹き飛ばし! 」
「―――」
「キノト君、急にどうしたの? 」
「…っあぁっ…、頭…、が…」
「頭が、何なの? もしかして、痛…」
まっ、また痛みが…。ぼっ、ぼくに一体何が起きてるの?
――
―
『うん! ぼくはいつでも行けるよ! 』
『昨日のうちに済ませてきたから、僕も大丈夫ですよ〜』
『…では、始めるとしようか。…“我、陽界を司る者なり。月界に至りし標を我らに示せ”…』
『うわっ…! …これが…? 』
―
――
まっ、まただ! でもあの場所、見た事がある! あの場所は…、“陽界の神殿”? それにソルガレオのソレイルさんもいた…。って事はもしかして、さっきから見えるこれって、ぼくが見てきた景色…? “空現の穴”も出来てたから…、もしかすると…。
「…痛いの? 」
「っくぅっ…。…うん…っぁっ…」
「だっ、だけど何で? 」
「分か…、らない…っ! 」
――
―
『…ししょー、ちょっと思いついた事があるんですけど…』
『ん? 』
『ここに沢山ある光、一つ一つが別の世界なんじゃないかなー、って思うんですけど、ししょーはどう思いますか? 』
『光が世界、か〜…。それは僕も考えつかなかったよ。“陽月の回廊”は“空現”のうちの一つだから…』
―
――
やっぱり…、ぼくの“記憶”? どれも覚えてないから、もしかして失くした記憶? それにさっきのあの景色、絶対に今いるここだよね? それにししょーが“陽月の回廊”って言ってたから、無意識に言ったあの言葉、あってたんだ…。
「…っだけど、何か…、を、くぅっ…、思い出せそう…」
「思い出せそうって、記憶を? 」
「…――ッ! 」
「――…―ッ―」
「吹き飛…」
――
―
『…“太陽”でも異常が起きておるはずじゃ。…ウォルタ殿、キノト殿、何か奇異は起きてはおらぬか? 』
『奇異、ですか…。僕達が見た訳じゃないんですけど…、こんな生き物が出現したんです』
『これが、生物…? 私は見た事がありませんね…』
『妾も存じてはおらぬが、千年程前、異形の者が世界に溢れた、とソレイルが申しておったな』
『ソレイルさんが? 』
―
――
…段々思い出してきた。ボロボロに壊れたあの場所は“月界の神殿”で、コークさんに似てるあの人はカプ・テテフのテフラさん。それから青黒くて小さいあの人が、“月界の統治者”のルーンさんだ。…だからあの場所は、ぼく達の世界じゃなくて、“月の次元”。この後で借りた“太陽の笛”を吹いて、元の世界に帰ったんだよね? 確か…、“六・ニ・四”だったね?
「…飛ばし! 」
「――! 」
「うん…! ぼく達がいる…、この場所は…、“陽月の回廊”って言って、…世界の狭間…、なんだよ…」
「世界の狭間? 」
「そうだよ…。“時渡り”とかの時間の軸と交わってる…、空間の軸…。ぼく達の世界とシオンさんが元々いた…、世界とか…、色んな世界を繋いでいる…、何もない宇宙みたいな空間、って言ったら…、分かる…? 」
「世界と、世界を? うん、それなら、何となく…」
…だけど、何か…、何か、大事な事を忘れてる! そこまで…、もうそこまで思い出せてきてるのに…! 忘れたらいけない、約束を…
――
―
『…心して聴いて。きみは今、スバメっていうポケモンになってる。そしてもう一つ、きみは元いた場所とは違う世界にいる。何でかは分からないけど…』
『ぽっ、ポケモン? わたしが? 』
『うん。ぼくもびっくりしてるけど、ししょーが言うなら、そうなのかな…? 』
『でっ、でも何で? 』
『急に言われても信じられないよね〜? 何か姿を写せるものがあるといいんだけど…、それは後になるかな? それから…、一つ訊きたいんだけど、きみって自分の事で何か覚えてる事、ある? 』
『わたしの、こと? …うん』
『名前とか、そういうの覚えてたら、ぼくたちも呼びやすいんだけど…』
『名前? えーっと…、うん。今思い出したけど、わたしは紫音、望月シオン。十五歳で、ぼんやりとしか思い出せないけど…』
―
――
……!
「…何となく分かるけど…」
「それなら良かった。…だからシオンさん…、ううん、シオンちゃん! この場所の事はよく知ってるから、ぼくに任せて着いてきて! 」
「きっ、キノト君…、うん! 」
思い出した! シオンちゃんの本名は望月紫音で、別の世界から来た元人間。“赤兌の祭壇”で初めて会って、ぼくとししょーが助けたんだ! 見覚えのない映像が浮かんだり消えたりしていたぼくは、そのお陰で失っていた
モノを全部取り戻す。あの時はスバメだったシオンちゃんの事をハッキリ思い出せたし、ぼくが何で考古学者になりたいって思ったのかも、全て…。心の奥の方でモヤモヤとした霧がかかっていたけど、全部吹き飛んで明るく照らされたような気もしてくる。同時に内側から殻を破ったような…、水が湧き出してくるような感じで力が溢れてくるような気がしてきてもいる。今のぼくなら何でも出来そう、心の底から、本気でそう思えてきた。
「電光石火! 」
シオンちゃんは一瞬驚いたような顔をしていたけど、すぐに満面の笑みで頷いてくれる。何故かこの瞬間、立ってるシオンちゃんが低くなったような気がしたけど、ぼくは気にせず両脚に力を込める。一気に駆け出して透明な生物…、多分“ビースト”の下をくぐり抜け、まっすぐ突き進む。後ろで羽ばたく大きな音も聞こえてきたから、シオンちゃんも電光石火で追いかけてきてくれてると思う。…ここで知らない…、じゃなくて種族として覚えている技のイメージが流れ込んできたから、その通りに技を準備、発動させた。
「アクセルロック! 」
「…だけどキノト君? どこに行けばいいの? 」
「“太陽の次元”には戻れないけど、八百メートル先に出口がある“月の次元”だよ! 」
「ッ! 」
「アクセルロック! 」
多分“陽月の回廊”に入ってから動いてなかったはずだから…。イメージ通りに技を発動させると、ぼくのスピードは普通に走る以上に早くなる。発動する直前にシオンちゃんに抜かれたけど、それ以上離れずに走る事が出来てる。走りながらぼくの考えを話していたんだけど、目の前に半透明の“ビースト”が出てきたから、一度中断して更に加速する。頭から突っ込むとその場所から岩の欠片が散り、着地してからもう一度発動させ直した。
「“月の次元”? 」
「うん! 記憶を失くす直前にししょーと行った、ぼく達のと対になる世界で、そこに知り合いがいるんだよ。目の前の光がそうなんだけど、そこに行けば戻れるんじゃないか、って思ってね」
これは賭けだけど、戻るための“空現の穴”も“太陽の笛”も無いから…。走る足を緩めずに、ぼくはシオンちゃんに説明を続ける。先制技を使ってるからあっという間に走り抜けれていて、もう百メートルぐらい先に大きな光の塊が見えてる。だからぼくは鼻先でその光を指しながら、シオンちゃんに自分の考えを伝える。これで“太陽の次元”に戻れる保証は無いけど…。
「べっ、別の世界に? でも何で? 」
「行けば分かるよ! …じゃあシオンちゃん、光に飛び込むよ。ついてきて! 」
「うっ、うん」
そのままぼく達は、目の前の光へと接近する。勢いをそのままに、ぼくは何のためらいもなくその光に飛び込んだ。
続く