陸伍 準備は入念に
あらすじ
目的の島、“伍黄の孤島”が見えてきた辺りで、ぼく達はフィリアさんの事を聴いた。
話によるとフィリアさんは、過去に救助隊をしていて、患っていた喘息が悪化したから引退したらしい。
この後その話の中で出てきたエーフィの事が話題に上がり、ライトさんもその人に助けられた、って言っていた。
それでシャトレアさんに気付かされたことで、ぼくは昨日、シルク、っていう人に会っていたことが判明した。
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[Side Cot]
「…ボクはそろそろ行くつもりだけど、コット君はどうする? 」
「うーん…、もう少しここに残ってみます。ここの代表さんにお礼も言いたいですから」
「そっか。うん、分かったよ。…じゃあフロリアさん、コット君の事をよろしくお願いします」
「ええ」
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[Side Kinot]
「…さぁ着いたわ。久しぶりに来るけど、やっぱり変わらないわね」
「って事は、フィリアさんって来た事あるの? 」
「ええ。昔依頼を解決するために、ちょっとね」
ここまで一時間ぐらいかかったけど、その時も船だったのかな? エーフィのシルクさんの話しをしている間に、ぼく達は目的地の“伍黄の孤島”孤島に到着した。無人島って聞いてたから何もないのかと思ってたけど、海岸線に一か所だけ、簡易的な桟橋みたいなものがあった。フィリアさんが手配してくれたチャーター便はそこで停泊して待ってくれることになったんだけど、船から降りて見た感じだと、自然が豊かで結構広そう。今桟橋から降りて砂浜を歩いてるんだけど、降りたらフィリアさんは懐かしそうに呟く。そこにシオンさんが質問し、何かの荷物を背負ったフィリアさんは簡単に答えてくれていた。
「だけどフィリアさん、何で真っ直ぐ森の方に入らなかったんですか? 」
「あっ、それ、ぼくも気になってました」
「もしかして、わたしとライトさんは飛べるけど、キノト君とシャトレアさんは跳べないから、とか? 」
「それもあるけど…」
シャトレアさん、ぼくもその事考えてました。砂に足をとられながらも何とか歩いているシャトレアさんは、足を挫かないように注意しながらグレイシアの彼女に問いかける。ぼくも似たようなことを思ってたけど、シャトレさんの言う通り、波打ち際から二十メートルぐらい進んだところに森が広がっていて、歩けそうな獣道も何本かそこにある。…だけど先頭を歩いているフィリアさんが先導してくれながら向かっているのは、何故か桟橋から見て西側…。パタパタ羽ばたくシオンさんはライトさんを一回見てから訊いていたけど、フィリアさんは含みを持たせたような感じで答えてくれてた。
「森林のルートはあまりオススメできないのよ」
「そうなの? 」
「ええ」
「って事は、木が茂って薄暗かったり、野生のレベルが強かったりするんですか? 」
「そんな感じね。…もしかしてライトちゃん、ダンジョンに潜った事があったり…」
「はい。失明する前は、ダイヤモンドレベルぐらいなら一人で突破できたりしてました」
ダイヤモンドレベルを? 伝説の種族だからだと思うけど、やっぱりライトさんも強いんだね? さっきは語尾を濁していたフィリアさんは、そのままの調子で答えてくれる。オススメじゃないって事は難易度が高い、っていう事なのかもしれないけど、訊き返していたシオンさんに、フィリアさんはこくりと頷いて返事する。そんなシオンさんに対して、一メートルぐらいの高さでフワフワと飛んでるライトさんは、多分自分なりに考えていたことを訊き始める。フィリアさんの反応を見た感じではあってたみたいだから、ライトさんは右目でにっこりと笑いかけて話を続けていた。
「ダイヤモンド…、結構高めのレベルね。そのレベルなら、リッジサイドも行けるかもしれないわね」
「…ええっとフィリアさん? その…、リッジサイドって…」
「反対側にある、尾根を進むルート。言いそびれてたけど、“ヴィシリア島”には三つの経路があるの。そのうちの一つがリッジサイドで、ルデラではゴールドランクからしか潜入できない難易度になってるわ」
「ええっと確か、ラスカだとプラチナランクとか…、そのぐらいだったっけ? 」
プラチナかぁ…。そのレベルなら、砂嵐の時の“漆赤の砂丘”ぐらいなのかな?
「…だったと思うわ。それと二つ目の経路が、さっき言いかけたフォレストサイド。そして最後の一つが、これから私達が通る事になるリバーサイド。こっちは少し遠回りだけど、他と比べると大分簡単に突破できると思うわ」
あっ、だからこっちの方にしたんだね。この島に詳しいらしいフィリアさんは、順を追ってダンジョンの事を話してくれる。一つのダンジョンに三つも経路があるのは珍しいと思うけど、難易度が分かれてるならありがたいと思う。その経路の事を説明する時は、経路のある方向を見ながら話してくれていたけど、二つ目はさっき言ってたから、説明を少し省いていた。そして三つ目の経路の事を話してくれている時に、ぼくはやっと、フィリアさんがこの経路を選んだ理由が分かった気がした。
「へぇー。って事は、あの川がそうなの? 」
「ええ。三つの区画に分かれていて、最初は三角州から始まる氾濫原。川沿いに登っていって、河岸段丘から渓谷に入っていくのよ。そこから山岳地帯に入って、山頂の“
黄央の祭壇”に着く、て感じかしら? 」
聞いた感じだと、山登りになるのかな? 途中で分からない言葉があったけど、フィリアさんはこれから通る経路の事を詳しく教えてくれる。知らない言葉があるからあまりイメージ出来ないけど、渓谷って事は、そこまでの道は坂道になってるんだと思う。難しい言葉があったからぼくは分からなかったけど、首を傾げてるからシオンさんも分かってないんだと思う。だけどぼく達とは対照的に、大人のシャトレアさんとライトさんは分かっていそうな感じだった。
「そうなんですね。…それならフィリアさん? 私の背中に乗っていきますか? 」
「ライトちゃんの? それなら…、お願いしようかしら」
「あっ、そっか。ライトさんに乗せてもらったら、喘息でも大丈夫そうだもんね? 」
「えっ、うん」
もしかしてシャトレアさん、ライトさんの心、読んだ? 一通り話を聞いてから、ライトさんはこんな風に提案する。それと同時に両手を砂地につけて、フィリアさんが乗りやすいように下に降りてきてくれる。これにフィリアさんは最初はこくりと首を傾げていたけど、すぐに意味が分かったらしい。振り返ってるライトさんににっこり笑いかけてから、ライトさんの背中によじ登っていた。
「…じゃあ、ちょっと話変わるんだけど、みんなってどんな技使えるの? 」
「技? 」
「うん。ライトさんのもちゃんと訊いた事無かったから、どんな技使えるのかなー、って思って」
「ぼくも知りたい…、かな? 」
「そうね…。潜入する前に、一度全員の技を把握しておくのは良いかもしれないわね」
そういえば“漆赤の砂丘”に潜入する時、ししょーもシャトレアさんに訊いてたっけ? フィリアさんを乗せたライトさんがふわりと浮き上がったところで、シオンさんが思い出したように提案してくる。この感じだと突入口までもう少しあるんだと思うけど、ぼくもししょーの姉弟子のライトさんの技を訊いてみたい。本音を言うと伝説の種族がどんな技を使えるのかを知りたいだけなんだけど、結局同じだから…、いいよね? フィリアさんも知りたそうな感じだから、ぼくから順番に言っていく事にした。
「ですね。ええっとぼくは、体当たりと噛みつく、それから遠吠えと岩落としです」
「聞いた感じだと、まだまだ駆け出し、といったところかしら? 」
「はい。今は入院してるんですけど、潜入する時にししょーから教えてもらってます」
「ししょーって、ウォルタさんの事だよね? 」
「うん」
「じゃあわたしは…、ティルさんになるのかな? わたしはまだ三つしか使えないんだけど、翼で打つと電光石火と吹き飛ばし。…でも今は、燕返しを練習中、って感じかな? 」
「電光石火を教えてる辺り、ティルらしいよ。私は癒しの波動とミストボール、竜の波動と冷凍ビームの四つ。多分使う時は無いと思うけど、ラティアスとしての“チカラ”も全部身につけてるよ」
「特殊技だけだから、私と正反対だね? ダンジョンでの実践経験は殆ど無いんだけど、猫の手と思念の頭突きとアクアテール。それから姿を変えた時は跳び跳ねると秘密の力とワイルドボルトの三…」
「すっ姿を? て事はもしかして、シャトレアさんは…」
「あれ、言ってなかったっけ? 」
うん。ぼくもうっかりしてたけど、ぼく以外は初耳だと思いますよ?
「言ってないと思います。シャトレアさんもししょーと同じ伝説の当事者で、サクラビスに姿を変える事ができるんです」
「そっ、そうなの? 」
「うん。ついでだから発動するけど、…“我が志に、希望あれ”…。“志の加護”で、仲間の自然回復力を高める事ができるよ」
…だけど“陽月の被染者”のぼくだけは、“加護”の効果を受け付けないんだよね…。順番に技を教え合ったけど、やっぱりシャトレアさんの時に騒然となった。ぼくはししょーが変えれるから普通だけど、よく考えたらあり得ない事だと思う。…だけど思ったよりは驚いてないみたいだから、フィリアさんにライトさん、それからシオンさんも、案外早く驚きから立ち直っていた。フィリアさんとライトさんはししょーの事を知ってるからだと思うけど、シオンさんが驚かなかった理由がいまいち分からない…。そのままの流れで“加護”を発動させてたけど、シャトレアさんも若干赤みを帯びた瞳で首を傾げていた。
続く