陸漆 空振り?
あらすじ
ダンジョンに潜入したぼく達は、早々に野生の襲撃をうける。
シャトレアさんとライトさんの提案で、ぼくはシオンさんと組んで戦う事になる。
二人で助け合いながら戦っていたけど、ぼくはシオンさんも“陽月の被染者”であると気付く。
そんな中シオンさんは練習中だったらしい燕返しを成功させ、それがきっかけになって進化していた。
――――
[Side Kinot]
「…ついたわ。ここがこの島の最奥部、“黄央の祭壇”よ」
「だけど…、何もいないね」
もしかして…、ハズレ? あの後も戦いながら進み続けたぼく達は、今回の目的地、“黄央の祭壇”に辿り着いた。川の下流ではぼくと進化したシオンさんがメインで戦ってたけど、傾斜がつき始めてからはシャトレアさんがメインになっていた。ぼくも本当はもっと戦いたかったんだけど、フィリアさんに前半から飛ばし過ぎるのはあまり良くない、って注意されたから…。だからって事で、シオンさんと交代でサポートに回っていた。
そんな感じで山を登って、ついさっき頂上に着いたところ。見た感じ黄土色の地面が広がっていて、その真ん中には小さい台座みたいな何かがある。多分これが目印の祠だと思うけど、“赤兌の祭壇”の時みたいな見た事ない生き物、“ビースト”の姿はどこにも見当たらない。ライトさんの言う通りぼく達以外誰もいないから、失敗かもしれな、ぼくはこんな風に思えてきてしまっていた。
「そうですね…。祠みたいなものがあるからそうだと思うんですけど…」
「だよね。…でももしかして、“ビースト”も生き物みたいだから、ちょっとこの場所から離れていたりするんじゃないかな? 」
「どうなんだろう。…フィリアさん、何か生き物の反応とか、ある? 」
「さっきから調べてるけれど…、今のところは何もないわね」
そっか…。それならやっぱり、ししょーの予想は違ったのかもしれないね…。オオスバメに進化したシオンさんは、キョロキョロと辺りを見渡してから呟く。確かに生き物だから無くはないと思うけど、“空現の穴”が近くに無いからそれは無いと思う。こういう考えを読み取ったのかもしれないけど、腰を下ろして一息ついていたシャトレアさんは、ライトさんの背中から降りたフィリアさんに尋ねていた。だけどフィリアさんは左前足を浮かせてギアに視線を落としながら、残念ながら…、っていう感じで答えてくれる。その表情もいまいちパッとしないから、ぼくは本当なんだ、って率直に思った。
「そっか…。それなら、あの祠だけでも調べてみるのはどうかな? 何か分かるかもしれないから」
「祠…、うん、そうだよね! キノト君、見にいってみようよ」
「えっ? うん」
祠を調べても何もないと思うけど…。フィリアさんを降ろして身軽になったライトさんは、それなら…、って感じで右目で提案してくる。他に何もないから悪くはないと思うけど、正直言ってぼくは、何かが分かるような気がしていない。ダンジョンの名前の通り黄色いし目印の祠はあるにはあるけど、やっぱりぼくはここが“空現の穴”の出現地点とは思えない。…でもシオンさんが絶対にそうだよ、って感じではりきってぼくを呼んでるから、仕方なく飛び始めたシオンさんについて行く事にした。
「だけどシオンさん、ぼくは何もな…」
「だから何かあるんじゃないかな? だってこう言う所って、何かを隠すのにピッタリじゃない? 」
「そう…、なの? 」
ぼくはそうは思わないけど…。
「うん! だって“大水晶の道”とか“熱水の洞窟”って、仕掛けを解かないと行け…、あれ? これって…」
シオンさん、どうかした? ぼく達が離れたから三人は別の所を調べてると思うけど、シオンさんは真っ先に祠の傍に降りてぼくを手招きする。進化してシオンさんの方が少し大きいから、広げている翼もすごく大きく見える。…だけど雰囲気とかは進化する前のままだから、ギャップが凄くあるような気がする。…そんな事を考えながらシオンさんの方に駆け寄っていたけど、その間に何か気付いたのか、彼女は短く声をあげていた。
「…何か見つけたの? 」
「うん」
「これってもしかして…」
古代の文字、だよね? シオンさんに促されるままその場所、黄色い祠の壁面を見てみると、二、三行ぐらいの文章がそこに彫られていた。だけど足型文字じゃなかったから、ぼくには何が書いてあるのか全然読めな…。
「ええっと、“黄央の祭壇 第五の穴としてここに名を刻む 五千七百十三年、サード”…。何の事だろう? 」
サードって事は、保安協会のサードさんの事だね、きっと。
「分からないけど…、サードって言う人なら知ってるよ」
「ええっ? ひっ、人の名前なの? 三番目っていう意味じゃなくて? 」
「うん。保安協会の代表が…」
“半常席員”って言ってたから、きっとそうだね。シオンさんが知らないのは仕方ないけど、ぼくはその名前に聞き覚えがある。それは昨日“オアセラ”で会った、シルヴァディのサードさん。サードさんは“ビースト”と戦った事があるって言ってたし、その目印として祠を建てた、とも言っていた。だからぼくには読めないけど、シオンさんに読んでもらったこの文字はその時に彫られたもの…、だと思う。“ビースト”を見るのは千三百年前ぶりだっ…
「
キノト君、シオンちゃん! 今すぐそこから離れて! 」
「ぅん? 」
「はいっ? 」
なっ、何ですか? ぼくはシオンさんに代表がそう言う名前なんだよ、って言おうとしたけど、急に響いてきたシャトレアさんの大声に驚いてしまう。何か凄く焦ったような感じだったけど、多分シオンさんも何のことか全然分かってないと思う。ハッと声がした方に目線を向けてみたけど、何故か大慌てでシャトレアさんが大慌てで走ってきてるだけ…。浮いてるライトさんも訳が分からなそうな感じで…。
「えっ…」
「うそ…」
なっ、何でここに…? 最初は訳が分からなかったけど、ぼく、それからシオンさんも、嫌でもその意味に気付かされてしまう。何故なら急に、あるはずの地面が無くなり、下の方に吸い込まれるような感じがしたから…。初めはシオンさんと向かい合ってる前足だけだったけど、一秒もしないうちに後ろ足…、全身に広がっていく。上手く言葉に出来ないけど、急に足元に穴が開いて、真っ逆さまに落ちていくような…、そんな感じ。
「なっ、何なの? 」
「“空現の穴”だよ! シオンさん、飛…」
地面にぽっかり空いた穴…、いや、白い渦に引き込まれながらぼくは、目一杯前足をシオンさんの方にのばし、どこでも良いから彼女を掴もうとする。シオンさんも咄嗟に羽ばたきながらぼくを掴もうとしてくれていたけど、“空現の穴”の引力の方が強いらしい…。右足でぼくを掴んで羽ばたいてくれていたけど、全然高度が上がりそうにない。
「嘘でしょ? キノト君! 」
「シオ…」
引力に抵抗できず、一瞬のうちにぼくとシオンさんは渦の中に堕ちてしまう。慌てて駆け寄って呼びかける声が聞こえていたけど、その瞬間プツリと声が止み、視界も真っ白に染め上げられてしまった。
続く